第160掘:魔剣の姫と傭兵団?
魔剣の姫と傭兵団?
side:マーリィ・ヒート ジルバ帝国所属:風姫騎士
「姫様、明日の午前中には亜人の村へ到着します」
テントの中でジェシカがそう報告を告げる。
相変わらずマメな性格だ。今回の戦は戦とも呼べないものになるだろう。
元々は手を出したこっちが悪いのだが、こちらの兵士を捕虜に取ったのは不味かった。
さっさと殺してしまって口を封じればいいものを。
おかげで亜人たちは、自分たちの首を絞めてしまったも同然になってしまった。
私が率いる部隊が討伐に赴いたのだから。
「村人たちの様子は?」
「はい、逃げてはいないようです。この前の戦いに勝って、調子に乗っているのでしょう。迎撃準備をしているようです」
「はぁ、彼らももっと頭を使えばそれなりに生きられただろうに……。いや、追い込んでしまった人族の私が言うべきではないか」
「姫様が気にされることではないかと。彼らを調子づかせて放っておけば、ジルバ帝国の村や街に攻め込みかねません。これは民を守るためでもあります」
「わかっている。だが、殲滅はしないぞ? 向かってくる奴だけ倒して、あとは逃がす」
「それがいいでしょう。数は劣っているとはいえ、一応あの馬鹿貴族の兵士のほとんどを捕らえたのです。死にもの狂いで抵抗されても被害が大きくなるだけでしょう。上層部にも、向かってきた敵の首を渡せば納得してくれるでしょう」
「お前は真面目すぎる。私は女子供を斬りたくないだけなのだがな」
「それを通すためのいいわけです。普通なら殲滅が基本なんです。禍根を残すことになりますから」
なんだかんだ言って、私の希望を通すために動いてくれるのだから、いい部下だと思う。
「ふむ。予定通りに明日は早朝に進軍を開始。夕方までには片を付けるぞ。さっさとエナーリア聖国への侵攻軍と合流しなくては」
「はい。ですが少しお耳に入れたいことが」
「なんだ?」
「敵の中に、人族と思わしき人影を見たと斥候から報告が上がっています」
「ほう。逃げてきた兵士からも同じ報告があったな」
「ええ。戯言かと思っていましたが、事実だったようです」
「傭兵団か、人数は? 我がジルバ帝国の私の部隊とやり合おうというだから、それなりの数はいるのだろう?」
「はい、数は150程です」
「ほう。個人所有でその数は凄いな」
「ですが、大多数はゴブリンのようです」
「なんだと? まさか血戦傭兵団ではないだろうな?」
血戦傭兵団。
文字通り、血を降らせる戦いをする傭兵団だ。
ゴブリンを大量に使役して、ゴブリンに相手の動きを止めさせ、ゴブリンごと敵を切り裂いて戦果を挙げる。
戦いの効率と言うだけなら、増えるゴブリンを使うのはとてもいい。
だが、それにはゴブリンを増やすための母体がいる。
血戦傭兵団は敵軍や、敵の街や村から適当に女を戦利品として集め、ゴブリンを孕ませて戦いに投入しているのだ。
実力と結果を出しているので、未だ引く手数多だが、私個人としては、あの傭兵団はいけ好かん。
「いえ、血戦傭兵団は、エナーリア聖国の更に先の方で暴れているので、ここにはいるはずがないです」
「ふむ、なら別の傭兵団か?」
「恐らくは。しかし、なぜ亜人の側についているか不明ですが」
「逃げ帰ってきた兵士の言う通りであれば、少数でかなり強いみたいだな」
「はい。ですが、こちらは2500もの数に姫様もいます。負ける様なことはないかと」
「……ふむ。確かに状況的には負ける要素は少ない。だが、気を引き締めていけ。少数なら少数の戦い方がある」
「わかっています。夜の警備を増員しておきます」
「頼むぞ」
ジェシカがテントを出て行ったのを見送って、私は行軍に持ち込んだワインを飲む。
