第1860堀:彼からの評価
彼からの評価
Side:スィーア
「えいっ」
「ほっ」
目の前ではヴィリアとドドーナ大司教が木刀を持って訓練、いえ技能の確認をしています。
とはいえ、力をセーブしているので、おのずとスピードも抑えることになり、意外と勝負になっているようです。
ヴィリアはスピードを上げつつ、力を加減するという手加減はあまりしたことがないですからね。
何せ、普段は実力が上の人たちばかりで、力もスピードも負けているばかりですから。
まあ、格下の相手をしていないというわけではないですが、それでも初対面の相手にどこまでというのはつかみづらいですよね。
「意外と勝負になっているか」
「うん、お互いに制限している部分があるから成り立っている。ヴィリアは実力を抑えて、ドドーナ大司教は隙を突くことをなくしているから、拮抗している」
そうね、ニーナの分析通りだと思います。
ドドーナ大司教もある程度実力はあると思うけれど、それでもヴィリアほどの技能はない。
あるのは今までの戦闘経験。
それで今のヴィリアといい勝負をしているって言うのは驚きではあります。
一瞬でも油断すれば、ヴィリアの攻撃が入るでしょう。
それがないとなると、よほど格闘戦を組み上げる戦法が巧みだということ。
いえ、ヴィリアが攻撃を入れないようにしているって言うのもあるかもしれない。
でも、武器をはじくことや、蹴りなどで体勢を崩すことぐらいはできるはずだから、それができないと思わせるほどの技量はあるということですね。
でも、そんな拮抗状態を続けていれば、どれほど調整、手加減すればいいか分かったヴィリアが……。
「はっ」
「むっ!? お!?」
程よくドドーナ大司教を追い詰めていく。
元々負けていたのは戦闘技能、元々のスペックは圧倒していたのだから、相手の小細工というとあれだけど、それを無視できるほどに上げていけばいいし、ドドーナ大司教と剣を合わせてその技量も学んでいます。
なにより、この手の技量、搦め手に関してはユキさんの方が圧倒的に上ですから。
「そこです」
そうヴィリアが声を上げて剣を振るうとついにはドドーナ大司教から剣が跳ね飛ばされる。
くるくると木剣が空中を舞い、地面に突き刺さる。
一瞬の沈黙。
「……いや、参りました」
ドドーナ大司教から言葉が出てきます。
おっと、ヴィリアに敗北したのはちょっと屈辱でしたか?
とはいえ、本人が選んだのですから、そこで不満に思われてもですが。
いざという時は私が割って入ろうと思っていると……。
「わははは! どれほどの技量か測ろうとしていたのに、測られたのは私でしたね! ちょっと、本気を出せばあっという間! いや、傑作だ!」
なんか大笑いし始めました。
負けたのにどういう心境でしょうか?
「いや、ドドーナ大司教……大丈夫か?」
「頭でも打った?」
余りの大笑いという場違いな反応にキシュアとニーナが心配する。
でも、ニーナのは普通に罵倒に聞こえるのよね。
……本当この子の性格どうしたものかしら、わざとやっているのよね。
「おっと、失礼いたしました。強い若者が現れるというのは嬉しくて」
「はぁ……」
視線を向けられたヴィリアは何と返事をしてよいのかわからなくてあいまいな言葉を出す。
いや、私も同じですね。
「えーっと、それでドドーナ大司教。ヴィリアの実力が分かったのはいいとして、これからどうするんだ? 私たちともやるのか?」
「ああ、それは行っておきましょう。私自身の実力が足りていないとはいえ、ヴィリア殿の弱点、いや足りていないところは分かりましたから。まあ、負けておいて何をと思うかもしれませんが」
「いえ、足りないところを指摘していただければありがたいです。これから北部で活動するので動きなども含めて教えていただければ」
「向上心が御有りなのですね。その若さでそこまでの力があれば、もっと傲慢というと違いますが、自信をもっていいと思うのですが、ヴィリア殿もそちらのキシュア殿たちもどこか、そういう所がない。不思議なものです」
ああ、言いたいことはわかります。
実際私たちはユキに会うまではイフ大陸では大陸内最高峰の個人戦能力があったと自負していました。
ですが、それは……いえ、もっと前から自覚はしていました。
「ああ、そりゃ簡単だよ。国とか組織とか色々理不尽な目にあっててな。個人で出来ることには限界があるって知っているのさ。私もそっちの皆もな」
キシュアが代表してそう伝えると、ドドーナ大司教は少し悲しそうな表情になり……。
「そうですか。人は色々あるモノですからね」
「だな。万事無難に過ごしているなら、こうしてドドーナ大司教とも会うことはなかっただろうし、そういう意味では幸運だったよ」
「なるほど。そう思えば悪くはないですね」
キシュアの切り返しで笑顔になるドドーナ大司教。
まあ、引きずっていないとは言わないけど、それでも前は向いていますからね。
失った物よりも、未来を。
そういうことです。
「と、おしゃべりが過ぎましたな。では、キシュア殿。御手合せよろしいでしょうか?」
「ああ、頼むよ」
ということで、そこからキシュアをはじめとして、私やニーナとも手合わせをしていきます。
結果については、ヴィリアが勝てたのですから、私たちが負けるようなことはなかったとだけ言っておきましょう。
「いや、本当に皆さんお強いですな。戦闘能力については文句がでません。おそらくこの北部でも屈指の実力者であるというのは間違いありません」
戦闘が終わり、教会へと戻ってきて改めてそう評価してもらいます。
北部でも屈指ですか。
やはり、そこまでこの大陸の人たちは強くありませんね。
いえ、それでもレベルは80以上ですから、イフ大陸の魔剣使いたちよりは上なのですが、魔物がいるのといないのでは平均レベルが20近く差がありますね。
まあ、それだけ戦闘の経験を得られる場所がないということですね。
「そうですか。なら、普通に冒険者としてやっていけそうですね」
「はい。そちらは問題ないでしょう。あとは、先ほども言いましたが、皆さんのことで気が付いたことです。老婆心と思ってお聞きください」
「ああ、頼むよ」
キシュアがそういうと、ドドーナ大司教は改めてヴィリアに向き直って……。
「まず、ヴィリア殿ですが、私と手合わせしたときにほかの皆さまと比べてためらいがありました。余り対人戦に慣れていない。いえ、なんというか殺し合いをしてはいませんね? 盗賊相手や軍人相手だと致命的になりかねません。敵と決めれば殺す必要はありませんが、行動不能にしてからでよいかと」
「……はい。ご助言ありがとうございます」
うん、間違ってはいないですね。
何せヴィリアは軍事行動で人を殺めたことが無い。
命令を下す側だし、そういう現場にヴィリアを投入することはない。
とはいえ、ユキさんの敵には容赦がないですが。
ウィードの教育の弊害と言いましょうか、それだけ平和が保たれているということを喜ぶべきことなのでしょうか?
