53話 舌を使う敵かよ
舌禍は先程の弱々しいもやしのような身体とは比べ物にならない筋肉で作られた身体を見せつけていた。人間と違い、その皮膚は真っ赤で、血管が浮き出てドクドクと脈動しており不気味だ。
「おらの眷族もパワーアップしてるべ。その舌は矢のように速く、槍のように鋭いんだぁ」
舌禍はケラケラと笑いながら、リムたちを睨みつけてくる。先程馬鹿にされた鬱憤を晴らすかの如く、その顔は凶悪な喜びを表している。
「おめえたちは祓い師だぁ。だから、殺すべさ。祓い師じゃなければ四肢をもぐくらいで、生かしておいたのになぁ」
「悪魔が。それを慈悲だと考えていることこそ、悪魔である証拠。この天華がお前を滅ぼします。私はナイフ縛りで貴方を何度も倒したことがあるんです」
きりりと凛々しい表情で、セリフの後半に、わけわからんことを口にする天華。
「?」
聞き間違えかと、リムはコテリと首を倒す。妾は耳が悪くなったかの?
「初代も好きでしたが、リメイク版のほうがゾンビも耐久力があり、貴様も強くて、私はリメイク版のほうが好きです」
フフフフと、天華は告げる。その顔を見ると、至極真面目である。ボケているようには見えない。
リムは驚愕した。
今の言葉で悟ってしまったのだ。
こやつもアホじゃと。いや、個性的な人間じゃと。しかも真面目な顔でボケるたちの悪いタイプである。
「一応聞いておくが、ナイフ縛り?」
「あいつはゲームでよく見たことがあります。リメイク版の2ではラスボスよりも強かったんです」
きっと舌禍ではなく、リがつく悪魔ですと宣う侍少女。
「それは違う奴じゃろ! なんで、妾の周りはアクが強い奴らばかりなんじゃ! いや、わかるけど、わかってはおるが、妾は口にしなかったのに! なんでそなたがボケるのじゃ!」
ムキィと地団駄を踏んじゃう小悪魔である。たしかにどこからどう見ても、ゾンビゲームの強敵に見える天井舐めである。だが、リムはボケなかった。侍少女もボケる性格には見えなかったので、強く妖しい少女なリムを見せようと考えていたのだ。
リムは元悪魔王。エロ要員ではないのだ。一目置かれる存在なのじゃと、今回は密かに期待していた。なにかイベントよ、やってこいと。真面目な侍少女と一緒なら、必ず目立てると、ふんすふんすと気合を入れていた。
最近、アクの強い連中に囲まれて、妾は影薄くないかなと考えていたリムはここで挽回しようと企んでいたのだ。天華に強く妖しい妾を見せつけて、可愛らしいが油断できない娘ですと噂されるのを期待していた。なので、天華の言動は予想外であったりする。
「私は最新作まで、ほとんどナイフ縛りでクリアしています」
フンスと鼻を鳴らして、いらんことを自慢げに言う天華である。天華はバイオなオタクであったのだった。実はゲームが大好きな少女であったりした。
しかしながら、少なくともそのことを魔王を前に言う言葉ではない。緊張感がないこと夥しい。
リムは悟ってしまった。神聖力の強い連中は純粋なところがある。即ち、悪魔でもないのに、アクが強く個性的な人間が多いのだと。人間、純粋なものほど個性的な性格になるものなのだと。
「それに貴女のくれた符があります」
真面目な表情を崩すことなく言う天華に、ため息混じりに忠告しておく。
「舌禍は止めておくのじゃ。『身体能力強化』の符はステータスを10分間跳ね上げるが、それでもあやつには遠く届かん。技で対応できる差を超えておるからの」
ここで死んで貰っても困る。何しろ出雲は戦力が少ない。祓い師でも、使えるものは使いたいのである。自分が妖しい小悪魔だと思われたいとの思いはあるが、優先順位を付けると、この娘の命よりは低い。一応出雲のパートナーとしてリムは行動をしようと善処するつもりなのだ。
「むむ、そうなのですか」
「符を作った妾が言うのじゃ。間違いない。それに妾の符術師としての力を見せつけることもできるのでな。下がっておれ」
