66話 悲惨な避難民たちじゃの
イーストワンと呼ばれる元ショッピングモールにして、避難所は無くなった。
一週間前の話である。
魔王と幼女の激戦が繰り広げられて、魔王の策略により崩壊したのだった。幼女と激戦を繰り広げる魔王……イメージ的にはウワーンと幼女が叫び、ちっこいおててで繰り出す駄々っ子パンチに負ける魔王のような感じがするが、本当に激戦であったのだ。決して魔王が弱かったわけではない。
死者はほとんどいなかった。だが、被害は甚大であった。何しろ住んでいた場所を失い、持っていた荷物は瓦礫の下、周りの団地に移住はしたが、戦闘時の魔力を感じ、誘蛾灯に集まる蛾のようにゾンビたちが入り始めて、バリケードを作りそれぞれの集団はコミュニティを作ってしまっていた。
自衛隊ももはや弾薬は尽きて、ガソリンもなく置物と化した戦車や装甲車を放置している。人々を主導する力を無くし、酷い者たちは集団のボスとなっていた。
そうして………。
「おい、この水は俺らんだ!」
「配給品だ! これは俺たちのだ!」
瓦礫と化したショッピングモール内で、集団が争っていた。一週間前はテナントがあり、フードコートやシアターもあった人々の憩いの施設は傾いた看板や破けた幟、割れたガラスケースが僅かに店の名残を見せている。
寂寥感と不安感、そしてこの世界が終わったことを嫌でも教える光景の中で数十人が段ボール箱を取り合っている。
「苦労して瓦礫から掘り出したのは俺たちだ!」
「はっ! それがどうした? 俺たちが先に手を付けたんだよ」
風呂に入らずにもう数週間、土と汗で真っ黒に汚れきった服を着て、髪の毛はボサボサで脂で照り返している。頬は痩けて目だけが爛々と不気味に輝いていた。泥が詰まった爪で段ボール箱をしっかりと抱えて、獣のように唸りながら決して離すまいと悲愴な顔だ。
対する者たちも姿格好はほとんど変わらない。殺気立って鉄パイプやら棍棒を手にしている。
もうお互いに満足に食べ物を口にしていない。それどころか、水すら飲んでいない。少し離れた場所では子供たちがひもじそうな表情で目に涙を溜めており、小さい子供を抱きかかえる女性は不安げに子供の頭を安心させるように撫でている。
「おかーしゃん、のどかわいたよぅ」
「ごめんなさい……なんとか手に入れるから」
「おなかすいた………」
お腹をおさえて泣きそうな声の子供や、水を飲んでおらず嗄れた声になっている小さな子供。その声を聞いて、瓦礫から掘り出した配給品を取り返そうと決死の顔となる。
崩壊した世界、しかし映画などと違い、強者が支配し、弱者が虐げられるだけの勢力図とはなっていなかった。なぜならばその勢力図が成立するのは弱者にも食べ物が最低限行き渡る場合だ。もはやほとんど食べ物がない今、人々は引くことはない。
格闘家でも、3人の武器を持った決死の覚悟の人間には負ける。それぞれの集団はたしかに強者がトップに立っている場合が多いが、どこも似たりよったりであった。
戦えばお互いに傷つき共倒れだ。共倒れとなるのを待って虎視眈々と見ている者たちもそこかしこにいる。
このままでいけば、悲惨な結果となる。血で血を洗う戦いとなり、多くの人々が戦いで死んでしまい、飢えと乾きで負けた者たちも倒れていき、この拠点は地獄となるに違いない。生き残った者たちも少数となってしまうだろう。
負の感情が拠点を覆い、屍の山となるかと思われた。これを契機に血みどろの争いが始まる一触即発の光景であったが
「待ちな! そこまでだ! その争い、僕が預かる!」
