80話 激戦らしいぞ
市村の眼前の光景は信じられないものであった。魔王城などというゲームの世界にしかなかったような建物が目の前には存在したからだ。皇居は跡形もない。というか、水堀が広すぎる。これは徳川家でも埋め立てることができなさそうな程に広い。
そして、前面には妖怪が金切り声をあげて、ゾンビたちの群れを操っていた。
「攻撃、突撃、特攻だ〜。皆殺しにせよ。皆殺しにせよバブー!」
妖怪は有名で市村でもその名前を知っていた。小さな赤ん坊のような体躯で、あんぎゃーあんぎゃーと赤ん坊のように泣いているが、その顔は老人である。恐らくは有名すぎる有名な妖怪、子泣き爺に違いない。語尾のバブーがイラッとくる。
某アニメでは有名な妖怪だが、実際に見ると不気味の一言でしか表すことができない。赤ん坊プレイを楽しむ爺さんだ。あんぎゃーあんぎゃーと泣いているが、その服装は赤ん坊のふわふわのピンクのパジャマだった。せめて某アニメのような服でいてくれと市村は苦々しい顔になってしまう。
それでもゾンビを操る力は持っているようで、水堀の前に集まっている幽鬼のように立つゾンビの集団に指示を出している。
「うぁ〜」
「あぁ〜」
うめき声をあげながら、ヨロヨロと身体を揺らしながらゾンビたちはこちらへと向かってくる。腐りかけのゾンビたちは腐臭を放ち、その頭には髪の毛はなく、肉体はどろりと溶けて筋肉繊維が覗いていて不気味で恐怖を齎す。小走りゾンビやグールたちが前傾姿勢をとってゾンビたちの合間を縫って駆けてくるのが目に入る。
8車線の道路を埋め尽くし、ぞろぞろとひしめき合って歩いてくるその様子は見ただけでも圧力を感じるだろう。
しかし問題はない。もはや既に対抗策を持ってきているのだから。
「けっ。もうこちとら初見じゃねぇんだよ!」
片手を持ち上げて、市村は合図を出す。後ろには30台の戦車。支援するための歩兵500人、装甲車が配置されていた。この戦闘のために用意した部隊だ。
「攻撃を開始しろっ!」
「イエッサー。砲撃開始!」
対する市村たちは30台の戦車を並べて迎え撃つ。ガソリンスタンドからガソリンを。放棄された戦車などから砲弾を集め万全を期して攻めることにしたのである。
30台の戦車から放たれる砲弾は、轟音と共に飛来して、空気を切り裂き落ちていく。道路を埋め尽くしていたゾンビたちの群れを、砲弾の連射が吹き飛ばす。肉片が飛び散り、放置車両が粉々になり、アスファルトに大きな穴が空いていく。
小走りゾンビもグールも同様だ。正面から激突すれば近代兵器はゾンビたち如きに負けはしないのだ。
「イツマデ、攻撃をしろバブー!」
空を飛ぶ不気味なる鳥の悪魔にも子泣き爺は指示を出す。上空を飛んでいた悪魔の鳥は羽を広げて降下してくる。
その悪魔の鳥は顔が爺さんのようで嘴がのこぎりのようにギザギザとなっている。身体は蛇のように細長く、開いた翼は目が痛くなるほどのケバケバしい色彩だ。全長にしたら5メートルはある怪鳥である。
「イツマデ、イツマデ」
不気味にも人間の言葉を鳴き声として、50羽近い怪鳥が迫ってくる。
「ゴホッゴホッ」
「頭が………」
「体調が悪い……」
「なにっ?」
市村も急速に体調が悪くなる。激しい頭痛に腹痛、身体がだるくなり、高熱で身体が燃えるように熱くなってしまい立つのも苦しくなってしまう。
「こ、これは?」
