第四話:理想と現実の狭間は、なかなかに埋められない4
莉乃達が教室に戻ると、タイミングよく担任が入ってきた。それから朝のHRが始まり、その後の授業も淡々と進められていく。
(杏莉と未華、やっぱり何かあったよね)
今朝の一件があって以降、何やら杏莉と未華の様子が可笑しいことに気づいた。
授業との合間に集まって会話どころか、あえて避けるような素振りが未華から見受けられる。それに気づいている杏莉も、どうしたものかと表情を曇らせていた。
そしてお昼休みを迎えた今も、未華は莉乃達のもとに近づいて来ようともしない。
「杏莉、やっぱり何かあったでしょ?」
「たぶんアレなんだろうけど、何で今日に限ってなんだ?」
心当たりのある杏莉だが、その理由をわかっていない様子。
そうなると、さすがの莉乃もお手上げ。
「て、ごめん。今日ミーティングがあるんだった」
「あ、そうなの」
「未華のこと、悪いな」
部員からの連絡があったのか、スマホを見て慌て始めた杏莉。広げかけていたお弁当の包みを中途半端に、片手で謝罪するように教室を後にしていった。
「……珍しいこともあるんだな」
今日は一人でお昼を摂ることになる莉乃は、気にせずお弁当を鞄から取りだす。
「……ん」
「未華?」
だが、気づけば莉乃の席に近づいていた未華。手にはお弁当箱を持っていて、無言で莉乃を見下ろし佇んでいた。
それを察して、莉乃は近くの席から椅子を引っ張ってくる。
「ありがと」
「うん」
それからお弁当の包みを開き、未華は両手を合わせる。
「……杏莉と何かあった?」
「莉乃こそぉ~会長の件はいいのぉ~」
「今に始まったことじゃないからね」
苦笑いを浮かべてみせる莉乃に、未華の不満は色濃くなっていく。
「だからってぇ~もしもの事とかあるじゃん?」
「……うん」
そのことで今朝、杏莉にも話を聞いてもらった。
だからといって莉乃なりの信頼、そこからの確信がある。
(けどやっぱり、同じこと考えちゃうんだな……)
未華が手にしていたコンビニの袋からカッププリンを取りだす姿を、莉乃はただぼんやりと眺めてしまう。
「ほらぁ~やっぱり気になってるじゃぁ~ん」
「それはそうだけど、どうしようにも――」
「だからってぇ~何もしないでいられるのぉ~」
「っ!?」
やけに食い気味にくる未華に、莉乃は驚きを隠せず目を丸くさせた。
背筋を若干仰け反らせ、未華の話に耳を傾けてあげる。
「相手は人気者なんだよぉ~それに自覚あるなしだけどぉ~だぁ~かぁ~らぁ~心配になるんだよねぇ~」
パクパクとプリンを頬張る未華。
(……今日の未華、結構珍しいな)
いつもだったら可愛さを前面どころか、周囲にまき散らし、異性を勘違いさせる振る舞いが目立つ。
だからよく異性からモテ囃すようにチヤホヤとされ、様々な好意を向けられている。
つまるところ異性に困るどころか、選り取り見取りで逆ハーレム状態。それを無意識なのか築き上げ、勢力図は他クラスにも及んでいる。
そんな未華が、秘かに想いを寄せる相手を匂わせる口ぶり。
常に未華の隣には異性がいて、莉乃からはすれば器用だなと思っている。
今まででそんな素振りどころか、話題にすら上がったことがなかった未華。
コンビニの袋から次にシュークリームを取りだし、未華はカプリと小さなお口で頬張る。
「こっちがさぁ~どれだけアピっても振り向くどころかぁ~気づかないふりぃ~? もしくはぁ~鈍感さんなのかなぁ~って」
「未華がそこまでしてそうなら、鈍感なんじゃないのかな……」
莉乃の場合は気づかせないどころか、周囲にはひた隠しにしている。(莉乃判断)
「……だからさ、ああいう風に想いを伝えられるって羨ましいな」
「未華……」
どこか真摯めいた、未華の普段は表にださない素の感情。
さらに未華は三つ目のスイーツ、限定コラボチョコタルトを取りだす。
「どれだけ食べるのよ」
「お昼前に連絡してぇ~買ってきてもらったのぉ~」
「……人遣い荒いなぁ~」
どこの誰かとわからない生徒が未華の使いパシリもとい、犠牲になった事実。今頃無事にお昼を過ごせているのかと、莉乃は少しだけ心配してしまう。
