第1805堀:メイドさんたちのお茶話
メイドさんたちのお茶話
Side:キルエ
「ふーん。旦那様たちは、その降った人たちを集めて、凱旋を装うわけですか」
「その通りです。ギアダナ王国に戻り、そこで教会の敗北を伝えて権威の失墜を狙うようですね」
私はサーサリと自宅である旅館で家事や子供のお世話をする中、休憩時間の合間にそんな話をします。
「随分とバタバタしていますね~。いや、最初から妙な話ではありましたけど。行方不明事件がここまでになるとか」
「なかなかあることではないですね」
サーサリの言葉に同意して頷く。
まさか、ウィードに伝わってきた噂話が、ここまでのことになるとは思いもしませんでした。
行方不明事件なんて、他国ではよくあることですからね。
ウィードは冒険者がダンジョン区画で行方不明になることはあれど、町中で人が消えることなどありません。
まあ、迷子はありますが、その場合も警察に届け出て、すぐに捜索されます。
ダンジョンの機能で一発で見つかりますからね。
と、そこはいいとして、噂話から大ごとになった今回の件です。
「いや、なかなかどころか、滅多にあることじゃありませんよ~」
「そうですね。ですが、起こったのも事実です。旦那様のことですし、ほかの事件もありそうですね」
「はぁ~、先輩の言うことを否定できませんね~。旦那様というか、ウィードの状況からするとその手の話題は今後集中的に調べるでしょうし」
そう、今回がたまたまだったとはいえ、一例ができてしまった。
今後ウィードは行方不明事件が出るたびにその詳細を調べようとするでしょう。
その分負担が増えてしまい、手が回らなくなりそうですが。
「まあ、精査はするでしょうし、バランスはとるでしょう。流石にウィードが崩壊するような人員はつぎこみませんから」
「旦那様たちがそんなことするわけがありませんね~。と、そこはいいとしてこの新大陸の作戦ですけど……」
「何か問題でも?」
「いえいえ、相変わらず悪辣というか、よくわかっているって感じですが、敵の教会ですけど、あれの実態がよくわからないですよね~」
「それはその通りですね。そもそもよくわかっていないからこそ、凱旋を通じて教会を押さえ、詳細を調べようという話ですし」
今回の敵は人の連合にあらず。
いえ、もちろん戦力を出しているのはその連合の国々なのですが、問題はその連合を、国を操れる教会。
サーサリが疑問に思うのも無理はありません。
「それでもですよ~。何をどうしたら、教会が国を動かせるようになるのか。リテアのように国を持っているわけでもないんですよね?」
「そういう情報はないですね。とはいえ、クリアストリームの本流、大本とされているクリア教会は昔からある教会のようで、各国にその信仰は根付いていたという話です」
「根付いていたとしても、亜人を排斥して、戦争までとは私には想像もつきませんね~」
確かに、教会がここまで民衆に多大な影響を及ぼすというのはまずありませんが……。
「サーサリは忘れているようですが、亜人は排すべきという思想に関してはイフ大陸では特に不思議な意見ではなかったはずです」
「あ」
どうやらイフ大陸出身であるサーサリ本人がすっかり忘れているようです。
「イフ大陸では元々絶対数が少なく、人と違う姿によることで排斥対象となっているはずです」
「……確かにその通りです」
びっくりした様子でそう答えるサーサリ。
本人は特に亜人だろうが差をつけて対応しているわけでもありませんし、ローデイ自体も北部のホワイトフォレストと国交があるのでそういう認識がないのでしょう。
「その理由はどこにあるのですか?」
「理由ですか?」
「ええ、サーサリもその環境にいたのです。別にどこかの教会が云々ではなく、個々の能力が優れているはずの亜人たちを排斥する方向性に疑問を持ったことはないのでしょうか? そこから、何か今回の新大陸の教会にもヒントがあるのではと」
まあ、可能性は低いでしょう。
理由など様々ですし、人の排斥など、どこでもやっていることです。
ただ気に入らないで人を殺す連中も確かに存在します。
とはいえ、そんな短絡的な相手が巨大組織を作れるわけもないのですが……。
「うーん、私は気にしたことはありませんでしたが、町中で亜人は下賤であるという話をしている人は時折見かけています。それに、実際人が亜人に襲われたという話も聞きますし、危険な存在が多いとは思っていましたね~」
「なるほど。それは実害があったからこそ、そういう風に呼びかける人たちがいたのでしょうね。おそらく、野盗や盗賊などと同じような警戒心を持っていたのでは?」
「……確かに、そういわれるとそうかもしれません。イフ大陸は魔物とそう遭遇するモノでもありませんでしたから、脅威となるように言われている感じですね~」
私の言葉に納得しつつも、何か違うような感じですね。
間違ってはいないけれど、合ってもいない。
そういうところでしょうか?