不満そうな天華を下がらせて、リムは律儀に天華との話し合いが終わるのを待っていた舌禍へと向き直る。ミステリアスな悪魔レディの出番じゃなと、ふふふと可愛らしくほくそ笑む。
だが、そのシリアスな空気は舌禍が砕いた。
「相手になってやるべ、符術師! この筋肉に覆われた舌禍様の肉体を見よ! 上半なんとか筋のなんとかポージング! 三角はんぺんのポージング! うははは、立派な筋肉だべ!」
高笑いをしながら舌禍はサムズアップして、様々なポージングをとりながら、自分の筋肉を見せつけてくる。皮と骨だけの身体から変貌したので見せつけたいのだろう。ひ弱なもやし男が、鍛え上げて立派になった筋肉を見せつけたい感じだ。実に嬉しそうである。
しかしながらポージングの名前を知らないにわかであることもわかる。そして、魔王には全然見えない悪魔でもあった。
「………どうしましょうか、櫛灘さん。あいつアホっぽいですよ」
「お主が言うな」
半眼となって呆れる天華にリムはまたまたため息を吐いてしまう。アホな悪魔に当たったことに悲しさを覚えて肩を落として落胆しちゃう。せっかくのリムちゃん強者イベント失敗のお知らせじゃ。
「ウハハハ、大胸筋のなんとかポージングだべ!」
「せめて、ポージングの名前ぐらいは覚えておけ、痴れ者がっ!」
『魔刃符』
だいぶやる気を無くしたリムは、一枚の符を屋根の上でポージングをとる舌禍へと投げる。符は空中で三日月型の魔力で形成された刃となって風の速さで飛んでいく。
「おっと、そうはいかないべさ」
『鉄舌』
ポージングをとりながら、口元を歪めて薄笑いを浮かべると、舌を鞭のように撓らせて、魔刃へと叩きつける。刃は舌とぶつかると、あっさりと砕かれてしまう。そうして、ヒュルンと舌を舌禍は振り回して、余裕の態度をとってくる。
「む?」
多少なりとも傷を負わせることができるだろうと思っていたリムはその力を見て、眉を顰める。妾の予想よりも強い。
「魔王を舐めてるべ。正面からの攻撃なぞ、いなすことなんか簡単だべよ」
「アホでも魔王とか言うわけか。斥候役の魔王なぞ弱いと考えていたのじゃが、これは嬉しいかぎりかの」
一撃でふぎゃあと倒されるやられ役かと考えていたが、たしかに魔王というだけはあると、ニヤリと嬉しそうにリムは嗤う。舌禍はフフンと鼻を鳴らして、再びポージングをとりながら、目を光らせる。
「その余裕がどこまで続くか、見ものだべさ! 殺れ!」
その言葉を合図に、家屋の屋根に、道路を這って、放置車両のボンネットの上で待機していた眷族の天井舐めが動く。
近い者は飛び上がり爪を振り上げて、屋根にいる者は舌を槍のように突き出す。意思疎通をした素振りもないのに連携して、リムと天華へと包囲攻撃をしてくる天井舐め。
「む!」
「待て待て、問題ないのじゃ」
天華が符を使おうとするのを、手で制止して、一枚の符にマナを籠めてリムは呟くように言う。
「阿呆共めが。符術師の一番厄介な能力を知らぬと見える」
手に持つ符に反応し、事前に電柱や壁、車両に貼られていた符が光り輝く。その光が辺りを照らす中で、獰猛なる獣のように小さな牙を剥いてリムは符を起動させた。
「既にこの地には妾が符を展開させておいたのじゃ。符術師の一番厄介な能力を受けよ!」
『起』
手に持つ符が閃光のように輝くと、周囲に貼っておいた符に込められた術が起動する。天井舐めたちの足元が輝き、
『魔氷陣』
「ガッ?」
「キギッ」
「ウギッ!」
符から膨大な冷気を吹き出すと、透明なる氷が一瞬の内に辺りを覆い、空中に飛び出していた天井舐めも、屋根の上で舌を突き出していた天井舐めたちも、抵抗を許さずに等しくその氷柱の中に閉じ込めてしまうのだった。
辺り一面が氷の世界に閉ざされて、冷たき死の世界へと変わり、冷気が風となって吹く。風に髪をなびかせて、フフンとリムは豊かな胸を反らすのであった。
