第219掘:大軍の弱点
さてさて、いよいよ前哨戦という、大本命の戦闘が開始されました。
ピンチをどう切り抜けるのか!!
大軍の弱点
side:ユキ
『あなた、こっちの方面はあらかた片付いたわ。他に向かうから』
「無理するなよ」
『当然。娘たちが泣きだす前に終わらせるわ』
いや、そこが基準かよ。
「すまん。ホースト、結局まともな戦にはなりそうにない」
「いえ、私も、無為に血が流れるのを、止められる手段があればそれを取ります」
俺たち2人はベータンの壁から未だ見ぬ、エナーリア軍の増援部隊を待ちながら話をしていた。
「しかし、本当に大丈夫なのですかな? いえ、奥様たちの実力を疑うわけではないのですが……」
「嫁さんの心配をしてくれてありがとう。もうちょっと大人しくしてくれると俺としても嬉しいんだが」
「……その心労察しますぞ。私の妻もそれなりの腕前はあれど、5千の敵を1人でとめることなどできはしません。いかに、その戦いに理があれど、あの奥様たちの行動は肝が冷えます」
「だよなぁ……」
俺は、嫁さんたちがいるであろう方向の空を見る。
「敵の兵糧を叩き潰す。確かに、大軍相手にはこれ以上、有効的な方法はありますまい。無論、奥様たちのように一騎当千ではなければ遂行できませんが、あの奥様たちは1人1人が美しすぎる。そして、それを隠そうともしていない。本当に隠密任務ができるのでしょうか? 私の記憶が確かなら、あのタイプは真っ向勝負と思うのですが」
ホーストはそう言いながら俺と同じ方向の空を見る。
うん、その予想大当たり。
というか、隠れようともしれないからね。
真っ向勝負で、敵の兵糧を焼き払うのではなく、奪ってくるから。
はぁ、なんでこう不安な日々を俺は送らないといけないんだろうね。
あの時、止めとけばよかったかなー。
そう、ぼーっと、セラリアたちが出撃したいと言いだした時のことを思い出した。
「わかった、わかったよ。俺たちがちゃんと仕事しているということで、ゴブリンたちとセラリアたちを出せばいいんだろう」
「わかればいいのよ。そうすれば、数少ない私たちも味方に不安を与えることなく、仕事をちゃんとこなしているように見えるわ」
セラリアたちの強い希望を聞いて、とりあえず敵の斥候を潰すぐらいはいいかなーと思う。
ドッペルとはいえ、嫁さんたちに最前線へでて貰うのはどうだろうという疑問を押し殺して。
「セラリアたちの気持ちはわかった」
「じゃ、出撃していいのね?」
「でも、あくまでも斥候つぶしだからな。派手にするなよ、俺たちの実力は隠し通したままでいくって予定なんだからな」
そう、この大陸での目的はあくまでも、魔力枯渇現象の調査だ。
俺たちの行動を制限するような、国に目をつけられるようなことはやめるべきなのだ。
「あら酷い。私たちが兵士に捕まって、あんなことや、こんなことをされる可能性だってあるのよ?」
「じゃ、出撃はやめるべきだな。セラリアたちがそんなことになれば、娘たちや俺が悲しむ」
「冗談よ。まったく、私たちを大事にしてくれるのもいいけど、それは行き過ぎよ」
「そう思うなら、変な冗談は挟むなよ。ということで、自重しろよ。俺たちの今後のために」
「わかったわよ。なら、敵の物資を根こそぎ取ってくるわ。そうすれば、戦もできないし、血も流れない。完璧ね」
「いや、だから目立つなって……」
「あら、目立つわけないわ。どこの世界に、女性1人か2人に襲われて、大軍が負けて物資が奪われたって報告を信じる者がいるのかしら?」
「ちょっ……」
それは信じるわけがない。
というか、その発想がセラリアから出てくるとは思わなかった。
「なに驚いてるのよ。この孫子とか六韜三略とか私いま面白くて読んでるんだから」
「それを実現する発想に持っていくってのに驚いてるんだろ。ちょっと前の自分を思い出してみろ」
真っ向勝負万歳の突撃娘だった癖に。
「私も若かったわ。だってしかたないじゃない? 最前線で戦ってきた身としては、こういう戦術や戦略は見せ場を奪われるも同然だもの。今はその戦術や戦略を練る方だからいいけど」
「そうですか……。しかし、言ってることはもっともだな。しかも、焼き払うじゃなくて奪うか」
「そうよ。奪うのよ。便利な事に、私たちはルナからアイテムボックスを付与されてるから、相手の万単位の物資ぐらいは余裕よ」
そう、焼き払わず、奪うというのは、この剣と魔術の世界ならではの方法だ。
普通なら、奪うほうが労力や時間がかかって焼き払うほうが便利なのだが、この魔術ありきの世界は違う。
アイテムボックス、しかもスキルのアイテムボックスは手に触れ、収容可能ならすぐに収容できるという便利スキルなのだ。
冒険者のモーブやオーヴィクも、アイテム鞄といったアイテムボックスと同じような能力をもつ道具を持っているが、それは手に持って中に入れるという行動が必要で、鞄の入口より大きいものや、無論持ち上げられないものなんて入れられるわけがない。