「イツマデは疫病の妖怪です。疫病で死んだ遺体をいつまで放置しておくのだと鳴き声をあげる妖怪ですが、どうやら鳴き声による病の付与を持っているようです」
真っ白な神衣を着込むシュウが叫び、マナを手に集めて祝詞をあげる。
『清き風によりて、マガツよ去れ。その暗き想いは清き願いにより消えよ』
朗々と唱える祝詞により、神聖なる力が波動となって広がり、イツマデの鳴き声で苦しむ兵士たちの体調不良は消え去った。
『イツマデイツマデ』
しかし、その効果は一瞬で消えてしまう。イツマデの不気味なる鳴き声がすぐに人々の合間に広がって再び病により動けなくしていく。
「あなた、あの妖怪を倒さない限り病魔を祓っても無駄だわ!」
「くっ!」
神聖力がある人間は平気だが、一般人では抵抗できない。シュウは妻の音羽の焦る声に歯噛みする。さりとてイツマデは上空にいて、スナイパーライフルでもなければ倒すのは難しい。
「いまじゃあ〜! 行けバブーっ」
うひゃひゃと子泣き爺は喜びぴょんぴょんと飛び跳ねると残ったゾンビたちに指示を出す。この状態ではろくに対抗できないとシュウは祓い師たちだけで対抗しようとするが
「そうはさせないでしゅ!」
「あくはゆるしゃないでしゅ」
「とおっ!」
ぴよぴよと雛のような可愛らしい声が響くと後方から何者かがシュウたちを飛び越えて前に立つ。
「幼女天使見参!」
7人の幼女天使が皆の前に立つと、右手を前に左手を腰に当てて、脚を伸ばして、ハイポーズ。
背中に生えた白鳥のような白きちっこい翼を羽ばたかせて、幼女天使たちはきりりと真剣な表情だ。お遊戯会が始まるよと真剣な表情になるぷにぷにほっぺの可愛らしい幼女天使たちだ。
皆でポーズをとると、顔を見合わせて、いっせーのせっと息を合わせてお口を開く。
『聖歌合唱』
7人の幼女天使から莫大な神聖力を纏う純白の粒子が可愛らしい声と共に振動しながら広がっていく。
『あたちたち〜、あまいのしゅき〜』
『ケーキ、あいしゅ〜』
『プリンにくっきー』
『だいしゅき〜』
『ららら〜』
『おいちいの〜』
『とろけちゃうの〜』
腰に手を当てて、身体をゆらゆら、おしりをフリフリと振って、くるりと回転してぴょんとジャンプ。コテンと一人が転んで、もう一人が間違えてでんぐり返しをしちゃう。残りは頬に両手を当ててニコリとスマイル。
天使の基本技にして、悪魔への特効ダメージを与える神聖技『聖歌』だ。『聖菓』かもしれないが、皆はその踊りと歌に癒やされて回復していった。幼女天使の神聖力は人間とは比べ物にならない威力なのだ。
なにしろ幼女天使たちは頑張っている。懸命に汗をかきかき踊っている。きっと終わったらお菓子を貰えるはじゅと信じている。その懸命なる姿は間違いなく神聖なものだと全世界の紳士たちは拍手喝采するはずだ。
『イツマデイツマデ』
『もう少しでお菓子もらえりゅの〜』
イツマデの鳴き声と幼女天使たちの力がぶつかり合う。バチバチと紫電が走り、空間を焼いていく。振動が広がり、魔力と神聖力が押し合う。
だが天使たちの方が力は上であった。イツマデの鳴き声は打ち消さられて、本体へと幼女天使たちの聖歌はおよび、その身体に猛毒のように神聖力を侵食させていった。
ヘロヘロとイツマデたちは身体を揺らしながら墜落していく。一体、また一体と異形の鳥たちは地面に落ちると、灰となって消えていく。
「今だっ! 全軍攻撃を開始しろっ!」
「一斉射撃だ!」
