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姉妹のてぇてぇしか勝たん!  作者: 眠れない子羊
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第一話:仲の良い姉妹です?2


「……んっ」


 朝。五百瀬紫乃は、普段より少しだけ早く起きた。


 今日から高等部の二年生、新学期というのもあって浮足立つ生徒が増えると予想。


 だから逢籃学院に通い、生徒会長という立場の紫乃が率先となって取り締まっている。元より不定期に制服点検を行っている効果もあってか、それほど目立って校則を破る生徒はいない。


 ……妹である莉乃、その周辺にいる女生徒以外は。


 枕元で鳴るアラームを止め、ベッドから上体を起こして背筋を伸ばす。


「そういえば莉乃、髪色戻したのかしら」


 昨日のお風呂上りに莉乃の姿をみかけたが、まだ明るかった気がした。


 もしかしたら今日から新学期というのを忘れている可能性もある。


 いくら家族とはいえ事前に制服点検があることは伝えず、チェック項目に引っかかれば構わず指導していく。


 そうしないと、莉乃と接触ができない程に姉妹の関係が悪化しつつある。


 昔は当たり前のように一緒にいて、何をするにしても後ろをついてくるような妹だった。


 けど今となっては同じ屋根の下、通う学校でだって会話すらない。顔を合わせることは稀にあるも、本当にそれだけ。お互いに存在を認識、もしかしたら紫乃だけなのかもしれないが、莉乃が元気よく学院生活を過ごせているかを確認するため。


 建前上では服装の乱れは心、強いては学院の風紀も悪くしかねない。


 その裏では紫乃なりの、莉乃との関りを持ち続けたいという魂胆がある。


 そんなことを知るのは紫乃自身だけで、教師や周辺住民からの評判は良好。だから今後も続けていく予定ではいるが、生徒会長の任を解かれた後は止めてもいいと思っている。


 これは紫乃が生徒会長を務めるための方便とでも言えた。


 あれこれと莉乃のことで考え始めると止まらないので、切り替えるように部屋を出た。


「これはあれね……」


 やけに家の中が静かなことに、嫌な予感がした。


 予感というか、想定していた事態になっているようだ。


「……ここで起こしてあげるのが普通なのだろうけど」


 生憎と紫乃はそんな殊勝で、優しい姉ではなかった。


 中学に上がるようになってからお互いの部屋を分け、今日まで立ち入ったことがない。ただでさえどの距離感で接していいのか考え、一周回ってすれ違うような関係になってしまった。


 だから紫乃は扉の前に立ち尽くし、ノックして声をかけていいのかと躊躇する。


「たまにはゆっくりさせるのもいいわよね」


 結局は一歩を踏みだせず、紫乃はリビングへと向かった。


 いつからか五百瀬家の家事を、莉乃が全て熟すようになっていた。


 母子家庭というのもあって、母親が女手一つで紫乃達を支えるために、日中夜と働き詰めで頑張ってくれている。去年の今頃には紫乃も高校生にもなったからとアルバイトを一度は考えたが、母親には学業に専念してほしいと告げられた。


 その意向を汲んで、紫乃はテストでは常に高得点を取り、勉学に励んでいる。


 だけど莉乃は違った。


 学校が終わればすぐに帰って洗濯、それから食材や消耗品の買い出しがあればスーパーへと向かって行く。その後には夕飯どころか、翌朝のご飯もついでに作っていると、ここ最近になって気づいた。