さらに、この大陸では多くの魔術が殆ど衰退していて、アイテムボックスなど古い文献にしか存在しない。
だから、相手からすれば意味不明状態になるのだ。
あ、物資を奪えるほど実力があることが前提だが、今までの実験結果からセラリアたちがエナーリア軍に後れを取るわけもないし、そもそもドッペルなので、何かあればすぐに連絡がくる。
「これで、ホーストたちが出す斥候たちはゴブリンでもつけて、敵がいない方向へもっていって、私たちが叩く。これで完璧よ」
「それで、その後どうするんだよ。敵は物資が無くて立ち往生だぞ。そろそろ、疲弊しきったエナーリア軍本隊もダンジョンからでてくるだろ?」
「え、無論、捕らえるに決まってるじゃない。言い訳は十分に立つでしょう? 相手は物資なく抵抗ができない状態、そこへ乾坤一擲の攻撃を仕掛け、将軍たちを捕縛に成功したってね」
「そこまで筋書ができてるのか」
「マーリィとオリーヴだっけ? そっちに預けている聖剣使いとしっかり話すためにも、敵をさっさと蹴散らすほうがいいでしょ?」
「あ、そんなのいたな。デュラハンのことがあって忘れてたわ」
「ああ、そう言えば、この大陸の前任者に仕えてたんだっけ?」
「そうなんだよ。でもな、随分と興奮?しててな、というか、前任者から随分時間が経っていて情報の選別が大変なんだよ」
「それは仕方ないわよ。前任者は身内に裏切られたって話じゃない。私なら、ユキが殺されたら、世界滅ぼしてるわよ」
セラリアが迷いなくそう言うと、周りの嫁さんたちも頷く。
「怖いし、意味ないから世界を滅ぼすのはやめとけ」
なにそれ、俺が殺されただけで、世界滅ぼすって考え怖すぎるんだけど。
「ま、それはユキの指定保護のスキルもあるし、何より、全員できた妻だからそんな心配はないわ」
これに、他の嫁さんはまたもうなずく。
「話を戻すけど、エナーリア軍をそうやって物資を枯渇させて追い散らすわ」
「餓死者とか盗賊が沢山でるぞ。ホーストが治める一帯でそんなことに出来るかよ」
「大丈夫よ。追撃かける前に、降るなら食料の供給は約束するっていうわ」
「鬼かお前は。というか、その供給する食糧は奪ったものを使うつもりだろう?」
「無論よ。腐らせるにはもったいないし、それで投降を促せて、餓死者がでたり盗賊になるのを防げるならいいと思わない?」
こんな感じで、セラリアたちの取る作戦に異論はあるものの、被害を出さないという点に置いて一番理に適っていたので採用した。
でも、ホーストたちと一緒にベータンで奮戦して、実力を過小評価させる作戦は木端微塵に砕け散ったわけだ。
「なあ、スティーブ」
「いきなりなんすか?」
「もうさ、嫁さんたちが動いて別働隊は木端微塵だろうし、面が割れても問題ないゴブリン部隊をエナーリア増援にぶつけた方が効率よくね?」
「いや、撤退させちゃダメでしょうに。別働隊への補給を何度もさせて枯渇させるのが目的っすよ?」
「それでもだよ。ベータンに来たら嫌でも防衛戦になる。それを遅らせるにはいい手と思わないか?」
「それは……そうっすね」
「だろ。なら、ほれこれを着て行け」
そう言って、変装セットを渡す。
「うぉい!! 腰ミノとしょっぱいショートソードじゃないっすか!! 服は!!」
「普通のゴブリンはそんなの着ないよ?」
「不思議がるんじゃねーっすよ!! おいらたちは文明人っす!! いや文明ゴブリンっす!! だれが裸で行きたがりますかってんだ!! 流石に怪我するっす!! 靴もないし!!」
「心配するな。その腰ミノは、なにを隠そう、妖精族の長老ナールジアさんが特別に開発してくれた、ゴブリン専用の装備なんだ!! 無論、防御力も腰ミノだけなのに全身に魔力のガードが及ぶ優れもの!! 暑い日も寒い日も魔力をつかって快適空間!! あ、靴は可哀想だから履いていいぞ。ショートソードも無論ナールジアさんの作品な。そこいらの剣より性能上だ」
「あの、ハーゲンダッ◯狂いが、変なところに気合入れて!! というか、このショートソードエンチャント武器じゃないっすか!? そこいらの剣より性能上とかいうレベルじゃねーっす!!」
「よかった。文句はないみたいだな。野生のゴブリンって予定だから、10人ぐらいで頼むわ」
「ひぃぃぃ!! なにか行く方向で決まってるっす!!」
「大丈夫だ。万が一戦死しても、出撃前に写真撮ってやるから、それが立派な遺影になる」
「嬉しくないっす!! 裸族の状態が遺影とかどんな嫌がらせっすか!! あーもう、ちゃんと写真を処分させてやるっす!! お前ら、メンバー選出するっすよ!!」
スティーブが後方で見張りしているゴブリンたちにそう声をかけるが……。
「「パスで」」
速攻で遠慮する。
「パスは無効っす!! いいからついてくるっす!!」
「いやだー!! 誰が好き好んで変態になるかー!!」
「いやー、辱められる!!」
うーん、流石に、この能天気ゴブリン部隊は少し訓練のし直しが必要か?
