第1831堀:使者の旅路
使者の旅路
Side:カグラ
「そう、私たちが出ている間にキャナリアがね」
『ああ、まあ、選んだだけでこれからって話だが』
私はユキからの連絡を車内で受けている。
現在私とミコスは当初予定していたジェヤエス王国への使者として向かっているからだ。
道中は特に問題なく、こうしてキャンピングカー内で快適に過ごしている。
もちろん、オーエの兵士たちも私たちほどではないけれど、横になれるキャンピングカーを利用している。
当初はキャンプ道具も想定していたのだけれど、素早い移動ができる車があるし、ジェヤエス王国には車の存在は先触れで伝えているのでこのままということになった。
下手に町や村によると妨害を受ける可能性もあるし。
と、そこはいいとして、キャナリアの件だ。
グラス港町のお弁当屋が上手く行っているというのにとは思ったけれど、彼女もやはり一国の王族だったというわけね。
「うへぇ~、真面目だね~。ミコスちゃんならそのままお弁当屋さんをやっていると思うけどな~」
『それもありだったろうが、それでもキャナリアは王族というか、人の助けになりたかったんだろうな』
「お弁当屋さんでも十分だとおもうけど。ミコスちゃんは雑誌を作ることをくだらないとは思わないけどな~」
『そうだな。ミコスのやっている仕事も立派に人の助けになることだ。まあ、合う合わないってやつだろうな』
「そうね。お弁当屋さんの件はキャナリアがこれからどうするかで手始めで選んだことだし、ミコスとはちょっと違うわね」
「まあね~。やっぱりそこらへんはお姫様と男爵の娘とは違うか~」
ミコスだって領民が苦しんでいるというなら、手を差し伸べるでしょうに。
そもそも、ミコスのお父様の領地にシーサイフォ王国軍がやってきたときには真っ先に助けを求めたくせに。
と、そこは言わないけれど。
『ま、キャナリアはひとまず、医療を学ぶことになったわけだ』
「そうね。回復魔術はリリーシュ様に覚えさせてもらっているのだから、まずはそこが手堅いわね」
「それは間違いないね。回復ができるだけで出来ることが広がるし。ウィードの医学を学ぶならかなり有用だよ。できることが増える」
『ああ、いろんなところにも派遣されるだろうし、リリーシュやハイレン、ヒフィー、セナルもそういう話なら教えることには問題ないって事だしな。もちろんルルアも』
「あはは~。本性を知っているミコスちゃんとしては、なんてメンツに教えてもらっているんだろうね~と思うけど」
そうね、そこはミコスに同意。
殆どが女神様とかいう頭がおかしい教師陣。
キャナリアの成長度合い次第だとは思うけれど、並みの回復術師では収まらないでしょうね。
『ま、覚えられないよりはましだろう。最低限の技術はすでに手に入れている。あとはどれだけ実力を伸ばせるかって話だ』
「そうね。彼女がどう旧ヴィノシアの復興にかかわるかはわからないけれど、まず回復魔術と医術を学ぶというのは間違いない一歩よ」
「だね~。ミコスちゃんだって父ちゃんの領地じゃ、女神様になったとかいわれるし」
『ジャーナ男爵のところは長閑な気風だからな。そういう実力者は珍しかったんだろう』
ユキは柔らかに表現するけれど、ミコスの男爵領は本当に田舎で、何もないって感じの場所だからね。
そこで生まれて育ったミコスがかなりの回復魔術はもちろん、ユキや私もひっさけて来たんだし、何より飛行場の開設とイチゴ農場とかそういうのを伝えてくれたんだから、どこからどう見てもそれをもたらしたミコスは女神と同等よね。
いえ、本物の女神はいるんだけど。
ちなみに、飛行場自体はダメだけれど隣接施設などは自由に使ってもらっていいことになっているので、村人たちはこぞって集まっては色々楽しんでいるみたいね。
もちろん観光客も集まってきているから、そこら辺が大変だってジャーナ男爵が言っていたわね。
順調に発展している感じ。
『で、話はカグラたちのことに戻すが、状況は?』
「順調そのものね。先触れで私たちの車両のことを伝えてくれたのが大きいわ。下手に町や村によることもなく一直線にジェヤエス王国の王都を目指せるし」
「だね~、下手な歓待とか受けると対応が面倒だし」
『下手に歓待を受けても対応が難しいからな。ジェヤエス王国の国土を見るのはまたの機会だな』
「そうね。良き隣人であれば視察する価値は生まれてくると思うわ」
「まずは国交が再開されないとね~」
ミコスの言う通り。
今は人族連合というか北部連合というか、その連中との戦いのせいで、オーエへの輸出物資が止まっている状態。
なぜ止めたのか、救援をしないのかという疑問は今だ解消されていない。
幸い、最悪とされていた敵がジェヤエス王国を攻めているということはないとドローンで確認されている。
つまり、内部というか外交関連で足止めを食らっている可能性が高いというわけ。
そうでもなければ魔物からの盾として使っているオーエの支援をやめるとは思えないもの。
もちろん、人族連合が寄せていることで、様子を見ているという可能性はあるけれど、その軍勢も私たちウィードが蹴散らした。
20日も前の話なのに偵察に来る人もいなければ使者もよこさないとなれば、内部で色々論議を醸していると予想がつく。
