第216掘:お転婆姫最前線へ
お転婆姫最前線へ
side:ジルバ帝国 第5王女 ミフィー・ベージズ・ジルバ 王位継承権第8位
「何ですって!!」
私は、当時友好国へ留学していた。
いくら戦争ばかりの日々とはいえ、優秀な兵士を育てるための余裕がないわけではない。
……騎士学校、将来部隊を指揮する立場になるものたちを集めて育てる場所である。
無論、ジルバ帝都にも肝入りの騎士学校は存在する。
しかし、私はお父様の方針で他所の友好国にある騎士学校で学び、力をつけることを命じられた。
友好国へのアピールでもあるのでしょうけど、私が騎士を目指したいと言ったのだから、この程度の長期遠征はこなさなくてはいけないという意味もあるのだろう。
しかし、その留学は急遽予定を切り上げ、騎士学校の長期休暇を待たず飛び出すことになった。
原因は、私へ届いた一通の手紙。
送り主は、ジルバ王城に置いている私個人が重宝している密偵からである。
密偵と聞くとなぜ自分の国へと思うだろうが、この時勢、王族と言う身分は、いついかなる時、暗殺の手が自分自身に伸びたり、身内が殺されたりするか分からない。
しかも、誰が敵か味方かわからないという厄介な状況だ。
だから、私の兄弟は自分自身が信頼のおける密偵の1人や2人を持つのは当たり前だ。
その密偵からの手紙にはこう書かれていた。
『ジルバ王城に傭兵共が乗り込み、暴れまわりました。仔細は現在調べていますが、当時国王がいた、謁見室まで乗り込まれたようです。国王は、その狼藉を働いた傭兵共を特に罰せず、見るに何かあったと思われます。万が一に備え、ミフィー王女様はお戻りください。他の王子や王女へもお抱えの密偵から連絡が行っているはずですが、立場上、すぐに戻れるのはミフィー様だけかと思われます。どうか、よろしくおねがいいたします』
私の父、ジルバ帝国の国王に狼藉を働いて首が繋がっていることだけでも異常。
父の気質なら、即刻処刑のはず。
私は、この手紙を読んで間違いなく、父が対処しづらい状況に陥ったのだと判断した。
しかし、これを放置してはジルバ帝国の威信にかかわる。
ならば、父に代わり私が独断で裁いてしまえばいい。
それが、王位継承権の低く、ただ騎士を目指した私の使い道なのだから。
当然、私は部屋を飛び出し、急遽個人的な用事と言って友好国を飛び出してきた。
護衛も最低限、私の馬についてこれる人間だけにして。
そのおかげで、普通1か月半はかかる道のりを2週間で駆け抜けられた。
「いい、まずは王城に正面から臨むわ。最悪、王城の人間が敵に回っている可能性もあるから、警戒して」
「「はっ!!」」
「普通なら、密偵と連絡を取るべきなのだろうけど、いま王城内がどうなっているかもわからないし、密偵が無事でないかもしれない。逆にそこを突かれて罠にはめられる可能性もあるわ。だから、分かりやすく、正面から行って様子を窺うわ。そうすれば、逆に市民もあつまって、逃げやすくなるから」
市民を巻き込むのは不本意であるが、下手に抜け道などで待ち伏せされれば少人数のこの状況では逃げる道もなくなる。
ならば、大勢の市民をわざとつれ王城まで臨めばいい。
私が帰ってきてると堂々と正面から入れば、協力的にしろ、敵対的にしろ、なにかしら行動を起こすはずだ。
協力的であれば問題はない、そのまま捕らえようとするのであれば、市民に紛れて逃げる。
これでも魔剣使いのマーリィやオリーヴ、ミスト、エアには及ばないが、魔剣使いと数回剣を合わせられるジェシカから褒められもしたのだ。
なにかあっても、簡単にやられるつもりはない。
「あれ、ミフィー様じゃないか?」
「本当だ、でも留学してなかったっけ?」
私の姿を見て市民が騒ぎ始める。
今の市民の様子をみるに、王城の騒ぎは密偵が詳しく調べると書いてあったし、箝口令が敷いてあるのだろう。
表面上は王都は平和なままということだ。
「市民の皆さん少し用があって戻ってまいりました。よければ、少しお話ししながら王城の入口まで付き合ってくれませんか?」
私がそう宣言すると、ようやく本物と認識したのか、1人の少女が駆け寄ってくる。
「わーい、ミフィー様だー」
「少し大きくなったかしら?」
「うん。もっと大きくなってミフィー様と一緒に戦うの」
「あら、頼もしい」
私は知り合いの少女を両手で抱えあげる。
王族の私に市民がこんなに気安いのには理由がある。
私の王族としての価値が低いことを利用した、市民との交流だ。
私は万が一いなくなっても問題がない。