side:ミリー フェイル牽制軍処理
私は久々に、ロードワークだ。
冒険者ギルドでは受付だったし、奴隷の時は汚い小部屋だったし、ウィードに来てからは……それなりに自由で楽しくて、いい夫もできたけど、結局書類仕事で部屋に缶詰。
だから、この大空の下で……。
「あー、お酒が美味しい!!」
ユキさんからもらった秘蔵の越乃◯梅が美味しい!!
うーん、年末年始に出回る高級酒って言われるだけあるわ。
「ミリー、お酒なんか飲んでないで、さっさと物資を入れてよ」
横で、トーリがそんなことを言ってくる。
相変わらず真面目ね。
ま、だから私が横でお酒を飲んでいられるんだけれど。
「ごめんごめん。もう一杯だけだから」
「もう」
そう言って、杯に注いでいるお酒を飲みほす。
「ぷはぁー!! さて、どれを入れたらいいの?」
「こっちの武具の予備とか矢玉は私が入れておくから、向こうの食糧をお願い」
指を向けられた方向に、小麦粉らしき袋が沢山積んである。
「おっけー」
流石に、トーリに全部任せるような真似はしない。
私もちゃんとお仕事をしてユキさんに新しいお酒でももらおう。
あと、子供は……、私もリエルと一緒ですぐには欲しくない。
というか、子育ては大変だから、ユキさんと過ごす時間が逆に減っちゃうのよね。
私はまだまだ、ユキさんといちゃいちゃしたい。
「ぐっ、貴様、なにをした」
「あら?」
私がそんなことを考えていると、後ろからトーリではない、男から声をかけられる。
振り返ると、昏倒させていた兵士が起き上がる。
んー、鎧が立派だからお偉いさんかな?
「その手をどけろ。それは我が軍の大事な物資だ。小娘如きが触れてよいものではない」
うーん、強制睡眠の魔術はまだ練習不足かー。
「聞いているのか!! 我らはエナーリア聖国の精鋭!! その無礼、命で……」
「黙りなさい」
剣を抜きかけたその兵士は、剣を抜けるはずもなく、私の双剣の1撃で崩れ落ちた。
「私ね、あなたみたいな兵士が大っ嫌いなの」
こんな国の面子のために私の街は滅んだのだ。
私自身はユキさんに救われた。
でも、それだけでわだかまりが消えるわけじゃない。
「ミリー……」
「あ、うん。大丈夫、さっさと残りも入れちゃうね」
エルジュ様のことも許したわけではない、でも、ユキさんが平和を望むから。
あの人なら、きっと、きっと今よりもいい世界を作ってくれるから。
だから私はユキさんの力になろう。
惜しみなく、力や知識を与えて、微笑んでいられるあの素敵な人の為に。
「とりあえず、真面目な顔してもお酒はもう飲んじゃだめだよ」
「え、やっぱりだめ?」
「だーめ。目の前の食糧をおつまみにするつもりだったでしょう?」
「ばれてた?」
「もう、さっさと片付けないと、さっきみたいに目を覚ます人がいるかもしれないんだから、なるべく目につかないようにしないといけないんだよ。ユキさんにいいつけちゃうよ」
「ごめん!! それだけは勘弁して!!」
うん、真面目に仕事をして出来る女アピールをしよう!!
エナーリア フェイル牽制軍 5千人
広域強制睡眠魔術により昏倒、物資奪取に成功。
作戦動員人数2名。
ミリー、トーリ。
次回、裸族が突っ込む!!
がんばれ!!




