第1885堀:自然の不思議
自然の不思議
Side:ユキ
「戻りました」
「お帰り~」
タイキ君がそういって執務室に入ってきたので、俺はのんびりと帰還を迎える。
「タイキ様、お疲れさまでした。こちらに」
すぐにオレリアがタイキをソファーに案内して、ホービスがお茶の準備をし、ヤユイが机で書記の準備を整える。
プロフは俺の横に仕えていて、いつでも動けるようにしている。
ちなみに、リーアはというと。
「あ、お帰りなさーい」
一生懸命に自分の机で仕事を捌いている。
「えーと、ユキさんはともかく、リーアさんの仕事ってなんですか? あんなに業務ありましたっけ?」
「ほら、一応キャナリアのお店の書類と、フィオラが南砦の指揮官補佐やっているからな、外交関連の手伝いもしているんだよ」
「あ~。向こうに指揮官として取られていましたね。リーアさん大丈夫なんですか?」
流石にリーアがその手の外交に慣れているとは思っていないようで、心配そうに声をかけるが……。
「……大丈夫です。初めてってわけでもないですし。フィオラやプロフたちがくる前はしてた仕事ですから」
「あ~、そういえばそうだっけ。でもなんで今更? 別にフィオラ将軍がしないってわけじゃないんでしょう?」
「ああ、リーアがキャナリアの頑張りを見て自分もってな。悪いことじゃないし、やってもらっているわけ」
「なるほど。別に損になるわけでもないか」
と、そんなことを話しているうちに、ホービスがお茶を持ってくる。
「どうぞ~」
「あ、どうもありがとうございます」
日本人らしく、お茶を出されてお礼を言うタイキ君。
「ほっ。やっぱりあったかいお茶を飲むとホッとしますね」
「そうだな。で、現場はどうだった?」
タイキ君が俺の執務室に来ているのは、南部の調査について、直接聞くためだ。
今回の調査にはタイキ君が護衛としてついて行ってくれているからな。
「そうですね。まあ、デリーユさんからも聞いていると思いますけど、聞きます?」
「ああ、デリーユからの報告は聞いているけど、同じ日本人としての意見は欲しいからな」
「了解です。と言っても、俺の方からは特に目立つことはなかったですね。まあ、しいて言うなら、やっぱり崖下の環境はびっくりしましたね」
「緑が沢山だったってやつか?」
「ええ。上があんな荒野なのにって感じですね」
デリーユたち第一班の報告でも上がっていたが、崖上、つまり地上は荒野であるのに対し、崖下の亀裂の中は緑が生い茂っているのだ。
台地の方も緑が生い茂っているので、何というか、変な環境だというのは間違いない。
「まあ、崖下はわかるんですよ。ほら、ああいう大陸の下には膨大な地下水があるっていうのは良くある話でしょ?」
「ああ、そういう話はあったな」
地球では、大陸の下には膨大な地下水があるというのは、意外とどこでもある話だ。
温泉とか日本列島ならある程度まで掘れば絶対出てくるだっけか?
まあ、人が入れるかどうかはわからないが。
「だから、地面の下って位置の崖下に川があって、緑が生い茂っているのはいいんですよ。ですけど……」
タイキ君の言いたいことが分かった。
「陸地が乾燥した荒野なのに台地の上が緑っていうのは変ってことか」
「はい。ほら、台地が緑なのは南米のジャングルとかの下が緑のところでしょ?」
「ギアナ高地だったな。まあ、ほかにもカルスト台地とか色々あるけど。確かにそうだな」
まあ、何かからくりはあるとは思うが、変だというのは間違いない。
「タイキ君に行ってもらって正解だったな」
「ま、台地に行っていたおかげですけどね」
「しかし、そうなるとホーリーも何か発見があるかもな」
「あ~、そうですね。ホーリーなら何か見つけても不思議じゃないです。って、そういえばエージルは何も気が付かなかったんですか?」
「エージルは台地と比べているわけじゃなかったからな。新しい環境の調査ってやつだ」
「ああ、そういうことですか」
そう、エージルはあくまでも崖下は別の物として調査をしている感じだったので、上、つまり荒野との関連性を考えているような報告書ではなかった。
あくまでも、その崖下の調査報告書って感じだったし、本人からも上の荒野との差異を口に出してはいない。
いや、環境が違いすぎるというのは言っていたが、それに対して言及はしていなかった。
つまり、一旦切り離して考えているんだろう。
「今まとめて考えても混乱するだけって感じですかね?」
「多分な。まずは、崖下のデータをある程度集めないと話にならないと思ったのかもな」
「確かに。最初のことであれこれ言っても、憶測ばかりですしね」
「別に悪いことじゃないけどな。タイキ君の意見は間違っているとは思えないし」
そう話していると、不意にプロフが疑問を口にする。
「お話し中失礼いたします。先ほど、地下に水があるというお話がありましたがそれはどういうことでしょうか?」
「そのままだよ。地下に水があるわけだ。俺たちの想像もつかないくらい大きな」
「そんなものがあるのですか?」
「まあ、実感は湧きづらいと思うが、意外と身近な物なんだ。ほら、町や村には必ず井戸があるだろう? それってつまりある程度地下に大きな水源があるってことだ」
「「「あ」」」
俺の説明に納得したのか、プロフを筆頭にオレリア、ホービス、ヤユイが声を上げる。
「あ~、井戸があるってことは、そこそこの深さにお水があるってことですもんね。枯れたっていうのはまず聞かないし、本当に大きいんですね」
