第1853堀:聞いている話と事実が違うというのは
聞いている話と事実が違うというのは
Side:ニーナ
「なるほど」
簡単ではあるが、キシュアやヴィリアがオーエ侵攻から始まる一連の流れを説明した。
もちろん、私たちがクリアストリーム教会を探るためにこのクリア教会に訪れたことも。
いや、これを説明するだけで一時間は軽くかかった。
これから、さらに向こうの事情を訊くことになるから、もっと時間はかかるだろう。
「そういえば、すっかりお茶も冷めてしまいましたわ。こちらでお代わりを用意しても?」
おお、スィーアナイス。
確かにお茶は既に空になっている。
一旦休憩を入れても問題ない。
「おお、失礼しました。ですが、こちらで用意いたしますが?」
「いえいえ、すぐに用意できるので」
そういってスィーアはカバンから取る振りをしてアイテムボックスから水筒を取り出す。
あれはいつも使っている奴だから、中身は……。
「ああ、中身は地元の紅茶ですが、よろしいでしょうか?」
「ええ、大丈夫です。むしろ楽しみです」
「よし、じゃあ、茶請けもだすか。シスターウナに渡したものと同じであれだが、ほい」
キシュアもスィーアに合わせてクッキーを出す。
まあ、飾り気もないシンプルなクッキーだ。
メープル味。
はぁ、まあチョコ味とかはだせないか。
「これはありがとうございます。どちらも美味しそうだ」
「ええ、召し上がってください」
「そうそう、休憩も兼ねてるしな。ほら、こっちも遠慮なく食べてくれ」
そういって、ドドーナ大司教はクッキーと紅茶に手を付ける。
私たちもそれに合わせて食べる。
うん、まあ、これぐらいがちょうどいいか。
晩御飯はなんになるんだろう。
「おお、これは良い香りで美味しい」
「口にあったようで何よりです」
ドドーナ大司教はスィーアとは趣味が合いそうだ。
別にスィーアの紅茶は嫌いではないけれど、どちらかというと緑茶の方が好きなんだよね~。
「こちらのクッキーも美味しいですね。この甘さは独特ですが、好みです」
「そりゃよかったメープルだしな。この国にもあると思うぞ」
「メープルというのですか」
「ああ、作り方が面倒だけどな」
「ふむふむ」
ああ、メープルとか妙な情報を教えてしまった。
いや、まあいいのか?
ドドーナ大司教とは仲良くした方がいいとは思うし。
と、そんな感じで多少雑談したあと、話の続きを再開する。
「そちらの事情はわかりました。そしてクリアストリーム教会の皆がそのようなことを……」
「知らなかったということでしょうか?」
「いえ、亜人を排斥しようとしているのは聞いています。ですが、私の所に来る者たちはそのようなことはしてないというもので」
「していないと? ですが、実際に……」
「ええ。オーエからやってきた皆さまがそういうのは間違いないでしょう。ですが、クリア教会は元々亜人というのはあれですが、私とその友人の亜人もいたのです。むしろ主力に多く亜人がいました」
「え? それで、亜人を排斥と?」
「そうなのです。それで信じろと言われましても。そもそも、こちらに対しては普通に勧誘というか、移籍しないかと連絡がくるだけで」
なるほど、それは信じられない。
主力となる亜人を敵にするとかクリアストリーム教会の戦力が激減しかねない。
というか敵対することになる。
そうなればクリアストリーム教会は割れるというか非難されかねない。
でも……。
「クリアストリーム教会は今でも勢力を保っている。というかクリア教会を取り込んで大きくなっていますよね?」
「ええ。だから不思議なのです。私たちの友人である亜人たちもいるはずなのですが、そこからの連絡もありません。まあ、不意をつかれて……というのも考えなくもないのですが、それほど簡単に倒れる者たちでもないのです」
「連絡がないことが不思議というわけか」
「ええ。とはいえ、今やクリア教会はこのように寂れているので、放っておかれているとも考えられますが」
まあ、言っていることはわかるけど、その前に亜人の友人たちから何かしら声をかけられていても不思議ではない。
それがないというのがおかしい。
「まあ、私が知っているクリアストリーム教会のことはこのぐらいですね」
「なるほど。創始者、つまりクリアストリームを始めた方のことなどはご存じでしょうか?」
「ああ、それは知っていますよ。教祖というとおかしいですが、向こうは大司教は私だと言って名乗っておらず、立場的には清司教を名乗っています。ああ、名前はペトラと言いまして年のころは40代ごろでしょうか。私が保護した子の一人です」
ペトラ。
それがクリアストリーム教会のトップか。
ん? あれ、なんかおかしい。
「待ってください。クリアストリーム教会は出来て50年と聞いています。40代のトップでは数字が合わないのでは?」
ヴィリアがその矛盾を突く。
うん、50年まえにできたのに、創始者が40代じゃ10年の開きがある。
「ああ、そこはちょっと違うのですよ。クリアストリーム教会の本部が最北端の場所というのはご存じでしょうか?」
「はい。そちらは伺っています」
「そこで、独立、つまり独自の動きをして魔物退治を強行し始めたのが、クリアストリーム教の始まりと言われています。形になった、つまりクリアストリームと名前がついたのは30年ほど前です」
「そうですか……。いえ、それではペトラさんは10代でクリアストリームのトップに立ったということになるのですが?」
うん、それは普通はありえない。
10代で組織のトップ?