まあ、なので、指摘通り、そういう人を殺すということで不要に躊躇してしまい隙きを晒してしまう可能性があります。
恐らくユキさんもそういうことを考えて現場に送ったのでしょうが。
「次にキシュア殿」
「おう。どんなことに気が付いたのか楽しみだ。最近はそういうのは……知り合いばっかりだからな」
「なるほど。知り合いであればオブラートになりがちですな」
いえ、ユキさんとかはドストレートだし、デリーユは手加減をどこかに置いてきたのかと思うほどの強さですけど?
「では、キシュア殿は戦闘に関しては文句の付け所はありませんな。まあ、上を目指すのであれば訓練を重ねることが大事です。とはいえ、体格が小さいので、そこら辺の体術をとは思いますな。攻撃の重みがやはりない。止まることは気を付けるべきですね」
「体術か。確かにな、ちっこいとそこらへんはネックだな」
ああ、確かにキシュアはヴィリアと同じぐらいに小さいです。
なので、スピードが乗れば相応に戦えるけど、足が止まると体格差が出てきます。
対策としてはヒイロみたいに重量武器や盾を持つことだけれど……。
冒険者として活動するとなると目立つんですよね。
こっちでは隠密の予定ですから、問題です。
と、次に私の番になった。
「スィーア殿も特に問題はありませんな。キシュア殿と同じように完成されていますな。とはいえ、キシュア殿よりも剣の動きが悪い。おそらく、主に魔術を使うのでは?」
「あら、分かりましたか?」
隠していたわけではないのですが、やっぱりバレますね。
「ええ、立ち位置や距離の取り方が魔術師のモノでしたな。それでなぜ剣を?」
「剣もメイン武器ではあるのです。とはいえ、主に前面はキシュアがでるので」
「ああ、なるほど。それで援護が主体となっているわけですね。距離を取ろうとするのは、前衛との連携を守るためですか」
「その通りです。私が前にいると、キシュアが前に出れなくなるので、そうなると戦力的にはマイナスで」
「なるほど。まあ、そこが分かっているのであれば大丈夫ですが、どっちつかずの状態のように見えましたのでそこは注意を」
キシュアはがっつり攻撃型ですからね。
支援をするというのはそこまで得意ではありません。
いえ、出来なくはないのですが。
まあ、だから私も迷ったのでしょうね。
「ふむ。キシュア殿は意外と指揮官、リーダーに向いてはいると思ったのですが……」
「向いてはいますが、ポジション的には前衛なのですよ」
「なるほど。そういう方はいますね。それを補助する形ですか」
「はい」
実の所、キシュアはリーダー向きではあるけれど、その上にディフェスはもちろんユキさんたちとかがいるんですけどね。
私たちは末端も末端、部隊、小隊リーダーというところです。
まあ、やれと言われれば、私たち全員指揮官としては動けます。
「最後にニーナ殿」
「何かある?」
「ありますよ。とはいえ、戦闘に関してはおそらく一番上手いでしょう。よく周りも見ている。おそらく斥候などをやっていたのでは?」
「その通り。上手いというのはそこら辺の戦力把握とかそういうの?」
「その通りです。純粋な戦闘力というと、正直分かりませんが、全力を尽くす前にニーナ殿は撤退するでしょう」
「それは間違いない」
確かにニーナは全力で戦う前に逃げる。
あるいは一回仕切る。
まあ、訓練では全力になりますけど。
「注意というか気になった点は、見極めが早すぎるというところでしょうか。いえ、情報を集める者として当然ではありますが、先ほども話しましたが私が全力を出す前にといったように、相手に悟られる可能性があります」
「手抜きが?」
「ええ。そうなると相手の怒りを買うこともあるでしょう」
確かに、そういうことはあるでしょうね。
とまあ、こんな感じで意外とドドーナ大司教の指摘は的を射ており私たちにとってはよい出会いだったのは間違いありません。
とはいえ、本番はこれからなのですが。
人を見る目はしっかりあるようです。
そうなるとやっぱりクリアストリーム教会内で色々あったとしか思えないですよね。
面倒ごとオンパレードかもしれません。




