第1834堀:ウィードに残っている者たち
ウィードに残っている者たち
Side:ジェシカ
「なるほど。まあ、良いことではないですか。ジェヤエス王国はこちらについた。それは良いことでしょう」
私は報告書を見てからそう感想を言う。
対してセラリアはというと難しい顔をしていて。
「……そうね。それは間違いないわ。敵が増えるよりもよっぽどマシね。とはいえ、クリアストリーム教会が何を考えているのかさっぱりね。亜人を差し出せ、処分するとか、南部では北部より亜人の割合が多いというのは聞いているし、そんなことを言えば……」
セラリアの言葉を一緒に報告書を見ているクアルが続ける。
「南部が首を縦に振るわけがないですね。露骨な煽りとも取れます」
「つまり、意図的に南部を怒らせることに何か考えがあるというわけですね。例えば、オーエを攻めている軍を全滅させるとか」
私がクアルの言葉に続けて回答を出す。
まあ、他国の力を借りるまでもなく、オーエに寄せた軍は全滅しているわけですが。
「実際になっているのよね。とはいえ、他国はウィード以外参戦していないけれど。これが呼び水にならなければいいけれど」
「呼び水というと、クリアストリーム教会を中心に集めた軍が全滅したという結果がですか?」
「ええ、向こうの主張は魔王がいてその指示に亜人や魔物が従っているとかいうわけのわからないことでしょう? つまり、全滅したという事実が、魔王の脅威とそのままとられかねないわけよ。今回のことで結束したりとかね」
「確かに。とはいえ、ユキはそこら辺を想定して、シアナ男爵たち半分を帰還させているので、問題はないのでは?」
そういうことも考えていないわけではない。
というか、この手の搦め手はよくある、ユキならば嬉々として使う手です。
どちらに転んでも問題ないと。
シアナ男爵たちにつけている霧華の部下たちも生還できる実力はあると言ってはいますが、別に敵をすべて倒しても生還となるわけです。
これほどひどい言い回しもないでしょう。
「そこは問題はないけれど、クリアストリーム教会が変な布告をして、北部がまとまればそれはそれで面倒なのはわかるわよね?」
「それはわかります。北部対南部という図式になると、大戦ですね。ズラブル地方で起こったズラブル大帝国とハイーン皇国の戦い以上の規模となるでしょう」
「とはいえ、それは難しいのではないですか? 何せユキ様がシアナ男爵を通じて動いていますし、北部は結束できないのでは?」
「そうね。夫が動いている以上、北部は完全に結束するのは難しいでしょう。特にシアナ男爵たちについて国々はクリアストリーム教会につくのはほぼありえないわね。となると、虫食いなわけ。今まで権威をもって動かしてきたクリアストリーム教会はどう動くと思うかしら?」
「「ああ」」
言いたいことがわかってきた。
確かに、わけわからずの状態とはいえ、それは向こうも同じ。
相手が策があるようにこちらも策があって動いている。
油断する気はないのですが、ウィードという国を前に今のところ対抗できそうな国は存在しません。
つまり、通常の戦いであれば結果は見えているのですが、今回の戦いに限っては、敵の目的が不明なのです。
「魔王がどういう意味を指すのか。それでクリアストリーム教会が取る行動は変わってくるでしょうけど、亜人を処刑するとか無茶苦茶なことを言っているのだから、考えられないようなことをしでかしかねないわね」
「「……」」
セラリアの言葉を私もクアルも否定できません。
「ハイデン地方で起こったアクエノキを信奉する狂神者たちのようにですか?」
「そうよ。身内に手をかけて、わけのわからないことを始めかねないわ」
「……否定はできませんが。陛下、それを言い出しては何も始まりませんよ? あえてウィードやオーエ、そして南部で味方をしてくれた国を危険にさらす理由にはなりません」
確かに、クアルの言う通り。
何をしでかすかはわかりませんが、かといってウィードやオーエ、そして同盟を組むであろう国々を無視するわけにはいきません。
それこそウィードやオーエは求心力を失うことになるでしょう。
「わかっているわよ。とはいえ、表立っての勝負は明らかにウィードが負けることはない。となると搦め手になるわ。胸糞悪い手段に出ても何も不思議じゃないってはなし」
「そういうことですか。兵士のメンタルが心配だと」
「そういうこと。余りに凄惨なものを見せられると、戦意喪失ぐらいならまだましで、錯乱、最悪、命令違反で敵を殲滅しかねないわよ。ウィードの兵士ならともかく」
「ああ、オーエやジェヤエス王国の兵がどうなるかは想像がつきませんね」
「いえ、ジェシカ。基本的に職業兵士なんてのはエリートの仕事です。普通の兵は徴兵された一般人たちですから、上の命令を聞くとは到底思えませんね」
そうでした。
ウィード以外の国は基本的に兵を徴兵、町や村から一般人を集めて戦力とします。
なので、兵士としての訓練はほぼしていませんので、そういう状況になれば瓦解するでしょう。
「しかしながら、他国の兵の扱いに対して口は出せませんよ?」
「わかっているわよ。この話もまだ仮定、推測の域を出ないんだし、開戦にもいたっていないのに、どうしようって……」
そこでセラリアの言葉が途切れる。
私も何に気が付いたのかが分かった。
「開戦の理由にはなりますね。オーエが一番火付け役としては最適だったと」
「なるほど。ジェシカの言う通りですね。オーエの住人の8割は亜人。つまり、オーエが開戦の狼煙を上げれば、本来はこのまま北部に攻めあがることになっていたと」
「私たちウィードという存在がいなければ、そうなっていたでしょうね。なるほど、道理で2万って少ないわけだ」