 どこでそんなことを学んだのかと不思議に感じつつ、料理のレパートリーも日に日に増していく。


 そういった意味では母は大いに助かっていると、よく言葉にして喜んでいる。


 ただ紫乃としては、もう少しだけ勉学にも励んでほしいと思っている。


「さて、朝食でも作ろうかしらね」


 冷蔵庫には珍しく作り置きのおかずはなく、ご飯も炊いていないようだった。


「……困ったわね」


 それなりに紫乃もキッチンには立つが、料理となると莉乃には敵わない。


 こうなると、ある食材でどうにかしないといけなくなる。


 今からお米を炊くにも時間はかかるし、確か浸水をしておかないといけない。季節の夏と冬で時間が異なると、中等部の家庭科授業で習った。


 そうなると必然的にパンか麺なのだが、戸棚のどこかにあるのだろうか。


 パンは焼くだけで済むから、後は目玉焼きでも作ればいいだろう。ただ麺となると、そこからどうすればいいのだろうか。素麺は……あまりにも季節感がない。お蕎麦とて、ゆでた後をどうする。上に乗せるトッピングのような物を作ればいいのだろうか?


 あれこれと考えながら戸棚を探っていると、六枚入りの食パンが目に留まった。


 隣にはインスタントのラーメンもあったが、さすがに朝からは紫乃にとって重い。


 だからほぼ一択で、食パンの袋を手に取った。


 そうとなればおかずを作るだけなのだが、再度冷蔵庫の中を確認すると空っぽに等しい。今日辺り、買い出しにでも行くのだろうか。


「玉子にベーコン、昨日の夕飯で余ったポテトサラダ……」


 他にも味噌や豆腐、いくらかの野菜に調味料もあった。


 ただパンとの組み合わせを考えると、紫乃のレパートリーは限られた。


「こんなことを毎日やってるのね、莉乃は」


 そんな莉乃に尊敬と感嘆とした凄さを痛感させられる。


 紫乃は小さなフライパンをコンロにセットし、油を少しだけ垂らす。油が温まるまでの間に手にした玉子をお椀に入れ、殻の欠片がないか、黄身が割れてしまっていないかと念入りに確認する。


「よし、大丈夫そうね」


 後はどう、綺麗な丸で焼けるか。


 慎重な手つきでお椀を傾けていき、フライパンの上に玉子を乗せた。


「ああ、形が」


 思わず声を発してしまう程に玉子はフライパンの縁へと流れていき、白身の部分も修正が間に合わずに火が通っていく。


 どうにかこうにか菜箸で中央に寄せた頃には、目玉焼きが出来上がってしまった。


「これは私が食べるとして、次よ……」


 短く息を吐き、意気込むように両手を握った。


 さっきの失敗から原因を学び、紫乃はコンロの火を真ん中だけにする。その部分だけに油を薄くキッチンペーパーで塗り広げ、同じ要領でお椀に割り入れた玉子をフライパンに乗せた。