集団の中に入り込み、手を翳して阻む若い男が現れる。野球帽を被っている目には隈が浮く、どこにでもいそうな顔立ちで、もやしのような貧相な体格の男は殺気立った集団に恐れを見せずに声をかける。
「倉田トニー見参! この争いは僕が預かる。倉田トニー、倉田トニー、この倉田トニーが!」
自分の名前をアピールするように連呼して、周りをチラチラと眺めて、トニーアイで可愛らしい女性を探す。ちなみにトニーアイは自分が恋人にしたい女性を探せるトニーの魔眼だ。デメリットとして厭らしい視線なので、その下心丸出しの目つきを女性は嫌がるのだが、たいしたデメリットではないだろう。
ニカリとトニースマイルも見せて、カッコをつける。ちなみにトニースマイルは本人曰く光り輝くような自信のスマイルである。女性に向けると好感度を下げるデメリットがあるが本人は自信のスマイルだと思っているので、たいしたデメリットではないに違いない。鼻の下を伸ばして、口元をだらしなく緩ませるのがトニースマイルのコツだ。
「ふざけるなっ! 邪魔するのか、お前?」
「死人がでるじゃないですか。そんな物騒なもんは仕舞ってくださいよ」
元ニートは怒りの表情となる男たちに、顔を引きつらせて恐怖の表情になる。いくら力があっても魔王となっても、小心を隠すことはできないのだ。大勢の人々に囲まれて怒鳴られると怖い。
トニーは気づいた。小説などで、なぜチートな力を手にしたコミュ障の元ニートたちがいきなりリア充みたいにペラペラと話し、説教臭くなるのかを。
相手が怖いのだ。なので、自分を強く見せようと、他者へと必要以上に力を見せて、自己の意見を押し付けるように話し始める。その性根は力を手にしても変わらない。防衛心から成る態度なのだと。たぶんチートな力を無くしたら、すぐに元の小心者のコミュ障に戻るに違いない。
だが、だからこそ、そのことを理解したトニーは同じ轍は踏まない。チートな力を持っても、その力に溺れはしないと。
「えっとですね。僕は止めておいた方が良いと思うんですよ」
顔を俯け気味にして、指をつんつんと合わせて、少し怯みながら小声で答えるトニー。その勇気ある行動に、ヘッとせせら笑いを浮かべて、先頭の男が馬鹿にしたようにトニーの胸を押そうとする。
軽くではない。殴ったといわれてもおかしくない強い力だ。
「な?」
だが、小突かれてもトニーはビクともしなかった。まるで鋼に手をつけたかのような硬い感触に、男は驚きの表情となる。
「この!」
もう一度小突こうと、男が腕をふるう突き出す。だが、今度はトニーがその腕をガシッと掴む。
「やめとけって言っただろ?」
「ぐ、は、離せ!」
強い力で腕を掴まれて、その痛みに顔を歪めて振り払おうとするがまるで万力のような力に振り解くことはできない。
「やろう!」
鉄パイプを持った隣の男が仲間を助けようと、トニーの腕に振り下ろす。しかし鉄パイプがトニーの腕を叩いてもビクとしない。
「やめとけよ。この倉田トニーにこれ以上攻撃をするのはお薦めしないですよ」
俯けていた顔をあげて、トニーはニヤリと好戦的な表情となり、周りの人々はその様子を見て、気弱そうな男から予想外なことに威圧感を感じて怯む。
ふふふと内心でほくそ笑むトニー。ギャップ萌え。弱そうな奴が実は強い。そのパターンで行こうとモテモテトニー君計画を発動させた倉田トニー。最初は弱そうだけど、実は強い。そのギャップを見て惚れる女の子がいるはずだよねと。
しっかりとチートな力に溺れているトニー君だった。
「何だこいつ……」
このまま大立ち回りをして、こんなもんかよとドヤ顔をするまでが天才トニー君の計画だ。そしてハーレムを作るのだと、余裕の態度で肩をコキリと鳴らそうとして、鳴らないので、肩をピクピクと動かす謎のパントマイムを見せるトニー。
