62話 魔王には敵わないのかな
機動兵器SA1式ポーン。今回の作戦では35体が投入されており、初めての実戦を行っていた。
戦車砲は僅かに耐久力を減らしてくるが見た目にはわからないため、敵の攻撃は積極的ではない。それに6メートルしかない小柄な機動兵器であるポーンは戦車砲の的にしにくかった。横への急ステップから、加速、スラスターを噴かせての空中機動。もはや戦車で対抗できる相手ではなかった。
「ちくしょう、ロボットより戦車の方が強いんじゃねぇのかよ!」
「駄目だ、敵わない!」
「撤退だ。囲まれているぞ!」
「自衛隊はあんなロボットを作ってたのか!」
悪魔に魂を売った兵士たち、悪魔兵たちは右往左往して混乱の極みにあった。戦車砲や無反動砲で攻撃してもほとんど当たらずに、命中してもダメージを与えた様子は見られなく、敵のビームマシンガンはあっさりと戦車の装甲を貫くのだから当たり前である。
雑草を刈られるように、次々と殺されていき、武器を捨てて降伏している兵士も出始めていた。ビルはビームマシンガンや戦車砲の流れ弾により倒壊し、家屋は燃えて、戦場は阿鼻叫喚の世界へと変わっている。
血と硝煙の匂いに誘われて、ゾンビたちも集まってきており、悪魔兵たちは組織的な戦闘ができなくなっていった。
「ゾンビたちが!」
「怯むな! 方円になって迎撃を」
「駄目だ! グールが暴走を、グキャァ」
支配下に収めていただろうグールも死体の山を見て理性を無くし、悪魔兵たちに食いつく。首を噛まれて、鮮血を撒き散らし、ゾンビが群がり餌となる。
「まるで地獄であります。いえ、魔界でしたか」
逃走を始める装甲車へとビームマシンガンを向けると、レンダはセミオートで撃つ。キュインと音がして、高熱のエネルギー弾が装甲車の車体に命中し、大きな穴を空けると、走っていた装甲車はゆっくりと停車した。高熱により中の兵士が焼け死んだに違いない。
なんの感傷を感じることもなく、無感情な瞳でその光景を目にしながら、レンダは淡々と作業のように敵を駆逐していく。
「各機、トラックは潰さないように。他はできれば無傷でお願いします」
思念にて命じるとモニターに仲間たちの顔が映りだす。皆、同じ顔だ。
「了解。でも残りエネルギー厳しいかも」
「弾が尽きたよ〜」
「ねーねー。顔立ちは変えてもらおうよ」
「マスターにサキイカ反対運動をしよう?」
ふむふむと頷き、レンダはエネルギーの残量が目下の課題ですねと考えながら口を開く。
「そうですね。マスターには料理スキルを取得して貰いましょう。これは決定事項です」
「さんせー」
「ケーキを作ってもらおうよ」
「あ、とすると養鶏しないと! 牛さんも必要だよ」
「牧畜区画も作ってもらおうね」
もっとも重要な議題に皆は活発に話し始める。おやつの向上はサンダルフォンたちにとって、何よりも大切なことなのだ。弾丸や稼働時間よりも優先される。最優先事項というやつだ。
「私、いつもお菓子貰ってるよ?」
「なんですって?」
「裏切り者!」
「どうやって貰ったの?」
一人の少女がコテンと小首を傾げるので、皆は騒然となる。悪魔に魂を売った自衛隊員たちよりも酷いと皆は口を尖らせて詰問するが
「え? だって、棚のお菓子は好きなように食べていいって置かれているよね? なんで皆サキイカ食べてるの?」
心底不思議そうな返答に、ハッと気づいた。
「そういえば、棚にサキイカがあるよとしか言われてませんでした!」
「しまった! マスターはお菓子の意味でいったんだ!」
「う、お腹が痛くなっちゃった。退却していい?」
「機体のエネルギーが枯渇しそう」
驚愕の真実。おっさんは適当にサキイカとかあるからと、棚を指し示していたので、サキイカだけ食べていいんだろうなと考えていた。しかし違ったのだ。恐るべき真実を知って、早くも離脱者が生まれそうになる。甘味は全てにおける最優先事項なのだ。
「あう! やられた〜」
「こいつ、素早いよ!」
「魔王だ〜」
嘘くさいとレンダはジト目となるが、たしかに仲間の機体が次々と大破と表示されていることを確認し、スッと目を細める。