 すると、白身の部分が綺麗な丸で焼けていく。奇跡的にも黄身がほぼ中央を位置取り、紫乃が理想とした目玉焼きが出来上がった。


「上出来ね」


 その様子を頑なに見守っていた紫乃は胸を撫で下ろし、頬を綻ばせた。


「って、こんなことしてられないわ。ベーコンも焼くんだった!」


 気づけば目玉焼きに時間をかけすぎてしまい、学院に到着する予定時刻が迫っていた。


 一枚のベーコンを半分に切り、目玉焼きで使っていたフライパンに乗せる。理想としてはカリカリを目指したが、どのくらいかという加減がわからない。


「って、汁物がない!」


 お皿に目玉焼き、その脇に添えるようにポテトサラダを乗せていた辺りに気づいた。


 冷蔵庫には一人分あるかの牛乳だけしかなく、味噌汁を作る時間も余裕もない。最悪莉乃の分だけあればと思考が過るも、視線は戸棚に向いていた。


「確か、お母さんが……」


 食器棚なの引き出し部分、普段はスプーンや箸をしまっている。それは今でも変わらないが、それだけを収納しているわけじゃなかった。


 お湯を淹れるだけで飲める味噌汁や、お茶漬けの粉末などがある。


 その中に紛れるように、コーンスープの素が二人分あった。


 いつだったか母が夜食用にと買っていたのを、夜遅くまで勉強をしていた紫乃に差し入れてくれたことがある。


 それを思い出して探してみたが、まだ残っていた。


「これなら小鍋にお湯を沸かして、淹れるだけでいいわね」


 バタバタとした紫乃の朝食作りが終わりを迎えたが、まだ身支度を整えていない。


 せっかく早起きしたのにもかかわらず、走ることになりそうだ。


 朝食を慌ただしく摂り、食器を洗って水切り台に置く。それから洗面所に向かって歯を磨いて、念入りに洗顔を済ませる。莉乃のようにメイクのようなことはしないが、乳液くらいはと母に勧められていた。


 たったそれだけで洗面所を後に、自室に戻って制服に袖を通す。


 もしこの事実が莉乃にバレたら発狂ものだが、そんなことを紫乃が知る由もない。


 前日には身の回りの物は揃えていたので、制服に着替えれば鞄を手にするだけ。


「……咲玖?」


 すると珍しく朝からスマホに通知があったことと、その相手に瞬きを繰り返した。


 あまり時間もなかったので玄関に向かう道すがら画面をタップ、内容は短く一文――、


《会長殿、寝坊?》


「何で今日に限って早いのよ」


 普段であれば学院最寄り駅前で紫乃が待つのだが、今日はそうじゃないようだった。


 急遽だった朝食作りに手間取っていたなんて言い訳で、どう返信したものかと考えてしまう。


 すると二階からの物音に、ようやく莉乃が起きてきたことに顔をあげる。


「今日は遅いのね」


「……ご、ごめん」


 モコモコとした淡いピンク色のパジャマは、見ているだけでも温かそうで、乾燥を気にしてなのかマスク姿の莉乃。


 こうして顔を合わせるどころか、久しぶりの会話。


 ただ時間もないため、紫乃は手短に用件だけを伝える。


「朝食、できてるから」


「えっ」


 莉乃の驚きを隠せない反応は予想通りで、紫乃は緩みかけた頬を引き締める。


 そのまま玄関を出て、扉をゆっくりと閉めた。


 急がないといけなかったが、莉乃との僅かな時間を噛み締めるように立ち尽くす。


「……美容院、予約しておいてあげないとね」


 まだ少しだけ肌寒く感じる春先、紫乃はご機嫌な様子で学院へと向かった。



 家からの最寄り駅、電車に揺られている間に美容院の予約を済ませる。普段から紫乃も利用しているため、スタッフの人とも顔見知り。莉乃との姉妹であるというのも知られているため、時折どんな様子かと訊ねることもある。


 姉だから打ち明けられないこともあれば、他人で見知った相手ともなれば口も軽い。


 だから莉乃が何かに悩み、不安などを抱えていないかと気にかけている。


 その大半が成績の事なのは、紫乃はどうしたものかと考えさせられていた。


 それも姉としては嬉しい悩み事。


 紫乃が改札を抜けると、何やら人だかりができていた。


 ほとんどが紫乃と同じ制服姿の生徒ばかりだったが、チラホラと目につく他校生。その中心にいる女生徒、(まだら)目咲玖(めさく)は取り囲む生徒達と楽し気に談笑をしていた。