その4人に続いて書類仕事をしていたリーアが思い出すように上を見ながら言う。
「そういうこと。まあ、水が無くならないのは余程大きいか、暗渠っていうと違うな昔の河川、地下河川ってところか」
「あんきょ?」
ヤユイはよく意味が分からないという感じで首をかしげている。
「なんて説明したものかな。暗渠っていうのは日本の言い方なんだよな。昔作った川を地下に、あるいは蓋をして、見えないようにした川のことを暗渠っていうんだ。主に下水とかそういう利用の仕方をするから、衛生面的にもな」
「ああ、なるほど」
「そういう言い方もあるんですね~。それで昔の川というのは?」
ホービスが昔の川についてさらに聞いてくるので、それにもこたえる。
「そのままだよ。こっちは人工的に埋め立てたわけじゃく、昔から存在していた川が自然に埋もれて、地下の川になったわけだ」
「自然に?」
「まあ、人の尺度じゃない。自然災害とかもあるが、100年単位だろうな。そういう地下の河川が地面を通っていて、大地を潤し緑をもたらしているってわけだ。湧き水や、井戸とかでな」
「そういうことなんですね~。つまり、意外と足元には水があるってことですか?」
「そうなる。まあ、深さはまちまちだし、水のある場所も、ただの地下水溜まりの可能性があるから、水が溜まるより、消費する方が早ければ枯れるけどな」
意外と、井戸掘りって博打なんだよな。
まあちゃんと地形などを調べることによって、ある程度確率は上げられるんだけどな。
「話を戻すが、つまり崖下に河川があるってことは、荒野の下には大きな水源があるってことなんだよ」
「そういうことです。それを考えると、荒野が荒野であるのは不思議なんですよね。そして、台地の方は緑が一杯」
「ああ、そういわれると不思議ですよね。上も下も緑なのに、真ん中だけが荒野っていうのも」
リーアの言葉にプロフたちも頷いて理解を示す。
確かに変だとは思えるんだが……。
「まあ、そこらへんは色々理由があったりするからな。土質とかもあるしな」
「あ~、保水力とかの関係ですか?」
「そうそう。砂漠のような砂粒が主体だと、水をためておけないからな。とはいえ、土であっても分解すれば砂になる。砂漠の上に土を持って行っても乾燥地帯ですぐに砂になるしな。ほら、緑地化で苦戦する話は聞くだろう?」
「聞きますね。でも、最近っていうと変ですけど、砂漠化を止めて緑地化を進めた話ってありませんでしたっけ?」
「ある。ごみを利用して緑地化に成功した例が。と、そこは緑地化をするときに説明するとして、荒野があの状態なのは疑問があるという話だ」
「おっと、そうでした。まあ、ちょっと調べただけで何かがわかるわけがないですけど、台地の方に水を送るシステムが存在するのは間違いないんですよね」
そう、台地が緑にあふれているっていうのなら水を送るシステムが存在しているはずだ。
そして、それは荒地に効果を及ぼさない、あるいは微々たるもので済んでいる程度。
「ユキ様。お話し中失礼いたしますが、今のお話から、荒地である河川の方は緑地化しているのでしょうか?」
「「あ」」
プロフの指摘に俺とタイキ君は揃って声を上げる。
「そういえばそこらへんはよく見ていなかったですね。データってあるんですか?」
「河川は大小あるのはルナの衛星写真で確認できているが、遠すぎるからな。防衛ラインにかぶっている河川の方は水源確保のために調査しているのがある」
俺はすぐにパソコンに保存してあるデータを展開し、執務室の大型モニターに転送する。
良く情報を共有する時に大型モニターは便利なので、俺の執務室に限らず、ウィードの執務室、会議室には完備していある。
「いつも思いますけど、便利ですよね」
「そう思うならそっちもつけるか?」
「電力が微妙なんですよね~。あと、パソコンを使えるのが俺ぐらいのもので」
「あまり意味はないか。それならプロジェクターとかの方がいいんじゃないか?」
「あ、それはありがたいですね」
プロジェクターは手元のモノを鏡の反射を利用して、投影するものだからな。
パソコンほど覚えることはないだろう。
まあ、元の資料は作る必要はあるが。
「それで、河川の方はというと……」
「おっとそうでした。うーん、なんというか、確かに荒野の割には草は多いと思いますけど……」
「台地や崖下、あるいは普通の森とは全然だな」
「なんていうか、サバンナとかそういう感じですよね」
「ああ」
なんか、多少草が生い茂っているぐらいで、木々はそこまで存在していない。
ゼロではないが。
「確かに崖下や台地の環境に比べると、違いますね」
「そうですね~。何というか、同じ土地というと違うかもしれませんけど、上下が違うだけでここまで違うのは不思議ですね~」
「本当にそう思います」
プロフやオレリアたちも、河川を見て、上下との違いに疑問を覚えているようだ。
とはいえ、これだけで何かがわかるわけでもないのだが、それでも注意、覚えておく必要はあるだろう。
「記録しておいてくれ」
「はい」
ヤユイは変わらず記録をやってくれている。
あとで見直してみると何か発見があるかもしれないし。
大事なことだ。
ということで、タイキ君とは少し雑談をしたあと再び仕事に戻るのであった。
不思議な新大陸南部の上下の環境状態。
いや、荒野も不思議ではあるんですけどね。
大自然の謎に迫れるのか、それとも魔物が何か関係しているのか?
考えておらぬ!