しかし、肩を鳴らそうとして、ぴょんぴょんと飛び始めたアホなトニーを見て周りの人々は攻撃をしてこなかった。
「こういうのってアニメで見たことあるよ」
「あいつ強いんだろ?」
「鉄パイプを受けてもビクとしていないしな」
ヒソヒソと話し始めてしまった。悪魔が蔓延るこの世界。人外がいてもおかしくない。そして、こういう展開はアニメとかでよくあるよねと、暴力に慣れていないことも含めて、及び腰となってしまった。
早く攻撃してこいよと、ふふふ、ふふふと笑うトニー。
「待ちなさい。それぐらいで鉾を収めるのです」
丁寧な物言いで声をかけられて、集団は声のする方へと顔を向ける。
瓦礫の山の中を静かな足取りで歩いてくる者がいた。周りに自衛隊や祓い師たちを引き連れて、金糸と銀糸で飾られたローマ法王が着るような服装をした中年のおっさんが歩いてきた。隣にはアラビアンナイトの物語に出てきそうなひらひらとした羽衣のような半透明の扇情的な踊り子の服装をした褐色肌の美少女もいる。
人々はその男の持つ神聖さを感じて、武器をおろしておとなしくなり、トニーは僕のイベントはと、キョロキョロと辺りを残念そうに見渡した。トニーのことはどうでも良いだろう。
「人々の切なる願い。神たるウルゴス様は助けよと神託を下しました」
立ち止まり、人々の注目が集まるとウルゴス君の使徒である着飾ったおっさんこと出雲は両手を掲げる。その顔には胡散臭い微笑が浮かんでいる。これが美少女ならば、皆は聖女よとキラキラした目で見るが、おっさんなので胡散臭そうに見つめる。
瓦礫の山の中でもぽっかりと空いた広場、傷一つもなく設置されているウルゴス君の像へと歩み寄る。一ヶ月近く祈っても、願いを叶えることもしなかった像は放置されていた。何かに使おうとしたけど、ポイント足りないんで放置していた像だ。
「話し合いは終わりました。人々を救うため、ウルゴス様の大神官たる私が、そのお力を代行して使用します」
回すように手を翳して、奇跡を使用する。俺の身体からパアッと純白の粒子が広がり、ウルゴス像へと降り注ぐ。
「水よ、在れ」
ウルゴス君の像の横に水晶の柱を建てる。無限なる水を生みだす水晶の柱だ。ウルゴス像を囲むように10個。格安の計10万なり。維持マナは1日100。
キラキラと光り輝く5メートル程の高さの水晶柱。柱の周りは噴水のように窪みができる。水晶柱からザァザァと綺麗な水が滝のように湧き出して窪みへと溜まり始める。
「おぉ〜っ! 奇跡だ!」
「信じられない……」
「水だ! 水だぞ!」
今まで段ボール箱に入ったペットボトルの水を奪い合っていた人々、周りでその様子を眺めていた人々は、物理法則を無視して現れた水晶柱に騒然となる。
「この水晶は人々の祈りにより使用可能となります。祓い師の方が主導し、1日1回祈りを捧げるのです」
厳かなる声音で、新興カルト宗教の教祖みたいなおっさんは人々に伝える。考えたのだ。マナ補充が必要なアイテムは安い。しかも毎日補充するとなると格安だ。だが、マナ補充を毎日したくない。面倒だし、戦闘にも使うしね。
ならば、祓い師にやらせりゃ良いじゃんと考えました。たったマナ100である。神事をこなしてきた祓い師たちならば楽勝だ。神凪たちと話し合って確認したのである。他の皆も祈らせておけばウルゴス君の有り難みも倍増するだろうし。
空となったペットボトル、洗面器や水筒を手に持ち、一斉に人々は集まり、必死な様子で水を汲む。これで飲水はとりあえずは大丈夫だろう。
さて、次は拠点の再建かな。




