第1897堀:道中も忙しくなりそう
道中も忙しくなりそう
Side:ヴィリア
私たちは既にイオア王国へ向けて北上を始めています。
正直、ギアダナ王国の動きは気になりますし、エノラお姉さまのお手伝いをしたくはありましたが、お兄さまがイオア王国へ向かえと言ったのですから仕方ありません。
私は私の仕事をこなすだけです。
……なのですが。
「見渡す限り草原。退屈」
「そんなもんだろ。イフ大陸もこんな感じだったろう」
「ですわね」
エージルさんたちの言う通り、私たちは今のんびりと街道を歩いているだけです。
もちろん、走れば速度は上がるのですが……。
「もういっそ走らない?」
「さっきも言ったがやめろ。ここは主要街道であちこち人が見える」
「ええ。下手に爆走しては警戒というか注目されますわ」
そう、この街道なのですが、意外と人がいるのです。
私たちが走れば、あるいは空を飛んでしまえば、イオア王国へは10日と掛からず到着するのですが、その速度は冒険者ギルドの中では、最高ランクの人たちぐらいなので、私たちがその速度で移動してしまえば怪しまれるということです。
もちろん、ドドーナ大司教の弟子ということですから、ある程度誤魔化せますが、あくまでも北部がどうなっているのか、クリアストリーム教会の目的や動きを調べるというのが私たちの仕事です。
露骨に強いところを見せてしまえば、各国が確保に動いてしまうでしょうし、こっちの動きを露骨に監視されることになります。
こっちが調査をしたいのにこちらが監視をされてしまえば本末転倒ですからね。
「じゃ、隠れて行けばいい。迷彩マントはもらっている」
「それもだめだ。出発日と到着日が短すぎて疑われる」
「ですわね。ただの旅人ならともかく、私たちはあくまでもドドーナ大司教の弟子として、相応の実力者として向かうのです。そこらへんはしっかり調査されるでしょう」
そうです。
まあ、そこまで正確ではありませんが、ギアダナ王国から出発したというのは冒険者ギルドの方から連絡を入れていますし、露骨に日数が合わなければ怪しまれます。
実力を過剰評価されるのはともかく、偽物だと思われるのは相当面倒なことになります。
誤解を解いても実力もばれることにもつながりますからね。
そうなれば信用はダダ下がりでしょう。
「というか、この程度のことをニーナが分からないわけないだろう? なにせ、諜報はお前のメイン活動だったろ?」
確かに、キシュアさんの言う通り、ニーナさんは私たちのウィードに来る前から聖剣使いの諜報員として、各地の調査をしています。
だから、今話したことぐらい理解しているはずなのですが……。
「わかっている。でも、わざわざ徒歩でここをのんびり歩く理由はもうない」
「もうないって言ってもな。早く行く意味はないだろう?」
「ある」
キシュアさんの言葉を即座にぶった切る返答をします。
私とスィーアさんは顔を見合わせ……。
「理由を聞いてよいですか、ニーナ」
「もちろん。移動に関しては、ユキから道中の魔物の動きとか人の動きを見てくれというのがある」
「ありましたね」
お兄さまが徒歩、あるいは馬車で移動してくれというのはそれがありました。
しかし、馬車は遠慮したのです。
流石に馬車は馬の世話があるので、私たちにとっては重荷でしかありませんから。
普通なら潤沢な荷物も持ち運べる馬車は重宝されます。
ですが、私たちの場合はアイテムバッグはもちろん、アイテムボックスのスキルもあり、物資は山ほど。
それに、旅用の荷物も背負っていますが、それをモノともしませんから。
