第1856堀:教官は一旦お休み中
教官は一旦お休み中
Side:デリーユ
「そっか~、新大陸の方は今のところ動きようがないって感じか~」
「そうじゃな。ヴィリアたちが情報を集めてくるのを待つばかりじゃ。あと、南部の国も連絡を取り合っているところだしのう」
「でさ、デリーユって、北の町で新兵教育しているんじゃなかったっけ? なんでグラス港町の見回りについてきているのかな?」
そこでようやくリエルからツッコミがあった。
そう、妾は珍しく、というわけでもないがオーエの北の町から離れてグラス港町へと来ている。
「うむ、向こうの新兵訓練に関しては手がかからなくなってきたからのう。何より、オーエから指導員が来た。それで妾は一定の教育が終わるまではお役御免というやつじゃな。あくまでもしつけと、基礎訓練じゃったからな」
「ああ~、まあ、オーエでの兵隊の動きは僕たちは教えられないもんね~」
うむ、リエルの言う通り、妾たちはあくまでもウィードの教え方しかできぬ。
オーエの環境にあった兵隊の訓練はできぬ。
なにより、あくまでも北の町の志願兵はオーエを守りたくて志願したのだ。
ウィードの訓練をしても意味がないとはいわないが、オーエの訓練が受けられるのであればそうするべきじゃ。
「でもさ、それって大丈夫なの? 元々オーエが雇えないから放置って感じになっていたんだよね? 一応ウィードが雇用してって形になっていると思ったけど?」
「ああ、そこは上と話が付いた。ハイレンが先走ったおかげで速攻で話をまとめることになったが、ある意味妙手じゃったな。素早く動かなければ、今の志願兵たちもオーエの軍人が教えることに不満を覚えたに違いない」
「早く動いたから、志願兵が納得したってどういうこと?」
「妾も不思議じゃったので、聞いてみたら、雇えないという話は、下には伝わっておらず、上に話が通らないとどうしようもないという話を聞いていたそうじゃ」
「ああ、オーエでは雇えないって話じゃなかったんだ」
「うむ。まあ、実際はそうじゃったが、表向きには濁して上と相談しているということにしていたようじゃな。それで時間稼ぎをしていたようじゃ。その間にウィードが基礎を教えている間に、オーエの上が許可をだした。そういう形になっておったな」
「うわ~。ハイレンって本当にそういうの多いよね」
「あれを才能というべきか、災能というべきか」
「同じ発音なのに別の文字に聞こえるよ」
「別の文字で言っておる」
本当にハイレンは面倒じゃ。
軍部であればさっさとクビにしておる所じゃ。
幾ら結果が良いことになろうとも、上を通さずにあんなことをすれば越権もいいところじゃ。
女神、シスターだから許されているところがあるのう。
まあ、あれはそういう枠組みだからこそ、力を発揮するのじゃろうが。
窮屈な所に入れていてもすぐに離れる。
自分ができることをするという才能に特化しておる。
「ユキに一度、権限をすべて取り上げて、ウィードで大人しくさせたらどうじゃとは提案したんじゃがな」
「うん。それが一番何もできない気がするけど……」
「その場合、ウィードで妙な派閥を勝手に作りかねないからそっちの方が危険だと言われた」
「うわ~。でも、間違いじゃないか」
「うむ。間違いではない。シスターとしてウィードにリテア教会ですでに働いているからのう。そこでリリシュ司祭と二分する人気がある。それがいきなり謹慎処分にでもしてみろ、ハイレン支持派が大暴走じゃろう」
「うへ~。冗談に聞こえない」
「そもそも、そこまでするとハイレンが出奔しかねんとな」
「あ~、まあそっちの方が可能性たかいか」
「その場合ウィード所属を外れたので妾たちが口出しできなくなる。つまりハイレントップの妙な組織が出来かねん」
「だめだそりゃ」
うむ。ダメに決まっておる。
今でさえ、持て余しているハイレンが、これ以上に勝手に動き回るわけじゃ。