 まるでタイミングが悪かったように、紫乃の姿に騒めく同じ学院の生徒達。


 それはここだけに関わらず、学院のどこにいても似た反応をされるので気に留めない。


「おっす、会長殿」


「……おはよう、咲玖」


 こんなことなら学院に行っていればいいものの、律儀にも待ってくれていた親友。つい今しがた話している生徒を無下に、気さくに片手をあげる咲玖。


 それがあまりにも申し訳なかったが、その生徒は気にした様子もなく頭を下げて去っていく。


「何してたのよ」


「いやぁ? フツーに会長殿のことを待ってたんだけど、いろんな生徒が声をかけてくるから話してたんだ」


「……そう」


 本人が意図したことではないのならいいが、駅前での人だかりは目につく。


 何よりも逢籃学院の風紀委員長であり、それなりの知名度が紫乃と違ってある。


 紫乃より少し背が高く、濃い茶色の髪を肩口まで伸ばす。パッチリとした二重瞼の奥、向日葵のような双眸には活力に満ちていた。


 今日に限っては紫乃も身につけた姿をみたことのないシュシュを手首に、ワンポイントお洒落を意識した井出立ち。


「あのねぇ、せめて駅利用者の邪魔にならない場所に移動するとか考えないの」


「生憎とこの時間はウチの学院生ばっかりだよ。……あと、邪魔にならないように配慮だってしてる」


 見渡すように促され、紫乃は周囲に視線を向けた。


(……確かにそのようだけど、どうなのかしらね)


 まるで紫乃がこの状況を目の当たりにしたら注意されることを見越してなのか、取り囲む輪の生徒達は一定時間立ち止まっていない。


「んじゃ、行こっか」


「それより、今日は制服点検をするって通達してたわよね」


「ん~知ってるよ」


 何を今更といった表情で首を傾げる咲玖に、紫乃は少しだけ歩み寄る。


「この髪色、貴女も指導対象よ」


「うげぇ~それくらいは仲の良いよしみって――」


「明日までに直してきなさい」


「へぇ~い」


 あまりにも不真面目な態度に、注意されたことすら気に留める様子もない。


 ただそれでも、中等部からの生徒会と風紀委員での付き合いだ。咲玖なりに掲げているポリシーでもあるようで、紫乃はあまり深く追及していない。


 これから他の学院生達を服装点検していく立場として、正直悩みの種。


 中には一部の教師達も頭を抱えていると耳にするが、紫乃としても同意見だった。


 成績も同じ特進コースでは十位以内に入り、生徒を代表して学院側に意見を物申せる。本来であれば生徒会長である紫乃の役目なのだが、どうにも咲玖が窓口となっている節があった。


 それもそのはずで、ほとんどの内容が学院生活の改善ばかり。


 学院での立場を抜きにしても、紫乃個人としては特に問題を感じていない。


 指定の制服は中等部と高等部で差は有れ、それは学ランかブレザーというだけ。特別にお洒落で可愛らしいというわけでもなく、制服としては無難でシンプル。一意見としては私服での登校をというが、紫乃にはその意図がわからないでいた。


 かくいう咲玖は違い、その意見にも同意している。

 

 逢籃学院の制服は周囲の学校と比べて可愛く、シンプルなデザインだけど目をひく。だけどやっぱり、女生徒としては制服以外のお洒落をしたい気持ちがあった。


 だから風紀委員長という立場でありながら、率先となって服装という項目で校則を破っている。


 その波に便乗する生徒も増え、体裁としては正していかないといけない生徒会。


 私情と建前が入り混じった、逢籃学院の制服点検は不定期に開催されていた。

 

