第1896堀:崖下調査の報告と可能性
崖下調査の報告と可能性
Side:ユキ
「だね。僕も興味あるし。新しいお店か~。って、ユキ。南部の調査報告書は目を通したかい?」
エージルから鋭いツッコミがくる。
いや、別にサボっているわけじゃないんだが、ペースは落ちていたかな。
「いや、まだ目を通している最中。もうちょっと待ってくれ」
そう言って、俺は改めてエージルから渡された調査報告書へ意識を集中する。
オレリアたちのお店にちょっと意識を持って行かれていたからな。
もう一度読み直してみる。
とはいっても、目新しいことはない。
調査初日に送られてきた報告書が一番目を引いたんじゃないかってぐらいだ。
つまり、それ以降変化、目新しいことはないということ。
あえて言うなら3日ほど前にむき出しの鉱脈筋を見つけたってところか。
断層が見えてる崖下ならではだな。
とはいえ、拠点として不向きなんだよな。
水としての河川は確かに存在するが、町はもちろん、大量の水を消費するには向いていないんだ。
精々幅が100メートルから200メートルだからな。
そして崖下の幅が最大で600メートル。
迂回の河川を掘って池を作るというのはほぼ無理だ。
つまり、そのまま使って流すということになる。
汚染水をそのまま流すことになると、どれだけ影響が出るかわからないし、浄化システムを作るにも場所がないわけじゃないが、崖を削ることになる。
そんな大規模な工事をするなら、荒野の土地を使ってやった方が簡単というわけだ。
「改めて読み直したが、特にこれと言った目新しい報告はないな。鉱脈が見つかったのはいいが、環境変化とかもあるし、使うのはなぁ」
「まあ、それは僕も同じ意見だね。とはいえ、パッと見ても埋蔵量はむき出しの所だけでも10トンは超えるっていっているから、いざという時の予備にはできるかもね」
「そういう扱いが妥当だな。で、映像もそこまで変化は無し。それで、現場を見たエージルからの意見は? 魔物に関してはワズフィやハヴィアに聞いた方がいいか?」
「いや、魔物に関しては水辺、あるいは水中のちょっとした魔物だけだからね。以前報告書を上げた内容から変化はないから僕からの話で十分さ」
「そうか、で、現場を見たエージルとしては?」
改めてそう聞くと、エージルは飲んでいたお茶を置いて真剣な顔つきになって……。
「僕としては、その変化がないということが一番の問題だと思っているのさ」
「変化がない。つまり、崖下の環境か?」
「そう。ユキが以前、地下に水脈、地下水が溜まっているって言っただろう?」
「言ったな。そうでもなければ崖下にいきなり川が現れるわけがない。上に川があって滝が出来ているわけでもないんだろう?」
「うん。それは無い。始まりの地点の崖を降りてきたんだから。水の一滴すらなかったよ」
「だろうな。俺も調査開始地点のデータはもらっている。雨期に雨が降っているとかでもなさそうだしな」
「うき? ああ、雨が降る時期ってことかい?」
エージルが俺の言葉に首をかしげて聞いてくる。
ああ、そういう特殊な環境は知らないよな。
「そうだ。地球では砂漠にも雨が降る時期があってな。そこで一時的に川が出来て流れが出来るというのもある」
まあ日本には雨が降る期間というか、季節として梅雨というのがあるけどな。
「ふむ。つまり、荒野は今、雨が降っていないだけって可能性もあるわけか。でも、降っていないって断定していたよね? なぜだい?」
「降ってはいるかもしれないが、崖下の川を作るようなことはないってことだな。理由は崖上の映像」
そう言いつつ、以前フィーリアが用意してくれた映像をコールでエージルに送る。
すぐに開いてみるエージル。
「これは僕も持っているよ」
「だろうな。拡大してみろ。水が流れたような跡はあるか?」
「水が流れたような……。ああ、水害のような跡がないってことかい?」
「そういうこと」
流石は頭の良いエージルだ。
俺が少し言っただけで把握してくる。
そう、崖上には水害と言うと違うが、水が流れた跡はないのだ。
雨が降れば地面に落ちた水は高いところから低いところへと流れる。
量の多寡にかかわらずだ。
そして雨が上がって乾いたあとには、水が流れた跡が地面に残る。
これはどこにでも見られる。
特に、コンクリートではない、地面がむき出しの所には。
「ここには雨が降っても、川になるほどの水量が集まらないんだろう。拡大すれば細々とした水の流れはあるから、雨が絶対に降らないってわけでもないが」
「確かに、その通りだね。とはいえ、本当に細々とした水量だね」
エージルの言う通り、せいぜい今エージルが飲んでいるコップをひっくり返したぐらいの跡がちらほらぐらいだ。
「つまり、水源は確実に地下ということになる。まあ、荒野の植生を見てもその通りだとは思うが」
「その推測は当たっていると思う。でも、一旦そこで荒野の雨から離れよう。今話しているのは崖下の環境のことだよ」
「そうだったな」
そうだった。
エージルは変化がないというのが注意点。
つまり、おかしい所かもしれないと言ってきたことだ。
「崖下の環境はこの7日ほどで約700キロほど南下しているけど、変わりはないんだ」
「ああ、報告書にそう書いてある」
「植生については、正直専門家じゃないからわからないけど、そこまで変わりはないと思っている。あ、薬草類は台地の方が面白いけどね」
「そうだろうな」
エージルにとっては地形とか環境よりも、そういう研究素材になるモノの方がうれしいはずだ。
そこは研究者としての専門分野の違いだろうな。
魔剣を中心とした、魔道具の制作がエージルの仕事だったし。
まあ、それでも台地の薬草はエージルの興味を引くほど特異な物だったというやつだ。
そういえば、あの薬草の解析どうなっているのやら。
たしか、ルルアが人体実験、投薬実験をしたいとか言っていたし、何かしら成果はでたか?
