85話 研究所を探すのじゃ
メフィストフェレスが去っていき、俺は苦々しい表情でそれを見送った。本当はここで倒しておきたかったが、やけに勘の良い大悪魔だった。本当に勘だけなのかは知らんけど。
「おにょれっ、メフィストフェレスめ、妾と出雲の絆を壊そうとする謀略。絶対に許すマジ! マジと言って本気!」
うにゅにゅと拳を握りしめながら、悔しそうに唇を噛む悪魔王。さり気なく噛んだりしていてわざとらしい。
「のぅ、出雲よ。メフィストフェレスは悪魔。悪魔の中でも大悪魔、有名すぎる有名な悪魔じゃぞ。その言葉は天使さえも騙すと言う。あの者の言うことは全てデタラメ。妾たちの愛の絆を壊そうとする策略じゃ」
さっきのメフィストフェレスのセリフを無かったことにしたい模様。うりゅりゅとコアラ化した褐色娘は俺に胸をむにゅにゅと押し付けてくる。涙で潤んだリムはいじらしくとても可愛い。
なので、うんうんと俺は頷き、リムを慰める。
「まぁ、ろくな目的がないのはわかっていたけど、さすがは悪魔王。たんに現実でゲームをしたかったなんて、その行動の思い切りの良さに憧れるね、称賛しちゃうね」
ぱちぱちと拍手をして褒めてやる。まったくもって本当に凄いよ。
「そうかの? えへへ。これを行うのに50年も費やしたのじゃよ。褒められると照れるのぅ」
テレテレと照れて顔を赤らめる小悪魔さん。はぁ〜と俺はため息を吐く。
「そのノリと本気で隠すことのない態度に本当に感心するね」
「やはりこういうやり取りはテンプレじゃろ? そして、お主は妾と離れられぬ。一蓮托生なのじゃからな」
俺の言葉を聞いて、リムの照れている表情が、途端に真剣な悪意の塊のような表情へと変わる。その表情は本当に悪魔王と呼ばれる禍々しい姿だった。
褐色の美少女が壮絶なる恐怖の大王に変わった瞬間だった。
「まぁ、目の届くところにはいて欲しいからな。ま、良いか。それとそういう演技もいらんから。そろそろ真面目にボスを探そう」
「ノリが悪いのぅ。ここは、おのれ騙していたなリム! だが愛しているんだ! と抱きしめるところではないのかの? そうしたら、妾は感動して改心するのじゃ」
「もう世界は崩壊しているじゃん。ここで改心と言われてもな。それにお前の魔力は全て吸収したし」
特に俺は気にせずに、コアラ化したリムを放す。不満そうに頬を膨らませる小悪魔さんだが、敵に逃げられる前に追撃しないとね。研究所はどこかな?
「悪魔王たるリリムは滅びた。今のリムはまったく別の存在だし願い事を叶えてもらえたからなぁ。この話を、他の奴らに言うなよ?」
「人類を滅ぼした妾をまったく気にしないのはお主ぐらいじゃて」
瓦礫の中を歩きはじめて、研究所がどこにあるのか探す中で、クスクスと元悪魔王は笑う。
………正直に言うと、メフィストフェレスの言うことが本当かわからない。真実を含めた嘘というのは真偽を見抜きにくい。リムが遊びで世界を滅ぼしたとしても、それに乗った他の大悪魔たちにもそれぞれ思惑があったはずだ。それにこの小悪魔は適当そうだからなぁ。リムの目的を利用して厄災を本当に起こそうと頑張った奴もいるかもね。
全て推測だ。この真偽は永遠にわからないだろう。まぁ、出会った大悪魔たちを軒並み倒していけば良いよね。何しろ俺は神様だしさ。
「おっと、見つけたぞ。これが地下へと続く穴か」
「探せと言いながら、メフィストフェレスめが出てきた穴ではないか。あの男、相変わらず性格が悪いのぅ」
ぽっかりと瓦礫の山に穴が空いている。メフィストフェレスがド派手に出てきた場所だ。玉座の後ろに隠されておらず助かったね。
二人で呆れながら穴を観察する。ぽっかりと空いた穴の奥底に金属でできた通路が見えた。
「さて、この奥に真のボスがいるんだな」
さり気なく転がった唐傘を回収しておく。奇跡ポイントが10万吸収できた。
「う〜む。……唐傘ではないボスってなんじゃ?」
「傘を英語にした奴だろ」
「それは企業じゃろ」
軽口を叩き合いながら、トンと床を蹴る。ふわりと身体を浮かせて、壁をトントンと三角飛びの要領で蹴りながら降りてゆく。
スタッと床に降り立つと、金属の硬い感触が返ってくる。ふむ?
