第158掘:情報収集と魔剣の姫
情報収集と魔剣の姫
side:ユキ
「いやー、それなりに美味かったな」
「そうですね。香辛料は胡椒と塩がありましたし、凄い宿屋ですよ」
リーアの言う通り、この宿屋は料理に香辛料を使っていた。
まあ、胡椒だけだが、中世ヨーロッパじゃ黒い宝石とまで言われたぐらいだ。
この宿屋がどれだけ料理に気合いを入れているか、わかるってものだ。
……ウィードと比べちゃだめだけどな。
「飯も食ったし、今日は大人しく寝よう」
「そうですね。さっきの人たちが、まだ探し回っているかもしれませんし」
寝て、次の日が来ても解決しそうにないよな。その問題は……。
あの緑の姫さんは、セラリアみたいなバトルジャンキーの匂いがする。
ジェシカとか言われた部下は、実直で真面目にあの姫さんの命令通りに、俺たちを捜索していると思う。
群雄割拠では、ああいう活発な武官が好まれるからな。
美人で、強くて、人望もある。
国としては士気を上げる為のいいマスコットだろうな。
「こっちの体はドッペルに任せて、ウィードで晩御飯作らないといけないしな」
「なんというか、遠い場所に来ているのに、日帰りなんですよね」
リーアは、微妙な顔になる。
いいじゃん、日帰り。
と言うか、妊娠組をほったらかしにはしたくないし、ちゃんとご飯のバランスを考えて作らないと、お腹の子供にどんな影響があるかわからない。
あと、個人的に疲れる遠出はしたくない。
家でのんびりゲームしてるほうがいいよな。財布的にも、時間の有効活用的にも。だって、自宅ならなにかあってもすぐに行動できるんじゃん。
旅行先で仕事先から電話とか萎えたり、戻らないといけないって思うと嫌じゃん。
あ、緑の姫さんのことは内緒にしておいた。
情報源としても、魔剣のこととしても、あの性格にしても、迂闊な情報を与えると、武闘派妊娠組は戦いたがり、内政妊娠組はいろいろ考え込むことになるだろう。
全ては妻とお腹の子のためである。
だから遠征組は、他のことも確実な情報が集まるまでは、迂闊なことは話さないようにしている。
今回のことにしても、村のことにしても大体事後報告だ。
ウィードの方は特に異常は無し。
連合軍は無事に旧魔王城を中心に防衛機能を構築したし、リリアーナとも協力して、後退してくるルーメル侵攻軍を内部から切りくずしも始めている。
ランクスについては完全に前国王の面影は消えて、タイキ君を中心に新しいランクスを建て直している。
タイキ君本人は自由気ままな、と言うか、地球への帰還方法を捜しに旅に出たいのだろうが、あそこまでやったんだ、しばらくは自由な時間は無いだろう。
ウィードやガルツへのお礼もあるし、まあ大変だろうな。表だって動くとめんどくさいって例だな。
そんな風に、飯を作ったり、ウィードの状況を聞いたり、妊娠組の容体を確認したり、雑談をして、その日を過ごす。
翌朝、普通に朝飯作って食ってから、普通に新大陸へのドッペルへと戻る?