いや、まだ時間はそう経っていないしな。
こういう薬物実験はかなりの期間が必要か。
「で、ここまでのことと、ルナが撮ってきた自力衛星写真があるだろう? それを見てみると……」
と、そうだった。
今はエージルから南部の報告を聞いている最中だ。
俺もルナから提供されている自力衛星写真のデータを展開する。
新大陸は細長なので地球で言えばアメリカ大陸北部と南部を合体したような感じだ。
中部は地峡となってはおらず、そこにドンと横断するように大森林が広がっている。
そして、その下には荒野が広がっているのが見える。
「南部のほとんどというか中部は荒野だ。でも、南端。つまり南側は森林が広がっているのが見える」
「確かにそうだな」
エージルの言う通り、ルナが撮った写真から推測すると、この荒野はおよそ縦に5000キロぐらいあり、そしてそこから緑の大地が広がっているように見える。
「つまりだ。崖下の環境は南端の環境が進出していると僕は考えている」
「崖下の環境は南端の環境か。でも崖は南端まで繋がっていたか?」
「いいや、地図にはこの崖すら映っていないね。なにせ最大幅600メートルだし」
「世界地図の規模、尺度からすれば、映らないか」
「拡大とか、地球の地図みたいに解像度が変われば行けるんだけどね」
「そこまで細かくしているわけがない」
地球の世界地図が拡大して見えるのは、その拡大率に合わせて、画面を切り替えているからだ。
つまり、その拡大率に合わせて写真を撮っていないといけない。
そんなことをルナはしないし、そんなプログラムを組むわけがない。
とりあえずで用意してくれたものだ。
「だよね~。やっぱり、宇宙に出る必要はあるよね。ハヴィアの宇宙開発が上手く行くことを祈るよ」
「そうだな。と、まあそこはいいとして、確かに南端は緑にあふれているな。そこを考えると、この崖が南端と繋がっていて、その環境を受け継いでいるというか進出しているって意見か」
「そういうこと。まあ、崖下が閉じていて、台地と同じ特殊環境下って言う可能性もあるけれど、個人的にはこれを推したいな」
「推すか。理由は?」
「植生が台地ほど突飛ではないことと、オーエとの植生が同じだったことかな」
「なるほど。そういえば、オーエと同じ植物が多いと報告に上がっていたな」
まあ、地球で言えば南半球、赤道に近く、熱帯に近いからな。
「そういえば、気温とかはどうなっている?」
「気温? ああ、確かに蒸し暑いね。もちろん記録に取っているよ。とはいえ、オーエも随分蒸し暑いからね。余り気にしていなかったね。あった、えーと摂氏24度から34度って感じだね」
「10度も気温差があるのか」
「ああ、荒野の方が26度から34度だね。ほかのオーエや崖下、台地が24度から28度ってところだよ」
ふむ、相応ってところか?
しかし改めて気温を聞くと、日本の真夏は本当に暑くなったよな。
「気温が何か気になったかい?」
「いや、地球との差異があるのかと思ってな」
「あったのかい?」
「いや、ほとんど違いはない。というか、日本の夏の方が暑かったってのを思い出したよ」
「はい? 日本が? 赤道よりかなり北だよね?」
「ああ、夏場の気温は27度から35度は普通だったよ」
「げっ、物凄く暑くないかい?」
「暑いな。熱中症で亡くなる人もいたし」
「それでよく生きてたね」
「そりゃ、冷房とかあったしな」
冷房器具がなければ、死者多数だったろうなと今更ながら思う。
実際熱中症で死亡事例はあるからな。
「あ、そうか。と、そこはいいとして、南端の環境が別物ではなく、オーエと似通っているのであれば崖下の環境は南端から来ているものかと思ったわけだよ。特異でもないしね」
「確かにな。荒野を挟んでいるから、オーエがある大森林からの流れは無いのは確認しているし、そうなると南端からって思うのが自然か」
「そういうこと。つまり、あの崖下を南下して行けば南端の大森林に着くんじゃないかって思っているわけさ」
「なるほどな。とはいえ、それまでに魔物が北上してくる原因が分かればいいんだけどな」
「それは……正直難しいね。今のところ崖下から上に上るルートはないし、荒れた様子もない。つまり、今のところ崖下は魔物が移動した気配はないんだよ」
「はぁ、というとやっぱり別の場所が発生源とみるべきか」
「今はね。とはいえ、これで多少は調査ができたから、ここから起点を決めて、東西を調べるって方針だし、そこからだろう」
「だな」
調査はまだ始まったばかり。
とはいえ、展望が見えてきてはいるから、マシなんだよな。
今までがなんでも解決に結びついてくることが多かったからな~。
これが普通。
南部の調査は地道ではありますが、色々な事実がわかってきてはいます。
これが本来の開拓とか調査ってやつなんですよ。