お馬さんの方が私たちについてこれません。
あと、最悪は車を出しても良いと許可をもらっていますので、本当に馬車の必要性がないんです。
と、そこはいいとして、私たちが遅い徒歩で移動しているのは北部の状況を体感するためです。
曰く、北部の魔物の動き、そして人の動きなどが知りたいということでした。
なので、そういう意味でもニーナさんが言うように走ってしまうのはお兄さまの意図から外れるのではと思うのですが……。
「体感に関しては、すでにこの1日で十分。人通りは多くて、兵士の巡回も見られる。メイン街道は魔物はおろか盗賊の気配もない。ここは安全と判断できる。というか、私たちが一日歩いた程度で把握できるわけがない。だから、さっさと町に移動して情報を集める方がいい」
「なるほど」
確かに、その通りです。
私たちの体感は大事ですが、結局のところ最近の動向や今までのことについては、ここにいてはわかるわけがありません。
町に行って情報を集める方がマシだというのはその通りです。
「言っていることはわかるが、私たちの移動速度を知られるのは良くないんだよ」
「それは別に素直に冒険者ギルドに報告する必要はない。移動がメインなんだし、町に入るだけ入って、報告をしなければいい。あるいは、普通の一般の人として入ってもいい。それで情報を集める方が効率的」
「確かに、素直に移動してきたという必要はありませんわね。様子を見て到着したと報告してしまえばよいわけですし」
「それなら大丈夫? ですか?」
確かにできるとは思います。
ですが、お兄さまの趣旨と違う可能性も。
「ヴィリアの心配はわかる。だから、ユキに聞いてしまえばいい」
私の心配を当ててしまうニーナさん。
そんなに顔に出ていたでしょうか?
「ということで、どう?」
『ん? 別にいいぞ。向こう側にばれないなら情報は集めてほしいしな。こっちも忙しいから、そっちに面倒をかけることになるが』
いえ、すでに連絡を取っていたようです。
私たちの会話も筒抜けということですね。
「別に面倒じゃない。移動がのんびり過ぎて退屈していたところ。思ったよりもギアダナ王国というか、クリア教会が頑張っていたおかげで北部の中央は意外と静か。行きかう人も穏やかで本当にやることがない」
『そういえば、ドドーナ大司教がここら一帯の魔物をたたき出したとかいってたな』
「そう。おそらくそのおかげ。まあ、国も協力はしていたと思う」
『そりゃな。クリア教会が魔物を退治した土地を何もしないで譲り受けたとか、国としてのメンツは丸つぶれだろう。それに、現在のギアダナ王やダエダ宰相とは別に折り合いは悪くなさそうだなしな。相応の協力関係があったのはわかる』
確かに、ギアダナ王やダエダ宰相とは和やかに話をしつつ、クリアストリーム教会に乗り込んでいましたからね。
あ、そこで思い出したのですが……。
「お兄さま。そういえば、クリアストリーム教会のことはどうなりましたか?」
「制圧した教会のことか?」
「それもありますが、全体の動きも聞きたいです。あれからさほど報告は受けていないので」
「そういえばそうだったな。亜人たちを確保して治療したぐらいしか聞いていないな。何か進展はなかったのか?」
私の質問にキシュアさんも賛同してくれます。
『あ~、そっちか……』
ですが、お兄さまにしては歯切れの悪い返事が返ってきます。
情報を持っているのであればズバズバ言いますし、情報がなければ何もないと言い切るはずです。
つまり、何か私たちに言いたくない内容があるということでしょうか?
