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「あのあたりだと思う」
「月光しか頼りにならないというのは危ないのでは?」
「さすがに日中に上ることはできないから。見えるところまで見ます」
月の明るい夜だったのを幸いとし、ギャビーはすたすたと崖に近寄った。モルに火掻棒を預けて最初の岩に手をかける。特に何かの訓練をしたわけではないが自分の体を余裕で支えてギャビーは崖を登り始めた。手に細かい傷が走るがすうと消えていく。この程度の怪我なら配給血すらいらない。
ギャビーは光が見えたあたりまでたどり着いた。モルのあたりを見下ろしてみればよりも高い場所だとわかる。
落ちたら大怪我しそうだわ、と思いながらギャビーはあたりを見回した。ランプもないので見える範囲は限られている。
しかしギャビーの頬は風を感じ取った。普通の海風と違う流れでかすめていくそれは。
ギャビーは足もとに用心しながら横に這って進んだ。足場が悪いので探り探りだが一筋だけ異なる風の流れは強くなってきた。
ギャビーがついに見つけたのは、小さな明り取りの窓だった。通気口と言ってもいいほどの大きさしかない。光はないが窓を見つけたギャビーはそこを覗き込んだ。真っ暗な中に徐々に目が慣れてくると部屋の隅で蝋燭が揺れているのが分かった。そのかすかなオレンジ色の光を頼りに中の様子を探る。
部屋はまるで……というかそのものずばりで監禁用に見えた。ほとんど何もなく視界ぎりぎりの範囲にベッドがあるのが見える。ベッドの上には小さな布が数枚ばらまかれていた。
布?と思いさらに目を凝らしてみればそれが服だと気が付く。ロバートやリンダにはとても着られないそれはベビー服のようだった。しかし月日に耐えかねたのか随分みすぼらしくなっていた。
さすがにこの光で見ることができるのはここまでかと思ってギャビーが一歩後戻りした時だった。踵に小さな何かが当たった。かつんというかすかな衝撃がある。小石かと思ったが、ギャビーは小さく足をさばきその場所を超えて下がった。数歩過ぎてみれば足元に落ちていたものの正体がわかる
。
それは可憐なネックレスだった。どうやらあの小さな窓から落ちたようだが、ネックスレスは木の枝に引っかかっていた。ギャビーは丁寧に慎重に腰を曲げ指先にひっかけて手に入れた。観察する余裕はなくただポケットに放り込むと丁寧に足を運んで戻り始めた。足を滑らせても怪我ですむだろうが、治療には人血が不可欠だ。
ギャビーは崖を伝い降り最後にひょいと砂浜に飛び降りた。一部始終をずっと見守っていたモルが近寄ってくる。
「なにかありましたか」
「部屋があった……」
ギャビーの言葉にモルもさすがに色を失った。
「部屋?」
「小さな部屋でした。子供服が室内に散らばっていて」
「……まさか……公爵家の一族が幼児殺しなんて」
「さすがにそれは判断が早いかと」
ギャビーはポケットから拾ったものを差し出した。モルの眉が寄る。
「あとネックレスが落ちていて」
それは金と各種の宝石でできたネックレスだった。砂と塩を含んだ風にさらされたせいか地金の部分は傷だらけだが、宝石が煌めいている。ピンク色の宝石はいくつか集まって花を形どり無数に咲いていた。
「もしかしてこれ」
ギャビーはつぶやいた。
「メリベル家の誰かのものでは」
そう言いかけたときにはギャビーも気が付いた。
「……落ちていたのではなく置いたのでは」
ぼそっとモルはつぶやく。
「ここに閉じ込められて、なんとか自分の居場所を示すために」
ギャビーも思い至った結果だが。
「……誰か閉じ込められたと?」
「……今思いつくのはステファニーくらいしか」
言いかけて二人はもう一つの可能性に至る。ステファニーがもし間男との駆け落ちに失敗して、メリベル家の誰かの怒りを買ったなら?
ならばいったい誰がステファニーをここに監禁したというのか。そんなことができる人間など限られていることに思いたる。
「……まさかローレンス様?」
「どうでしょう。確証はありません。でもメリベル家のものであることは間違いないかと」
モルはその首飾りを月光にかざしてからポケットに無造作にしまい込んだ。
「まって、それは誰かに確認しないと」
モルは首を傾げた。
「御冗談を。いったいどこでこれを発見したと言うおつもりですか。うかつなことを言えば私たちが夜中にうろついていたことも知られてしまいます」
「それは」
「また機会を改めましょう。急ぐことはありません」
それからモルは神妙な顔で言った。
「それにしても、皆さん宝飾品にこだわるのね」
モルが呟く。
「ランディも私に渡したい指輪があるって言っていたわ。先祖代々の指輪なんですって」
それを聞いた瞬間にギャビーは、自分が今ここにいる理由が鮮明に見えた。
ランディがギャビーをこの城に誘ったのは、ミアに渡した婚約指輪を探すためだったのだ。あのサファイアの高価な指輪。ギャビーがその行方を知っていないか問いただしたかったに違いない。
それはただ、モルにあげたかったから。
ランディが奇妙なタイミングで指輪の事を持ち出していたのを思い出す。本当はギャビーを問い詰めても聞きたかったのだろう。
「……バカみたい」
ギャビーはつぶやいた。意識しない言葉だったが本心であると気が付く。
「どうなさったのですか、突然」
モルの質問にもギャビーは答える気になれなかった。
本当にみんな勝手ばかりだ。
「勝手ができればいいのに、わたしも」
そういうとモルは目を見開いた。意外な発言に驚いたのかと思いきや、瞳の光にあるのは怒りだった。
「何おっしゃって?」
「何って」
「あなたなら、なんでも勝手ができるじゃありませんか。シナバーでしょう?強くてどこに行っても生きていけるでしょうに」
初めてモルの生々しい感情を見たような気がした。彼女が何を考えているかがわかる。
「ああ、それであなたは図書室では旅行記をご覧になっていたのですね」
「なんで知っているの?」
「あなたと会った時にテーブルに置いてありました。遠くに行きたいのですね」
「そんなの夢だってわかってる」
「……わからないわ」
モルは首を傾げた。淑女らしい可憐な様子だったがその様子に似合わぬほどの怒りがあると感じ取る。
「あなたがどうしてそんなに容易く諦めるのか」
モルは吐き捨てて背を向けた。そのままサクサクと砂の上を歩いていく。慌てて後を追ったギャビーに一度だけ振り向いた。
「私はあなたが羨ましい」




