73話 ゲームオタクは強いな
「この角砂糖でどうだろうか?」
至極真面目な表情で天華は取って置きの角砂糖の入った袋を取り出した。避難民のために甘味はどうかと持ってきたのだ。避難民のために持ってきたのに、ロボットをレンタルするのに躊躇いなく使うのが天華ゲームオタクっぷりを感じさせる。
「かしましゅ! おねえたんの熱意に負けまちた!」
バッと角砂糖の袋を奪い取り、侍少女の熱意に心を打たれた幼女天使は慈愛の笑みで、とてちたとコックピットを降りていった。暑いので溶けちゃう溶けちゃうとジープに乗り込む。お昼寝していた幼女天使がパチクリと目を覚まし、泥んこだらけとなった仲間たちは、おててに持った角砂糖に、子馬がヒヒンと集まるように群がるのであった。
「あみゃいでしゅ」
「口の中でシャリシャリさいこー」
「口の中で、溶けちゃうよ」
角砂糖の甘さを堪能して、幼女たちはキャッキャッとお菓子の時間を楽しむ。それを気にせずに、天華はざっと説明書を読む。
「オートパイロット機能搭載……ゲームのようにコントローラーで操作可能。ボタンを押せば登録されている動作をとるというわけですね。わかりました」
コックピットは少しだけ小さかったが、幼女用ではなかったために、天華はなんとか座れた。ハーネスを体に取り付けると、座席脇にあるレバーを引く。
ウィーンとハッチが閉まっていき、自分の目の前にキーボード端末とレバー、そしてマニュピレーターが後部からせり出して配置された。さらに目の前の壁がモニターへと変わり外の様子を映し出す。まるで宙に浮いているかのようであった。アニメでしか見たことのない300度モニターだ。
「素晴らしい………こんな日が来るとは思ってもいませんでした」
うぅ、と一筋の涙を流す侍少女。ゲームオタクの天華はいつかこんなロボットに乗りたかった。遥か昔、ゲームセンター最盛期には体感型ゲーム機もあったらしいが、天華が産まれた頃には衰退し、ゲームに興味を持った頃には軒並みゲームセンターは廃業しており、姿を見なくなったのだ。ゲームセンターで遊ぶラブコメなどを見て、どこにあんなアミューズメントパークがあるのだと憤ったものだ。
しかし、今、体感型ゲーム機など話にならないものに乗っている。本物のロボットだ。感動で涙を流すのも仕方ない。ゲームオタクの夢がここに叶ったのである。
神域ではSAがあった。乗せてほしいと頼み込んだら、レンダたちは身体と直接リンクして動かしているので無理と言われて悔しかったのだ。私にもアラヤダシステムを取り付けてくれと改造手術をお願いしたが、いや、人間には無理だからとけんもほろろに断られた苦い思い出を持つ天華である。
しかし幼女天仕様にはハナヤシキシステムは無い。幼女を改造するのは見た目にアウトなのだろう。すなわち自分でも操作できると天華は素早く乗り込んだのであった。
天華は気を取り直し、戦いに加わるべく説明書を読んで舌打ちする。
「レバーなどを操作すれば、緻密な操作ができると。しかし幼女用に簡素化されており、決められた数パターンを取れるのがコントローラーモードと」
マニュピレーターなどを装備して、いくつものコマンドを打ち込み、レバーや何種類もあるフッドペダルを駆使すれば、脳波コントロールシステムには劣るが、繊細な操作ができるらしい。なるほど、説明書が分厚くなるはずである。
「仕方ありません。必ず操作を覚えることにして、時間が足りないので、コントローラーで操作します」
絶対に後で完璧に覚えるぞと、天華はこの機体をパクる気満々で呟くとコントローラーを手にする。胸がどくんどくんとうるさく奏で始めて、手が感動で震える。
「蓮華天華、ウォーリアエンジェル、出ます!」
コントローラーのR2ボタンを押して、人生で一度は言ってみたいセリフを口にすると、ノリノリでウォーリアを発進させる。その顔は今までに親すら見たことのないほどの輝いた表情であったのだが、コックピットには天華以外誰もいなかったので、見られることはないのであった。
モニターにはうぞうぞと集まってきているゾンビたちが目に入る。身体のあちこちを食いちぎられており、厄災から一ヶ月、腐り始めているが、僅かに再生能力があるために、完全に肉が腐り落ちて骨だけにはならない魔物だ。小走りゾンビはもちろんのこと、グールたちも混ざっており、数百はいる。そして、その後ろに巨大な人骨がのそりのそりと歩いてきていた。
先んじて攻撃をしているウォーリア2体が身体を僅かに浮かせて、鈍重そうな見かけと違い軽やかに鎌を振ってゾンビたちを切り裂いている。白き神聖なるオーラを刃に纏わせて、まるで紙切れでも切り裂くように倒していく。
「戦天使、たしかにその力は素晴らしいようですね」
グールの速さをも上回っており、間合いを詰めようとするグールたちを脚部のスラスターを吹かせて後ろへと素早く下がる。そうしてビームガトリングで撃ち倒す。タラララと白いビームの嵐は美しく、そして残酷なる攻撃力を遺憾なく発揮していた。
「音恩さん、ここは私たちが相手をします。ジープに乗って後ろへと下がっていてください」
「了解だよ! ほら、おにーさん、車に入るよ」
「うぅ、悪魔にすべての気力を奪われた……」
ヨロヨロと力なくトニーが音恩に連れられてジープへと入っていく。その様子を見て、天華は頷くとコントローラーを構える。
