39話 自爆スイッチが押されたのじゃ
ウルゴスにより魔王ヌリカベことプライドは打倒されて灰となった。雪のように灰が舞い散り降り注ぐ中、空から、ぽてんとウルゴスこと出雲の前に古びた絵巻物が落ちてくる。
「これがヌリカベの本来の姿か」
強敵を倒し安心した俺はウルゴス君としてのイメージを守るべく、哀れみの声をあげながら手に取る。美術館にでも保管されていそうな巻物である。妖怪奇譚とか描かれていそう。
『奇跡ポイント697万取得』
『奇跡ポイント382万取得』
まずは倒した際のポイント。続いて、巻物を浄化した際のポイントが手に入った。今までのボスとは桁が違うポイント量に少し驚く。さすがはヌリカベ。強敵だっただけはある。
もしもトニーが先鋒をしてくれなければ、負けていた可能性は高い。体力はブレードによる攻撃で7割削られている。出血は止まっているが、この変装を解いたら、俺の身体がどうなっているのかすこし見たくない。身体中が斬られたので、ズキズキと激痛が走っているのだ。骨とか見えていたらどうしよう。
見かけは機械なウルゴス君、中身はただのおっさんは、少し震えてしまうが、その合間に最後の報酬がやってきた。
地下から間欠泉の如く魔力が噴き出してくると、俺の身体に吸収されていく。魔王水晶が所有者が倒されたために、魔力を解放したのだろう。数秒で吸収終えて、ふぅと俺は息をつき、ログを確認する。
『奇跡ポイント1728万取得』
……餓鬼王の2倍かよ。超一級の魔道具だったのか。たしかに絵巻物は価値がありそうだ。やったなと、リムに話しかけようとして、フト違和感に気づく。ヌリカベは少しおかしいよな?
『リム。聞きたいことがある。ヌリカベは魔王水晶を幾つ持っていた?』
トニーがかっぱらった魔王水晶、そして、かなりの魔力を内包していた今回の魔王水晶。まだスタートから2週間しか経ってないのに、おかしいよな?
こいつスタートダッシュを噛ましてないか? 頭にいくつものハテナマークをつけながら考えるに、これは絶対におかしい。リムなら何か知っているんじゃないか?
『うむ。恐らくはスタートダッシュをした魔王の一人。元から強力な悪魔であったのじゃろう。それよりもアナウンスをしないとまずいのではないか? 妾の契約者殿よ』
『ん? あぁ、そういやそうだった』
気にはなるが、今はそれどころではないことを思い出す。なぜならば、ヌリカベの作りし空間を拡張された屋敷は軋み音を立てているからだ。魔王が倒されたので、崩壊し始めている。
なので、俺は咄嗟の判断で、避難させるべく閉じ込められていた人間たちへと思念を送る。
『自爆スイッチが入りました。この研究所は後10分で爆発します。職員はこの研究所から避難してください。繰り返します……』
機械音声っぽく3回ほど繰り返し、皆に忠告する。わかりやすいアナウンスだと出雲はフフンとドヤ顔である。
『どこのバイオじゃ。もう少しマシなアナウンスはできなかったのかの?』
『良いだろ。これなら皆理解できる。ほら、逃げ始めた』
閉じ込められていた人々は、目の前の格子が崩れ去り自由の身となったことに喜ぶが、俺のアナウンスを聞いて慌てて逃げ始めていた。
「急いで逃げるんだ!」
「爆発するぞっ」
「途中にゾンビがいるかもしれないぞ」
わぁわぁと、一気に騒然となって人々は我先に逃げようとする。だいたい2000人近い人数だろうか。
「皆、ここから逃げてください! 僕が案内します。途中のゾンビは僕の古武術で倒しておいたので安心して!」
どこかで見たニートが、グラトニーの作った穴から顔を出して、逃げ惑う人々へと得意げに鼻をぷっくりと膨らませて声をかける。さっき餓鬼王が逃げたと思ったら、人間に変身したらしい。
