第1840堀:医療現場の方は?
医療現場の方は?
Side:ユキ
「エージルからの報告が遅れてたのは、そういうことか……」
俺はルルアから渡された書類を見ながらそうつぶやく。
「荒野にも新種がないとは言いませんが、台地はその比じゃないようですから、その分調査に時間がかかったようですね。いえ、報告書にどれだけまとめるかという話です」
「だろうな。およそ7割も見たことがないとなると、項目にするだけでも大変だろう。詳細を調べるにしてもだ。とりあえず、台地薬草をメインにしているみたいだが。結局どうだったんだルルア? 報告書の成分表を見てもよくわからん」
色々勉強はしてはいるが、この世界特有の成分とかを全部把握しているわけじゃない。
というか、そういう名前付けとかはルルアやエージルとかそういう専門家に任せているから、さっぱりわからん。
「分からないのは私たちもなんです。数パーセントの成分の違いが薬にしたときにどういう影響があるのか、それに私たちが発見できていない薬効、効能がある可能性もあります。リュシもわかりますね?」
「はい。ユキ様、ですので台地薬草を使った治験の許可が欲しいです」
ああ、なるほど。
出来た薬を試す許可が欲しいって話か。
当然だな。
「あくまでも台地というか南部の、新大陸の治療や薬品に関してはリュシに一任しています。相談を受けて、私も同行した次第です。エージルは……」
「ああ、そっちは大丈夫だ。あれは医者でも回復魔術師じゃない。研究者だ。あっちは治験というかモルモットの要求をするだろうしな。今は、新種発見とその解析で全力って感じなんだろう?」
「その通りです。薬草を中心として、植物系はある程度選別しましてこっちに任せてきました。いえ、医療に関係するのですから、当然だとは思いますが」
エージルはこういう所の仕事の振り分けが上手いんだよな。
確かにエージルでも許可を取ることは出来るが、ルルアとリュシが赴いた方がポーション系の話を進めるにはいいよな。
専門家だし、そういう意味ではエージルの判断は的確だったわけだ。
「だな。台地薬草に関しては、現在タイキ君とホーリーを中心に生息区域はもちろん、環境などを調べてもらい、栽培するための情報を集めていると。薬草栽培ね~。ルルアはどう思っている?」
「正直、ダンジョンのスキルで作る以外は難しいかと。台地でしかない特殊な薬草ですし」
「ま、そこらへんは医者の仕事じゃなくて、研究者とか栽培を本業とするカヤやファイデの仕事だな。それで、治験に使いたい薬草の効能自体はどうなんだ? 一応鑑定で効能はわかるだろう?」
「一応普通のポーションですね。こちらです」
そういってルルアがよく見る小さい小瓶に入った液体を見せる。
いや、俺たちはポーションより、回復魔術が多いからあまり見ないが、一般的に利用するのはこのポーションの方だ。
改良を加えて200mlだったのを100mlまで減らしているのがウィードの特徴だ。
いや、ゲームだとこの手のアイテム無限に持てるが、現実だと一個につき200グラムもあるわけだ。
つまり5つも持てば一キロ。
回復アイテムも馬鹿にならないってわけだ。
それを重量を半分までにして、効能も同じなんだからすごい改良だ。
と、そこはいいとして、台地の薬草を使ったポーションだが。
「そうだな。俺の目にも普通のポーションに見える」
鑑定を使ってなお、一般の回復薬と表示は変わらない。
流石にルルアやリュシが手をかけたからか、品質は最上級。
一般的に最上級の薬は効果が5倍と言われている。
ちなみに、ポーションの上位であるハイポーションに迫る回復力なので、市場では扱いに困るタイプ。
こういう薬品は性能が安定しているからこそ、便利に使えるのであって、性能がバラつくとなると使い勝手が悪い。
それは売る側、買う側にしてもだ。
値段も通常の5倍かっていうと、希少性もあるから、値上がりしたりもするし、下がったりもする。
本当に面倒なわけだ。
と、そこはいいとして、台地薬草を使ったポーションについてだな。
「はい。体力、傷の回復をするポーションで間違いありません。ですが、先ほど渡した報告書に記載しているのですが、見慣れない成分が存在しています。便宜上名前は付けていますが」
「ああ、この下に赤線を引いているやつか」
確かに報告書の成分表には強調するように下に赤線を引いている箇所が3つほど存在している。
「この成分はまだよくわかっておらず、ポーションに精製しても薬品に変化は起こしませんでした。なので抽出して、色々試してみたいわけです。そちらの許可もいただきたく」
「試さないと分からないしな。研究の許可はだすけど、人体を含めて動物実験はまだ駄目だ。できてから鑑定して、こちらに報告をしてからになる」
「わかっています。流石に見たこともない成分をいきなり人に添加するわけはありませんよ」
うん、ルルアはこの点においては安心だ。
エージルとか、野生の魔物とか見つけて勝手に投与してデータ取る可能性は高い。
バイオの菌とかを発見して、動物に知らずに投与しましたとか、完全にアウトだしな。
台地とか特殊な環境で、新種ばかりだとありえない話じゃない。
……あれ? これ忠告していないとまずいか?
