68話 ウルゴス神聖国なのじゃ
全て更地としたウルゴスの奇跡。皆はありがたや〜と土下座してウルゴスへと祈るかといえば、そうはならなかった。当然である。何もない。なくなってしまったのだから。ぽつんと潰れた商品や自分たちの荷物が転がり、幼女があたちも踊るのですと、踊り続けるリムの後ろででんぐり返しをして転がっているだけなのだから。
「素晴らしい奇跡です。ですが、この先はどうしますか?」
1週間前に話し合いに来た神凪シュウが辺りを見渡しながら声をかけてくる。他の面々も俺を見てくるので、にこやかな笑顔をニタリと浮かべて真摯に答えてあげる。ちなみに、神域には入られていない。符の式神によるやり取りで話を詰めたのだ。八門幼女の陣は有効な模様。
「ウルゴス様の奇跡は以上です。残りは食料の支援でしたね」
この先、決めたのは食料の支援だけのはずだ。
「待て待て待て。更地にして終わりか?」
緑の戦闘服を着込んでいる市村という自衛隊のお偉い爺さんが、強面の顔を近づけてくるので、地味に怖いんだけどと、妖怪よりも恐怖を覚えながら頷き返す。非現実な妖怪よりも強面の人間の方が怖いのは普通だよね。
「周りには団地がありますよ。2万人程度は住めるでしょう。それに空き家もあるはずです。ここを更地にしても問題はないはず。ここに水を生み出しただけでも良かったのですよ? 最初の条件は水の供給だけのはずです」
1週間話し合って決まったのは、水の供給と祓い師が先導するお祈りだけだ。更地にしたのはサービスです。それだけかよと思うなかれ。シュウたちは祈りを捧げるのをだいぶ渋ったのだ。正義のウルゴス君を信用できないらしい。まったく疑い深い人たちだよね。
「うぬっ………」
ちょびっとビビっている心を押し隠して、市村たちへと水晶柱を見せつけるように手を振る。むぅと爺さんたちは厳しい顔になる。そうだろう、そうだろう。この拠点で一番必要なのが水なのだ。アニメや映画だとサバイバルホラー物では食べ物が一番大事だが、実は綺麗な水が一番大事なのだ。
飲水はサバイバル本を読めば、最低限濾過などをすれば手に入るだろうと思われがちだが、あれは数人の生き残りしかいない場合。1万人を超える拠点の場合そうはいかない。
濾過した水を奪おうとする者はもちろんいるし、病気を防止するために、人々は体を拭いて身体を最低限綺麗にして洗濯も食器洗いも……と必要となる。とてもではないが少量の飲水の確保だけでは足りないのである。
溢れんばかりの無限の水は人々に絶対に必要であり、それだけでウルゴス君は大きな助けとなっているのだ。
だが、市村たちはもちろんのこと、人々もそれ以上のことを期待している。いかに実が詰まっていても、スイカだけでは腹はたまらない。スイカと比べるのは嫌だけどね。あれは皮も漬物にできるらしいけど、本当なのだろうか。
斜め上の考えをするおっさんにシュウがため息混じりに片手を小さくあげる。
「もちろん条件どおりです。住居も問題ないでしょう。集まってきているゾンビたちもなんとか防ぎましょう。ですが、食料が足りません。何を条件にすれば、支援をして頂けるのでしょうか?」
細目が僅かに開き、俺を睨むように鋭い眼光を向けてくるシュウ。1週間かけたもう一つの理由に気づいているのだ。まぁ、スエルタや天華が情報を流しまくっていたから無理もないけどね。
まぁ、叶うかどうかわからないが、駄目元でこちらの希望を口にすることにした。
「ウルゴス神が支配しているこの区域をウルゴス神聖王国として認めることです。この地に住む者は皆ウルゴス国民となります」
両手をブイの形に掲げて、皆へと伝わるようにオーバーリアクションで叫ぶ。他者から見ると、私こそが世界の支配者だと高笑いする人の良いおっさんの如し。皆は人の良さそうなおっさんが国王でも良いだろうと受け入れてくれるかなと、チラチラと横目で俺は確認する。
「どう思う?」
「怪しいよな……」
「だけど食べ物は?」
あんまり好意的な声があがっていない。ヒソヒソと話し、俺を怪しむ表情の人ばかりだ。シュウたちも渋い顔で俺を見てくる。
「妾が副国王じゃな」
「あたちが巫女です?」
色っぽい踊り子と、アホそうな幼女が加わるが、皆の表情はスエルタ以外変わらない。スエルタはハクが巫女なので、賛成らしい。それで良いのかとも思うけどね。
「この日本で封建国家を作る気か?」
「まぁ、たしかに王制は危険に思えるでしょう。ですが、私の望みはウルゴス神の名前が広がるのみ。求めるのは神域への不可侵と毎日の祈りのみ。そして日本の法律を押し付けないということです。貴方たちは日本国民として行動してもらって構いません。人を縛る法律は絶対に必要ですからね。あぁ、私が日本の法律などに縛られないといっても、大神官なのです。悪意のある行動はしないとウルゴス神の名に誓いましょう。日本の法律に照らして無駄な暴力や殺人は行いません」
まったく価値のない名前に誓い、厳かに俺はお辞儀をしてみせる。俺の態度を見て、市村たちはそんなことなのかと拍子抜けの顔になり、シュウたち祓い師たちはますます厳しい表情へと変える。祓い師たちはウルゴスへの信仰心がどのように働くか想像できないが、危険なことだと認識しているのだ。