「ありがとうございます!」
「いえいえ、僕は当然のことをしたまでです。ちょっと古武術をやっていたもので」
古武術古武術とどこかのニートは繰り返して、穴へと皆を誘導するべく、大きく手を振る。古武術ニートの叫ぶ声に気づいて、皆は集まり逃げていく。
『まぁ、誘導しているから良いか』
『あやつ、女性を見定めておるぞ。あぁいう目つきは女性は敏感なのじゃがの』
リムの呆れた声に、俺は苦笑を浮かべるしかない。たしかに古武術ニートは、さっきからお姉さん系の女性に視線を向けて、かっこよさをアピールしようと頑張っている。携帯の連絡先を交換しようとして、携帯が使えないので、懸命に話しかけて避難を邪魔していた。
「お姉さん、ここは俺に任せて! とりあえず俺についてきてください。しっかりと後ろについてきてくれれば大丈夫ですから!」
バスケのディフェンスのように、女性の前で反復横飛びを繰り返していた。
「邪魔っ!」
「ゲフッ」
苛立った女性が古武術ニートに蹴りを入れて、逃げ去っていた。アホかあいつ。
「ゾンビが途中にいないとあいつの社会的立場はないな」
「逃げる女性を止めようとしているからの。まぁ、外にはゾンビはたくさんおる。大丈夫じゃろ」
殆どの人間が立ち去り、古武術ニートが俺へと顔を向けてくるので、護衛をしてやれと手を振ってやる。コクリと頷いて、喜び勇んで古武術ニートは去っていった。きっと外のゾンビ相手に無双するだろう。噛まれながら戦わないことを祈る。ドン引きされるだろうからな。
皆がいなくなり、俺と不可視化を解いたリムだけとなったので、一番気になることを口にする。
「リム、お前、不可視化にマナ消費しないだろ。もしくは消費量が物凄く低いんじゃないか?」
ジト目の俺の問いに、一瞬キョトンとした顔になるが、ニヤニヤとリムは笑いに変えてきた。考えてみれば、こいつの固有スキルは自己申告制なんだよ。固有スキルの浮遊だってそうだ。汎用スキルは消費量まで書いてあったが、固有スキルは性能を見ていないんだよな。それに加えて、固有スキルと汎用スキル名が同じなのはおかしい。不可視も本当にマナを消費しているのか、極めて怪しい。
即ち、リムは全く信用できない。
「まぁまぁ良いではないかの。悪魔王の証明はできんのじゃから」
俺に胸を押し付けてしなだれかかるリム。わかりやすい誤魔化し方だ。だからこそ、きっぱりと言わないといけない。
「もっと身体全体で押し付けてくれ」
おっさんは欲望に忠実だった。
「プププ。お主の嘘はいつ聞いても良いの」
妖しく笑いながら、リムは俺を上目遣いてニヤニヤと覗き込んでくる。悔しいが、リムの言うとおりだ。まぁ、対抗できる力も無いし、今は良いだろ。
「とりあえず神柱を創造。ここの地脈を支配」
奇跡を使用して、地脈にウルゴス君のフィギュアを置いておく。ドスンと5メートルのウルゴス君フィギュアが置かれて、地脈は俺の物となった。
そうして、ひと仕事終えたし、リムを抱きしめちゃおうかなと、短絡的思考で現実逃避をしようとする出雲であったが、そうはならなかった。
目の前に新たなるログが表示されたからだ。
『関東北東地域の地脈の最大支配者となりました。他地脈を支配しますか? 残り:8箇所』
「なんだこりゃ?」
予想していなかったことが起きてリムへと視線を向けるが、悪魔王も顔を驚愕に変えていた。どうも本気で驚いているようだ。リムも予想していなかったのだろう。
だが、ピンときた。もしかしてもしかすると……。スタートダッシュが効いたのかもしれないぞ。
「イエスだ。他地脈への支配を開始してくれ奇跡さん」
『他地脈へと接続……支配開始……』
