第1863堀:事前の添削相手
事前の添削相手
Side:エリス
珍しいことにアスリンとフィーリアからの訪問を受けた。
しかも執務時間中に。
現在の私は会計課……今は経理部の部長から降りてはいるけど、サポートというかご意見番みたいな感じでいるのよね。
テファニア、通称テファは今は経理部のトップではあるんだけど、まあ、偉い人からの苦情対処ってところかしら。
と、そこはいいとして。
「どうしたの二人とも。私の所にくるなんて? しかも仕事中に」
問題はこの二人が訪れたこと。
この二人は仕事の関係で誰かの付き添いで顔を合わせることはあっても、二人がメインで会うことはまずない。
「呼び出し……ならコールであるわよね? わざわざここに来たってことは、二人が何か経理に関係することってことでいいのかしら?」
とりあえず、飲み物を出しながらそう尋ねてみる。
「うん。ちょっと確認してほしい計画書があって」
「そうなのです。兄様たちに見せるのですが、まずはエリス姉様に見せて完成度を見てほしいのです」
「二人が計画書? それってドレッサやナールジアさんとかを通すんじゃなくて?」
こういう計画書は二人の上司が出すべきものだ。
いや、代理ならわからないでもないけど……。
それなら前もって事前の連絡があるはずだし。
「今回は南部の魔物調査の代表ってことだよ」
「その通りなのです。フィーリアも南部の鉱物調査の代表でなのです」
「ああ、なるほど」
納得がいった。
二人が計画書を出さなければいけない立場となると、そっちになるか。
「南部の調査は難航しているってわけね」
「そうなんだよ。というか広すぎるのが問題かな?」
「広すぎて、手が回らないようなのです。エリス姉様も知っていますか?」
「知っているわ。投入している人員や物資、そして資金関連は私とラッツが管理に関わっているもの」
資金に関してはオーエや新大陸では使えないけど、部隊のお給料とかそういうのね。
どこでもお金がいるのよ。
そして物資などの金銭換算とかもやっているけど、本当に膨大よね。
この膨大なお金を動かすんだから、ごまかしとかをやろうとする連中がいるのもわかるわ。
それで、今回のオーエに関しては北部の問題もあるし、現地の都市を利用もほぼしていない。
砦を一から作るとか、もう本当に膨大な物資と資金を投入しているわ。
ああ、もちろん人員も。
その結果、ウィードは色々枯渇状態。
まあ、物資や資金はダンジョンマスターであるユキさんのおかげでどうにでもなるけど、一番枯渇しているのは人員。
魔物で代用はできるけど、それでも人との交渉が必要な場面や、考えないといけない場面だと人がいる方がいいのよね。
その人員の育成はやっているけど、事件の規模の大きさに追いついていないのが現状。
新大陸への進出するのに必要な人員は理想と比べると10分の1以下……いやそれ以下なのよね。
と、そこはいいとして、計画書の内容を受け取って改めて内容を確認する。
「ふむふむ。なるほど、ルートに関しては絞っているわけね。これなら確かに低予算ですむわね」
「そうだよね」
「そうなのです」
二人が笑顔になるけれど、私は一つ付け加える。
「でも、ここだけでいいのかって話は出てくると思うわ。そこはどうするの?」
確かに淡々としてよくできた計画ではあるけれど、これでおしまいでは意味がないのよね。
こういうツッコミは私はもちろん、ラッツやセラリアも普通にしてくるわ。
「そこに関しては……」
アスリンはそういってフィーリアに視線を向けると。
「ほかに関しては、がけ下の調査をしてから、広げられた調査範囲からさらにと思うのです。今から展望を語るのは意味がないのです」
待ってましたと言わんばかりにそう返答してくる。
なるほど、確かにその通りね。
何のために調査をするのかは今後の為だしね。
「ふむ。その切り返しなら、セラリアたちの質問にも答えられるでしょう」
「やった。それなら……」
「ええ、問題ないわ」
「えっへんなのです。だてに沢山の計画書の駄目出しを聞いていないのです」
ああ、なるほど。
確かにユキさんたちを含めて部下とかの計画を厳しく突っ込んでいたのを横で見てたわね。
勉強熱心だったし、それを見てちゃんと学んでいたわけか。
子供、いえ、小さい妹扱いしていた子たちがここまでになるというのは何というか、感慨深いわね。
元々特異な才能があるのはわかっていたけど、こうした計画も立てられるようになったのは凄いと素直に思うわ。
私が同じ年の頃は……本を読んでばかりだっけ?