「符術師が防衛している場所には、必ず罠として符が仕込まれていますからね。とはいえ、これだけの悪魔を凍らせるとは、櫛灘さんは恐ろしい程の符術師です。私は貴女のような凄腕に会ったことがありません」
一面の氷の世界を見て、吐く息を白く変えて、天華は感心する。氷の中に閉じ込められた天井舐めたちは全て動くこともなく死んでいる。やはりこの女性は油断できませんねと、天華は僅かに目を細めながら、警戒しながらもリムを褒めるのであった。
「んにゃ。魔王だというだけあって、未だに生きているようじゃぞ」
舌禍を閉じ込めた氷の柱を見ながら、リムはニヤニヤと笑う。こういう強者シチュエーションは大好きなのじゃと内心は小躍りしている元悪魔王である。心の中では、デフォルメされたちびリムたちがずんちゃっちゃーと踊っていたりします。
リムの言葉通りに舌禍を閉じ込めた氷の柱が内部からピシピシとヒビ割れていく。そうして、氷の柱が一度震えると、ガシャンと氷の欠片となって崩れ落ちる。
「ふしゅるるるる〜。やるべさ、おめぇ。だが、魔王舌禍の前には」
『氷嵐符』
『氷嵐符』
『氷嵐符』
相手にせずにリムはノータイムで符術を使用する。舌禍はセリフを最後まで口にすることなく、氷の嵐に包まれる。無数の氷の礫が嵐となって、舌禍を襲う。
「おめぇ、最後までおらのセリフをぉぉ!」
舌禍は体内の魔力を活性化させて、身体を傷つける氷の嵐に対抗する。無数の氷の礫が、舌禍の身体を傷つけ凍らせていくが、魔王たる魔力が表皮だけにその侵食を留めていた。
だが、その様子を冷たい視線で見つめながら、リムは最後の符を取り出す。
「符術は弱くともノータイムで発動できるのも強みじゃ。そして時間をかけて作り上げた符は通常の符術よりも遥かに強力じゃな。見ておけ、天華よ。妾の切り札を!」
リムは一日かけて作り上げておいた符を取り出す。その符はひと目で他の符とは違う膨大な神聖力を籠められていた。紙すらも数日間かけて神聖力を練り上げて作り上げた特別製だ。その力は他の符とは比べ物にならない。
「受けよ。妾の氷の力を! 絶対零度の力にて滅びるが良い!」
リムは符を振り上げると、マナを籠めて舌禍へと投擲する。
『まのこおりだよ』
ひらがなである。そのまんまわかりやすいひらがなのかかれた符。符に書かれた力ある文字が光り輝くと、舌禍へと津波のような氷の波が襲いかかる。途上にある道路も家屋も白き氷で覆い砕いていき、氷の嵐に耐えていた舌禍を押し流す。
「ま、まだおらはなにもぉぉ!」
氷の波は絶叫する舌禍を押し流し、その身体を凍らせて、細かい氷片へと変えて砕くのであった。
リムの放った氷の符術により、舌禍を含めて、途上にある物は全て押し流されて氷の更地となって、なにも残らなかった。恐ろしい威力だと言えよう。ひらがなだけど。
「ふっ。妾の考えたさいきょうのこおりの符術じゃ。味わって貰えたかの?」
髪をふわさとかきあげて、モデルポーズをとりながら、決め顔になるリムであった。
「あの………ひらがなでしたね? それにネーミングセンスが最悪なのでは?」
「妾の考えたさいきょうのこおりの符術じゃ! ひらがななのは、力を込めるとひらがなになっちゃうのじゃ! 日本語が苦手なわけではないからの!」
しーらないと、耳を塞いで強者ムーブメントをする褐色小悪魔である。天華はジト目となって確信した。
この人はアホだなと。
お互いがアホだと思う2人である。
そうして、リムは魔道具を回収し、御国父と共に再び種を運び出し、全員で城へと戻るのであった。
帰る途中で、リムは思い出す。
「似ている属性じゃと、その影響を受けやすいんじゃよな………」
誰かが、そっくりじゃないかと思ったのだろうなぁと半眼になったりする元悪魔王だった。
3人が立ち去って暫くして、氷の世界と化した世界に、一匹の鼠が現れて、周りをうろつくと、チゥと鳴いて消えるのであった。