「よし、今日も頑張って仕事するか」
「そうですね」
うん、仕事だな。職場へ通う感じ。
結局さ、異世界に行っても飯を食うためには働かないといけないって話だ。
それで納得しよう。
地球じゃ、俺たち以上に、世界を仕事で飛び回っている人だっているしな。俺みたいにチートも無しに、外国語覚えて、交渉して、ちゃんと稼ぎを出している立派な人は沢山いる。
俺なんか、そんな人たちから見れば楽な方だよ。
「じゃ、こっちの体も朝食を済ませて、宿屋の人に話でも聞きましょう」
「だな。面倒だが、ドッペルもダンジョン外じゃ飯食わないといけないしな。ついでにリーアの言う通りに、情報でも集めるか」
ドッペルは変化する前はのっぺらぼうというか、軟体動物といいますか、魔法生命体なのだが、一度変化すると、その種族で固定される。
当然、食べ物も食べて、同じように排泄もするようになる。
まあ、そうじゃないと変化して、仲間に入り込むなんてのは無理なんだが。
「おう、よく眠れたか?」
「ああ、飯は美味かったしな。ベッドも綺麗にしてたし完璧よ」
「そりゃ、よかった。そら、椅子に座れ。朝飯持ってきてやるよ」
「ありがとさん」
適当に空いている椅子に、リーアと一緒に座る。
「なあ、おっさん。結構椅子空いてるな? もう他の人は飯食ったのか?」
俺はガランとしている食堂を見て、料理をしているおっさんに声をかける。
「いや、お前さんたちを含めて、いま宿を取っているのは3組だけでな。知っての通り、宿代が高いからな」
「それでよくやっていけるな」
「ま、宿屋よりも、飯屋で食ってるしな。昼時のここは凄いぞ、客でごった返すからな」
「そういうことか、納得だ」
「朝は見ての通り、殆ど誰もいないがな。この時間をつかって昼の仕込みとかもやっている。ほら、朝飯だ」
目の前に、朝食が並べられる。
パンと、ベーコンらしきものと、サラダ。まあ、一般的な洋食だな。
ご飯が食べたいと思う俺は日本人なのだろう。
ないものを言っても仕方ないし、普通に食べる。
「なあおっさん。他に宿とってる奴らはもう飯食べて出ていったのか?」
「ん? 出ていったのは一組だけだな。もう一組は……、おう、朝飯食べるかい?」
俺が質問をしていると、もう一組の宿を取った人物が食堂に来たようだ。
丁度いい、朝飯を食べながら、それとなく情報を集めてみるか。
「なあ、よければ一緒に飯でも食って話を……しない」
振り返って、相手を誘う言葉はそのまま否定になった。
だって、仕方ないじゃん。その相手が。
「ああ!! お前こんなところにいたのか!!」
「まさに灯台下暗しですね」
緑の姫さんとその従者だったからだ。
あー、なんだこのフラグは、誰かフラグを折る方法を教えてくれや。
俺はのんびり情報収集したかっただけなんだが。
おお、神よ!!
OH、MYGOD!!
……あ、ルナだったわ。祈るだけ無駄だな。
違うか、MYだから、俺の神、つまり……なにも信仰してないからな、えーと、天照大御神でいこう。
日本人だしな。
『それ、私だから』
俺の神は死んだ。
『なんでよ!!』
さて、どっかの面倒しか持ってこない駄女神はほっといて……。
「なに普通に俺たちの使ってるテーブルに座っているんだ?」
「お前から、食事に誘ってきたのだろう」
「いや、しないって言ったからな? 拒絶の発音で」
「私には聞こえなかったな」
「まあまあ。ユキさんどのみち、この状況じゃばれていたでしょうし、お話ぐらいは聞いていいのでは?」
リーアの言う通りだな。
同じ宿にいた以上、この状況はいずれ起こっただろうし、前倒しになったと思うべきか。
こうなったら、こいつから情報巻き上げてやる。
「ほう、お前はユキと言うのか。隣の女は名を何というのだ?」
「私は……」
「やめろ。自分から名乗らないやつに、名乗る理由はない。飯食うぞ」
「わかりました」
「お前たち、いささか無礼がすぎるのではないか? 姫様がお聞きになっているのだぞ」
俺たちが飯を食べ始めると、従者さんが呆れた様な、少し怒ったような感じで話かけてくる。
「いや、お前たちが誰だか知らないし、自分は名乗らないのに、相手に名乗らせるのがこの国の礼儀なのか?」
「いや、自ら名乗るのは当然だが……」
「なら、礼を欠いたのは間違いないな。町で会った様子からして有名人らしいが、俺たちはお前たちのことは知らん。というか、知っていたとしても名乗るのが当然じゃないのか?」
「……」
「あっはっはっは!! 生真面目なジェシカを相手に、常識で攻めて口を封じるとはな。まあ、旅をしているのであれば、私の詳細は聞いたことがなくて当然か、風の噂ぐらい聞いたことがあると思うが……」
そう言って緑の姫さんが席から立って、魔剣と言われた剣を引き抜いた。
「私が、ジルバ帝国の風姫騎士。マーリィ・ヒートだ」
「いや、知らんがな。で、そっちの従者さんは?」
「お察しの通り、姫様の従者をしていますジェシカといいます。先ほどは失礼をいたしました」
「まあ、そこの姫さんが暴走したのはわかってるからな。気にしてはいない。と、こっちも自己紹介でもするかね、名前はさっき聞いての通りユキだ。旅人だな。傭兵は考え中だ」
「私はユキさんの妻でリーアと言います。ユキさんと同じく旅人ですね」
なぜか、2人は俺たちの紹介に固まる。
「どうした?」
「あ、いや。恋人ではなく、妻だったのか」
「結婚してて旅人とは珍しいですね。あ、どこか定住するつもりで?」
ああ、そういうことか。
確かに結婚すれば、結果子供とかできるし、どこかに定住するのが当然なんだろう。
いや、定住してるけどね。ウィードから出勤って感じですよ?