「ふう。まったく、こうも戦ばかりだと、楽しみはこの酒ぐらいだな」
ワインを注いだ木のカップに私の顔が映る。
「このワインをもっと貰っておくべきだったかな」
実はこのワイン、フェイルの街で出会った、ユキとリーアが旅先で手に入れた物を譲ってもらった。
いや、情報のお礼替わりと言ったほうが正しいか。
彼らとは僅か3日程であったが、それなりに毎日楽しく一緒に過ごした。
軽く手合わせもしたが、ジェシカといい勝負をしていた。私の部隊でも上位に食い込めるだろう。
惜しいかな、彼らは夫婦で安住の地を求めていたので、部下に引き入れることはできなかった。
彼らがいれば少しはこの退屈も紛れただろうに。
その日は結局、夜襲もなく、平穏に過ごした。
「どう思う?」
「さあ、たったあれだけの人数でやり合うつもりなのでしょうか?」
翌日、予定通りに早朝から行軍を開始したが、なんと敵が出てきたのだ。
予定の、遺跡がある村よりも10キロ程離れた草原で、敵と対峙している。
だが、その数が問題だった。
見た感じたったの150ほど。
「しかも編成がゴブリンだけか?」
「いえ、斥候によれば、数人の人と亜人が混ざっているようです」
「ふむ、ならそいつらが指揮官か」
「そう考えるのが当然かと」
「では、ここに出てきた理由はなんだと思う?」
「それは、村の住人を逃がすためでは? 予想より大規模な軍勢が来たので逃げに徹したものかと」
「それなら、少数でこちらに来たのは分かるな。あいつらは足止めか」
「ですね。しかし、それもある意味好都合です」
「だな。ここで奴らを打ち取れば、亜人は村を捨てて逃げるし、我らも首が取れるから逃げた者を追う理由もない」
「無理に村を攻めなくてよくなりました」
「だな。村を基礎に防衛体制を整えられていたら、流石に被害がでる。だが、この平地での戦いであれば我らが圧勝できるだろう」
「心配なのは目の前の敵がおとりで、後方を突かれる可能性ですね」
「そうだな。しかし、この平原で裏を取ろうとしてもすぐ気づく。一応後方に防衛部隊を展開しておけ」
「はっ」
「横殴りは各々で対応させろ。それができないような鍛え方はしていない。我らは目の前の敵を粉砕する!! 素早く瓦解させ討ち取れば、後方をつく意味もなくなる!!」
私はそう告げると、馬を蹴って敵へと走らせる。
「全軍、姫様に続けーー!!」
ジェシカが声を張り上げ、私の軍も動き始める。
すまないが、どこの傭兵団か知らないが、敵になるなら排除させてもらう。
「敵が動いたな。だが、遅い!!」
「敵が動いた!! しかし、動きが緩慢だ、姫様の後に続いて、敵の部隊を真っ二つにしてやれ!!」
敵は私たちが突撃を開始したのを見て、ようやく散開し始めた。
遅すぎる。
しかも、私が率いる突撃部隊500騎を止めるのに、散開を選ぶとは、なにを考えている? 悪手すぎるぞ。
このままでは、軍や部隊、大人数での抵抗ができず、数に押しつぶされる。
「まあいい。まずはゴブリン、お前が手始めだ!!」
私は一番に敵に斬りかかった。
斬り捨てるつもりだった。
そのまま、次の敵をなで斬りにするつもりだった。
「おそいっす」
そんな声が、ゴブリンから聞こえた気がした。
「は? ぐっ!?」
そして私は馬上から投げ出された。
なにが起こった!?
私はすぐに魔剣の力を使い、風で体勢を整え無事着地する。
「ほい、邪魔っす」
「がっ!?」
私が着地した瞬間に、ゴブリンの剣で私はあっさり弾き飛ばされた。
反射的に魔剣を盾にしたが、それで後退させられるとは、なんだあのゴブリンは!?
「ほほう。反応できるとは。大将の言ったように戦闘民族みたいっすね」
そのゴブリンは、こちらを見て褒めるように呟いている。
というか、言葉を喋るゴブリンだと!?