だから、こうやって積極的に市民とふれあい、愛国心を強化するのだ。
などといっても、私自身もこういうふれあいは好きだ。
王位継承権が高い兄や姉はこんな事もままならないから。
「ミフィー様、うちの娘がすみません……」
「いいのよ、とても可愛らしいわ。それでちょっと用事があって戻ってきたのだけれど、なにか王都で問題とかは無かったかしら?」
「いえ、特には。ミフィー様たちのおかげで王都は平穏無事です」
「そう、それならよかった。でも、みんなが安心して暮らせるよう、より一層頑張らなくっちゃね」
「わたしも手伝う!!」
「ありがとう」
私はそんな他愛もない世間話をしながら、王城門へと到着し、別れを告げて中に入る。
表に迎えにきた兵士たちも敬礼をして迎え入れてくれ、特に問題は無いように見える。
……これは直接お父様に聞くしかない。
幸い、私たちに殺気もぶつけて来ないし、箝口令がキチンと働いているようで城内も普通だ。
だから、私は焦りを抑えられず、そのままお父様の執務室へ走っていった。
「お父様!! 傭兵ごときが城を荒らしたと聞きつけ、急いで戻ってまいりました!!」
私は扉を勢いよく開け、父にそう言ったのだが、返って来た言葉は……。
「大至急、魔剣使いマーリィ将軍の元へ向かえ!!」
何か書いていたのであろう羊皮紙を破り捨て、私にそう命令した。
「へ? いえ、あの、お父様、傭兵は?」
「ん? ああ、お前の密偵から報告がいったのか。そっちの方も説明せぬとな。とりあえず座れ。先ほどの命令も合わせて説明する。無関係ではないからな」
「ミフィー様、とりあえず席にお掛けください。長くなります」
「……わかりました」
私が座ると、エアが紅茶を出してくる。
せっかくなので、紅茶を飲み一息つく。
そうしないと、父も話してくれなさそうだ。
「さて、どこから話すかな……。ふむ、お前が聞きたがった傭兵のことからだな」
「はい、私もそちらの事が聞きたいです。お父様の御前、しかも謁見室で狼藉を働いたのにも関わらず、処罰されなかったとか。これでは帝国の威信にかかわります」
「それが事実であればな。だが実際は違う。まず我らが傭兵たち、いや親戚を無下に扱ったのが問題なのだ」
「どういうことでしょう?」
「お前が知っているか知らぬが、遥か昔とまではいかぬ、4代前、王族の一部が新たな土地をめざし、旅だったのは知っておるか?」
「はあ、多少は……。しかし、その王族たちは全て道中半で倒れたと聞きますが」
「それが実は生きておった。当時の王家の紋章と、当時書かれた命令書をもってな」
「まさか……」
「と、門兵も思ったのだろうな。我が直に確認して本物と認めた。本人たちは協力と祖先の言葉をジルバに届けたかっただけなのだ」
「そういうことでしたか。しかし、それで箝口令を敷く理由にはならないでは?」
「なに、元王族ということは、王位継承権が発生するということになる。しかし、現状で王位継承権を持つ者が増えるのはジルバ帝国の不安定につながるのはわかるな?」
「はい」
「だからだ。元王族の末裔だが、彼らは先祖の言葉に従い、ジルバに助力するために来たのだ。祖国に混乱をもたらしたいわけではない。だから、箝口令を敷いたのだ。これで、彼らをジルバの王と掲げようとしても、周知の事実でないし、本人も否定する」
なるほど、無駄な面倒事を避ける為か。
「傭兵の件はわかりましたが、私がマーリィ将軍の元へ向かうというのは?」
「それも関係している。現在マーリィ将軍、オリーヴ将軍、ミスト将軍、そして今話した傭兵たちがエナーリアのベータンの街一帯を押さえた」
「それは本当ですか!! なぜ魔剣使い3人も集めのかたと思えば、エナーリア侵攻を本格的にするつもりだったのですね。そして、その中に例の傭兵たちも加わっていると」
「そうだ。見事にエナーリア領土を切り取ったが、エナーリア軍が奪還軍を編成し本気で奪い返しに来たのだ。二刀流の魔剣使いプリズム将軍をすえて10万を超える大軍でな」
「それは……。オリーヴ将軍たちの総数は?」
「送っている占領軍を合わせて5万届くかだ」
「……ベータン一帯と言いましたね?」
「ああ、その戦力をさらに2つの街と砦に分散してる状態だ」
絶望的だ。
これは、覆せる状況ではない……。
「私が行ったところで力になれそうにありませんが。今の話だと日にち的に既に攻勢がかけられているのでは?」
「はっはっは、流石に騎士を目指し、学んではいないようだな。確かに、普通なら既に戦端が開かれ意味がない。が、相手は予期せぬ災害にあって立ち往生をしているのだ」