「どうやら魔王が動き出したようです。自分が相手をしてやります」
「いやいや、私が」
「私が行くよ〜」
「大破されちゃうかも」
戦意溢れるレンダたちは、魔王にやられる危険をものともせずに、大破したら退却だよねと口元を緩めながら、ポーンを魔王が暴れている区画に向けるのであった。
フェイスレスは己ののっぺらぼうな顔を照らす炎の熱さを感じながら、一人呆然と立っていた。先程まではたしかにあった自分の軍隊。愚かで無能な兵士たちを集めたつもりはなかった。モヒカンで火炎放射器を持った部下などはいらなかった。規律正しく、命令をよく聞く頭の良い鍛えられた兵士たちを選りすぐって集めてきた。
情け容赦なく、女子供すら殺すことのできる冷徹な人間の皮を被った悪魔のような兵士たちを揃えていた。自慢の兵士たちであったのだ。
しかし、その自慢の兵士たちはというと
「た、助けてくれ!」
「こんなの戦いじゃない! 虐殺だ」
「魔王様お助けを!」
無様に逃げ惑う愚かな弱者となっていた。揃えた戦車は穴だらけになり、砲身は折れ曲がり、煙を吹いて擱座している。装甲車は上から潰れて、ぺちゃんこで、装備を整えた兵士たちは服を汚して逃げ惑っている。
「お、おのれぇ、おのれぇ! わたくし自慢の兵士たちをよくもここまで、わたくしの勇壮なる戦車、威容を誇る装甲車をよくもここまでぇぇぇ!」
憤怒でのっぺらぼうの顔は熟れた柿のように真っ赤にさせて、戦場を憎々しげに見る。その視線の先にはロボットが神聖力を付与されたエネルギー弾を撃ちまくっていた。信じられないことに2本足のロボットだ。
アニメの中にしか存在しないはずの機体。戦闘機に速度で劣り、戦車の火力に劣る。その図体は大きく狙われやすい。それがロボットであり、ロマンの代物であり、玩具の兵器だ。それが現実のロボットに対する評価であった。
しかし、その評価は翻っていた。スラスターを使用したステップと急加速、空中での空中機動。戦闘機には対抗できないだろうが、戦車には圧倒できる力を持っていた。装甲も神聖力を使用した装甲であり、厄災前は伝説と呼ばれたヒヒイロカネやオリハルコンと呼ばれた鉱石のような硬さを見せている。
武装も神聖力を利用しており、耐性を持たない戦車群は鴨うちの如く簡単に破壊されていた。その機体から放たれる神聖力も忌々しい限りだ。
「壊してやる。壊してやりますよぉぉ!」
フェイスレスがアスファルト舗装を踏み込むと、足跡の形にへこみ、ひび割れる。その踏み込むの強さを加速に加えて、猛獣のように飛び出す。
放置された車を踏みつぶし、コンクリートの壁を蹴り砕き、前傾姿勢となり突進していく。のっぺらぼうは黒い軍服も相まって、漆黒の獣となって、みるみるうちに蒼き機動兵器へと距離を詰めていった。
接近する魔王に気づき、ビームマシンガンの銃口を向けて、神聖力の込められた白光の弾丸を撃ってくる。
「遅い、遅い、遅いですねぇぇ!」
手に持つ魔王水晶を砕くフェイスレス。漆黒の魔力がのっぺらぼうの身体に吸収されていき、ピンク色の肌が黒く染まり、その身体が筋肉で膨れ上がる。
身体能力を大幅に上げたフェイスレスは、咆哮をあげて、ポーンの撃つエネルギー弾をジグザグに動き躱していく。
弾丸が命中する寸前に、足を踏み込み、軌道を変えて躱し迫る。拳を振り上げるとポーンへと間合いを詰めて、奇鳥のような声で叫ぶ。
「きぇぇえ!」
マシンガンを盾にして、フェイスレスの拳を防ごうとするポーンだが、魔王の力は想像以上のものであった。ミシリとマシンガンに拳がめり込むと、積み木細工のように砕け散り、その胴体へと迫るが、ポーンは身体をひねって躱そうとする。
フェイスレスの拳は軌道がポーンの腕を砕き、その衝撃でよろめく。横から新たなるポーンが現れて、同じようにマシンガンを撃ってくる。
「その程度の法術が魔王に効くか!」
よろめいたポーンを足場にすると、エネルギー弾をその身体に受けながら、フェイスレスは砲弾のように突進して、瞬時に間合いを詰めて蹴り飛ばす。
