59話 多彩なる技の魔王なのじゃ
クカカカと高笑いをしながら、泥田坊の魔王、マッドクレイは砂の獅子を吸収していく。元が砂の悪魔ならば泥の方が上だ。水を染み渡せれば、砂など簡単に泥へと変わる。溶けるように獅子の身体は崩れていって、泥田坊の体内へと吸収されていった。
「儂の勝ちだ! この戦いを経て、儂は新たなる力を得た魔王となるであろう」
高笑いをしながら、砂の獅子パレスを泥田坊は完全に吸収した。戦いを見ていた祓い師たちは、泥田坊の勝利に青褪めて、それでも戦おうとするが、無重力の中ではふよふよと浮くだけで、動くことが難しい。
「ふん、後は餓鬼を倒せば儂の勝ちだ。獅子のいない幼女など相手ではないわ!」
上空に浮く幼女へとマッドクレイは顔を向ける。ハクはうんせうんせと細い手足を振ってクロールをしながら、ちょうどマッドクレイの上空に移動していた。
「ふん、無重力だと不便なものだ。ろくに動くこともできぬではない、か? ま、待て、おかしいぞ? なぜ無重力が解除されていない?」
パレスは吸収して倒したはず。ならば、奴の使用していた権能も消えてなくなっていたはずなのに、未だに無重力状態は解除されていないことに疑問に思う。
「ま、まさか?」
マッドクレイは嫌な予感に泥の顔を歪めて自身の体へと視線を向ける。
「ふっ。ようやく気づいたか、愚か者よ」
吸収したはずのパレスの声が体内から聞こえてきて、マッドクレイは混乱と驚きでその顔を歪める。ザワザワと泥田坊の身体が波打ち、獅子の顔が浮かび上がってきた。
「な、なぜ? 砂の妖怪である貴様は完全に吸収したはず! 泥の儂の身体は砂にとって致命的なはずでは?」
倒したはずのパレスは口元を不敵な笑みに変えて告げてくる。
「貴様は大きな勘違いをしている。我は砂の妖怪ではない。ヌリカベだ」
「ヌリカベだと? ……はっ、なぜヌリカベが獅子に? いや、ヌリカベだと?」
嫌な予感を感じたマッドクレイは慌ててパレスを分離させようとするが
「遅いな。お前は既に我の術中にある」
「か、身体が動かなく!」
自らの身体がいつの間にか動かなくなっていた事に気づく。見るとピシピシと音をたてて、泥の身体は灰色へと変わっていき、コンクリートへとその姿をじわじわと変えていた。
「たっぷりセメントと砂利を含んだ貴様の身体は壁にするのにちょうど良い。受けよ、我の技を!」
泥田坊は瓦礫を吸収しすぎていた。渇かせばコンクリートに簡単になるぐらいに。パレスの目的はこれだったのかと抵抗しようとするが、もはやコンクリートの素材となっているマッドクレイには抵抗することはてきなかった。
『石化拘束』
「うぉぉぉ!」
身体が急速に乾いていき、マッドクレイは悲鳴をあげる。
パレスの武技により、みるみるうちに泥の身体は灰色へと変わっていく。抵抗する暇などなく、あっという間に泥田坊の身体はコンクリートの塊へと変わってしまった。
カチンコチンの身体へと変わり、泥田坊は口元周辺の僅かを動かすことしかできなくなる。
「終わりだ、泥田坊よ! ハク!」
「了解なのです?」
マッドクレイの上空にいたハクはちっこいおててを地上へと向けて大地術を使用する。
『岩山突柱』
地上から尖った岩山が生み出されて、コンクリートの塊となったマッドクレイの身体を突き上げる。ガツンと強い衝撃を受けて、空高くへと舞い上がる泥田坊。その先にいたハクが慣性をゼロにして、あっさりと受け止める。
「ナイスキャッチなのです?」
巨岩のような泥田坊の身体を受け止めて、ムフンと得意げにするハク。そして、きりりと真面目な顔に変えると、鈴を鳴らしたような可愛らしい声音で叫ぶ。
『最終砂変化』
