71話 トニーはハーレムの夢を見ることができるのかの
倉田トニー。暴食の魔王という哀しき運命を背負う強くて影のある青年だ。角度によってはニ枚目に見えるだろうと、最近は鏡を気にしている青年だ。絶賛彼女募集中の哀しき男だ。自業自得という噂もある。
「はんはんはーん。僕の良さを知ってもらえれば入れ喰いだよな、ふへへ」
哀しき運命を背負う青年はお気楽そうに鼻歌交じりにハンドルを握りしめ、軍用ジープを運転しながら、人気のなくなった道路を走り続ける。車外には生者は存在しない。
廃墟ではない。厄災が発生してから一ヶ月余り。既に外を出歩く者はいないが、家屋は綺麗なものだった。ちょっとドアが破壊されて、赤黒い染みや、元がなにかを考えてはいけない腐った肉塊や骨が捨てられており、放置車両の木っ端微塵に割れたフロントガラス、散歩をしている仲の良いゾンビたちを見なかったことにすればだが。
ガタゴトとジープに揺られながら、ハンドルをトントンと指で叩き、トニーはポツリと呟く。
「まだまだ家屋や店舗には食べ物とかありそうだよなぁ」
イーストワンから離れればこんなもんだ。自衛隊員たちはここらへんまで探索には来ない。なので、家屋や店舗は手付かずだった。そう思っていたのだが、
「たしかにそう見えるでしょう。ですが、よく見てみなさい」
凛々しい少女の声音が助手席から聞こえてくるので、うん?と店舗をよく見ると、窓ガラスは割れてはいないが、店舗内のインスタント食品の棚が空であるのに気づく。
「なんだ、空じゃん。んん? もう回収したのか」
「そのとおりです。2万人が流通の無い拠点に住むということは、それだけ大変なのですよ」
丁寧な物言いだが、そこには冷ややかな感情が含まれていると、トニーは気づき半眼となる。
「そうなんですか。なるほどねぇ……で、なんであんたついて来ているの?」
助手席には背筋を伸ばし、美少女が凛とした雰囲気を醸し出し座っていた。剣道着を着た美少女の名前は蓮華天華。真面目でクールな美少女という感じだ。
「通信が死に、アプリゲームができなくなったので、据置型ゲームを使いたいと冬衣さんにお願いしに行こうとしたら、貴方がクーラーボックスを山ほど抱えてジープに乗り込もうとしたのでついてきました」
見かけと違いゲームオタクな侍少女は隠すことなく正直に言う。少し隠した方が良いと思うのだが。
「あんた、この危機的状況でよくゲームなんかできるよな? 僕でもゲームはやらないぞ? ……ちなみになんの据置型? 5? あぁ、いや、なんでそれでついてきてんだよ?」
元ニートはゲーム機に興味を持ったが、誘惑を振り切り尋ねる。
「それはね〜、トニーさんが、食い物で洗脳、食い物でハーレムとか言ってたからだよ。不穏だよね? ここは正義の味方としては見逃せないよね?」
クーラーボックスか山と積まれた後部座席から、ぴょこんと身を乗り出して、面白そうな声音で話に加わるのは神凪音恩だ。セミロングの銀髪でルビーのように赤い綺麗な瞳、人懐っこい笑顔を浮かべる可愛らしい顔立ちの小柄な体躯の少女だ。神域にはハクが不法侵入させた。友だちになったのですよと。後で散々出雲に怒られていた。
「あ〜、あれは悪いことを考えていたんじゃないんです」
気まずそうに頬をポリポリとかく。あの呟きを聞かれていたのかと少し恥ずかしい元ニートにして魔王トニー。
「わかっています。どうせ困窮した女性を探し出して、食べ物を配るつもりなんでしょう? 1食1回とか足元を見て」
「わかってない。わかってないですよ。僕はただ困窮している女性に食べ物を分けて、お風呂に入れてあげて、ふわふわとしたベッドで寝かすだけです。指一本触れる気はありません!」
きっぱりと言い切る。副音声で、それだけしたら盲目的に愛してくれるよねと、自分に都合の良いことを考えているアニメ脳な魔王である。現実はそう上手くはいかないと思うのだが。
「あぁ、そうだったんですね。それは申し訳ありません。貴方も使徒として相応しい対応をなさると言うことだったんですね。では私たちが手伝っても構いませんね?」
ニコリと侍少女は涼やかな凛々しい微笑みを見せる。その美しい微笑みに、トニーはチッと舌打ちする。だって、全然目が笑っていない。ちょっと心に刺さる視線だ。
先日、天華と神域で出会ったことを思い出す。天華が神域にいたので、仲間だと思ったのだ。ボスとは必要最低限のことしか思念でやり取りをしていなかったので、天華は新たなる眷属だと考えた。
さっそく仲良くなろうと、アメリカンジョークを口にした。
「ヘイ、女王様。俺は倉田トニー。どうだい仲良くなる簡単な方法をしないかい? 僕のベッドはウェルカムさ」
親指をクイッとたてて、トニーアイを光らせて、自信満々の必殺トニースマイルを魅せた。ボスの眷属ならどうせアホな悪魔だろと、油断していたのが悪かった。ノリよくアホな返しをしてくるだろうと思ったのだ。そうでなければ、さすがのトニーも美少女へそんなセリフを口にはしない。
「はぁ?」
たった一言。たった一言で天華は返答した。冷酷な蔑みの視線で返された。心に刺さる蔑みの表情だった。トニーの第一印象は最悪となり、現実の女王様は怖いなと、二次元の女王様が好きだったトニーの性癖は変わったのである。ドSは嫌だねと、可愛らしい従順な娘を求めるようになった。きっとコロコロとトニーの性癖は変わるだろうが。