我ら人の言葉を理解する魔物は伝説の中でしか存在しない。
そのどれもが、ドラゴンやミノタウロスと言った完全な化け物だ。
しかし、目の前の魔物は只のゴブリン。
「さてさて、なにやら驚いているようっすが。おいらも仕事があるっす。そのまま攻撃してこないならなにもしないっすよ」
そう言って、そのゴブリンは駆け出す。
「姫様!! 大丈夫ですか!?」
ジェシカがようやく私に追いつく。
「っ!! まて、来るな下がれ!!」
そう、ジェシカが引き連れた突撃部隊もこちらに来ていた。
あまりにも現実離れしていて、考えが回らなかった。
あのゴブリンは、他のゴブリンを引き連れて、ジェシカたちへと走っている。
つまり……。
「「「ぎゃあぁっぁっぁあぁあ!!」」」
血しぶきが飛ぶ。
「なんだ。あの女の人以外は雑魚っすね」
そのゴブリンの仕事は、敵を倒す事。
「ほい、予定通りに適当にやっちまうっす!!」
「「「へーい」」」
やる気のない返事と共に、散開したゴブリンが周りを囲んだ私の部下たちを切り捨てていく。
「貴様が指揮官か!! 覚悟しろ!!」
私が走って追いつく前に、ジェシカが私を叩き落としたゴブリンを指揮官と睨んで剣を向けていた。
まずい、アレは格が違う。ジェシカでは相手にならない。
「おおっーーー!!」
私は魔力を注ぎ込み、魔剣の力を使う。
風姫騎士の由来となる、風を刃とした剣による遠距離攻撃。
確実にゴブリンの背を取ったのだが。
「ほいほい、もうちょっとネタは考えないとだめっすよ? そして、このお姉さんは俺と同じ匂いがするっす」
あっさり、風の刃を短剣で切り裂き、無効化された。
ついでに、ジェシカも一合の元、叩き伏せられた。
「ぐぅぅ……」
「うん、気絶していないのは見事っす。そこでご褒美を上げるっす。俺は指揮官ではあるっすけど、大将じゃないっす。そんな職業はまっぴらごめんっす」
意味がわからない。
あのゴブリン以上の指揮系統があるのか?
いや、そんな事より、突撃部隊は壊滅しかけている。
なんとか、撤退を……。
私の体は無傷に近い、あの指揮官ゴブリンを避けて、他から突破をかければいい。
数は未だにこっちが上なのだ。
戦いにはなっていないが、逃げることぐらいは出来る。
私はそう思って、指揮官ゴブリンから離れて、他のゴブリンに襲われている兵士を助けに行く。
「すまないジェシカ!!」
今、ジェシカを助けるために、あの指揮官ゴブリンと戦うのは愚の骨頂だ。
まずは、他の弱いゴブリンを蹴散らして、囲んで叩き潰す。
「あー、うん。そこまで世の中、甘くないっすよ?」
指揮官ゴブリンは、私が離脱したのを追わずに、そんな言葉を投げかけてくる。
「どけぇぇえぇえ!!」
その言葉に疑問を抱く暇はなかった。
少しでも早く、多くの部下の命を救わなければ!!
ガキィィイン!!
そんな甲高い音が響く。
私の魔剣は只のゴブリンに止められていた。
あの指揮官ゴブリンではない。
「おおっ? こちらデルタ04。ちょっと強い姉ちゃんと交戦。周りを頼む」
愕然とした。
私をして、ちょっと強い?
これは……まずい。
あの指揮官ゴブリンの言葉がようやく頭で理解できてきた。
甘くなかった。
この軍の中で一番強い私が、敵の一般兵と鍔迫り合いをしている。
この事実が意味するところは……。
「撤退!! 撤退しろ!! 1人でも多く逃げ延びろ!!」
勝目など微塵もなかった。
敵が散開した意味は、こちらの兵を引き込むため。
なにせ、ゴブリン1匹が私と同等かそれ以上。
「あー、すみませんっす。もう終わっちゃいましたっす」
「え?」
私が必死に一般兵と切り結んでいると、先ほどの指揮官ゴブリンが声をかけてくる。
終わった? どういうことだ?
私の力が抜けたのを確認したのか、切り結んでいたゴブリンはそのまま後方に下がる。
私は手を魔剣を持ったままだらりと下げ。
辺りを見回す。
血の海だった。
横たわっているのは、見覚えのある鎧を着た人族ばかりだ。
ゴブリンの死体など、どこにも見当たらない。
微かに血まみれの鎧が動く。
「生きているのか、しっかりしろ!! すぐに本陣に連れていって治療してやるからな!!」
そう言って、その部下を担いで、本陣にようやく目を向けて気が付いた。
「……あ、ああ」
本陣の旗が折れ。本陣からも煙が上がっていた。
「うわぁぁぁぁぁあああああ!!」
私は完全に負けていた。
敗北!!
珍しく、ユキが一切でない回。
そして、スティーブ無双!!
いやゴブリン無双か。