「ユキ。確認だけれど、北部のクリアストリーム教会の関係者やギアダナ王国の使者がいる場合は……」
『即時排除よりも話を聞くことを優先してくれ。こちらが暴力に訴えるとなると、向こうにとっては都合が良いって感じになりかねないからな』
「そうね。とはいえ、話を聞いてくれればいいけれど」
『そこはあってみないとわからないが、ジェヤエス王国に交渉に来ているなら強硬というか無茶苦茶な対応をすれば、それこそジェヤエス王国の印象が悪くなるから、そうそう変な真似はしないと思いたいが……』
ユキの言う通り、普通に考えるのであれば、交渉に来た他国の使者に対して、敵対しているとはいえ、無体な真似はしない。
何せ、中立国を自国に引き入れるための交渉中なんだから。
でも、今回のクリアストリーム教会の関係者となると、そこら辺の定石をぶっ飛ばしていそうなのよね。
「そういえば、リリーシュ様やハイレン様が対応している捕虜の連中はどうなっているのかしら?」
「あ、気になってた。その人たちからの新しい情報ってないのかな?」
『そっちに関しては特にって感じだな。とはいえ、真摯に向き合えば大人しくはなる。末端と言っていい信者たちはクリアストリーム教会に逆らうことすら考えられないって感じだな』
「……そう。余程権力と力を持っているのね。とはいえ、なんで今回の侵攻に対してそのクリアストリーム教会の重鎮がいなかったのかが不思議なのよね」
『そこは俺も疑問だ。南部の魔王の配下みたいな言い方をしていたオーエに対して、クリアストリームでの関係者というか、中枢の人物を送り込まないのは不自然だからな』
「裏切るとか、そういうのを考えていなかったのかしら?」
「まあ、国の人たちってよほど自分たちに害悪でもなければ、そういうことってどうでもいいからね~。北部じゃクリアストリーム教会って魔物を倒してくれて復興の手助けをしてくれているいい教会って認識なんでしょ? それを裏切るとは思わなかったとかは?」
ミコスの言うことは一理ある。
とはいえ、一般ならともかく、オーエを攻略するための大事な戦力を喪失する可能性を残すだろうか?
でも、元々攻略するというには数が少なすぎるという感じはあったけれど。
『ミコスの言う可能性もあるだろうが、元々戦力としては少なすぎたしな。半分は反クリアストリーム教会派ともいえる感じだったし、その戦力を削るのが目的だったのかもしれないな』
「敵対の内部勢力をこちらに削らせて、オーエの危険性をさらに煽るか」
「うへぇ~。それってさ、戻ったシアナ男爵たちが処分されたりしないかな?」
『可能性はゼロじゃない。シアナ男爵たちもその可能性は考えていた。だからこそ、小部隊ではなく、大人数で戻らせる選択をしたわけだしな。もちろん、襲われる可能性もあるが、あの人数に加えて、ウィードから諜報部、霧華の部下もつけているからな。余程じゃない限りはどうにでもなるはずだ』
確かに、霧華の部下なら、諜報は当然として、単独で一部隊ぐらいなら敵を蹴散らせる。
まあ、諜報部だからそんなに目立つとか普通はダメだから最終手段ではあるけれど。
『あと、わかっていると思うが、シアナ男爵たちのギアダナ王国王都到着に関しては一ヶ月は先だ。旅路は順調でもあと20日はかかる予定だから、そっちの交渉には間に合わない。有用な情報を待っている暇はない』
「わかっているわ。ジェヤエス王国の方が近いんだし、こちらは車移動なんだから当然よ」
そこら辺をわかっていないバカではないわ。
というか向こうに到着していたとしても、ジェヤエス王国にいる使者にその連絡が届くのはさらに先だし、その情報を信じるかどうかってことにもなってくるもの。
元から独力でクリアストリーム教会の使者を退けなければいけない。
「ま、会ってみないとわからないよね~。話ができる人だといいんだけど」
『そうだな。それが一番いい。でも、望みは薄いな』
ユキの言う通り、末端があれだけ頑ななんだし、オーエからの使者を前に大人しくするかというと微妙なのよね。
まあ、それを利用して煽って怒らせ、ジェヤエス王国の皆にやっぱりやばい相手なんだと思わせるのには使えるんだけど。
そんなことを考えていると。
「お話し中失礼します。目的のジェヤエス王国王都が見えてきました」
運転をしている部下から報告をうけ、運転席側へ視線を移す。
「お~、ようやく到着だね~。立派な壁だ」
「そうね。こっちもオーエと同じで相応に魔物被害があるようだし、防壁は必須よね」
眼前に広がるのは立派な防壁を携えた城。
きっと中には多くの人が生きているのでしょうね。
『こっちのドローン映像でもカグラたちの車両を確認した。あと20分もあれば到着するだろう。いったん連絡は終わる。それでいいか?』
「ええ。こっちの状況はマイクからわかると思うけど、返事はできないと思って」
『わかった。じゃあ、頑張ってくれ』
ということで、私たちはようやく、ジェヤエス王国の王都に到着し、国との交渉を始めることになるのであった。
カグラたちは特に問題なくジェヤエス王国の王都に到着
キャンピングカーってこういう時には便利だよね。
もちろん、壊れた時が面倒だけど、それは馬車とかも同じだしね。