「だからさぁ~莉乃はどう思ってるのかな~って」
「どうって……」
結局のところ、そこに話が戻ってくる。
黙る莉乃を前に、未華はさらに言葉を重ねていく。
「莉乃はぁ~同性でもありな人?」
「……っ!?」
まるで莉乃の内側、心の奥に秘めている気持ちを覗き込もうとする視線。その片鱗として一部、見透かしたような未華の口ぶりに息を詰まらせてしまう。
「な、何言ってるのさ……未華」
「……あれぇ~違ったぁ~」
だがそれも一転して、途端に揶揄うような笑みへと変わってみせた。
「なぁ~んてねぇ」
「……えっ」
「もぉ~莉乃は見た目に反して真面目なんだからぁ~」
既に三つのスイーツをペロリと平らげた未華は、手もとが隠れる袖を口もとにあてて両肩を微かに上下させる。
それに対して、莉乃はただただ唖然とさせられてしまう。
その仕返しでもないが、気になったことを未華に訊いてみる。
「逆にだけど、未華はその……同性でもありなの?」
「ん~どうだろうねぇ~」
垂れた目じりをさらに細める未華は、明らかに莉乃を揶揄っている。
お茶を濁す未華に、莉乃は不満の色を隠さない。
「何さ、未華。……そういうところなんじゃない?」
「ムカぁ~一番言われたくないんですけどぉ~」
「こっちこそだよ」
一つの机を挟んだ、その下で行われる莉乃と未華の両脚での攻防戦。
「……二人とも何してるんだよ」
気づけばお昼休みも後半に差しかかり、部活のミーティングから戻ってきた杏莉。ガタガタと机が揺れる光景に、半目をしていた。
「あ、お帰り杏莉」
「……お帰り」
「あ、うん。……で、どういった状況?」
率直な疑問を投げかけられ、莉乃と未華はお互いに見つめ合う。
「……なんでだっけ?」
「なんかぁ~どうでもいい事だったかもぉ~」
「なんだそれ」
呆れを隠さず苦笑いを浮かべる杏莉だったが、それ以上の追及はせずに近くから椅子を引っ張ってきて腰かけた。
「ねぇ杏莉ぃ~どこ行ってたのぉ~」
「ん? ああ、部活のミーティングだよ」
「とか言ってぇ~ただご飯食べてただけでしょ~」
「……まぁ、あながち間違いじゃないけど……それがどうかしたのか?」
「ん~何でもぉ~」
「……そっか」
掴みどころのない未華の会話に、杏莉は困惑を隠せない。
その様子を見ていた莉乃も同様だった。
(……もしかして?)
ただ、さっきまで莉乃と話していた雰囲気との違和感に気づかされる。
「てか、未華。お昼これだけか?」
「すっごぉ~く美味しかったよぉ~」
「いや、まぁ……そうだろうけど……」
杏莉の言いたいことがわかる莉乃だったが、あえてそのことで追及していない。
「そんな偏った食生活は止めろって言ってるだろ。せめて米くらいは食べろよ」
「え~パンの方が好きぃ~」
「いや、腹持ちが……」
まるで杏莉の事を困らせようとする未華。
今朝からのお昼休みを迎えるまでの数時間、露骨に避けていたとは思えないほどのいつも通りのやり取り。
それに時折混じる莉乃だったが、お弁当が手つかずの状態に急いで食べていた。
(なんだかんだ言っても、仲が良いよな二人って)
だから考えさせられる、未華のある一言。
(……同性同士か。しー姉さんは家族で姉妹だけど、あり……なのかな?)
周りにも仲の良い女の子同士で腕を組んだり、男子の目をひきつけるような過剰なスキンシップをとったりする。
もしかしたら、他の目が届かない所でも色々とあるのかもしれない。
そんなことを妄想してしまう昼下がり。
莉乃は微かに頭を振って、短く息を吐く。
「ないない」
「……どうかしたか?」
「さぁ~」
気づけばお昼休みの終了を知らせる予鈴が鳴るも、莉乃達は授業が始まるギリギリまで雑談に花を咲かせ続けた。
それはどれも取り留めもなく、実のない内容ばかり。
……それも莉乃達にとってはいつもの事。
(ま、何かあればしー姉さんの性格だから報告してくるよね)
頭の片隅に最悪の可能性を持ちつつ、莉乃は午後の授業に取り組んだ。




