第三話:好きと嫌いの裏返し~ほんの些細なすれ違いでも一大事~9
(ヤバい、ヤバい! しー姉さん、どこにいるの!?)
お昼を迎えて賑わう学院内、辺りからは様々な声が聞こえてくる。
いつもだったら莉乃もお昼という時間、昨日のドラマや今日の授業で気づいた些細な事を杏莉や未華達と話し、談笑に花を咲かせているのだ。
だが今日、正確には昨日の夕方辺りから色々なことが起きている。
何より一番ショックだったのは、今朝の一件。
ほぼ素である莉乃を紫乃に見られ、発せられた一言に胸が痛んだ。
『特に変わりがないようで良かったわ』
それは、今までの莉乃を否定する言葉。
逆を返せば、紫乃は莉乃のことをよく見ていない。
だから見っともなく紫乃の前で涙を流し、こうして顔を合わせることすら気が重い。
登校する前に母親、五十鈴から紫乃の様子は耳にしたが、朝食をしっかりと食べていた。他にも目立って変わったところはなく、登校していったとのこと。
それが余計にショックでもあり、莉乃自身が面倒くさい性格だと痛感してしまう。
ただそれでも、紫乃に抱く気持ちは変わらなかった。
同じ階の廊下を進み、普段では踏み入ることのない特進クラスがある方へ。建物を二分するように中央階段を境目に、右は普通科、左は特進コースという教室が分かれる。
だからといって生徒同士の軋轢や、いがみ合うような関係はない。
むしろそれぞれの価値観や認識を持ち、独自の判断で交流があったりなかったり。部活や委員会での繋がりがない莉乃からすれば、唯一ともいえる姉の紫乃。立場的に生徒会長として知名度があり、莉乃と姉妹であることすら疑われる時もしばしば。
学院の風紀を無視して、己の在り方を貫き通す莉乃とは注目度が違う。
(うっ、視線が……)
多少の躊躇いはありつつも、今は急を要した。
特進コースの教室前を通ると、自然と集まる莉乃への視線。
どこか遠くから眺める物珍しさや、チラリと向けるだけのあまり興味を抱いた様子の無い生徒。
ましてや、一切莉乃に関心を抱かない生徒すらいる。
まるで同じ階にいながらも、異なる世界に住まう特進コース。
その上に立つ、紫乃。
本当に姉妹なのかと、莉乃自身も疑いたくなってしまう。
それでもめげず、莉乃は紫乃を探した。
(もしかしたら生徒会室かな?)
紫乃が在籍する教室は把握していたが、チラリと覗き込んだが姿はない。
まさかの空振りに、莉乃はようやく冷静に考えることができた。
とはいえ、考えつく場所は学院の敷地内に限られる。時期的に生徒会は忙しそうではなく、これといってお昼休みから活動する用もあるのだろうか。
そうなると、学食の可能性が高くなる。
それはそれで、莉乃からすれば羨ましい限り。
一緒にいたい気持ちは有れ、お互いの立場がある。
学院の顔である生徒会長の姉と、いわば問題児というカテゴリーに部類される妹。常日頃から行動を共にし続けては、紫乃の評価に関わってくる。
それだけは、莉乃として避けたい。
こうして学年は同じでも、陰ながら支えられる存在でいられるだけでもいいのだ。
(……まぁ、しー姉さんが気づいてないようで良かったけど)
ただの自己満足でしかない莉乃の行動に、紫乃は今まで気づいてこなかった。
それが嬉しくもあり、再び胸を締めつけてくる。
「それで何ですけど、紫乃会長」
「っ!?」
どこからか聞こえてきた、興奮した声音で紫乃の名前を発する声。
咄嗟に声がした方へと莉乃が視線を向けると、そこには紫乃の姿があった。
その周りを取り囲む、おそらく生徒会メンバーと思しき生徒達。どこかその様子は楽し気で、声音からもそれが伝わってくる。
(……移動教室だったのかな)
気づけば莉乃は物陰、廊下に並ぶロッカーを盾に隠れていた。
特進コースにしては珍しい事で、少しだけ様子を窺う。
「方針としては変わらないでいいと思うのだけど、それは私の考えね。どうしていくかは今後、次の生徒会をやってくれる生徒に任せるわ」
「な、なるほど……」
「けど、紫乃会長の後って結構あれですね」
「……あれ?」
(しー姉さんも大変だな)
何やら生徒会の今後について話しているようで、莉乃にはよくわからない。次第に遠ざかっていく会話を背に、ロッカーから恐る恐る顔を覗かせる。
莉乃が隠れていることに一切気づくどころか、話に夢中だった。
上階へ、生徒会室へと向かって行く紫乃一向を遠目に、抱えているお弁当を見つめる。
「別に、良いのかな……」
ギュッとお弁当箱を抱き締めるも、莉乃は顔をあげる。
「けど、今日はちょっと……」
紫乃の後を追う形で、莉乃はようやくロッカーの物陰から動きだした。




