第1901堀:頼むことは多岐になりがち
頼むことは多岐になりがち
Side:サマンサ
私はユキ様に呼ばれて、ヴィリアやニーナさんたちが訪れる町の亜人を救出する時の助言をということで、新大陸指令室にいるのですが、ヴィリアさんたちの前に置かれた、戦略兵器の数々を見て……意識が遠くなっていきます。
ゴス。
「がふっ」
そんな鈍い音が腹部から響き、思わずはしたない声が出てしまいます。
いや、それだけ痛かったのですが、そもそも誰かと思い、遠くなった意識を戻し誰がそんなことをと、視線を腹部に向けると、そこにはよく見た細い腕が伸びています。
「いったい何のつもりでしょうか、クリーナさん?」
その犯人は学生時代からの親友と呼んでも過言ではないクリーナさんでした。
「……普通に意識飛びかけていたから」
「そうでしたわ。ありがとうございます」
「気持ちはわかる」
よかった、クリーナさんにとっても、あの道具はどう見ても意識を飛ばしてもおかしくないもののように見えるようです。
『あははは、気持ちはよくわかります』
『『えー』』
そして、画面向こうで苦笑いしているヴィリアと、説明に文字通り飛んで行った馬鹿研究者のコメットさんとエージル。
ナールジアさんは工房にこもっているというのは、安全なのでしょうか?
まあ、それはいいとして。
「とりあえずだ。3人、4人へのパワードスーツの実験を兼ねているというのは分かった。ヴィリアたちは武器を除いてとりあえず装着を試してみてくれ」
『え? マジ?』
ニーナさんも目の前のきぐるみを見て唖然としていますわね。
私もその気持ちはわかります。
確かに変装が必要だとはいえ、きぐるみを着て亜人を太刀を助けるというのは微妙でしょう。
「別にきぐるみを着ろって話じゃない。向こうは期待して色々持ってきたんだから、自分の使いやすいやつを選べって話だ」
『ああ、なるほど』
『え~。きぐるみも一度は使ってほしいな~』
『そうだね。実戦での評価って大事なんだよ』
「気持ちはわからないでもないが、きぐるみだと何かをつかむにも一苦労だから、使うにしても今回じゃない」
『『ああ~』』
なるほど。
確かにきぐるみの手は大きく、普通の手と同じように動かすわけにはいきませんわね。
「まあ、何かをつかむぐらいはできるだろうが、棚を開けるとか、書類をめくるとなると難しいだろう?」
『それは言われるとね~』
『流石にきぐるみで書類仕事を考えてはいなかったな』
そうでしょうとも。
そして、今回その書類が私が出張った理由でもあります。
「今回はその書類を是非とも確保してほしいので、ちゃんと書類を確認できるスーツにしてほしいですわ」
「そう。証拠をこちらで確保する。今回はほぼ関係のない国だからこそ、その手の不正の証拠を握っているというのは今後の展開で有利になる。というか、クリアストリーム教会の醜聞の証拠というのは、これからの北部で動くことに関しては必須」
クリーナさんの言う通り、クリアストリーム教会をこれから相手にしていこうというのです。
少しでも周りを味方につける必要があります。
今のままでは、ギアダナ王国は周りから潰されかねませんし、暴走した馬鹿が南部の国に襲い掛かりかねません。
何とか押し返し、北部の問題としてはいますが、いつそれが崩壊してもおかしくはないのです。
『話はわかりましたが、サマンサとクリーナはイフ大陸の外交があったのでは?』
「兼任中ですわ。まあ、向こうは新大陸進出に対して色々協議していますので、判断材料となる事柄が多いとありがたいのです」
「ぐだぐだ言って話が進まないから決定打が欲しい」
『ああ、そういうことか。向こうも向こうで大変なんだな』
クリーナさんの言葉にキシュアさんが呆れたような感じで返事をします。
確かにそうですわね。
こちらがこれだけ準備をしているのにいまだに進出はしていませんし。
それだけリスクがあるとみているのか、それとも部下の統制に苦心しているのか。
まあ、どちらにしろ、私たちはより国が動きやすい環境を整えるためにこうしてこの場に来ているのです。
「ということで、北部の事情を、あるいは弱みを握るような情報はこちらとしてはありがたいわけです。まあ、ウィードにとってもですよね?」
「ああ、イアナ王国でも冒険者として色々調べるだろうが、道中3つの国を抜けることになるし、別に教会以外でも情報を集められるのならそれに越したことはない」
そういうことなのです。
あくまでもクリアストリーム教会の情報は最優先というだけで、ほかの国の情報がいらないというわけではありません。
まあ……。
『あはは、お兄さま。予定よりもやることが山ほど増えているのですが……』
その分ヴィリアさんたちの仕事が大幅に増えるのですが……。
それでも大義名分というか、変身ヒーロースーツで姿を偽れるのであれば、これを機会にできることはやっておくべきという判断をしたユキ様は間違っていません。
「そうだな。だから無理にとは言わない。とはいえ、クリアストリーム教会の支部が亜人を集めているとなると、教会が独自でやっているわけでもないだろうしな」
「……必ず、その国の権力者が少なからず協力しているはず」