「魔王城にまったく合わない景観だな」
「洋館の下に研究所があるのと同じじゃの」
「言うと思った」
ネタ合わせをしていないにもかかわらず、俺たちの息はピッタリだねと苦笑しつつ先に進む。リムは気まずそうに俺をチラチラと見てくるが、なんなん?
「なんだよ?」
「いや、メフィストフェレスの言葉で出雲が何らかの対応を変えるかと思っての」
いじいじと指を絡めてリムは言うが、何だそんなことか。
「悪魔王のしたことだ。まったく驚きはしなかった。それどころか、もっと酷いことだと思っていたしね」
それに今のリムは別存在だと俺は思っている。本人は以前のままだと考えているだろうが……すまない、きっと俺が創造したことにより、中身は変わっている。絶対に教えないけどな。トニーしかり、茜然りだ。ハクは怪しいから知らん。
「もぅ〜、妾の契約者殿は面白いのぅ〜。本当に惚れてしまうぞ」
うりりと俺の頬を嬉しそうにつついてくる褐色娘をあしらいつつ、扉の前に辿り着く。わかりやすくいかにもな両開きの自動扉だ。
「では、マッドサイエンティストに挨拶するか」
「どんな奴じゃろうな。妖怪にマッドサイエンティストなんていたかの?」
「フランケンシュタイン博士とかかなぁ? でもそれなら大悪魔っぽいよね」
見てみればわかるだろと扉に近づくと、シュインと音がして扉は開く。カードキーとかを集めなくて良かったようだ。ちょっとそれを恐れていたんだよね。
さて、どんな悪魔が出迎えてくれるのかな。中の様子は薄暗い。サーバーが林立して、ウィィンと低音で鳴っている。チカチカと機器のライトが点滅し、静かだ。
「研究所というにはいかにもな感じだな」
林立しているサーバーの中を歩く。シンとしており人気はない。
「魔力は………この先に大量にあるな。1つじゃない。数多くあるね」
「ふむ。この先にまだ扉があるの。しかし……物理サーバーって時代遅れと思わんか?」
「仮想サーバーって、優秀すぎるけど、こういう雰囲気大切だよ?」
「小さな部屋にポツンとサーバーが立っているのは趣きがないかの」
後ろ手にしながらフヨフヨとリムは言う。たしかになと苦笑しつつ、新たな扉の前に立つ。分厚い隔壁のような部外者入室禁止の扉だ。先程と同じように前に近づく。……だが、扉が開くことはない。
「ここはカードキーが必要か」
「まぁ、そう簡単にはいかないじゃろ」
「物理的な防御は無意味なんだがね」
分厚い金属製の扉はシンとしており開くことはない。壁際にカードリーダーがあり、光彩認証用と静脈認証用といくつも揃っている。セキュリティがしっかりしすぎだろ。
トンと手を添えると神聖力を込めて掌底を打ち込む、僅かな衝撃が扉に流れ込み、数十センチの厚さを持つ金属製の扉はグニャリとへこむ。ギィィと軋む音が扉から響き、扉が掌底された箇所から捲れ上がっていき、大きな穴となって開く。
ミサイルでも破壊できなさそうな金属製の扉は発泡スチロールが炎で炙られたかのようにねじ曲がり、よいせと足を穴へと入って侵入する。
「な、なんだ?」
「侵入者か?」
「警備はどうした!」
「ん〜? なんだこいつら?」
中へと入ると、いかにもな人が入れそうなカプセルが林立しており、手術台がいくつも並んでいた。
……そして、手術服を着込んだ大勢の研究員たちも。ウルゴス軍との戦争が始まっているのにそのことにまったく気づかなかった模様。気楽で良いね。
「こやつら人間じゃの」
「だなぁ。なるほどねぇ。メフィストフェレスは頭が良いな」
