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 午前中は薄曇りの穏やかな気候だった。二階のベランダにタープを張ってできた日陰の下で、ギャビーはモルとお茶会をすることになった。

 セッティングだけすると女中は下がり、二人だけになって向かい合う。しかしモルは水平線を眺めていてギャビーと目を合わせない。


「……なんていう理由でわたしとのお茶会を?」

 ギャビーのほうから話しかけるとモルはようやくこちらを見た。しかしすぐには答えず、ティーカップを取って優雅な動作で薫り高い紅茶を味わう。

 返事はないが聞こえているのだろうとギャビーは急かすことをやめた。そのかわり自分も海を眺める。


 しばらく奇妙な沈黙が続いていた。不思議なことに苛立ちはなかった。苛立つ以上にただ混乱しているのかもしれない。

「……『せっかく同じ城にいるのに、まだ一度もお話ししたことがなかったので。私、ギャビーとお友達になりたいんです』」

 最初の一声に顔を向けるとにこやかな笑顔でモルが言い切っていた。


「ランディに?」

「あの人は私の言うことを何でも聞いてくださるから」

 ようやく始まった会話だが、それは高い場所にピンと張られたロープの上を恐る恐る歩くような緊張感があった。


「お互いにまずあの時あの場所にいた理由について話しましょうか?」

 モルの様子には『昨日はオペラハウスで姿をお見かけしました』と言わんばかりの清々しさがあった。何も知らなければ騙されてしまいそうだ。


「お互いに言わないで、昨日見たことを忘れるという道は?」

「ギャビーはそんなにも好奇心に欠けていらっしゃるの?」

 それから言い過ぎたとばかりにモルは首を横に振った。

「言葉を選び間違えました。非難したいわけではございません。多分お互いに協力したほうが利点が多いのではないでしょうかと申し上げたいだけです」


 協力、という言葉はなんだかとても似つかわしくないように思える状況だ。

「私は父の死の原因を探しています」

 だからモルがきっぱりと言い切った様子には驚いた。


「……あなた、お父様が亡くなったと」

「あの状況で生きているとは考えにくいでしょう。怪我の具合からの推測ですがそれ以上にそこまでの怪我をさせられたという状況が理由です。あんな容赦のない攻撃を与える人間が、治療をしてくれているとは思えません。それに」

 モルはさらに声を潜めた。


「昨日のあれはあなたもご覧になったでしょう」

 海に下りる階段の途中に異形の姿。

 あれは明確に悪意を持ってギャビーを捕らえていた。


「私は幽霊は信じていませんが、我々の知識を超えた生き物の存在は想像できます。今知らないからと言って、いないとは限りません。だからあれも確かにいたのです。夢とは思っていません」

「あれがあなたのお父様を殺したと?」

「今のところは強くそう考えています」

 モルがどの程度まで自分の中にある真実を口にしているかはわからない。


「どうしてあなたのお父様は深夜にあの場所に?」

 ギャビーが問うとモルは首を横に振った。

「存じません。あなたはミアを探して海に行こうとしたのですか?」


 モルの問いかけにギャビーはとっさに渋い顔をしてしまう。本当は何も表情には出すべきではなかった。そもそもフィリップが深夜に部屋を出た理由を彼女が知らないというのも本当か嘘かわからない。だが。

「……そう」

 仕方なくギャビーは答えた。


「浜辺に人が歩いているのが見えたから。わたしはまだミアを探している」

 一晩で父の死を受け入れる人間と、半年たっても姉妹の死を認められない人間。

 ギャビーの言葉をミアはからかったり責めたりしなかった。半年もたってまだ生きていると考えているの?と彼女は嘲ることもできたろうに、しなかったのだ。


「ミアに似ていらっしゃった?」

馬鹿にされるかと思えばそんな事実確認で、ギャビーはモルが自分をからかうつもりなどないのだと理解した。彼女はただ、ギャビーの行動理由と自分の目的のすり合わせをしているだけなのだ。


「わからない。でも明るい髪の色の女性だった。もしかしたらミアではない可能性もある……ミア

である可能性はほとんどゼロかもね。でも昨日であったあのわけのわからない生き物がミアの行方不明に関係しているのなら、私はここで諦めることはできないわ」


 ギャビーもまた勝負に打って出た。

 モルもまた深夜、ほかの家の城で家探しをしているわけだから。

 お互いに後ろ暗い部分があるのならば、むしろ率直に話をして妥協点を探すことができるように思えた。


「それでしたら手を組みましょう」

 モルは今度こそはっきりと口にした。

「私は銃が得意ですがそれだけでは身を守り切れません。まさかあんな化け物が出てくるなんて考えてもいなかった。うまく切り抜けましたけど、次もうまくいくとは限らないでしょう。あなたの持つシナバーの強靭さで私が調べるのを手伝って頂きたいのです」

 目的も理由も明瞭なモルの言葉にむしろギャビーは安心する。


「わたしにとって有利なことがあるのかしら」

「あなたがシナバーということで遠慮して聞くことができないことを私は尋ねることができます。あなたもメリベル家の人間に聞きたいことがあるのでしょう?」

 それは確かに喉から手が出るほどに欲しい手段だった。

 ミアの行方不明にかかるいくつかの違和感。メリベル家の対応に何かがおかしいと感じ取っているのだ。


「……わかったわ」

 ギャビーは頷いた。

「あなたも夜にうろついているのね。つきあうわ」

「ありがとう」


 モルの物言いは不思議だった。二丁拳銃を持ち歩いているような娘だ。どう考えてもおかしいのに、見た目は絶世の美少女で、無垢で純真に見える。けれど放つ言葉の中身は強固な自己決定そのものだ。

 そして友好的な態度をあえてとる必要もないギャビーに対しても、モルは美しく丁重な言葉遣いを崩さなかった。


「……あなた、本当に丁寧に話すのね」

 特に深い意味もなく口にしたギャビーだが、彼女の答えは全く意味が読み取れない曖昧な微笑だった。

「こうとしか、話せないのです」


 モルのその言葉には大きな含みがあるような気がした。そもそも彼女が本当にただの子爵家の血筋の令嬢なのか……それすら今となっては怪しい。どう問いかけようか戸惑った時。


「おや、お二方」

 二人がいるベランダに面した廊下を通りかかり、ガラス越しに顔をのぞかせたのはエイダンだった。二人の話は断ち切られたが、お互い言いたいことは言ったのでちょうどいい頃合いであった。

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