「災害?」
その災害で、エナーリア軍の10万は行方不明になり、どこから出てくるかわからない状況になった。
しかし、マーリィ将軍たちの手勢では下手に捜索するわけにもいかず、防衛を整えることを優先する。
敵もこの報告を受け、おそらく増援を送っているらしいということ。
「わかりました。私に足止めをしろと言うわけですね」
「うむ。分かっておるな」
私をおとりにして、援軍が到着するまで時間を稼げと言ってるわけだ。
相手としては、戦争をしてはいるが、敵方の王族が少数の護衛で対話を求めたら応じないわけにはいかない。
大国というのは、諸国への体面というのがある。
話にきた王族を蔑ろにしたり、殺したりしてしまえば、卑怯者と後ろ指をさされてしまう。
最悪、私が死んでもそれで士気を一時的にあげて、増援が到着するまで持たせればいい。
それか、撤退する理由にしてもいいわけだ。相手は極悪非道で戦のルールを重んじていないと。
「では、すぐに出立の準備を致します」
「頼むぞ、エナーリアへの切り口をようやく手に入れたのだ。お前が学んだ騎士の力、存分に試す舞台になろう。しかし、焦らず、落ち着いてな」
「はい」
「マーリィ、オリーヴ、ミスト、そしてあの傭兵たちがいるから、指揮系統を乱すような真似はするでないぞ」
「わかっています」
「では、私はお前のことを説明する書をしたためる。それを持って向かってくれ」
私は頷き、準備に取り掛かることにする。
大きな戦はこれが初めてになり、私の気持ちは高揚していた。
それも尊敬している魔剣使いたちと、その魔剣使いと肩を並べられるジェシカ騎士がいるのだ。
正に、ジルバの最高戦力が集まっている場所だ。
side:ジルバ帝国国王 フィオンハ・レーイガ・ジルバ ジルバ8世
ミフィーが執務室を出ていくのをみて、すかさず羊皮紙を取り出し、ペンを走らせようとするが、手が動かない。
なぜかというと……。
「やっべ!! 適当に色々いったが、どんな内容だったか覚えているか、エア!!」
「はい、覚えています。あの嘘は即席で思いついたのですか?」
「そうだ。思ったより、いい案だと思わないか?」
「ええ、そう思います。あのままではユキたちにミフィー様がケンカを売ることになったでしょう」
「そうだ。それは絶対避けねばならん。それでいて、ユキたちを侮ることなく認識させるにはああいうしかなかったのだ」
「まずは、その旨を書いてはどうでしょうか? ユキたちならばそれで各々で対応してくれるとおもいます」
「……そうだな。まずはそこを書いておこう。あの傭兵たちが敵に回ることだけは避けねばならぬ」
最初に、傭兵たちへの説明をしっかりするようにと、マーリィに書き、その後で、ミフィーを送った理由を書いておく。
「本来であれば、あの傭兵たちでなんとでもできるような気がするのだが……」
命令書、もとい、ユキたちへの嘆願書を書き終えた我はそうつぶやく。
「……いささか、過大評価しすぎかと思いますが、確かに、私も手も足も出ませんでした。ですが、万が一できたとしても、彼らはその意味を分かっているはずですからやらないでしょう」
エアの言う通り、あの傭兵たちが個人で10万を超える軍を撃退してもそれはそれで困るのだ。
国の面目も立たぬし、傭兵たちもこの国を利用するという目的が崩れてしまうがゆえに。
まあ、だからあの傭兵たちにベータンの街を任せたのだがな。
あそこさえ落とされなければ、エナーリア軍は前に進むことはできぬ。
「……さて、援軍が間に合うか、それともミフィーを盾に兵を温存することになるのか」
まさか、あっさりベータン一帯を押さえるとは思っていなかった。
魔剣使い3人を合わせた結果か、あるいは、あの傭兵のおかげか……。
なにはともあれ、これで魔剣使いたちを処罰する理由が無くなった。
まずは、無事にこの局面を乗り切ることを祈ろう。
side:エナーリア攻略軍大将 マーリィ・ヒート
「ミフィー様がわざわざ来てくれるとは光栄です」
「いえ、マーリィ将軍と共に戦場にあれることを嬉しく思います。私も、騎士を目指している身ですので」
私とミフィー様はそう話して、王からの命令書を受け取る。
「お父様、ジルバ帝国国王からの命令書確かにお渡ししました。どうか目を通されますよう」
「はっ、確かに受けとりました。間違いなく、王の蝋封です」
私はちゃんと手順に則り、王の命令書であることを確認し、開封した形跡がないかを見る。
そして、ゆっくり開封し、命令書に目を通す。
「――ッ!?」
私はあまりの内容に驚く。