たしかにそのとおり。俺はこれからマナを維持費に使う施設をバンバン作る予定だ。国力アップのためにね。
祓い師たちは反対みたいだが、他の人々にとっては、俺の言葉は福音であった。酷いことをされそうにないからだ。口約束だけど、危険な部分は敢えてスルーしたのだろう。お腹の虫がグーグー鳴いてるしね。
「あの……口を挟んですいません……。私は国民になります。食べ物を頂けるなら……」
小さい子供を抱える母親が手を挙げてくる。他の人々も同様に国民になると声を上げ始める。未来よりも今の飢餓をなんとかしたい人々だ。
「しかし……くっ……」
「あなた……仕方ないわ」
シュウは反対したさそうな態度をとるが、皆の困窮ぶりを知っているので、悔しさで唇を噛み、強く手を握りしめる。シュウの肩にそっと手を置き、音羽が優しい顔で慰めるように肩を擦る。
「わかった! それじゃ、お試し期間といかねぇか? お前は食料を支援する。儂らは祈りを捧げる。日本が再興すれば、どちらにしてもウルゴス神聖王国は消えちまうだろうし、日本が復興できなけりゃ、ウルゴス神聖王国のまんまだ」
「なるほど……貴方たちに都合の良い話ですが良いでしょう」
所詮、王国を建国するなんて、現代では夢物語だ。妥協点としてはちょうどよい。市村の爺さんはなかなか頭良いね。
「反対のもんは、この拠点から去れば良い。悪いがそういうことだ。良いな、シュウ?」
「そうですね。その条件ならば、ぎりぎり受け入れても良いと思います」
渋々ながらシュウは頷き同意して、一般人は抗議を口にしない。ここで抗議すると食べ物にありつけないとなれば、抗議などできる訳がなかった。
「では、今からここはウルゴス神聖王国となります。ハク、食料を召喚しなさい」
「了解です? かむひあー、サンダルフォンスリー!」
俺の指示を受けて、ふんすふんすと得意顔で幼女は空高くちっこい腕を翳して、スカスカと指を動かす。たぶん鳴らそうとして鳴らせなかったのだろう。可愛らしい幼女だからこそ許される行動だ。そして、かなりネタが古い。
床から巨大な門がせり出してくる。門は霧を吹き出して、門の先を見通せないようにする。そうして、機械の駆動音がすると、人型機動兵器が門から現れる。
「おぉ、ロボットだ!」
「かっこいい!」
「もしや宇宙人?」
キラリと金属の光沢を輝かせて、機動兵器ポーンは姿を完全に現す。その背中には金属のランドセルを背負っている。
「皆さん、食料をお持ちしました」
片膝をつくと、ランドセル型ボックスを開く。おぉと人々は食料と聞いて、目を輝かせて、ゴクリと息を呑む。だが、その期待の瞳は怪訝な様子に変えられる。
バサバサとランドセル型ボックスから零れ落ちてきたのは……米だった。
ただし稲穂のままである。
「……冬衣さん、これは?」
「米です」
目を逸らしたかったが、逸らさずにきっぱりと言う。黄金の稲穂はたっぷりと実をつけていて美味しそうだ。まだ実なので、よくわからんけど。
「米ってか、稲穂じゃねぇか! 稲穂のままなのかよ、おい!」
「そのとおり。米粒のまま渡すと、人々は堕落するとウルゴス神はおっしゃいました。たんなる餌を待つ雛となると」
シュウと市村のジト目に、多少早口になって答える。だって、乾かして収穫までで限界だったんだよ。脱穀機で5万人分の稲穂を脱穀するなんて面倒くさくってやってられなかったんだ。なので、稲穂のまま持ってきたのだ。正直すまん。
もっともらしく俺は優しい笑みで告げると、市村たちは頭痛がしたように頭を抱える。まぁ、気持ちはわかる。レストランに入ったら食材が出てきたようなもんだしね。
でも仕方ないのだ。俺たちだけで脱穀は無理だったんだ。皆、自分の食べたい分だけ脱穀してね?
『皆、どういう反応をすれば良いか迷っておるぞ』
『神の試練と言い張ろう。いや、祈りを捧げられば、マナ式脱穀機を奇跡で作ろうぜ』
『最初の奇跡が脱穀機か……だいぶ安っぽい神じゃの』
呆れるようなリムの思念だが、混線したのかよく聞こえない。あーあー、なんだって? ナイス考えだって?そうだろう、そうでしょう。
恐る恐る、ポーンが降ろした稲穂を人々が拾い上げる。これどうすると戸惑っているが、食べられるのは間違いないんだよなぁと困り顔で相手も困惑していた。
「千歯扱きだっけ? 誰か作り方知っているか?」
「棒で叩いて、実を落とすんだよ。昔テレビで見たことある」
「一升瓶に入れて棒でつつくのよ、たしか」
稲穂を手にして、ワイワイと人々は話し始める。どうやって実を落とすか考え始める。
「お前……俺たちの文明度を室町時代にでも戻すつもりか?」
「そんなつもりはありません。最初の祈りは脱穀機を欲しいと皆で祈るのです。さすればウルゴス神は応えてくれるでしょう」
「やけに庶民的な神様だな、おい?」
市村たちのジト目に耐える俺にリムが『本当に言ったよ、こやつ』と呆れた視線を送ってくるが、にこやかな笑みを崩さない。
これも神の試練なのだよ。たぶん、きっとそう。
とりあえずウルゴス神聖王国は建国できたのだった。庶民的な神様として親しまれそうな神様だけどね。