 紫乃と咲玖は、同じ学院の生徒達に取り囲まれながら登校していく。


「とはいえ、特に準備する物はないんだけどね」


「たとえそうだったとしても、何かの不手際が起きるかもしれないでしょ」


「真面目だねぇ~」


 学院に到着した紫乃達は、教室に鞄を置きに向かわず、真っすぐと生徒会室を目指した。紫乃ならまだしも、咲玖も当たり前のような流れでついてくる。


 風紀委員も合同というのもあるが、別にその必要はない。


 ただ気づけば、それが当たり前となっていた。


「普通のことよ」


「へぇいへぇい」


 窓際の一人で使うには広い机に鞄を置いた紫乃は、前日に準備を済ませていた用紙の束を咲玖へと差し出す。


 それを咲玖は渋々といった表情で受け取る。


「制服の着こなし、△。頭髪、指導。やる気、ゼロ」


「ちょっと、せめてやる気くらいは嘘でも見せてよ」



 口ぶりからでも咲玖のやる気は感じられず、紫乃は咎めるように口調を強めた。


 この流れも、いつものこと。


「いや、だって……ねぇ」


「何よ。毎回のことでしょ」


「だからって、自分のことをあれこれ書くって変じゃない?」


 一番上の用紙を手に取った咲玖は、自分の名前と学年を記入した。その後、項目として記載された欄枠に評価をつけていく。


 それを紫乃が受け取り、少しだけ眉間に皺を寄せる。


「あら、私が書いてもいいのよ? 制服の着こなし、×。頭髪、要指導。やる気、皆無」


「うわ、余計に酷くなった」


 咲玖が自ら記載した評価を厳しく、紫乃が上書きするように赤ペンで直す。


 なお制服の着こなし欄は複数とあり、総合的な評価となる。


 帯はしっかりと結べているか。ワイシャツは第二ボタンまで開けていないか。ブレザーの前はしっかりと留めているか。スラックス又はスカートの丈(スラックスの場合、裾が地面を擦っていないか。スカート丈は膝が隠れているか)。


 そのほとんどを咲玖は△としたが、紫乃は帯以外をバツとしている。


「そういうことだから咲玖、制服点検の時間だけはしっかりしてちょうだい」


「りょーかいしました、会長殿」


 紫乃のことを茶化しているのか定かじゃない咲玖は、仰々しくも右手で敬礼する。


 そんな咲玖に、紫乃は苦笑いを浮かべるのだった。


 それからしばらくして、チラホラと生徒会メンバーや風紀委員が集まってくる。みな、集合時間五分前には揃い、校門前に立って制服点検を行っていく。


 二人一組になって登校してくる生徒達をチェックしていくが、ほとんどが挨拶をするだけで素通りするのみ。仲が良いのか、時折談笑をする生徒会、風紀委員の生徒も見受けられたが、紫乃は頭ごなしに注意しに行かない。


 むしろ、気にしている様子すらなかった。


「そこの男子生徒、ちょっといいかしら」


「あ、はい」


 紫乃に声をかけられて脚を止めた男子生徒は、しまったという表情を浮かべない。


「そのピアスは外しなさい。あと、インナーだからってバレないと思ったの? 明日までに直してきなさい」


 男子生徒から名前とクラスを訊き、チェック入れた項目用紙を手渡す。


「良く気づいたな」


「……普通でしょ?」


 ペアとなっている咲玖は、本当に関したような口ぶりで紫乃に耳打ちする。


 だが逆に、紫乃からすれば当然のこと。


「あの生徒は前回もよ。さっきはわざと耳をみせるように髪をかきあげていたわ」


「うわ、そんなことまで憶えてる……」


「そこの女生徒、スカート丈が短いわよ」


 若干引いたような表情を浮かべる咲玖だったが、紫乃からすれば気にかけるのが仕事。中にはわざわざ挨拶してくれる生徒もいて、つい改善する項目がないのに関わらずチェック用紙を渡したりした。


「お~い、あんまりファンサするなよ、会長殿」


「……何のことよ?」


 どのくらい時間が経ったのか、紫乃の前を通り過ぎる生徒が増えてきた。


 だから必然的に指導で声をかける生徒、そうでない生徒が絶え間ない。


 その実、生徒達間での魂胆があった。


 それを知る咲玖からすれば、紫乃は通常通りなのは頂けない。


「いや、うん。……何でもない」


「……変な咲玖」


 ただ、紫乃からすれば生徒会長としての役割で動いていた。自らが生徒会長としての公約として掲げたのもあるが、あまりにもそれを体現し続けている。


 自身が生徒会長という立場でありながら、容姿端麗、文武両道で人目置かれていることを抜きにして、人気者であることを知らない。


 あわよくば紫乃の注意をひき、接触を図る生徒は男女問わずといる。


 そして制服点検日は、そういった生徒達にとって格好の場。


 各生徒達がタイミングを見計らい、奪い合うような目に見えない抗争が繰り広げられている。


「はぁ、困った会長殿だ」


 咲玖はそれを遠目から眺め、ため息を吐くしかできなかった。


 そんな生徒達の思惑を知らない紫乃は――、


(莉乃ってば、遅刻してこないでしょうね)