コンクリートと化したマッドクレイから砂となったパレスが抜き出てくると、ハクの身体を覆っていき、変化をしていく。黄金の毛皮に長い尻尾。ピンと張った獅子の耳にキラリと光る爪。
『獅子モード!』
「がおーんなのですよ」
両手をあげて、がおーんと叫び、獅子の顔がついているフードを被るハク。可愛らしい幼女獅子の出来上がりだ。フリフリと尻尾を振って、猫耳をピクピクと動かして、ニャンニャン幼女ハクの出現だ。
「神魔合体幼女獅子モード!」
2人の力が合体し、その身体から膨大な神聖力が放たれる。周囲に突風が吹き荒れて、フンスフンスと獅子の着ぐるみを着た幼女は自慢げだ。
その立派な姿は神々しくて、皆は微笑ましい笑みを浮かべて拍手しちゃうのは間違いない。がおーん。
「魔王泥堤防! これで終わりなのです!」
着ぐるみの手足に生えるちっこい爪がシャキンと伸びて、短剣のような鋭さを見せる。そのまま伸びた爪をコンクリートの塊となったマッドクレイに突き立てる。ガスッとコンクリートが食い込んで、しっかりと拘束をするハク。
「これほどの力を……。待て、待ってくれ! 降参する! 儂の負けだ! 儂も大魔王に仕えよう! 最初から儂は戦いなど嫌だったんだ! のんびりと田畑で過ごしたかったんだ〜!」
なんとか逃げようとマッドクレイは命乞いをする。このままでは殺されると確信してしまう。
「ウルゴスは大魔王なのだろう? 偽神だ! 大魔王として世界を支配するのだろう? 儂は役に立つ。いや、役に立ちますぞ!」
「う〜ん、神様を悪く言ったらいけないと不死鳥マンも言っているのです?」
掴んだマッドクレイを持ちながら、くるりくるりとハクは回転させる。
「これがあたちたちの必殺技。幼女三大奥義が一つ!」
獅子の毛皮が逆立ち、黄金の光が放たれて辺りを照らす。空間が歪み、圧倒的な力が解き放たれる。
ハクは空間を歪めて、毛皮の質量を変えていく。その重さはズンドコとアホみたいにマナを込めていくので、どんどん増えていく。
「1万トンの重さ耐えられるのかです」
「1万トン? 待ってくれ、待ってくれ〜!」
ふんすふんすと鼻息荒くハクは告げる。その言葉はハッタリではないと、マッドクレイは目の前の強大なる神聖力を感じて恐怖する。
「無重力解除!」
ペトッとハクはコンクリートの塊に張り付いて、権能を無効化する。重力を取り戻し、コンクリートの塊となったマッドクレイと、子泣き爺を上回るアホみたいに重くなった幼女獅子は落ちて行く。
『岩山空墜』
ハクが地上に生やした岩山の上へと、超重量の塊は落ちて行く。待ち受けている鋭い槍のような岩山は神聖力に満ちている。
「ムォぉぉぉ! きゃあー、こわーい!」
落ちて行く途中で怖くて、目を瞑っちゃう幼女。だが、その一撃は正確無比に岩山へと落ちて行って、マッドクレイを突き刺す。
ズドンと轟音を響かせて、マッドクレイの身体は貫かれて、岩山の神聖力が侵食していく。そうして、ピシリピシリとその身体にヒビが入る。
「こんなことなら……魔王なんぞに。グハッ」
断末魔をあげて、マッドクレイはその身体が砕け散り、細かな欠片となるのであった。
その身体から不格好な小さな案山子が転がり落ちて来る。1メートル程度の長さの木の棒で、古ぼけた麻の服を着込み、麦わら帽子を被っている。顔の部分は丸めた布切れにボタンがつけてあった。
「これが泥田坊の正体なのでつね」
慣性をゼロにして、床にぶつかる寸前で1万トンの重さも解除して華麗に降り立つ予定だったハクは、幼女型の穴から這い出してきて、案山子を手にすると、フフッと微笑み
パタンと倒れた。
「うぅ、大ダメージを受けたのです。大天使薬の効き目も切れちゃったです」