「クリーナさんの言う通りですわ。そして、ギアダナ王や宰相のお話を聞けば、どの国でも以前は普通に税金を納めている国民として認められておりました。確かに排斥という感情があったにせよ。それを全部捨ててまでというのは、やはり違和感がありますわ。何せイフ大陸でも相応に排斥はしておりましたが、ローデイなどはホワイトフォレストと親交は普通にありますもの」
そう、クリアストリーム教会が主導で行っているとはいえ、この規模のことは必ず国、あるいは相応の組織が協力して行わなければ実行できることではありません。
ヴィリアさんたちに無理を強いることにはなっていますが、これはある意味妙手ですわね。
後手に回っていた、他国への調査が出来るのですから。
「……正直、領主館にも乗り込んで書類関連を押収してほしい」
『いや~、それは流石にただの強盗になるだろう』
「いや、非正規の活動だし、元々強盗」
『『『……』』』
クリーナさんの言うことはとても分かります。
もう、ほぼ強盗と変わらないのであれば、そのまま領主館に押し入って書類関係も全部確保してもらえればありがたいですわね。
とはいえ、名目上亜人を助ける正義のヒーローを名乗る予定ですからね~。
正義は我にありとして動くからこそ、民衆がついてきてくれます。
下手に領主館襲撃となれば、民衆は味方になりえないでしょう。
そうなればウィードとの関わりは徹底して隠さなくてはいけません。
私たちの弱みともなりえます。
まあ、最初から正義のヒーローとウィードが繋がっているとバレれば問題なのですが。
色々考えましたが、結局のところ、私たちは現場で活動することはないのです。
ヴィリアさんたちがどう動くか。
『ああ、そっちの調査は私に任せて。元々得意だし』
そう言ってのけたのはニーナさんです。
確かに、ニーナさんは元々諜報活動をメインにしていた聖剣使い。
そういうのは得意でしょう。
「まて、そうなると教会の亜人救出メンバーが減るぞ? それとも時期を別々にするのか?」
『別々。戦力を分散する理由はない。まあ、正直に言えば同時におこなえば敵の戦力を分散できるからいいけど、それだと関連を疑われる。あくまでも単独犯だと思わせるべき。それに調べる時間がほとんどない。教会を襲撃したあとの町や領主の動きを見て、書類の目星をつける』
「妥当だな。とはいえ、関連を疑われないといってもな……」
ユキ様は少し遠い目をしています。
確かにそこまで騒ぎが立て続けに起これば、まず間違いなく関連を疑われるでしょう。
『それは基本ばれないようにする。亜人救出の教会は堂々とするけれど』
「そうだな。別にバレる前提ではないしな。隠密で頼む」
そうでした。
なぜ領主館などの調査もバレること前提だったのでしょうか?
いえ、正義のヒーローですから、堂々というのが頭にあったのでしょう。
ですが、バレる必要がないのであれば、隠しようはいくらでもあります。
流石に亜人を助けるのにこっそりは無理だから堂々とやろうということなのですが。
たった4人での襲撃と人質の確保ですからね。
かなり強引な手段を取らざるをえませんし、教会の非道を伝えるという宣伝にもなり得ますからね。
『えーと、色々お話をしましたが、纏めると、教会に囚われているであろう亜人の救出、そしてその協力者の洗い出しとその証拠となる書類の確保。それをこのパワードスーツを着て行うということですね?』
「ああ、ごちゃごちゃ言ったがヴィリアがまとめてくれたとおりだ」
はい。
ヴィリアも随分と逞しくなりましたわね。
私はあの武器を見て一瞬意識が飛びかけましたし。
「……でも、無理は禁物。ヴィリアたちの目的はあくまでもイオア王国へ向かうというというのが最重要。この行程をこなせないようなら、無視。いい?」
クリーナさんが念を押していいます。
その通りです。
これはあくまでも出来たらの話。
私たちが顔を出したせいでヴィリアたちに無理をしてでもという感じになりましたが、大事なのはイオア王国での調査です。
下手にヴィリアたちの活動がバレれば、この行動自体が無駄になりますからね。
クリアストリーム教会に入り込むのも難しくなるのは目に見えていますわ。
だから、無理は禁物。
それにヴィリアたちが傷ついてしまえばそれこそ駄目です。
『わかりました。では、今の目的に合った変身スーツを選びますね』
「ああ、そっちにいるコメットとエージルは使い方だけを聞くだけの相手と思っていいからな」
『『え~』』
「え~じゃない。広域殲滅武器とかの説明受けても使うタイミングがないだろうが」
その通りです。
ユキ様もいってやってください。
本当にナールジアさんたちの作る常識外の武器は基本的に使う場所が限定されているどころか、最初は威力が高すぎて使う本人も被害にあうのがありましたし。
『いや、ほら、敵に囲まれたりしたときにはぁーってさ』
『そうそう。爆発! とか言うとドーンってさ』
「別に倒す必要はないだろう」
ですわね。
下手に被害を出せば反目が厳しくなりますし、というか、やっぱりそういうのがあるのですね。
あの画面に映っている武器。
覚えておきましょう。
しれっと、私たちに護身用の実験として混ぜてくることは多々ありますからね。
「そういえば、自爆は?」
『『ある』』
「『『外して』』」
当然ですわね。
『『ええ~』』
一度お願いを聞くと、色々追加されてくるよね。
あれもこれも頼まれてキャパオーバーになるというのはよくある。