「ユキさんらしくないですね。私たちに伝えることに不都合が?」
「珍しく歯切れが悪い。結論を言うことがそんなに不味い?」
お兄さまの返事には私だけでなく、スィーアさんやニーナさんもおかしいと思ったようで聞き返します。
『ま、隠しても仕方がないが、飯が不味くなる話なんだよ。そこの覚悟はできているか?』
「ん? 飯が不味くなるって教会で行われていた拷問関連の話だろう?」
「今更では?」
私もその通りだとおもいます。
いえ、私に配慮をしている可能性もありますね。
お兄さまは私を大事にしてくれていますから。
余りに酷い話をすると私が精神的に問題あると考えているのかもしれません。
なので……。
「お兄さま。私に遠慮はいりません。冒険者としてここに来た時から、いえ、お兄さまの為に軍に入ったときから覚悟を決めています」
ウィードで悪漢に追われて、震えていた私はもういません。
敵を切り捨てることはできます。
ドドーナ大司教には、対人戦でのためらいをちょっと指摘されましたが、それでもできるとは断言できます。
そう覚悟を決めてお兄さまに言うと……。
『そっちの覚悟ではないんだが、まあ、いいか。変装とかそういうのは色々考えようはあるし』
「「「変装?」」」
何を言っているのかと思っていると、お兄さまは話始めます。
『俺がためらっていたのは、ギアダナ王都のクリアストリーム教会を押さえて出た情報だ』
「やっぱり何か出てきたんだな?」
『ああ、まあ、予想は出来たがな』
「珍しく引き伸ばす。さっさと喋る』
『わかった。簡単にいうと、クリアストリーム教会の亜人拷問の方法とかそういうのがわかった。目的自体はそこまでわかっていないが。魔石に魔力を集めること以外は』
「方法といっても、痛めつけるのが目的では? バイデンとほぼ酷似しており、血から魔力を供給しているわけですよね? 恐怖などの感情があれば血に含まれる魔力が上がるというのはわかっていますし」
スィーアさんの言うように、拷問をして、血を流させるのは、感情の高ぶりで血液に含まれる魔力が多くなるというのが、ウィードの研究でもわかっていることです。
おそらく、意識するからではということになっています。
とはいえ、それはわかっていることで、新たな方法というのは?
『そっちの方法じゃない。ルールの方だな。拷問をするための場所とか人とかそういうの』
「「「ああ」」」
言いたいことが分かりました。
そういうことですね。
拷問の方法ではなく、拷問を行うための条件というわけですか。
『ギアダナ王都を押さえたことによって、各地のクリアストリーム教会への強制捜査が始まったんだが、今のところ拷問が行われたところはなかった。まあ、王都の教会にいた連中を絞め上げた結果、基本的に、各国の王都、あるいはそれに次ぐ町の大きな教会に集めて行っているということが分かった』
「はぁ? って、言われてみれば納得だな。流石にどこでもできるようなことじゃないだろうし」
「そうですね。亜人を集めて、どこか大きな場所でしないと、すぐにばれて評判に関わりますし」
「……つまり、私たちが行く先々で、囚われた亜人がいるかもしれないのを見過ごさないといけないってわけか」
「「「あ」」」
私たちはこれからイアナ王国へ向かうために、相応に町を訪れる予定です。
その町には当然クリアストリーム教会が存在しているわけで……。
『無視できないだろ?』
「……確かにな。理解してしまえば無視はできないよなぁ」
「というかイアナ王国の王都に向かう予定でもありますし、そこには拷問をしている場所がある可能性が高いわけですよね?」
『その通り。無視できる?』
「「「……」」」
お兄さまが言いたくなかったわけが分かりました。
今回イアナ王国へ向かっているのは基本的に私たちだけです。
つまり、その旅の過程で遭遇する被害者たちを助けられるのは私たちだけ……。
でも、そんなことをしていては、イオア王国へ向かうという目的が達成できない。
北部の様子を見るというのが……。
どうしたらいいの?
そう思っていると。
「だから、変装とか色々っていってたわけか。それを採用するから、助ける人員をよこして。ああ、輸送要員?」
ニーナさんがそういって話を促します。
そうか、だからお兄さまは話したのか。
解決する策が思いついたから。
なら、私たちはそれをしっかり聞かないといけませんね。
よく考えれば当然の話です。
意外と拷問とかも専門家がやらないと、相手をあっという間に死に追いやりますし、ちゃんとした人がしないといけないんですよ?
なので、どこかに集めてまとめてやるのが効率的ではあるわけです。
そして、そこを強襲することになるかもしれないヴィリアたち。