しかも元ウィード所属ということで、何かあればしりぬぐいはしなければならないし、ハイレンの保護者……ではなく、信仰しているハイレ教会を中心としたハイデン地方の国々は阿鼻叫喚じゃろうな。
下手するとハイデン地方が謀反というか、宣戦布告とかしかねん。
今の状況で敵を増やすとか胃が痛い。
まあ、結局は結果すべて良しになる可能性が高いのじゃろうが、それまでの労力がかかるのは間違いない。
これ以上労力がかかることを増やせん。
ユキはもちろん、それを支える妾たちも大忙しじゃからな。
過労で倒れかねん。
と、そんなことを話していると、不意にリエルが……。
「あ、あれ、ユキさんじゃない?」
「ん? ユキか?」
リエルに言われて視線の先を確認してみると、オレリアたちを連れたユキが、メインストリートのお店を興味深そうに覗いている。
「オレリアたちを連れてデートって感じじゃないよね」
「うむ。メモを取りながら、デートをするとか聞いたことがないのう。ま、仕事をしている時間帯じゃし、ユキもその手のルール違反はできんじゃろ」
「はぁ、もうちょっと気を抜いてもいいと思うけどね~」
「とはいえ、ローデイのブレード王のようでは迷惑じゃがな」
「あはは~。サマンサが大変そうだよね~」
奔放すぎるのも問題という典型じゃな。
とはいえ、あれはあれで必要最低限のことはこなしているようじゃが。
まあ、あの半分でもユキが息抜きをしてくれればとは思う。
本人はあれでさぼっていると思っているのがたちが悪い。
いや、日本ではもっと過密スケジュールで動いていたとは聞いていたが、あれか、日本人は疲れ知らずのアンデッドかゴーレムの類なのかのう?
と、そこはいいとして。
「とりあえず、話しかけてみるか」
「そうだね」
ユキを見て話しかけないというのはまずない。
何せ、夫婦じゃからな。
そしてほかの妻とのデート中というわけでもないので遠慮はなし。
「お~い。ユキさ~ん」
そういって、リエルが声を駆けつつ小走りで近寄り、飛びつく。
ユキは特に驚くこともなく、普通にリエルを抱きとめる。
「お、リエルか。仕事中か?」
「うん、グラス港町の見回り。トーリもカヤも忙しいからね。ポーニに頼まれているんだ」
うむ、リエルがこのグラス港町にいるのは、警察からの警邏の一環じゃな。
まあ、リエルは前副署長であり、現在の立場は妾と同じ特務なので独自に動けはするのじゃが、普通に警察の仕事の手伝いもする。
ちなみに現署長であるポーニは拡大するウィード領の治安維持のための警察官育成や交番の敷設とかで大忙しじゃな。
軍も警察も人手不足の解消は当分先じゃな。
「それで、デリーユは?」
「妾もこっちの様子を見に来た。ほれ、北の町の志願兵はオーエ王都の部隊がやってきたからのう」
「ああ、そういえば向かっていたな。無事引継ぎができたか」
「うむ。まあ、別に名簿を渡すぐらいじゃったがな。基礎訓練は一人でもできるものじゃし、はねっ返りは最近では大人しいからのう」
「やっぱりそういうのはいたか」
「いたな。敵を一人でも多く倒すと息巻いておったな。だからすぐに出せと」
新兵にありがちな話じゃ。
碌に訓練もせずに敵兵を倒すことなどできぬのにな。
なので、妾がその手の馬鹿を手ほどきして、無謀さをわからせるわけじゃ。
単独ならともかく、軍で動く以上、周りの仲間も危険にさらすとな。
「訓練を受けているんだから、本能的には一人では無理だとわかっているんだけどな」
「ま、そこは身内をやられたり、若さゆえということじゃな。で、妾たちのことはいいとして、ユキたちはどうしたのじゃ? 視察の仕事か?」
ユキたちがグラス港町に来るというのは、職場の地位的にはまずない。
町をああしてみて回るとかは視察でもない限りしないじゃろう。
シスアとソーナに話なら役場の方じゃろうしな。