 本来であれば紫乃より早起きの莉乃なのだが、今日に限っては違った。


 玄関先で慌てて起きてきた莉乃を確認しただけで、紫乃はその先を知らない。


 もしかしたら二度寝をする可能性は低くもなく、何らかで電車が遅延したっておかしくないのだ。


 それでも莉乃は意外にも二度寝といったことはせず、周囲の様子からして電車が遅延している会話を耳にしない。


 にも拘らず、莉乃が登校してくる様子もない。


 それだけで紫乃の不安を掻き立て、せめてもと家を一緒にでればと後悔する。出来ることなら昔のように、なんて淡い願いを抱いてしまう。


 心配で莉乃に連絡をしようにも、学院生活ではあまりスマホを使用しない。むしろ電源を切り、ほんのわずかな休憩時間ですらも触れない徹底ぶり。

 

 それは生徒会長だからというわけではなく、授業には必要と感じていないから。


 だがこの時だけは、自身の性分に歯痒く思ってしまう。


「五百瀬さん、お疲れ様」


 そんな紫乃に、一人の女性教師が声をかけてきた。


 紫乃からすれば見知ったというか、生徒会に所属しているから関りが深い顧問――綯護和歌。


 綺麗な長い黒髪に、同色のパンツスーツ姿。どこか陰鬱な面持ちにも見られるが、それは神経質っぽさも感じられる吊り上がった目じり。その奥に宿る黒い瞳は、初対面相手には高圧的に映るかもしれない力強さがあった。


 それでも男女生徒問わず人気がある。


 特定の教科は担当せず、生徒達の学院での生活、その後の進路をについて相談役を受け持つ教師。


 紫乃も生徒会長としての立場ではなく、一生徒としてよくお世話になっている。


「先生、どうかしましたか」


 和歌は女性としては背の高い方で、少しだけ見上げる紫乃。


 その目には、左脇の前髪に編まれた紺と白のリボンが目に留まった。


(この場合、先生でも注意するべきなのかしら?)


 チラホラと生徒に混じる教師の姿。そのほとんどは電車での通勤で、もちろん裏手には専用の駐車場もある。


 ほとんどが紫乃達と比べて年齢は一回り以上、親といった年齢世代が多い。


 だから雰囲気も落ち着いていて、身なりもしっかりとしている。


 ただ和歌は一見して紫乃達と年齢が近くもありつつ、新任教師といった雰囲気は全く感じられない。


 普段から編まれているリボンを目にするたび、紫乃は困惑してしまう。


「そろそろ朝のHRが始まるは、教室に戻っていいわよ」


 抑揚のない声音で和歌から大まかな時間を伝えられ、紫乃は首を横に振った。


「いえ、まだ時間に余裕がありますので大丈夫です」


 だって、まだ莉乃が登校していないから。


「五百瀬さんのことだから心配することでもないけど、遅れないようにね」


「はい」


 そんなことを知らない和歌は、笑顔の一つも浮かべずに踵を返していく。


(……ホント、不思議な先生よね)


 誰に対しても一定の距離感を保つ和歌。


 脇を通り過ぎる生徒から挨拶をされても淡白で、何やら話しかけられても嫌そうな表情一つ浮かべない。


 それも教師だからというわけなのだろうが、なぜか周囲には人が集まっている。


 遠ざかる和歌の後ろ姿を見送りつつ、紫乃は意識を制服指導に切り替えていく。


 朝のHRが近づくにつれて、焦ったように駆け込んでくる生徒達。時間がギリギリというのもあって服装に乱れがあり、校門前で紫乃達の姿を目にしてしまったという表情を浮かべる。