ポーンは砕けて、ビルへと機体をめり込ませて瓦礫に埋もれてしまう。フェイスレスはその様子を見て、ぐるりと首を向けてせせら笑う。
「絶望を教えてやるぞ、ブリキ人形!」
視線の先には組み立て式のグレイブを組み合わせて、ヒュンヒュンと回転させると、ビシリと止めて、武人のように見事な構えをとるポーンがいた。
細かな動きをできるのが、思念にて人形を操るサンダルフォンの強みだ。人間のように動き、兵器としての高機動も可能な、これこそが現実で戦車を上回る運動性能を持つ機体ポーンなのである。
バイザーのカメラアイを光らせて、駆動音をたてながらグレイブを横に構えてフェイスレスへと駆け寄る。
2メートル程度のフェイスレスに6メートルの背丈の巨人は迫り、グレイブを横薙ぎに繰り出す。突風を巻き起こして、フェイスレスを両断せんと巨大な武器は攻撃をするが、余裕の態度で片腕を魔王はあげた。
ゴウッと突風を巻き起こし、フェイスレスへと繰り出された一撃は、だが、ガシンと強い音をたてると弾き返されてしまう。
「クカカ。デカければ良いと言うわけではないのです、この愚かなブリキの玩具よ」
弾き返されて、後退るポーンを嘲笑い、飛び上がるとそのままポーンの頭を掴み、道路へとグシャリと握り潰し打ち付けるのであった。
「弱い。弱すぎる! 所詮は人間の作りし玩具。わたくしの相手ではなぁい!」
戦車砲の一撃をも簡単に耐え抜いたポーンの装甲は、魔王の強靭なる魔力には意味がなかった。魔力耐性を遥かに超えるフェイスレスの攻撃を前には、ポーンの装甲もまるで豆腐のように簡単に崩されてしまうのだった。
駆動音をたてて、燃え盛る街中を、新たなるポーンが3機やってくる。その様子を見て、クックと嗤いながら、指を鉤爪のように曲げて、踊りかかる。
2機のポーンがグレイブでの近接戦闘に。残り1機がビームマシンガンでの援護に入り、フェイスレスを倒さんと連携を組みながら攻撃をしてきた。
息のあった2機のグレイブでの攻撃。左右からの袈裟斬りを両腕を突き出してフェイスレスは受け止める。自らの胴体程の太さを持つグレイブだが、フェイスレスは軽々と受け止めてその体幹が揺らぐこともなく、平然としていた。
グレイブを引き戻し、再度の袈裟斬りを左の機体が。右の機体は横薙ぎに振るい、やはりフェイスレスの腕で受け止められてしまう。怯むことなく連撃を繰り返すポーンは颶風を巻き起こし猛然と攻撃をするが、全て余裕の態度で腕を盾にされて受け止められてしまう。
2機の攻撃の隙間を縫って、悪魔を祓う神聖力エネルギーであるビームマシンガンのエネルギー弾がフェイスレスに当たるが、表皮を焦がすこともなく弾けて消えていった。
「さて、こちらの番ですねぇ」
振るわれた2本のグレイブをフェイスレスは手を突き出して受け止める。数百キロの金属塊の穂先へと指を食い込ませるフェイスレスにポーンはなんとか離させようとするが、魔王よりも遥かに巨体であるポーンの力でもビクともしない。
「ふんっ!」
フェイスレスは力任せにグレイブを奪い取ると、体を回転させて振り回し、ポーンたちを薙ぎ払ってしまう。腕がひしゃげて、胴体はへこみ、ポーンたちは倒れ込む。フェイスレスは最後のポーンへとたった数歩で間合いを詰めて、蹴り飛ばす。家屋を潰し吹き飛ばされるロボットを見下し、腕を組み直立するとフェイスレスは嗤う。
「残りのロボットも全てわたくしが倒してぇぇぇ、このまま攻め込むとしましょううぅぅぅ」
「さすがはフェイスレス様!」
「魔王様バンザーイ!」
「見たか、ロボットたちめ!」
周囲の悪魔兵たちはその雄姿に喝采をあげて褒め称える。フフンと胸を反らして得意げになるフェイスレス。
他のポーンがフェイスレスへと向かって来るのを睥睨しながら、敵の戦力を全て己一人で倒そうとするが
「む? なんですぅぅぅ?」
突如として眩しい程の光の柱が眼前に降り立つ。
「魔王よ。堕ちたる神にして、悪意からなる大魔王ウルゴスが相手をしよう」
重々しい言葉と共に、光の柱から金色の装甲を身に纏う人型が現れるのであった。