それ以来、トニーは天華が苦手である。なので、ついて来られても困るのだ。自業自得とも言えるが。
「僕一人の方が安全なんですけどね。見てくださいよ、周りを」
ジープは人気のなくなった道路を走っている。放置車両を上手く躱して、スイスイと。意外とトニーの運転は上手かった。もちろん若くしてニートとなったトニーは運転免許を持っていないが、秘密である。しかし、走っている最中にどうしても障害物が当たるのだ。
「ウァァ」
ドスンと音がして僅かに車体が揺れて、障害物が吹き飛ぶ。アクセルを緩めることなくトニーはジープを走らせて、転がっていったものを見る。天華たちもそちらへと視線を向けて、倒れたものを見る。
「ヴァァ」
倒れたものはゾンビであった。ジープに跳ね飛ばされたにもかかわらず、立ち上がりヨロヨロとジープの通り過ぎた跡を追いかけてきていた。再び前方にゾンビが現れたので轢いてしまう。
「たしかにまだまだゾンビはいます。グールもいるでしょう。ですが、貴方一人で大丈夫なのですか? 生存者を守りつつ、イーストワンまで連れてこれるのでしょうか」
出会った後に、天華はトニーが使徒と聞いて驚いた。しかも魔王レベルの悪魔をたった一人で退治していたと聞いて、ますます驚き、ふざけたセリフを言ってきたもやしのような体格の男が、見た目どおりではないと興味を持ったのだ。その力を是非見たいと。それに孤独に一人で一ヶ月もの間、戦い続けた男の勇敢さに感心した。
なので手伝いに来たのだ。残念ながらトニーは第一印象で苦手な女性と思ってしまったので、その心の機微にはまったく気づかないどころか、全てマイナスのフィルターをかけてしまったが。
残念な男、倉田トニーであった。
だが、天華の言うことも一理ある。ゾンビやグールなどは相手ではないが、自分一人だとたしかに色いろ面倒くさいことがある。目的の拠点でまた入れないといったパターンが考えられる。なので、食べ物を山と持ってきたのだ。
しかし、それもさっきまでの話だ。今は違う。先程、ボスから魔道具の褒美としてスキルを付与したぞとの連絡があったのである。
キキッとブレーキを踏み、ジープを停めて、トニーは含み笑いを見せると、外へと出る。
「へへっ。僕も使徒としてのスキルがあるんですよ。その名も天使召喚術!」
本当は眷属召喚術3(天使・餓鬼)だが、そこは隠しておく。なぜ眷属?と疑問に思われたくないからだ。
「そろそろ周りにゾンビも増えてきたことだし、いっちょ見せてやるよ!」
鼻を膨らませて、うへへと口元をだらしなく緩ませる。天使、天使である。
「天使……ですか?」
「羽の生えた?」
天華と音恩も同じく車から降りて、トニーを見つめる。バタンとドアが閉まり、ジープのアイドリング音が微かに響く。
「そうです。偉大なるウルゴス神より賜った召喚スキル! 待っていたんですよ、このスキル」
この召喚がうまく行ったら帰ろうかなと、魔王は酷いことを考えていたりする。ハーレムは召喚術からと、小説的展開を求めていた。ご主人様、好き好き〜との展開だ。ようはベタベタいちゃいちゃしているボスと同じ環境になりたいとふんふんと興奮していた。召喚獣が主人を好きなのはデフォルトだと固く信じている元ニートだ。
好き好きハーレム展開という、頭の悪いことを考えつつ、ゾンビが集まる前にさっさと使用する。
「では、召喚します! 現れいでよ、マナの力を受け入れて顕現せよ、天使!」
目隠しして胸をそらす全裸美少女天使を求めるトニー。その場合、天華と音恩の好感度は最低になるだろうが、二人は趣味でないので、どうでも良いとトニーは男らしく手を翳す。
自分の眷属なので、表は天使、裏は餓鬼だ。醜悪なる姿の餓鬼にする気はないので、天使一択だ。
ふんぬーと、驚くべき集中力を見せて、手を翳し体内のマナを活性化させる。白きオーラが身体全体にいきわたり、周囲にチラチラと粉雪のように散っていく。
「さすがは使徒ということですか。驚くべき神聖力です」
「本当だよ。見て見て天華さん。マナの余波だけでゾンビが灰になっていくよ。粉雪に灰が混じって幻想的だよ」
トニーが発動した法術の余波。散っていく純白の粒子に触れるだけで、こちらに気づいて走ってきていた小走りゾンビが灰に変わっていった。
魔王と人間たちでは、出力が全く違う。同じ法術を使用しても、魔王はその威力が10倍、下手したら数十倍だ。あまりの神々しさ、そして余波による巻き起こされた風から顔を庇いつつ、二人はトニーを見つめる。
手の先から光の軌跡が放たれて、地面に魔法陣を描いていく。複雑にして精緻なる魔法陣を見て、さすがは使徒だと、天華と音恩はゴクリと息を呑む。
「うぉ〜。僕の天使は4以前だから。5は認めねぇから!」
「………」
ついつい本音を口にするトニーに、どういう意味を持つか、ゲームオタクの天華は理解して、トニーへの好感度をギュインと下げた。ストップ安となった模様。幸運なことに、音恩は意味がわからないので、不思議そうにコテンと首を傾げていた。
「喚びだすは9体。天使たちよ、我の剣となり、盾となるべく顕現せよ!」
光に包まれて、姿だけは神々しいトニー。その一言が起動キーとなり、魔法陣は閃光の如く光り輝くと、法術を発動させた。
そしてトニーは無垢なる天使たちを召喚したのであった。