市村の掛け声と共に体調を回復した兵士たちが上空のイツマデを一斉射撃で狙い撃つ。いかに高速で飛行する悪魔でもアサルトライフルで放つ嵐のような銃弾の前には回避しきれるものではなかった。無数の銃弾が命中すると、断末魔をあげて墜落していった。
前方のゾンビ軍団にも、体調が治った戦車隊の面々が攻撃をして、その戦車砲で吹き飛ばし駆逐していったのである。
「お、の、れー! バブーっ!」
司令官の子泣き爺は、その顔を憤怒に変えて、懐から魔王水晶を取り出すとパリンと砕く。その身体が漆黒に覆われると、牙へと歯を変えて凶暴そうに牙を剥く。
ドドドとアスファルトを踏み込みだけで砕きながら高速で接近してくる子泣き爺。目標はお遊戯会を披露している幼女天使たちだ。
小柄な体躯の悪魔はその一歩が数メートルを詰めていき、みるみるうちに距離を詰めていく。
「そうはさせねぇよ! この倉田トニーがな! 最近恋人ができた幸せいっぱいの倉田トニーが相手だ! 美少女の恋人ができた倉田トニーが相手だ!」
うへへと顔を緩ませてトニーは人生で最高の時期を味わいながら調子に乗って前に出る。手を胸の前で構えると子泣き爺にニヤリと余裕の顔を見せる。
「っ! その気配。貴様魔王バブー!」
子泣き爺は目の前の存在が人間のものではないと瞬時に悟り、怒気を纏わせて叫ぶ。怒りの声はビリビリと響き、砂埃を散らしていく。
「だからどうした? 恋人ができた倉田トニーの相手じゃないぜ!」
ふんっ、と拳を突き出すトニー。打ち出された拳を躱すべく、子泣き爺は足に力を込めて爆発するようにジャンプした。そして、空中でくるりと回転するとミサイルのようにトニーへと落下する。
「そんな小柄な体躯など、恋人ができた倉田トニーの前には軽いもの!」
『泣落下』
ワハハと高笑いをして、恋人ができた倉田トニーは子泣き爺を受け止めようと両手を広げて待ち構える。
「こんなものぉ、フギャ」
そしてそのまま子泣き爺の爺さんキックを受けてアスファルト舗装の中に沈み込み埋まってしまった。
「儂の体重は10トンになる! この若僧がっ! 負けるわけなかろうバブー」
ピンクのパジャマを着込んだ爺さんは沈み込み動けなくなったトニーを鼻で嘲笑うと、まだまだ踊っている幼女天使たちへと向かおうと再び走り出す。
だが、獅子の縫いぐるみを着込んだ可愛らしい幼女が人々の間から飛び出してくる。
「そうはさせないのです。がおー」
「ぬっ? 貴様も魔王かっ? いや、何だ貴様?」
「あたちはウルゴスたんの巫女、城内白。そして魔王との合体モード獅子さんガオーモード!」
ガオーと獅子さん幼女は子泣き爺とぶつかり合い、空中で組み合う。
「負けぬバブー」
「偽の赤ん坊には負けないのです!」
組み合った2人はそれぞれ必殺技を使う。
『泣落下』
『岩山墜落』
2人はもつれあい地上へと落ちていき、地面に激突する。もうもうと砂煙が舞い散り……。
「ば、馬鹿な……儂の重量は10トン……」
身体がバラバラとなった子泣き爺が呻くが、ハクが幼女型の穴から這いだすとフフンと笑い、平坦なる胸をそらす。
「あたちは1万トンです。それに……偽の幼女ではあたちには敵わないのです!」
ビシリと指を突きつけて、幼女魔王はムフンと得意げに微笑む。そうしてサラサラと灰となっていく子泣き爺から魔道具たる石地蔵を取り出す。
城外での戦闘は終わり、城内へと侵入を開始するのであった。
「まって……僕の活躍は……」
地面からなにかが聞こえたが幻聴だろう。