いえ、待ってください。
そういえば……。
「敵で自害をしたと言われているトップはアンデッドにして情報を抜いたと聞いていましたね」
「あ、そういえば言っていましたね。その情報はないですよね~?」
「ええ、私も確認したことはありません。どうなっているのでしょうか?」
今更ながら、一番大事な嘘を付けない情報が抜けていることに気が付く。
ユキ様がそのようなミスをするとは思えないのですが。
そんなことを考えていると……。
「ああ、そっちに関しては正直微妙なんだよ。なぁ、スタシア、カグラ」
「はい」
「そうなのよね~」
いつの間にか、休憩室に入ってきた旦那様たちがいました。
「こっちに来るなんて~、何かありましたか~」
そうでした、サーサリの言う通りこの休憩室は旦那様はもちろん奥様達が普通は利用しない使用人用の休憩室。
具体的には、社員用、従業員用の休憩室なのです。
まあ、だからこそ、メイドである私たちや旦那様の後ろについているプロフやオレリアたちの憩いの場所にもなっているのですが。
それを旦那様たちも理解して、こちらには滅多なことでは近寄りません。
ある意味プライベートスペースのような扱いなわけです。
そこに来たのですから、何かあったと思うのが当然です。
「何かあったというか、何もないから話に来たというやつかな。それでキルエとサーサリに相談にきたわけだ」
「というと、敵からは主だった情報は得られなかったと?」
「ああ、アンデッドにしてペラペラしゃべってはくれたんだが、まあ、あれだ。使い走りというか、自分の欲で教会に加担した感じでな。向こうの思惑はしらん。自分と利害が一致しただけってな」
「「ああ~」」
よくあるというか、その男の処世術でもあるのでしょう。
迂闊なことを聞けば排除されるというのを感じとって、利用できるところは利用するという考えだったのでしょうね。
とはいえ、これもよくある話です。
それが大事に繋がるかどうかという話ですし、こういう嗅覚があるからこそ、あの連合を束ねる立場に収まったのですから。
しかし、最後の最後で誤りましたね。
いえ、嗅覚を働かせられなかったというべきか。
なにせ、私たちの旦那様を敵に回してしまったのですから。
「となると、やっぱり教会とかの影響力に関してはさっぱりですか」
「いや、ある程度はつかめているな。クリア教会って言って、北部の国々では主流の宗教みたいでな。ここ50年でクリアストリーム教会っていう分かれた方にすり替わっているみたいな話なんだよな」
「すり替わっている? クリア教会がクリアストリーム教会に名前を変えたとかではなく?」
「元々、魔物を倒して清らかな世界をもたらそうという宗教だったようで、魔物専門の討伐部隊を組織するなどして、各国で受け入れられていたようです」
「うわ~。魔物を専門に? どうやって教会は組織を維持していたんですか~?」
サーサリの言う通り、不思議な話です。
魔物を倒せば安心した生活が送れるというのは、ロガリやズラブル地方など魔物被害が大きいところではどこでも望まれる話であり、その排除には各国はもちろん、各町村でも、色々な組織が出来て対処しています。
ですが目立った戦果を挙げることは出来ません。
一進一退という感じで、無理をすれば組織の人が戦死するからです。
組織を作れば魔物を確実に退治できるというわけではなく、だからこそいつでも補充が効く冒険者を待っているわけです。
まあ、その冒険者も腕が全員立つわけではありませんが。
そして、冒険者の方が多い理由ですが、魔物以外の仕事も受けているからです。
組織を成り立たせるには金銭が必要不可欠です。
もちろん物資もいりますが、金銭があれば物資も基本は補えますからね。
収入方法が多ければ多いほど安定するわけです。
なので魔物を退治するという一種類の方法で安定して稼ぐというのは……どこの大陸でも難しいことなのです。
それで、その疑問の答えはというと。
「そこは教会というだけあって、治療や村の復興とかも手伝っているようでな。魔物討伐に関しては自主的だが、その素材を国や冒険者ギルド、商業ギルドに卸しているようだ。もちろんその報酬に関してももらっているだろうな。それで支持は高いってわけだ」
「そういうことですか、ちゃんと収入源はあると。しかし人材に関しては?」
お金や物資はあっても、人がいなければ魔物を倒せないはずですが?
「それも孤児を引き取って訓練をして、戦闘向きなのと内政っていうと大げさだが、そういう支援向きと分けているようだな。もちろん、腕の立つ冒険者などの引き抜きはしているようだし、町や村で戦闘指導もしているらしい」
「はぇ~。それが実行できるってことは余程信頼されているんですね~。下手すると反乱を企てていると思われるはずですよ~?」
子供のころからですか、慈善事業にも見えますが、戦闘要員を育てるというのはそれだけ魔物との戦いに特化させているということですか……。
コストが見合うかはわかりませんが、傍から見れは評価は高いでしょうね。
そして民衆に戦う術をということは……。
「北部はそれだけ魔物の被害が大きいのでしょうか?」
「どうだろうな。北部の魔物の被害頻度をデータ化したわけじゃないからな。シアナ男爵たちからは毎年死人が出るぐらいしか聞いていないな。村や町が消えるほどの被害が出ているという話は聞いていない」
「あはは、村や町が消えるって、そんなことを簡単に起これば人は全滅してますって……ってなるほど、それぐらいってことですね」
「そういうこと。確かに魔物被害はあるが、人が住めなくなる程度ではないってやつだ」
ふむ、見過ごせる脅威ではないが、人が生活するぐらいには保てているということですね。
と、そこで思い出しました。
「私たちにご相談があるとか? そちらを伺っても?」
「ああ、そうでした~」
「サーサリに聞きたくてな。難しい話じゃないんだが、元々亜人に対しての差別というか排斥思考ってイフ大陸もあるだろう? その話を聞けば多少は理解が得られるかな~って」
「「ああ」」
私が聞いていたことを聞きたいという話ですね。
ということで私たちはお茶を用意してから話をすることになりました。
少しでも情報は集めたから、環境が似ているところから情報を集めようとするのは、まああること。
絶対ではないけど、何もしないよりはというやつ。