まあ、新興組織ならありえなくもないけれど、元々北部の教会の連中が独立したのが始まりのはず。
そうなれば、その始まりの連中の中から代表を決めるのが普通ではないか?
「あはは、アレですよ。実力があり、看板として優秀だったのですよ。今までの連中はそのゴツイ方ばかりでしたから」
「「「ああ」」」
なるほど、それは納得。
クリアストリーム教会の顔となる容姿や実力があったわけか。
まあ、確かに人を殺しそうな大男が教会で人を救いましょうと言ってもちょっとあれだとは思う。
「当初は文字通り看板だけでしたが、20代後半にはそういう知識、いえ経験を積んだのでしょうね。組織の拡大に動いたわけです。彼女を中心に女性の志願者も増えました。そこが良かったのでしょうね。人が集まったわけです」
「女性がですか。その、私が女で何をと思いますが、魔物と戦うには戦力としては安定性に欠けるのでは?」
うん、私たちはともかく、普通の女性が魔物の退治を志したとして、戦力としては男の方が確実性がある。
なにせ、女性は特有の色々があるから。
ウィードみたいに、そういうことを考えて整えているならともかく、普通の組織はそこまでできる余裕がない。
それだけ女性を運用するには資金がかかる。
気を遣うこともあるしね~。
「そうですね。色々気を遣うことは間違いありません。ですが、魔物の被害に男性も女性も関係ありませんから。元から、そういう希望はあったのです。それを頑張って実用化したのがペトラの実績でしょう」
「そういうことですか。女性が戦える環境を整えたと」
ああ、それは確かに凄いことをした。
有名になるのは当然だ。
でも、そうなると……。
「それでは、女性冒険者が有名になるというのは、あまり名が売れないということでしょうか?」
うん、ヴィリアの言う通り、女性冒険者の数が多いのであれば、必然的に私たちの活動での話題性はそこまで大したことではないはず。
「確かに昔よりは女性冒険者で名前を売ることは多くなりましたが、それでも有名、名が売れるようになるというのは一握りですよ。男性でもそれは変わりません。地道に名声は得ていくか、一か八かの偉業を成し遂げるぐらいです」
「確かに。とはいえ、こちらもクリアストリーム教会の横暴の理由を探ろうとしているのです。なるべく内情を知れるようになればとは思っているのですが……」
「ふむ。確かに、クリアストリーム教会の動きは皆さんの話を聞いたかぎり、許せる話でもないし、ギアダナ王国に亜人たちが集まっているという話はダエダ殿からも聞いています。そろそろ動くべきですね」
その言葉は私たちにではなく、自分に向けているような感じ。
「どういうことでしょうか?」
「ああ、失礼いたしました。これからは私も本格的に動くとしましょう。亜人の人たちが困っているのです。そのようなことを目指したクリア教会ではありません。何が切っ掛けでクリアストリーム教会がゆがんだのか。それを調べるのはペトラを送り出した私にも責任があります」
「それは、ありがとうございます」
「たすかるっちゃ助かるけど、具体的にはどうするんだ?」
うん、キシュアの言う通り、ドドーナ大司教は色々顔がきくのは分かるけど、さっきも言ったように敵側、クリアストリーム教会からは適当にごまかされるはず。
今まで動かなかったのはそういうのがあったと本人が言っていた。
「そうですね。確かに私が直接乗り込んでも誤魔化される可能性は高いです。なので、ダエダ殿と同じくみなさんに確認を頼もうかと思います」
「頼むですか。無名の私たちに頼んで素直に動くものでしょうか?」
スィーアの言う通り、ドドーナ大司教の頼みがあったからと言って、無名の私たちがどこまで入り込めるか。
「もちろん素直にはいかないでしょう。とはいえ、それは実力が伴わなければです」
「「「実力」」」
その言葉に私たちは微妙な顔をする。
あ~、なんかわかった。
確かにクリアストリーム教会は魔物を退治して、土地を解放することを目的としている。
つまり、腕っぷしがあれば認められるっていうことだ。
そんな組織どうだろうとは思うけど、分かりやすい力、実力だというのは間違いない。
何せ相手は基本魔物なのだし、戦う力があることは大事だ。
そこはいいが、実力となると、私たちの場合は実力が伴わないというわけではない。
「あはは、ご心配しなくても大丈夫です。元々皆さまはダエダ殿にこうして紹介されたのですから、必要最低限のことはこなせるのでしょう。最悪色々底上げできる手だてもありますし、魔物を倒すというのは力だけでもないのですよ」
そういってドドーナ大司教は安心させてくれるが、私たちが微妙な顔をしているのはそうではない。
何せ私たちの実力はぶっ飛んでいるからね。
ドッペルではあるとはいえ、ユキが安全面に考慮したほぼ本人と同レベル。
そうそう負けるつもりはない。
ドドーナ大司教に関してもだ。
つまり……。
「私が皆さんの実力を伸ばす手助けをさせていただきましょう。なに、暇なロートルなので大丈夫ですよ」
そういうドドーナ大司教の善意がまぶしいというか、いたたまれない。
私たちの実力を伸ばす……伸びるところがあるのか心配だ。
問:実力が下の相手から、どう教えを乞うべきか?
手加減は意味がないし、さっさと実力を教えて、知識面を補うべきですかねぇ?