「あー、なんだ、その……な」
なんて言ったらいいものか。
夫婦だと、旅しているのが不自然だな。これはまずったか。
「それなら私に任せろ。私の部下になれば生活は安定するし、住む場所はジルバ帝国の首都に構えられるぞ?」
あーあー、やっぱり言いだしやがった。
だよな、ぶらぶらしている人材がいれば、上に立つ者としは確保したいよな。
「戦争に加担する気はないんで」
「はい、それより安全な場所とか、それにつながる情報が欲しいのですが」
「むう、私の直感が、お前らの腕をほっとくわけにはいかないと言っているのだが……」
「姫様、お気持ちはわかりますが、この2人は聞いての通り夫婦なのですから、争いに巻き込むのはどうかと」
ふむ、無茶を言うタイプでもないのか。
ま、リーアの誘導で大陸の状況も聞けるだろう。
「うーん。惜しい気もするが、しかたないか。だが、機密にかかわるようなことは教えられんぞ」
「いえ、とりあえずどことどこが激しく争っているとか、これから戦が起こりそうだとか、それぐらいでいいのですが」
「それなら私がお教えしましょう。姫様はそういう機密と一般情報を分けるのは苦手ですから。先ほどは失礼をいたしましたし、そのお詫びと思ってください」
上手くいったな。
コールとボイスレコーダーで音声を録音して、あとで皆に聞かせよう。
情報は大事だからな、生の声ってのはニュアンスとかもあるから、他の皆も聞けば俺たちと違う感想を持つかもしれないしな。
それから、小一時間簡単にジルバ帝国主観ではあるが、辺りの情報は聞けた。
まあ、細かい違いはあれど、ルナの事前情報通り群雄割拠みたいだな。
ここ10年ほど国盗り合戦やってるんだと、ジルバ帝国は。
「そう言えば、なんでその風の騎士姫だっけ? あんたみたいのが2人でこんな宿に泊まってるんだ?」
「あ、私も不思議でした。えーと、マーリィさんは、高貴な方ですから他に兵士とかいるのでは?」
そうそう、なんでこんな宿に姫と呼ばれる人と従者しかいないのか?
普通に見れば変じゃね?
「あー、普通に兵士は連れてきているぞ。2500程な」
「姫様!!」
「あー、兵士の出入りなぞ見てればわかるだろ? 機密というほどでもない。というか、馬鹿の後始末なんだから機密もクソもないだろう」
「まあ、そうですね」
「ん? 兵士をそんなに集めて戦でも行くのか?」
「どうだろうな、身内の後始末と言ったところか。ああ、なぜ2人で街の宿にいるかだが、その後始末の関係だ」
「どういうことでしょうか?」
「簡単です。その不祥事を起こした相手のところに行ったのですが、責任の押し付け合いに私たちに媚を売るぐらいしかやらないので、うっとおしいので出てきました」
「ジェシカの言う通りだ。まあ、危険はないとは言わんが、昨日見ての通り私たちより強い者などそうそういないし、その程度で死ぬならそこまでだったと言うことだ」
「姫様はもう少し言動に気を使ってください。旅人の彼らだからいいものを、ジルバ帝国の民に聞かれでもしたら、民が不安になります。姫に勝てるものなど存在しないのです。死ぬなどと言うのはやめてください」
ふーん、どこも同じだね。
責任とるのは嫌だもんね。そして、たらいまわしや、媚売られるのも面倒だよな。
時間が結局かかるだけだし。
「後始末の原因や理由は聞かないが。その後、始末を兵士を連れて行う場所はどこか聞いていいか? 間違ってもそっちの方向には近寄りたくないからな」
「言っていいのか?」
「構わないでしょう。間違って巻き込まれでもしたら、助けないといけませんし」
ジェシカの許可がでて姫さんが口を開く。
「場所は、獣人やエルフが住むと言われている、遺跡がある森と平原の境だな」
おいおい、次はいきなりジルバ帝国の切り札エースが相手ですか。
さあ、次の戦いは風姫騎士だ!!
まっとうな戦いになることを願う。




