第1835堀:動かずの冒険者ギルドは
動かずの冒険者ギルドは
Side:ニーナ
「なんかそっちは楽しそうね」
私はスアナの町で取っている宿の窓から外を眺めつつ、そう言葉を返す。
『いや、暇じゃないからな。そっちもそこのトラブルが終わればこっちに来てほしいぐらいだ』
「どっちに必要なんだ? 南部か? それとも北部で潜り込むか?」
ユキの言葉に返事をしたのは私ではなくキシュア。
別に珍しいわけではない。
キシュアは意外としっかりしていて、この手の仕事はしっかり精査している。
もちろんスィーアとかもだけど。
『どっちにもほしいぐらいだな。手が全く足りてない。元凶と思えるクリアストリーム教会は、ジェヤエス王国への対応を見ると、セラリアからも報告があったが、南北に割って戦争をしたいようにしか思えないしな』
「そうですね。話を聞く限り私もそう思います。ですが、その理由がわかりませんね。南部には魔王の影も見えないのでしょう?」
『全然。こっちの勇者様であるタイキ君や、魔王であるホーリーはもちろん、新兵訓練で来ているデリーユもさっぱりだしな』
勇者や魔王も連れて行ってもよくわからないっていないんじゃないの?
とはいえ、全部調べたりはしていないから何とも言えないけど。
『ま、地道にやるしかない。ともかくジェヤエス王国は味方に付いたとみていい。南北に分かれてもこちらの勢力が大きい方が好ましいしな』
「それはそう。戦力が大きい、多い方がいいに決まっている」
『だな。で、こっちは色々不明で不安なところはあれど、予定通りではある。そっちはどうなんだ?』
「こっちに関しては、アルカと連携しているけど、そこまで動きはないわ。敵の魔物の調達に関しても今はまだ待ったがかかっているし」
『まあ、いきなり魔物を連れてきましたってのは怪しいだろうしな』
それは確かにそう。
元々私たちの設定はそれなりの冒険者としてやってきてここで活動中ってだけ。
魔物を捕まえて稼ぐタイプの冒険者じゃない。
私たちの実力なら捕まえるというのは無理ではないけれど、この3人で簡単に捕まえましたじゃ怪しまれるのは目に見えている。
なにせ、魔物を捕縛するのは基本的に相応の人数に、道具が必要とされているから。
簡単に言えば捕まえた魔物を入れておく檻だけでも、強度はもちろん大きさ、そして死なないための餌など無茶苦茶事前準備がいる。
普通の冒険者が個人で手を出すような仕事じゃないわけ。
準備するだけでかなりお金が必要だし、それを取り戻すとなるとかなり働かなければいけない。
「だから、スアナの町で活動しつつ、魔物捕縛をしている業者からの依頼を待っているって状態だけどな」
「アルカさんからの話では最近は冒険者ギルドへの依頼は止まっているようですわね。まあ、裏の話を聞けば露骨に集めるわけにはいかないでしょうが」
「それだけ集めて何するんだって思うわ。こざかしい」
堂々と魔物を集める仕事を出していればいいのよ。
そうなれば、私たちもその仕事を受けるだけでよかったのに。
『向こうも焦ってはいないってことだろう。それだけ財源にも余裕があるんだろう』
「財源? どういうこと?」
私が首をかしげると、すぐにユキは説明してくれる。
『いや、魔物を集めて何かをするにしても、魔物を殺さずに飼う必要があるわけだ。まあ、本当に研究することもあるかもしれないが、それでも死体を要求してないのだから、生かしておく必要があるわけだ。その分の施設や食料もいるだろう?』
「なるほど。確かにお金がある程度ないと維持できないな」
「それに人手もいるでしょう。用地も、簡単にできることではありません」
『そうそう。だから相当余裕が無いといけないわけだ。あと、暇ならスィーアのいう土地を探してもいいかもな』
なるほど、2人の説明もあってよくわかった。
確かに、アルカの情報だと開拓村を全滅させるほどの数が必要なわけで、その数を養うお金も人も必要ってこと。
そして、スィーアに言った言葉が気になった。
「土地っていうと、魔物を捉えておく場所ってこと?」
『ああ、アルカって職員からの情報だと、今まで集めた数は優に50は超えているはずだ。牢屋っぽいのに閉じ込めるにしても、相応の広さが必要だろう?』
「そういうことか。ニーナ、ここら一帯で、魔物を隠して、いや管理しても問題ない場所ってあるか?」
「……私が知りうる限りはない。スアナの町にそんなのがあるのであれば噂になるはず。つまり」
「集めている場所はスアナとは別の所。しかも、噂が出てこない程度には離れているわね」
『暇っていうわけじゃないだろうが、そこらへんは霧華の部下が調べているだろうし、相談してみたらどうだ?』
「なるほど。それはいい案。じゃ、情報頂戴」
私がそう誰にともいわず空中に投げかけるように言うと。
『はっ、怪しい場所はある程度絞り込めています』
すぐに通信の会話に諜報員の彼女が入ってきてデータを送ってくる。
流石に窓の外に展開するわけにはいかないので、窓を閉めて部屋のテーブルに集まる。
テーブルの天板に向けて投影モニターを調整し地図を映す。
「こりゃまた。露骨に魔物の保管所、いや飼育している場所は森の近所か」
キシュアの言う通り、予測が立てられている場所はどこも基本的に魔物の森の近くだ。
『一応、どこも魔物を間引き、狩りをするための拠点という名目になっています』
「なるほど、そこらへんは整えるのですね。いえ、当然ですか。それで、ここからは絞れていないということですね?」
『はい。アルカ殿からの情報提供では、魔物の受け取り、または捕縛の手伝いは別の場所で行われており。そこからは追跡が難しい状態です。町を離れて調査をする必要がありますので、私一人では……』
それは無理だ。
彼女はスアナの町では領主館を中心に調べ物をしている。
他から応援呼べよと思うが、ウィードに諜報員の予備は残っていない。
動いているのはこの町だけではない。
むしろ優先度に関してはそこまで高くはない。
何せほかの大国もいるんだし、私たちがこの場にいる時点で、増援を望むのは難しい。
私たち自体が増援なんだし、それにいざとなればほかのベツ剣メンバー呼んでいいとも言われているし、ほかの地域よりかなり戦力的にはマシになっているぐらい。
『そこは仕方がない。十分に結果は出してくれている。この地点については上には報告をしているのか?』
『はい。霧華様に報告をして、スアナの町や村を統治している領主の調査はもちろん、指定地点の調査をすると仰っていました』
「ああ、別にほかに人員が回せないわけじゃないのか」
『そりゃな。ウーサノとアーエの動きは今後の大陸間交流同盟へ喧嘩を売る態度だったし、闇ギルドが関与している可能性もまだ捨てきれないから、ちゃんと人員は投入している。とはいえ、新大陸が見つかったからな。そっちに人員を引っ張られているから数は少なくなっているな』
『そうよ。新大陸が見つかってから、ウーサノとアーエはもちろん、ほかの国の諜報員も減らしている状態よ。まあ、新人が入ってはいるみたいだけれど』
なんか、セラリアも話に入ってきた。
というか、セラリアの方が大陸間交流同盟関連の責任者だっけ?