カプセルには切り刻まれた肉塊が浮いている。頭や手足、老若男女平等に。手術台には生きているのかわからない人たちが拘束されている。
「ここで魔力ジェネレーターとやらの研究をしていたんだな」
目を細めて、ズイッと一歩踏み込むと、血で真っ赤に染まる手術服を着た者たちは目を見開き動揺を見せる。
「なるほど。人為的に魔力が生み出されるかを研究していたようじゃ」
ふむふむとリムが頷き、俺はため息を吐く。
「唐傘連合は人間を解剖して魔力ジェネレーターを作ろうとしていたのか?」
俺の重々しい声音に、研究員たちは威圧されて退し下がる。どうやら当たりらしい。
「そのとおりですよ、コスプレヒーローさん」
だが甲高い声をあげて一人の男が前に出てくる。マスクをしておらず、ニヤニヤと醜悪に顔を歪めている男だ。ポタポタと手から血が滴り落ちているが、自分のではあるまい。
「私の名前は宇田。人間を改造し、魔力ジェネレーターへと変える画期的な技術を開発中の天才科学者ですよ〜」
語尾を伸ばして、こちらへと挑戦的な物言いで告げてくる。やけに余裕綽々の態度だこと。
「その技術が完成すれば、人間は全て悪魔のための魔力ジェネレーターとなるというわけかね? その場合、君らも魔力ジェネレーターに変えられると思うのだが?」
「もちろん、その対応も考慮済みですよぉ〜。魔王からの魔力を貰い、選ばれし我らは悪魔へと姿を変える予定です。このようにね」
宇田は何もない手のひらを俺に見せるようにグーパーと開くと、その手に魔王水晶を現せてみせる。手品かな? だが魔王水晶は今までの魔王水晶と違い灰色だ。魔力も魔王水晶よりも感じない。
「この水晶により我らは悪魔に。そして人間たちは魔力ジェネレーターにというのが、この宇田の考えです」
「ふむ……。魔力ジェネレーターは完成したのか」
「いえ、残念ながら完成はしておりません。しかしっ! 近い将来に魔力ジェネレーターは完成すると信じていまーす!」
クククと嘲笑う宇田。ふーんと半眼になる。
「魔力ジェネレーターは完成しているようだな。なるほどメフィストフェレスは頭が良い」
大悪魔と言われるだけはある。唐傘連合の研究に便乗したのか。狡猾なやつ。
「あぁん? 数日なら魔力を放つ者はいますがね。すぐに精神崩壊して魔力ジェネレーターとしては使用できないのですよ」
片眉をあげて、馬鹿な生徒に教えるように見下す嫌な教師のような宇田。そうじゃないんだよなと、人差し指をスッと突きつける。
『氷霧』
ブワッと一人から氷の霧が吹き出す。超低音の霧は床を凍りつき、手術台もカプセルも真っ白に変わり、いきなりの氷の法術に立ちすくむ研究員を凍りつかせていく。
「がぁぁ! いきなり何を!」
氷の霧の中で、宇田だけは水晶を砕き魔力で身体を覆わせて防ぐ。魔力に身体が侵食されて、その肉体が変質していく。
「魔力ジェネレーターは完成している。お前らだ。悪意を持って人々を傷つけて、罪悪感を持たず、選ばれし人間だと勘違いさせ、精神を崩壊させることもない」
俺の目には見えている。今までとは違う魔力を放出させている研究員の姿が。
「そ、そんな馬鹿な! わ、ワタシタチガジッケンダイイィィ」
身体が膨れ上がり、皮が弾け飛び、異形なる姿に変わっていく宇田を冷酷なる視線で見つめる。
「魔界でのディストピア。メフィストフェレスは検証できたようだな。あいつは自分の領地で今回の実験成果を試すだろうさ」
大悪魔と呼ばれるだけあって、狡猾なやつだと嘆息しながら、出雲は人工悪魔を倒すべく構えるのであった。