「視察は間違いじゃないな。ほら、あの空き店舗わかるか?」
そう言われて、メインストリートの中で唯一お店が開いていない寂しい場所がある。
「前々から、空いているところだよね~。って、あそこはラッツが確保していてユキさんたちが何かお店をつくるって話じゃなかった?」
「ん? それは初耳じゃな。キャナリアのお弁当屋お花とは別にか?」
「ああ、お弁当のお花はキャナリアの店だからな。あそことは別で俺たち主導のお店が欲しかったわけだ。情報収集のためにな」
「ああ、そういうことか」
どうしても、情報を集めると偏ることが多いからのう。
お弁当屋の方は元々キャナリアの監視と護衛も兼ねていたからな。
そして、グラス港町自体の監視もあるわけじゃ。
シスアとソーナが無体を働くとは思わんが、末端が暴走する可能性もゼロではない。
ウィードでもたまに勘違いした阿呆が住民に横暴を働くことがあるからのう。
「でも、お店開いてないよね?」
「じゃな。グラス港町完成パーティーに間に合わなかったってところか」
「そうだ。というか、色々ありすぎて後回しにしていた」
「「ああ」」
納得じゃな。
新大陸が見つかってユキの仕事というか、妾たち全体の仕事量も跳ね上がっておるからな。
何せ、新しい大陸で活動することになったんじゃから、妾たちの戦力も半分以上は向こうに行っておる。
それで新規店舗の開店。
忘れていても不思議ではない。
さらに人員を割くような話じゃしな。
妾でも後回しにするわ。
「それで、今日ようやくどんな内装にするかってことで、周りの店を見に来たってことだ。明らかに空気読んでないって内装にはできないだろ?」
「空気読んでないって、ユキさんどういう内装考えていたの?」
「いや、突飛な物は考えていないが、メインストリートが何か統一の流れを汲んでいないかってな」
「ふむ。考えたことはなかったが、そういうモノがあるのか」
「その町の特色ってやつだな。俺が知っているのは、白を基調とした町とかな。屋根を青くしているとか、そういうのだな」
「ふむふむ。なかなか見栄えがありそうじゃが、そういうのはあったか?」
「ないね~。内装も相応だよ?」
「みたいだな。だから、後は内装屋に話にいくところだな。とはいえ、その手の内装屋にはウィードの職人しかしらないが」
「まて、それはウィード王家御用達じゃろう?」
「王家……まあ、そうか」
ユキは自分が王家であるという自覚は薄い。
セラリアが女王を務めているからのう。
そしてユキもウィードやセラリアの名前を使うことは基本無い。
自分の伝手でウィード内はどうでもなるからのう。
とはいえ、そのユキの伝手となると、文字通り王家御用達の熟練の者たちじゃ。
「なら別の者を探せ。ウィード王家御用達の者たちが動けば、お店の正体がばれる」
「ああ、そうか。そういう欠点があったな。おっちゃんたちも普通に現代建築方法を学んできたんだけど」
ユキたちはこうした現場で働く者たちとよく接する。
いや、妾も兵たちはもちろん、今日のような巡回では普通に町の人と雑談に興じる。
ユキはその傾向が強い。
なにせ、地球の知識を伝えて、力にしてもらうことを望んでおるからな。
だが、それで御用達となってしまうわけじゃ。
それだけ技術力が突出しておるからな。
「なら、シスアとソーナに相談してみれば? このグラス港町にも建築の仕事している人はいるしさ」
「確かにな。グラス港町のデザインもそっちの方が知っているか」
ということで、妾たちもシスアとソーナに近況を聞くために役場へと足を進めるのであった。
デリーユの指導、教官。
まあ、死ぬまで走れ、生意気なやつは実践指導。
心身共にぼこぼこにされて逆らう意思を削ぐ。
指導教官としては、すごく上手なタイプです。
とはいえ、力量差がわかってくるレベルだと、避けられてくる。




