第五話:たまの休日を二人っきりで~家族だし当たり前のことだから~
身についた習慣とでもいうのか、学校があるためにかけているスマホのアラームに、莉乃は一度目が覚めた。
「んっ……」
だけど再び瞼を閉じ、身を捩じらせるようにして布団の中へと潜り込んでいく。
それから次に目が覚めるのは、お昼をちょうど過ぎるかの時間になる。
◇ ◇ ◇
人間の三大欲求は、いくら理性で律しようとも争えないモノかもしれない。
「……お腹空いた」
莉乃の目が覚めた第一声がそれだった。
スマホに手を伸ばすとお昼が過ぎ、昨日とを考えると二食抜いている状態。さすがに身体が、お腹が空腹の限界を訴えてきた。
(しー姉さん、ご飯どうしたんだろう)
それを無視してベッドの上でゴロゴロするのもありだったが、不意に過る紫乃の事。
いつもは紫乃の起きてくる時間を逆算して食事を用意して、少しでも勉強に時間を使ってもらいたいからと、身の回りで不自由ないように陰ながら支えてきた。
ただそれは、莉乃の紫乃に対する想い。好意ともいえる、あくまで押しつけるわけでもない莉乃の自己満足。
それもあって、莉乃はのそのそとベッドから這い出た。
「この時間帯だから、部屋で勉強中……かな?」
モコモコパジャマのフードにすっぽりと頭部を納め、音を立てないように扉を引く。それから奥にある紫乃の部屋に目を向け、足音を潜めてリビングへと。
休日ともあれば杏莉や未華と出かけることはあるのだが、今日に限ってはフリー。
だからといってすることがないわけはなく、平日ではあまり手が届かない場所の掃除、朝食やお弁当にと重宝するおかずの作り置きをしている。
その時に紫乃と顔を合わせないわけではないが、そんな休日を過ごす。
だけど今日に限っては、紫乃と顔を合わせたくない気持ちが勝る。
「……はぁ」
静かなリビングに、莉乃の重いため息がよく通る。
ゴミ箱の中にはコンビニのレジ袋、中には透けてお弁当の空容器。それが二人分で二食、紫乃と五十鈴の夕飯と朝食がそれだったと物語っていた。
そして冷蔵庫には莉乃の分もあり、申し訳なさに浅く唇を噛んでしまう。
五十鈴のことだ、一切料理ができないわけでもない。だが昨日は急なことだから手を抜いた、もしくは仕事で疲れていた可能性もある。
何よりも、ここ数年は莉乃が家事をしてきた。
子育ても半ば手放しで、家事の負担も軽減されている。だからバリバリと日中夜働き詰め、その反動で週に一度は飲んで帰ってくるのだが、あまりにも過ぎると泥酔して帰宅するので、莉乃としては心配が絶えない。
「さすがに食べ切れないかな」
それでも五十鈴は、莉乃と紫乃の母親だ。
どちらか片方に肩入れするわけでもなく、平等に接する。
冷蔵庫に入っていたから消費期限が半日過ぎたとて、自己責任にはなるが食べられないわけじゃないコンビニのお弁当。
それは夕飯で、朝食用にもサンドイッチとサラダが用意されていた。
何一つ事情を訊かず、中立の立場にいる五十鈴。
改めて母親からの優しさに触れ、莉乃は頬を緩める。
「お弁当は温めるだけだし、しー姉さんのお昼でも作ろっかな」
少しだけ軽くなった気分のまま、冷蔵庫から昼食の食材を身繕う。
封が切られている食パンの袋に手を伸ばし、玉子と牛乳を取りだす。
「生クリームでもあればよかったんだけど、また今度ってことで……」
莉乃のこだわりとしては一晩漬けて置くのだが、昨日の今日。本来なら少しでも紫乃に良い物を食べてもらいたいと奮闘、改善に改良を加えている。
朝食にでも試そうとしていたフレンチトーストを、莉乃は作り始める。
一枚の食パンを半分に、表面に浅い切込みを入れていく。それからボウルに玉子を割り入れ、泡だて器で押し混ぜる。その間に砂糖も投入し、少しずつ牛乳を加えていく。
このまま食パンを漬けてもいいのだが、莉乃は作った卵液をこし器で裏ごしする。
そしたら容器に卵液を半分流し込み、切っておいた食パンを漬ける。その上から残しておいた卵液をかけ、しばらく置いておく。
「……サラダ? もしくはスープとか」
冷蔵庫の中を再度確認すると、少しばかりのサラダがある。それにスープの具材になる野菜の端材もあり、作れないわけではない。