「ユキ様、何か報告書で難しいところでもありましたか?」
「いや、ルルアに注意をしたところで、エージルには厳重に勝手に成分を動植物に投与するなって伝えておかないとって思ってな。下手すると、妙な化け物を作り出しかねない」
「あはは……否定できませんね」
「うわ~」
ルルアとリュシも俺と同じようなエージルのイメージらしく、否定の言葉はでてこない。
「ま、エージルがそうやって夢中になるぐらいには台地は色々興味深い場所だったってことだ。そういう意味では良い土地を確保できたと思う」
「それは同意です。新しい薬効が見つかって、不治の病が完治するかもしれませんし」
うん、地球の未開の地にもそういう期待が持たれている。
こっちにも同じ期待がかけられても不思議ではない。
何せこっちには魔術が存在しているからな。
今のところ、回復魔術で回復できないのは、悪魔の呪いってことになっているところが大半だ。
体力、つまり物理的な傷が回復してしまえる分、病気もある程度何とかなってしまうわけだ。
なので、このアロウリトの世界は病気に対しての知識が少ないし、俺がやってきた当初は衛生観念すら希薄だった。
気分の問題で、綺麗にしようぐらいはあったみたいなレベル。
俺やタイキ君、そしてタイゾウさん、ソウタさんからすればたまった物じゃない。
あ、メノウもいたな。
それで、衛生管理を徹底して、病気の発生率もかなり下げている。
これは数字がモノを言うからな。
国のトップや、回復魔術師の運営する治療院などで、多数の患者を診ないと成果がわかり辛い。
この統計学を押し出した医療を最初に始めたクリミアの天使は物凄いと改めて感心する。
と、そこで思い出した。
「台地の薬品使用に関しての話はわかった。俺からも質問いいか?」
「はい。構いませんよ。まあ、新大陸に関しては私よりもリュシが答えますが」
「ええっ、私が担当しているのは南部の砦ですよ? 北の町、南の町、オーエ王都はエノラ様が担当を……」
「そう、エノラからの報告がないんだよな。いや、意外とオーエの医療関係は詳細がちょくちょく上がってくるから、あまり必要があるかというと微妙だが」
そう話をしていると、部屋の扉が開かれ……。
「リュシと合わせようって話になっていたのよ。ちょっと遅れたみたいだけど」
エノラがそんなことを言いながら入ってきた。
「まあ、ルルアもいるならやりやすいわね。台地の薬草とかも興味はあったし。で、オーエ王国の医療関連だけど、はい、まずは報告書」
そういってエノラが報告書をオレリアに渡して、それを俺たちが受け取る。
内容に関しては、まあ詳しいことは後で読むとして。
「ありがとう。それで、台地の方はリュシ渡せるか?」
「はい。エノラ様の分も用意しています。こちらです」
「それと、台地の薬草を使ったポーション」
「どうも。……特にポーションは普通のポーションと違いはないみたいね」
俺と同じように台地薬草で作られたポーションを即座に鑑定したようだ。
「成分はほぼ一緒で、見ない成分もあるから、それ抽出して色々試したいって話だ」
「なるほどね。何かいい効果があるといいんだけど。じゃ、次は私の番ね。とはいえ、継続してオーエの医療に関しては報告しているけどね。ま、一応報告するわ」
エノラはそういってオーエの医療体制、民衆の健康状態についで報告を始める。
簡単に言うと、オーエ全体の医療体制に関してはウィードが加入してから劇的に改善しているようだ。
薬品なども不足気味だったのが改善されたしな。
それに付随して民衆の健康状態も物資が足りず、具合が悪くなっている人も多かったのが、物資を供給して、医療を受けられるようにして、随分と改善している。
「で、前も話したと思うけれど、この支援に関して民衆の評価がやたら高い。現在デリーユとハイレンが面倒見ている新兵たちもいるけど、増加傾向よ」
「マジか」
「マジよ。とはいえ、生活の為の仕事をしながらの本当の予備役って感じなのが幸いね」
「それなら、まだいいか」
予備役となると、給与は発生しないし、まあ、訓練期間だけ発生して、そのあとは一般人として暮らしてもらって有事の際には招集か。
まったくの素人を徴兵するよりは遥かにましだ。
「ええ、オーエの方から派遣してもらって士官とも協力して訓練しているし、ウィードだけの評価にならないようにもしているしね。あとは物資供給をどこまでするのかって話だけど、そっちは進展があるのよね?」
「ああ、カグラとミコスがジェヤエス王国と良い感じで話をまとめてきた。というか、後で詳しい報告があると思うが、北部の連中、南部を敵に回したいようだぞ」
俺がそういうと、詳しい内容知らないエノラとリュシが驚いた顔をする。
「ちょっと待ちなさい。どういうことかしら?」
「そのままの意味だよ。北部の連合はジェヤエス王国に対して亜人差し出させ処刑する。協力してオーエを倒すから従えって言って来たらしい。ああ、使者はクリアストリーム教会の連中だったらしいが」
「うわっ、無いわ~」
「無いですよそれは……」
「ということで、ほぼ北部の連中との戦いは避けれらないって感じだな。デリーユたちが新兵訓練に力を入れているのもそこらへんがあるだろう。あと、それで大会議があるから、準備もしたおいた方がいい」
「わかったわ。はぁ~、まあ交易が動くなら多少はマシになるだろうけど」
「ですが、戦争となるともっと被害が……」
うん、交易だけが再開されるならよかったが、戦争も始まるとなるとな~。
予算をどこから引っ張ってくるかというか、物資とかもさらにいるだろうしな。
ということで、皆迫る戦争に備えるために動き始めるのだった。
現実でも新種からの難病解決は期待されていますからね。
台地やジャングルなどの特殊環境での植生は本当に特殊らしい。
人がいけないところは未知だね~。