「これで心置きなく戦えるというものです」
少しだけ不安なことがあった天華。ゾンビたちの数を見て、このままだと私の分がなくなるのではと。音恩は広範囲攻撃を使えるし、トニーは魔王レベルを倒せる凄腕。せっかくロボットに乗ったのに、活躍する前に終わりそうだと危機感を持っていたのである。どこまでもゲーム脳な侍少女であった。
すぐにコントローラーのレバーを倒す。コントローラーは見たところ、プレイの駅5タイプだ。自分の持っている機種と同じタイプで使いやすく手慣れた様子で操作する。
ウォーリアは脚部のスラスターを吹かせると、ふわりと機体が浮き加速して突進し始めた。
「な、速い!」
発進と同時に身体が加速で押し付けられる。椅子は綿がたっぷりと詰められた衝撃緩和されている仕様で痛みは感じなかったが、天華は驚きで目を見開く。
ウォーリアは道路を走り、放置車両にぶつかりそうになるが、驚くことに放置車両の上を浮いて超えると、そのままビルに突進してめり込んだ。ガスンと音を立ててコンクリートにめり込み、動きを止めてしまい、天華はレバーを離してしまう。
「これが現実のロボット……」
めり込んだ衝撃で身体が揺れて、天華は驚いていた。走っている最中にモニター端には走行時速120キロと表示されていた。なるほど、一瞬で120キロまで加速されれば、性能を知らなかった天華では対応できるわけがなかった。
「ふふふ……あーはっはっ! これが現実! これこそがロボット! 素晴らしいです!」
天華はショックを受けるどころか、喜びで心を満たし、高笑いをあげた。ゲーム人類の夢がここにある。これこそ求めていたものだと、嬉しさを隠すことなく笑い、コントローラーを操作する。オートパイロットシステムが搭載されているウォーリアはレバーを引くと自動的に腕を壁につけて、めり込んだ身体を持ち上げて体勢を立て直した。
「私ならできるはずです。これまでの私の経験なら扱えるはず!」
スッと目を細めて剣呑な笑みを浮かべると、天華は今までの経験を思い出す。アーマードや無双系、エースとなれるコンバットゲームにスーパーロボットの大戦。最後のゲームはシミュレーションゲームなので意味がなさそうだが、ゲームの経験を自信に変えて操作する。
これがポーンならば、歩行時や戦闘時の衝撃などで扱えない可能性があったが、優しい幼女仕様機動兵器はホバー走行であり、オートパイロット機能も搭載されていることから初見の天華でも充分に扱えた。
背部スラスターが純白の粒子を噴き出し、ウォーリアは再びゾンビたちの群れに突進していく。既にゾンビたちは駆逐され始めており、残りは100体を切っている。巨大なスケルトンはこちらの消耗を狙っているのか、後ろに下がり様子を見ている。
「私にも倒させてください!」
本音を口にして、天華の操作するウォーリアがゾンビたちの群れへと突撃した。ゾンビたちを切り裂くべくポチポチとボタンを押下する。ウォーリアはシックルを横薙ぎに振るい、左からの袈裟斬り、くるりと手を返して唐竹割り、最後に身体を回転させての全体攻撃を繰り出す。5メートルの巨大な機動兵器が繰り出す死の鎌は数十のゾンビたちを切り裂き灰へと変えていった。
凄まじい威力だと、天華は感嘆する。天華ではゾンビといえども数回攻撃しなければ倒せないのに、たった一撃で倒せる。
「この機体。全てが神器なのですね。そして出力がおかしい」
自分の体から僅かにマナが引き出されたことを感じて天華はこの機体全体が神器だと気づいた。しかも今までの神具とは桁が違う威力だ。身体から引き出されたマナは僅かなのに、ゾンビを倒せる威力を繰り出すことができる。たしかに天使専用機だ。素晴らしい機体だ。
「弱攻撃は4連撃。強攻撃とジャンプ攻撃を混ぜるとどのようなコンボになるのか確認しないといけませんね」
もはやゲーム気分で天華はゾンビを倒していく。ジャンプ斬りから、強攻撃による間合いを伸ばした一撃。レバーをトントンと倒すとステップすることも確認していくゲーム脳な侍少女であった。
3体のウォーリアに対して、300体程度のゾンビでは話にならなかった。それから少しして、骨以外は駆逐して、周りに灰を撒き散らし、ウォーリアたちは停止する。
「最後まで動かないとは舐められたものですね」
ゲームではないのだから、ゾンビたちと共に攻めてくれば良かったのに、巨大なスケルトンは動くことをしなかった。そのことに天華は侮蔑の表情となるが
「虚ろい移ろいし魂が我の贄となる。ご苦労だったな」
スケルトンがパカリと口を開けると、不思議なことに空中から蛍のような光が無数に生み出されて、その口に吸い込まれていく。
蛍のような光全てが吸い込まれて、スケルトンはカタカタと骨の顎を鳴らす。
「贄は充分。吾輩の『魂集合体』により、そなたらは死ぬことになる」
そうして、巨大なスケルトンの骨の身体から肉がボコボコと生み出されて身体を覆っていく。筋肉繊維が糸のように骨に巻きつき、その上を表皮が包んでいく。
「これは?」
「死せし者たちを肉片と変える我が術よ! ご苦労であった愚か者たちよ、このガシャドクロの新たなる骨としてくれようぞ!」
巨人となった魔物ガシャドクロは哄笑すると、天華たちへと襲いかかってくるのであった。