 それでも大半は服装だけなので、その場で直すだけで済む。


「咲玖、この生徒をお願いするわ」


「あ、うん」


 だけど数人、頭髪の色が違うから遠目でもよく目立つ。


(……何もなかったようね)


 時間としてはギリギリだが、無事に登校してきた莉乃。


 案の定、髪の色は金に近い茶色は朝にみかけた通り。服装も大胆な着崩しで、動くたびに開かれた第二ボタンの隙間から鎖骨が見え隠れする。


 そんな莉乃の姿に、紫乃は嘆息気に声をかけた。


「ちょっといいかしら」


「……うっ」


 周囲の生徒以上に嫌そうな表情で脚を止めた莉乃。


 不定期な制服点検では毎度のことながら、莉乃は大人しく指導を受けている。その場から逃げだすよう

なこともなく、借りてきた猫のように紫乃の前に佇む。


(今日も相変わらずね)


 スッと目もとを細めた紫乃は、莉乃の頭からつま先までの容姿を念入りに確認していく。


 バッチリと施されたメイクに、全体的にボリューム感のある外ハネした髪型。体調管理の一環でしっかりと制服を着こなしてほしいものだが、紫乃の願いは叶いそうにない。


「美容院予約してあるから、今日の放課後にでも行きなさい」


「へ?」


 せっかくというか、私情でこの機会を設けている紫乃。


 手にしていたクリップボードにクラスと名前、チェック項目に記入を済ませる。それを無言で莉乃に手渡し、首もとのリボンに手を伸ばす。


「あとリボン、少しはちゃんと結びなさい」


「ええ!?」


 莉乃の驚いたような、戸惑った奇声を耳にしながら手を動かす。


 サイズを新調していないことを把握している紫乃は、ワイシャツのボタンをしっかりと上まで留めてあげ。自らも毎朝のように結ぶリボンを正し、シワ一つないブレザーの前ボタンに手をかけていく。


 もちろんのことながら、紫乃の視線は莉乃の足元へ。


(……まったく、短すぎるわよ)


 人前どころか、屋外というのもあって躊躇いはあった。


 ただ、誰に対しても平等に指導を促す。


 少しだけ莉乃との距離を縮め、腰回りに手を入れる。目でみえなくても、手の感覚でわかる三回以上は折られてると思しきスカート。


 それを元に戻していき、規定の丈にまで直す。


「これでいいわ。……教室に遅れないようにね」


 最後に全体的なバランスを確認して、襟もとを正して息を吐く。


 これで本来の目的は達せた紫乃は踵を返し、周囲にいる生徒会と風紀委員メンバーに目配せする。


 そこには咲玖も含まれていて、少し驚いたような表情をしていた。


「どしたの、会長殿」


「……何がよ」


「イヤイヤイヤイヤ、さっきのあれよ」


「だから、あれって何なのよ」


 顔の前で手を左右に振る咲玖に、紫乃は怪訝そうな視線を向ける。


「別に、制服点検しただけよ」


「今まで妹ちゃんでも服装正させてたのに、今日は……え?」


 困惑する咲玖に、紫乃も真顔になった。


「……確かにそうね」


「無自覚だった!?」


 紫乃に代わって咲玖が驚きすぎるので、冷静になれる時間が生まれた。


(今朝は寝坊とまでは言わないけど普段よりは遅かった。日ごろから家の事をしてもらっている感謝もあるけど……、どうしてなのかしら?)


 結果、結論がみつからないまま時間だけが過ぎていく。


「とりあえず教室に戻りましょう」


「あ~うん。そうだけど……」


 未だに困惑の渦から抜けだせない咲玖を横目に、紫乃は登校してくる生徒達の流れに沿って校舎の方へと歩みを進めた。

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