何より休日の食材まとめ買いがあるため、使い切っても問題なかった。
「ま、昨日手抜いたからね」
残った野菜達を薄切りにして、小鍋に水とコンソメスープの素を入れて沸かす。
そんなことをしていれば、食パンに卵液が程良く染み込む。
念のためにと食パンを裏返し、フライパンにバターを入れて中火にかける。それが溶けてきたら食パンの表面をじっくりと焼き、裏面も同様に焦げ目をつけていく。
さらにここで莉乃は、食パンの耳も焼いていく。
目安としてはカリッとさせる感じで、一枚ずつお皿に重ねる。
「よし、こんなもんかな」
出来上がった紫乃の昼食にラップをかけ、莉乃はコンビニのお弁当をレンジで温める。
……ん? しー姉さん。
二階からの物音に、莉乃は身を竦ませる。
階段を下りてくる足音が近づいてきて、リビングの扉がゆっくりと開く。
「……莉乃?」
「……お、おはよう」
時刻はお昼過ぎ、だからといって家族に向けた適切な挨拶を思いつかない。
莉乃は少しだけフードを目深く被って、顔を俯かせる。
「……お昼、ありがとう」
「うん。……せっかくだから冷める前に食べてよ」
「莉乃は?」
「ああ、私は――」
タイミングよく温め終わったレンジが鳴り、莉乃の逃げ道が塞がれる。
「一緒に食べましょ」
「……そうだね」
それからどちらからともなくテーブルを拭き、お昼ご飯を運んで並べる。
「いただきます」
「……いただきます」
向かい合うように莉乃達は座り、両手を合わせた。
莉乃はコンビニのお弁当を、紫乃はフレンチトーストを食べ始める。
マグカップのスープを一口啜る紫乃を盗み見つつ、莉乃はコンビニお弁当のおかずを摘まむ。
(き、気まずぅ~)
紫乃からの感想が気になりつつも、パクパクとお弁当を食べ進めていく。
「……やっぱり、いつ食べても美味しいわね」
「ありがとう」
それからお昼ご飯を半分食べ終えた頃、ぼそりと零した紫乃の感想。
それがただただ嬉しくて、莉乃は口角を微かにあげた。
「ホント、いつもありがとうね莉乃」
「……何、今さら」
「今さらかもしれないけど、いつもそう思っているのよ」
「そ、そうなんだ……」
嬉しさのあまり、手にしていた箸に力が籠る。
「こうして一緒に食べるのだってあまり機会がなかったし、不思議に思う時は何度もあったの」
「それは~アレだよ。お互いの時間が――」
「ええ、そうね」
あえて莉乃が避けているのを見透かしたような、紫乃の大人びた微笑み。
「だからでもないのだけれど、この後って時間あるかしら?」
「……この後? 別にないけど」
その返答を聞いてか、紫乃は一度呼吸を整えるような素振りをとった。
(これ、まさか……)
嫌な予感の再来に、莉乃は少しだけ及び腰で身構えてしまう。
「一緒に出掛けない」
「……え?」
「せっかくの休日だもの、家にいても退屈でしょ? 私も少し勉強の息抜きがしたいと思ってるの」
少しだけ捲し立てるように喋る紫乃に、莉乃は目を丸くさせる。
「お互い準備もあるだろうし、二時頃なんてどうかしら?」
リビングの時計をチラリと見る紫乃からの相談に、莉乃はただ首を縦に振る。
「わかった、準備しておく」
「ええ、じゃあ駅前で」
食べ終わった食器を手に、紫乃はそそくさと席を立った。それをキッチンへと持っていき、洗って水切り台に立てかける。
放然とした表情の莉乃を横目に、紫乃はリビングを後にしていった。
(……え、それって)
扉がゆっくりと閉まり、足音が遠ざかっていく。
そして一人、リビングに残された莉乃は我に返る。
「ヤバッ! こ、こんなことしてる場合じゃない!!」
余りにも莉乃が勢いよく立ち上がるものだから、椅子が後ろに倒れそうになる。それをどうにか片手で背凭れを掴んで制し、紫乃の言葉を脳内で反芻していく。
(駅前で待ち合わせ? なんで? 同じ家に住んでるんだよ、そんな面倒なことしなくてもいいのに……それって、それってしー姉さんからのお誘い。……で、デートって事でいいの!?)
受け取り方は莉乃次第だが、真相は紫乃にしか知り得ない。
悶々とした気持ちを抱えながら莉乃は残りのお弁当を平らげ、急いで脱衣所へと駆け込んでいった。