屋根が崩れ、壁が崩壊する中で、奇跡さんが何やらやっていく。
『東京北東支配……埼玉東部支配……茨城2箇所支配……栃木2箇所支配……群馬2箇所支配。支配完了しました。魔王水晶の取り込みを開始します』
そのログが表示された瞬間、地面を何本もの漆黒の川が走り、膨大なる魔力が集まってくる。膨大なる魔力は俺の身体を覆い、その魔力で悪魔へと変えようとする。
「うぉぉ……ぉ?」
意思をしっかりと保たないとと、漫画の主人公のように呪われた力に耐えないとと気合を入れようとして
フシュルルとあっさりと俺の身体に吸収されて、あっという間に神聖力へと変わっていった。
四肢を踏ん張り、必死になって耐えるぜと悲壮な覚悟をして構えていたおっさん。傍目から見たら、いい歳をして厨二病にかかったおっさんとなった。
「ちょっと、もう少し魔力頑張ってくれないか? 俺が恥ずかしいだけじゃん。うぉぉとか叫んでアホみたいだよ」
羞恥で顔を赤らめて、おっさんは文句をつける。それだけ魔力吸収能力は圧倒的であった。
「ブハハハ、笑わせるでない。うぉぉ? うぉぉ? ブハハハ」
腹を抱えて床に転がり爆笑する小悪魔さん。蹴っても良いかなと思うが……一瞬リムが真顔になったことを俺は見た。どうやら予想外のことらしい。
『奇跡ポイント6783万取得。全ての地脈に神柱を配置しますか?』
「イエスだ。奇跡さんお願いします」
莫大な奇跡ポイントを取得した。ポイントの量に驚きもあるが……それ以上に驚いたことがある。
「むぅ、なんじゃ、この大量のポイントは。なぜに他の地域の魔王水晶を吸収できたのじゃ?」
「多分俺がゲーム仕様だからだ。領地を奪い取る国盗りゲーム。同じ地域で最大勢力となったから、他の地脈を支配できたんだろうよ」
よくわかっていない様子のリムの頭をポンと叩いて、説明してやる。
「地域毎に地脈の数は決められていて、その地域の地脈を一番支配できれば、他の地脈を支配できるんだ。今回は他の地脈を支配していた魔王たちがそれぞれ一箇所しか支配していなかったんだろうよ。多分だけどな」
「むむ、そうか出雲の手に入れた2箇所の地脈から孤立している一箇所に攻撃して支配。それを繰り返せばあっという間に地域を制圧できたと言うわけかの」
「正解だ。そういう陣取りゲームってあったよな、たしか」
あくまで予想でしかないが、多分だけど当たっている。2箇所でも地脈を支配している魔王がいたら、制圧コマンドは使用できなかったはず。
「なんというチートじゃ。これだと圧倒的に魔王が不利になるぞ」
「大魔王だし。とはいえ、今回だけだろうよ。このポイントで足固めをしている間に、地脈をいくつも支配する魔王は出てくるだろうしな」
それでも一つずつ地脈を支配するよりかは楽だ。その地域の最大勢力を削っていけばいいんだからな。
「まさしく神にして大魔王といったところか。これでは他の魔王は拡大路線をいくしかないからの」
「知られたらな。誰かさんが伝えなければ、魔王も少しは油断してくれるかもな」
「それは期待できんの。慌てて戦力を固めて勢力を広げる魔王たちも出てくるじゃろうて」
リムの顔をジッと見つめて、その様子を確認しようとするが、相変わらずの悪戯小悪魔の可愛らしい笑みしか、リムは見せなかった。ほんと、ポーカーフェイスが得意だよな、こいつ。
「まぁ、予想外に完全に北東部を制圧できたからな。良しとするか」
笑いながら出雲は外へと歩き始めて、出雲とリムは外へと脱出するのであった。
後日、避難民に聞いたところ、地脈から魔力を吸収した時、天まで届くような漆黒の柱が地上から生まれて、それを見た人たちは大騒ぎになったとか。うん、8箇所の地脈から吸収したからね。なんかごめん。