魔王泥田坊は強敵でちたと、幼女は倒れ込み、着ぐるみは解除されて、ぽてんと獅子の小さな縫いぐるみとなって転がる。マナの使いすぎと、自身の着地失敗による大ダメージを、ハクはマッドクレイとの激闘のせいだと記憶を改ざんした。
幼女は記憶を都合の良いように改竄するのが得意なのだ。ハクの記憶では、敵の攻撃を受けながら、なんとか激闘の果てに倒したことに変換された。
パレスたんは、優秀なハクのサポート役として、疑似魂を入れた砂の着ぐるみだが、ハクのマナが尽きると、着ぐるみに戻っちゃうのだった。着ぐるみに魔力を放つ偽装スキルも出雲たんに付与して貰ったので、完璧な悪魔に見えるがマナが尽きるとどうしようもないのだ。ただの可愛らしい着ぐるみとなっちゃうパレスたんである。
「うぅ。この身体は脆弱なのです? もうお昼寝するのですよ」
1万トン程度の重さで着地に失敗したぐらいで、大ダメージを受けるなんてと、頬をぷっくり膨らませてご不満の幼女である。
コロンと転がって、もう寝ようとおねむになっちゃう幼女。どこでも気にせずに寝られちゃう幼女なのだ。幼女は疲れるとウトウトしちゃうのだ。
おねむになったハクは手を振り、残りのマナを使う。
『植物拘束』
ハクの横から植物の蔦が生えてきて、空中へと伸びていく。空中に飛び散っている瓦礫や人々を蔦は絡めとると、ゆっくりと地上へと降ろしていく。
瓦礫の山を作り出し、人々を降ろしたハクはフワァとあくびをする。植物は枯れて砕け散り、風に散っていった。
「おやすみ〜、なのです」
うにゃうにゃと呟き、ハクはすよすよと寝るのであった。
ちなみに傲慢の権能は重さをゼロにすることではない。慣性とか無重力とかは重さをゼロにする力で影響を与えることはできない。
でも、幼女は難しいことはわからないのだ。だいたいこんな感じだろうと使っちゃうのであった。困ったら掲示板で聞けば良いやスタイルのハクであった。
倒れた幼女に、助けられた人々は恐る恐る近づく。そして、すよすよとお昼寝している様子を見て、ホッとする。そこには美しい蒼き長き髪を床に広げて、身体を丸めて寝る可愛らしい儚げそうな幼女の姿があった。
「どうやら全てのマナを使い果たしたようですね」
「そのようね。びっくりしちゃったわ〜」
先程の激闘が嘘みたいに、穏やかな顔で寝るハクにシュウが苦笑し、妻の音羽がほんわかした微笑みで、優しく抱き上げる。
「うひゃぁ。信じられないよね。信じられないよ。この小さな身体で魔王を倒しちゃうなんて! それにこれが魔王?」
転がっている獅子の縫いぐるみを拾い上げて、音恩がつんつんとつつく。だが、ただの縫いぐるみに戻ったパレスからは何の反応もない。本当に魔王だったのかなと、音恩は物珍しそうに眺める。
「そうやな。ウルゴス神に選ばれし使徒っちゅうのはほんまのようだな。魔王を倒せるほどの神聖力を持っているなんて、信じられないこっちゃ」
「しかも可愛らしいよね! 私、こんな神秘的な娘は初めて見たよ! 蒼髪だよ、蒼髪! しかもなんかキラキラ輝いているし!」
「たしかに、染めている訳でもないのに、蒼い髪やな。これどうなってるんや?」
「………この髪の色には覚えがあります。この娘の出自が気になる所ですが……それよりもこの混乱をなんとかしないといけませんね」
スエルタの出自と髪の色を知っているシュウは微かに憐れみの表情となるがすぐに気を取り直す。
「崩壊したこの拠点。そして、援軍を迎えに行った者たちへと忠告しにも行かせないといけません」
先程まではたしかにあったショッピングモールは、跡形もない。もはや瓦礫の山が存在するだけで、人々は突如として失われた拠点に呆然としていた。
この混乱を取り戻すことは並大抵のことでは無理だ。ウルゴス神と対話をする必要があるだろう。