まあ、それはいいとして。
「それで計画がいいのは分かったけれど、部隊の人員はどこから引っ張ってくる予定なの?」
「そこはまだ考えているんだよね。人不足だしね。最悪、私の所の魔物部隊かな~って思っているけど……」
「一応専門的な調査があるので、人は少なからずいるのです」
「そうね。アスリンの魔物部隊が主体でも問題は無いけれど、どうしても人はいるわよね」
調べるための道具に関してはどうしても人型の使用前提の仕様だし、その道具を使うにも専用の知識がいる。
そもそも、素人を向かわせてもその調査から得られたデータから次を見出すことは出来ない。
つまり、人は相応の知識がある人物を送らなければいけないわけだけど……。
「……魔物が随伴するのであれば、研究員から連れて行ってもいいかもね」
「それは考えたけど、軍人さんたちみたいに戦えるわけじゃないからね」
「研究者は馬鹿が多いのです」
「矛盾しているような言葉だけど納得はできるのよね。周りが見えなくなるってやつよね?」
私がそう聞くと上下にブンブンと顔を振る二人。
本当にそうなのよね~。
研究者というか、その道を究めようとしている人たちは、傍から見れば頭がおかしいようなことを平然とするし。
その場合に起こりうる周りの迷惑は一切無視してっていうおまけつき。
私たちのような組織としては、非常に反りが合わない。
まあ、そういう連中の能力を必要としているのは間違いないんだけど。
取り扱いが非常に難しいのよね。
だから、こういう任務を任せるのは非常に不安があるというわけ。
とはいえ……。
「まあ、そういう時は無理やり引っ張っていけばいいのよ。あるいは、首輪でもつけてていいわ」
「首輪?」
「どういうことなのです?」
「有事の際の行動を決めておくのよ。部隊で撤退が決まったときに、独自の行動をするようであれば引きずってでも連れて帰るってね。そういうリスクは承知で付いてきなさいって」
この場合、問題があるのは軍人の方ではなく言うことを聞かない馬鹿。
護衛対象ではあるけれど、別に民間人ではないし、協力者だ。
しかもウィードの為になるように。
逆に足を引っ張るのであれば、ウィードの利益を損なう行為ってできるわね。
つまり、無理に撤退させても、首輪を引っ張って引きずっても問題ないというわけ。
「えーっと、それって付いてきてくれる人いるの?」
「そこは言いようね。新しい土地への調査人員を募集しているっていえばついてくるし、注意事項として安全確保のために命令に従わない場合は無理やり連れて帰りますってね」
「あ~、兄様みたいな言い回しなのです」
「それは否定はしないわ。とはいえ、命を守るために必要なことだし、そこら辺をわきまえている人員を探してくれればこちらとしても助かることではあるんだけど」
そう、一番の問題はこちらの言うことを聞かない研究者や技術者というぶっ飛んだ方。
だからこそ、最初に言い聞かせて、誓約書を書かせて、あるいは周り、家族にも納得させておけばいい。
ま、今言ったトラブルを起こさない、大人しい人が来てくれればいいんだけど……。
そういう人が明確な成果を出せる可能性は低いのよね~。
統計的にというか、自明の理という話。
人と同じことをしていては、同じ答えしか出せないだっけ?
ユキさんが言っていたわ。
だからこそ、無茶な行動をするものが別の、誰も知らない答えにたどり着くってわけ。
で、そこであることを思い出す。
「ねぇ、研究者とかそういうので心当たりというのはおかしいかもしれないけど、身内で同じように停滞しているところがあるでしょ?」
「身内なのです?」
「え? 誰がいたっけ?」
「部署というか、働く場所が違うから忘れているわね。ほら、ハヴィア、ワズフィ、ナイルア」
「「「あ」」」
そう言われて口を開けて驚く二人。
アスリンとフィーリアは回収できた魔物や素材の研究を行っていたけど、ハヴィアたちは現場での回収や環境の調査をしているのはその3人。
あと、冒険者ギルド側で調査をしてくれているミリーがいるけど、ミリーはウーサノやアーエでの後始末とか、そういうので大忙しだしね。
「まあ、あっちはあっちで色々忙しそうだし、一旦話す必要はあるだろうけど、断らないと思うわよ? 同じように防衛ラインが構築されて、足止めを食らっているのは間違いないし」
「行ってきます!」
「行ってくるのです!」
私がそういったとたんすぐにそんなことを言って部屋を飛び出す。
「えーっと、エリス様? アスリン様とフィーリア様は一体なにがあったので?」
ここは経理部。
つまり、ほかの人物がいてもおかしくはない。
というか、声をかけてくるのは経理部トップのテファだ。
相談役なのでこうして部屋を一緒にしているので、先ほどの会話も聞こえていたと思っていたけれど、どうやら仕事に集中していたようね。
「ああ、渡された計画書で足りないことを指摘したら、解決できるめどがあって飛び出したのよ」
「なるほど。普通ならとがめますが、あのお二人が計画書ですか……。すごすぎません? まだ、成人というには……」
「そうね。まだウィード内では学生で通る年齢ね。とはいえ、広い世界だとあの年齢で頑張っている子もいるし、遅いってわけでもないでしょう。ほら」
私はそういって、テファに提出された計画書を渡す。
「失礼します」
すぐにその計画書に目を通すテファ。
私よりも書類を読む速度は速く、すぐに読み終えて顔を上げる。
「ここまで丁寧に書かれているのに駄目出しとか。流石に厳しすぎません? 私としては問題はありませんが?」
「そう? 人をどう集めるとかそういうことは書いていないわよ? さっきも言った、今後の展望についても」
「それに関してはアスリン様やフィーリア様のお立場を考えれば人が集まらないわけないでしょう。実際、エリス様が助言していましたし。今後の展望についてもまずは計画をこなすというのは実績作りで大事かと。というか、これが学生の出せるレベルじゃないですよ」
「ま、これぐらいはこなすでしょう。ユキさんの元にいたんだし」
「はぁ、アスリン様やフィーリア様が将来部下に厳しくならないか心配ですよ」
「貴方が言う?」
そんなことを話しつつ、私は計画書を改めて見直して、関係各所に根回しをしていくのであった。
やっぱり、私って優しいわよね?
お財布を握っている相手として、ある意味恐れられているエリスですが、それは自分たちの欲望を押し通そうとするから。
素直に、仕事に対して頑張ろうとしている予算とかはこのように問題なくしております。
まあ、ユキやほかの軍部もよくしようとは思っていますが、趣味の部分が大きく、あの手この手で押し込んでくるタイプでございます。