「新人? ああ、言っていましたね。霧華さんのところの新人を現場に回すとかで」
『ええ、一応難易度の低いところに回していたらしいけど、新大陸の件で、そっちに熟練者を回して、日の浅い新人たちを今までのところにって感じみたいね』
「じゃあ、私たちの補佐をしている子も?」
『いえ、私は違います。この土地は新大陸も絡む土地ですし、闇ギルドとの関与も完全に払拭できているわけではありません。熟練者が指揮をとり新人も混ざってという所です』
なるほど。
確かに重要な場所ではあるし、そこに人は入れているわけか。
『基本的に、国当たり2人ぐらいなのを、ウーサノとアーエには5名ずつ配置しているわ』
「おお~、ほぼ倍か。それで、地図の地点は私たちが直接出向く必要はないんだな?」
『はい。今まで通り、町で待機しつつ、近場の魔物を退治や町での雑事の仕事をお願いいたします』
「いままで通りですね」
『ま、それが大事ってわけだ。アルカの知り合いって触れ込みだしな。で、ウィードの動きはいいとして、グランドマスター、いや冒険者ギルド側はどうしているんだ?』
「そっちについてはあの爺さんからの連絡は来ていないな。セラリアの方にはなにか来ているんじゃないのか?」
『こっちにも特にないわね。冒険者ギルドとしても動くに動けないような話だし、アルカの情報次第って所でしょう。まあ、冒険者ギルドの暗部が動いていてもおかしくはないでしょうけど、私たちとは別行動ね』
「つまり、私たちは囮ってこと?」
それは正直面白くはない。
この問題は冒険者ギルドがメインのはずだ。
まあ、あの最果ての村の調査に協力してもらったのは間違いないけれど、スアナの支部を巻き込んでいるのは別件でもある。
そこで私たちが奔走しているのに冒険者ギルド側が沈黙というのは……。
「……いやいや、それは流石に失礼ですからね」
そんな声がドアの方から聞こえてきたかと思うと、そこには私たちよりは身長が高めで髪は黒色でロング、細目な女性が立っている。
いつの間にというわけでもない。
たった今入ってきた。
「えーと、お水飲む?」
平静を装ってはいるが、どう見ても疲れている。
全力で走って来た感じなので、そっと冷えたお水が入ったコップを差し出す。
「ありがとうございます」
そう言って、コップをすぐに持って喉を鳴らす女性。
キシュアもスィーアも特に驚いていないが、この場にいないユキやセラリアたちはよく状況が分かっていないようで。
『え? なに? 誰か来たのか?』
『そう聞こえるわね。外からの状況は?』
『はい。先ほど冒険者ギルドの認識票を持った方が入られたので合流したのかと』
諜報員の彼女がユキたちに私たちの状況を伝えている。
「ふう、一息付けました。では、改めてご挨拶を。私、この度この事件の調査をグランドマスターより任されたウィシーと申します。えーと、おそらくウィードの上層部の方もこちらのことは把握しておりますよね? そうグランドマスターから伺っておりますが?」
「ああ、ちょっと待ってくれ。そっちはイヤホンは付けているな」
「はい。受け取っております」
うん、あれはグランドマスターに渡している機械。
あれがあれば音声会話が出来る。
『なら、問題ないわね。私が今回ウーサノ側で起こっている事件の総指揮をとっているセラリアよ。よろしくウィシー』
「はっ? セラリアと言いますと、ウィードの女王陛下のお名前では?」
『本人よ。それだけこっちも注視しているわけ。グランドマスターも同じだからこそ、あなたを送ったのでしょう? 執行者さん』
なんか聞いたことのない言葉を言っているセラリア。
執行者?
何か権限をもっているの?
いや、この場所に来ているんだから相応の権限は持っているんだろうけど。
このウィシーさん、文字通り走ってやってきました。
流石にゲートを使えないし、そういう場所にもいなかった。
行けと言われて走って来た。
詳しい正体は次回。