「無理もありません。ですが、マーリィ将軍、いよいよとなれば私をお使いください」
「いや、そっちじゃなくて」
「は?」
「あ、いや、わかりました。その覚悟確かに受け取りました。ですが、そのような場面にはせぬと誓いましょう」
「ありがとうございます。で、時にかの傭兵たちはどこにいるのでしょうか? 祖先が血でつながっているとはいえ、ここまで駆けつけてくれたその勇気にお礼を申したいのですが」
「「は?」」
まずい、横にいるオリーヴとヒヴィーアが意味が分からないと口を開ける。
「も、申し訳ありません。彼らは現在ベータンの街に詰めております。ミスト将軍ももう1つの街で防衛体制を整えており、この場にはいません。しかし、近々会議がありますのでその時にお会いできるでしょう。今はミフィー様はお体をお休めください」
「わかりました。彼らに会う時を楽しみにしておきます。……ふぅ、ではお言葉に甘えて休ませてもらいます。流石にここまで強行軍でしたので」
ミフィー様が疲れていたおかげか、2人の疑問の声は届かなかったらしい。
「いったい何の話ですか、マーリィ?」
「私も意味が解らなかったのですが……」
オリーヴとヒヴィーアが首を傾げながら、こっちにやってくる。
「2人とも、とりあえずこれを読んでくれ……」
そして、私は王からの命令書を2人に見せる。
「「ぶはっ……!?」」
私よりも凄い反応を示す。
「す、すごいですわね。私なら噴き出しますわ」
「……す、すみません。取り乱しました」
「いや、私もあの場でなかったら堪えきれなかったと思う」
だって、内容が……。
『……という理由でミフィーを上手く使うためにも、傭兵たち、ユキたちを王族の家系といっちゃった。だから、ミフィーとユキたちを会わせる前に説明してボロがでないように頼む』
と書いてあり、その後にミフィー様を盾にした作戦が書かれている。
「……むしろ、この無茶苦茶な説明をする方が難しいのではないかしら?」
「まあ、説明をすればあの人たちは合わせてくれるでしょう。まさか、10万の大軍と援軍も含めて彼らに任せるわけにもいかないのですから」
「じゃ、ヒヴィーアさんに説明を任せましたわ」
「えっ!?」
こうやって、誰がユキたちに説明に向かうか、長時間にわたり会議することになった。
side:ユキ
「ほう、今日はなんですかな?」
「今日はハンバーグだな」
「はんばーぐ、ですか?」
「主な材料は牛の肉だ。この街で処分された牛を利用させてもらったよ」
「……その処分された牛の肉は質はよくないですぞ?」
「それも調理のしようってやつだ。ハンバーグってのは肉を細切れにしてこねて、焼くからな、硬い肉とかは関係ないんだよ。あとは、調味料とかで調整すればそれなりになるってことだ」
俺はそう言って、ハンバーグをこねて作る。
「しかし器用ですな。色々な料理を知っていらっしゃる」
「それは、こちらのセリフだよ。普通に手際よく料理する領主なんて聞いたことが無いぞ」
そう、ホーストは横で俺の指示にしたがい料理をしている。
「はは、私も昔は軍に勤めていましたから、炊き出しとかもよくやったものです」
「そういうところは尊敬できるわ」
「お褒めにあずかり光栄ですな」
男2人でエプロンをつけながら料理をする。
珍しい光景ではあるが、こういうのもいい。
「あ、兄様!! 今日はハンバーグですね!!」
「私も手伝います!!」
「ふふ……、ハンバーグは目玉焼きが欲しいわ」
ちびっこ3人がそう言って手伝いを申し出てくる。
「はいはい、3人ともちゃんと手を洗ってくださいね」
「エプロンはこちらにありますよ」
横で手伝ってくれているリーアとジェシカがすぐに対応してくれる。
「こういうのも楽しいですな」
「ああ」
「まだ戦は終わっていないのに、この賑やかさ、ユキ殿に降って正解と思いますぞ」
「結果はまだでてないぞ」
「今までの状況を見て先が見えないのであれば、それは愚か者ですな」
「とりあえず、皆の分をさっさと作るとしよう」
「そうですな。戦もまずは腹からです」
なっはっはと笑いながら、男2人は豪快にハンバーグを量産していく。
「……凄く、賑やかですわね……。私があの時チョキを出せてれば……」
外で、どっかの魔剣使いの姉が、挙動不審で職務質問されていると話を受けたのは、丁度ハンバーグが出来上がった頃だった。
お転婆姫と書いてありますが、それなりに有能です。
流石は大国ジルバというわけですな。
と、そんなことより、ハンバーグに半熟の目立焼き載せると美味いよな。