「ええ、やはり全滅を想定した戦力だったと考えるべきでしょう。当初からありえないとは言っていましたし」
クアルの言う通り、最初からオーエと北部連合の戦いはおかしかった。
確かに、補給を断たれて、南は魔物、北は人という状況で滅亡の危機ではあったが、本当にどうしようもないと思えば、2万なら蹴散らせるだろう。
何せ相手は遠征中だ。
搦め手でも何でも使って、人質であった亜人たちを見捨てるのであれば、取れる手段など山ほどある。
防壁によって奇襲をかければどうにでもなるでしょう。
しかし、そうなれば北部の人に対して憎しみは増大するでしょう。
報復を考えるほどには。
そうでもしなければ国としての体面が保てませんからね。
「つまり、敵の狙いはセラリアの言った北部と南部の大戦争が目的だったと?」
「可能性は高いわね。ジェヤエス王国でのクリアストリーム教会の使者の動きを聞けばそうとしか思えないわね」
「ですね。とはいえ、内部にも不満を持っているのに、こんな強行策をとれば北部は荒れるはずですが、まあ、敵をあぶりだすには良いですね」
「そうなると、シアナ男爵たちは危なくないかしら?」
「危ないと言えば危ないですが、かといって戻るわけにもいかないでしょう。本人たちはクリアストリーム教会の影響、権勢を削ごうというつもりなのですし」
そうですね。
シアナ男爵たちはクリアストリーム教会の無茶な命令に従わされて出兵したのですから、今更それが罠というか、全滅前提の作戦だと知ってもやることは変わらないでしょう。
いや、是が非でも事実を伝えてクリアストリーム教会を糾弾、あるいは潰そうと動くでしょう。
私もそうしますし。
「……伝えても却って戦意を煽りかねないか」
「その通りかと。この件についてはユキ様にお話しし、相談した方が良いのでは? 元々新大陸の指揮権はユキ様ですし」
「そうね。……私たちはウィードを中心に大陸間交流同盟の方をメインだものね」
「はい。今はグラス港町でのパーティーも終わりソーナとシスアも順調に町の運営をしておりますが、かといって私たちが楽をできる状況ではありません。外交はもちろん、スウルスの一件よりウィードの軍備に対する脆弱さが露呈しましたし、そちらの補強が現在急務とされています」
クアルの言葉で、空気が切り替わるのがわかります。
新大陸のことは今後を考えると憂鬱ですからね。
そっちはユキに任せるとして、私たちはクアルの言う通り、ウィードをしっかり保たせること。
それが、ユキたち新大陸に行っているメンバーたちへの支援になるのですから。
「わかったわ。改めてウィードの現状を整理しましょう。新大陸はユキに任せて」
「はい。では、改めてグラス港町完成パーティーが終わり、各大国の方々には新大陸の存在を明かしました。その際に出兵に関することも伝えてはいます。あとは各国の返答待ちという所ではありますが、その意欲に関しては……」
「十分手ごたえはあったわね。確実に出兵するでしょう。何せ、戦争することなく土地を確保できるんだし」
ですね。
母国であるジルバ帝国も乗り気というか、やる気満々でしたし。
とはいえ……。
「ですが、簡単に出兵というわけにはいきません。こちらの準備もそうですが、向こう側の準備もあります。何より土地の情報が揃わない限りは動かないでしょう」
「新大陸の問題な気もするけれど、こっちもかかわる大事業だしね。私が窓口で整えないといけないか」
「ですね。新大陸の情報はユキが、大陸間交流同盟への説明と対応は私たちとなるでしょう。というか、これぐらい分担しなければユキが倒れます」
「そうね」
「ええ。あの方は仕事ばかり増えます」
私の言葉に二人とも頷く。
ユキは本当にトラブルが多いというか、仕事を増やす方向で周り、三方良しをしようとしますからね。
一番損というと違う気はしますが、苦労するのはユキです。
「オレリアたちを側に付けたのに、仕事が増えるばかりよね~」
「一応、オレリアたちも十分に働いていますし、その分仕事を入れたような感じですね」
「まあ、新大陸の件はもちろん、スウルスでの一件も突発的な物でしたからね」
むしろ、あの時にオレリアたちを入れられていたのは幸運ともいえることでしょう。
スウルスから続くトラブルはオレリアたちの有無は関係ないですし、ユキの負担を減らせたのは間違いありません。
「そうね。それでウィードの活動限界点が露骨に見えたわけだけど」
「それはこちらの弱点が分かったということで良しとしましょう。今はその改善に動いているわけですし」
「ですね。あとは、シスアやソーナと同じように指揮や政治に長けた人物が増えればありがたいのですが……」
「そう簡単に増えるモノでもないのよね~。クアルのところはどうなの? シスアやソーナに続くってのは?」
「いないことはないのですが、シスアとソーナが抜けた穴を埋めている最中ですからねぇ」
「出世させるなら親衛隊が一番適任ではありますが、戦力低下も招きますからね。しかし、出世させて任せる仕事はどうするのですか?」
「それは、遊撃というか、今育てている新米の配属先ね。どういう扱いになるかはわからないけど、ウィード本軍、魔物軍、海軍、ちょこっと空軍につづく軍が出来ればいいと思うわ」
確かに、今の状況に必要なのはいつでも動かせる軍ですね。
とはいえ、トラブルがない限りは遊軍になりそうなのですが、そこは要相談ですね。
セラリアたち居残りメンバーも決して楽ではありません。
軍はすぐに作れるものではないですが、作ったからと言って放置もよくありません。
維持費なんて莫大ですからね。
何かお仕事があればよし。
まあ、ウィードは戦いに事欠かないか。




