24話 いかにもなイベントをしようぜ
避難所となっていたショッピングモール。そして、住むことを解放されたことにより、移動を始めていた団地は阿鼻叫喚の地獄絵図になろうとしていた。
通路の陰から、柱の後ろから、渦巻く禍々しい昏き穴が現れて、その穴から次々と餓鬼が姿を現したからだ。その顔は醜悪で飢餓に苦しみ、手近な人間へとヨダレをたらし牙を剥いて襲いかかる。
「こいつ! 喰らいやがれ!」
見た目は小さな魔物のために、体格の良い男がそばにあった消火器を持ち上げて、襲いかかる餓鬼へと振り下ろす。1メートルにも満たない背丈であり、手足も皮と骨だけの触れれば折れそうな弱々しさを感じさせる。
「うぉぉぉ!」
なので、雄叫びをあげながら、男は頭を狙い振り下ろす。簡単に砕けると思っていた。周りに現れる化け物たち。ゲームや漫画で見たような化け物たちを前に、現実感は無くなり、コイツを倒して、他の化け物たちも倒し、自分が英雄に、主人公になるようなイメージを浮かべながら、攻撃した。
パシッ
餓鬼が片手で消火器を軽々と受け止めるまでは。
「ギャッギャッ」
小さな体躯に細い手足を持っていても、餓鬼はゾンビよりも力があった。一般人では敵わない力を持っていた。
ニタリと嗤いながら、餓鬼は牙を剥き出しにして、男にのしかかると首元に齧りつく。
「あぁ……これは現実か」
ポツリと呟き、男は首元に激しい痛みを感じて、そのまま息絶える。周りの餓鬼がその遺体に群がると咀嚼音が響くのであった。
ショッピングモールは人々が逃げ惑い、自衛隊員たちが餓鬼を倒すべく前に出てくる。次々と人間が食い殺されるかと思いきや、餓鬼の数は多くはなかった。数千人が逃げ惑う中で、百匹ぐらいだろうか。しかも食欲に負けて、殺された人間に羽虫のように群がるので、倒しやすそうに見えた。
しかし自衛隊員たちは銃の引き金を引くのを躊躇っていた。だからこそと言うのかもしれない。死んだ人間はそのインパクトのある現れ方とは違い、10人程度が喰われているだけであり、逃げ出そうとして倒れている人間の方が遥かに多い。
これが手を付けられないほど、周りに被害が出ているのであれば、躊躇いなく撃てたかもしれない。人間に流れ弾が命中するのを恐れずに。だか、ぽつりぽつりと倒れている人間に群がっており、まだ周りへと被害が広まりそうな様子はない。
何より死んでいるとは思われるが、食べられている人間がまだ生きていたらと考えると、とてもではないが、引き金を引くことはできなかった。
さりとて、先程からの戦いを見るに、人外の力を持っているので、近接戦闘も無理だ。どうしようかと手をこまねいて迷っている最中に、あっという間に食べ終えたのか、数匹の餓鬼が動き出す。
「ギャッギャッ」
その動きは速かった。バネのように飛び出すと、近くに倒れている人間に飛びかかろうとした。そこには倒れた中年の男と、なんとか起こそうとする女性。そのそばで泣いている狐のぬいぐるみを抱えている幼女がいた。
「あなた、なんで転んで気絶してるの!」
「おどーざーん」
「危ないっ!」
自動小銃の銃口を向けるが、人に当たる可能性は高く、餓鬼は速く狙いもつけられない。自衛隊員たちが、惨劇の光景となると、悲痛で顔を歪めた時であった。
餓鬼の動きがピタリと止まる。
逃げ惑う人々も、自衛隊員もその動きを止めた。
なぜならば、魂を掴み取られたような怖気の走る凍えるような冷気を感じたからだ。
後ろからその力を感じる。物理的な異臭などではない。もっと精神に、魂に効果を与えるものだ。
「ギャッ?」
「な、なんだありゃ?」
ショッピングモールでも、イベントを行うための広場に漆黒の柱が天から降り注いでいた。その闇の光は見る者をどこまでも不安にさせる。禍々しい光であった。
餓鬼すらも、飢餓を忘れてその光景を呆然と眺める。人々は逃げ出していた者たちも、足を止めて注視した。
周囲の全てが注目する中で、闇の光は弾け飛んだ。そうして漆黒の靄が生まれて、何かがその中で蠢く。あれは危険なモノだと、邪悪なモノだと人間は慄き恐怖する。
靄は段々薄れていき、人型の何かが存在しているのを皆は見た。
『人よ。堕ちたる神に助けを求めたか』
どこからか、ラッパの音が響くなかで、人々の脳にその言葉は直接送られた。魂に響くような、自身の在り方を変えてしまうような、不安と恐怖を引き起こしながらも、神々しさを感じてしまう。そんな不思議な声。
『人よ。我を創りし人よ。造られし機械仕掛けの神に助けを求めたか』
誰かがごくりとつばを飲み込む音がする。静寂の中で、思念は問いかけてくる。
『希望が神を創り、想念が神を堕とす。失望が闇を生み、欲望が悪魔王を創りだす』
靄が消えた後には、金色の肌の身体を持つ機械仕掛けのモノがいた。人の形をとっているが、その眼球は宝石で、身体は黄金、関節の隙間からは銀歯車が動いているのが見える。ウイングユニットが背中に搭載されて、その姿は明らかに人ではない。芸術品のような美しさと、いかにも金をかけたという人の醜悪さを現すモノであった。
『我こそはデウスエクスマキナ。機械仕掛けの神にして大魔王。名はウルゴス』
ウルゴス。そう名乗る機械仕掛けの神にして大魔王は、駆動音を立てながら手を掲げる。
『さぁ、人よ、自らが創りし神にして大魔王に願いを口にするが良い。力無き寄る辺なき我に力を与えよ』
その言葉に慄然とする。願いを口にせよとウルゴスは言うが、願いを口にした瞬間、このモノは存在を確固たるものにする。直感で皆は思った。
だが、この状況をなんとかできる存在なのだとも、その直感は囁いている。この場に祓い師がいれば止めたかもしれない。しかし祓い師は周囲の餓鬼と、魔王ホウショクへの対応でちょうどいなかった。
そして、純粋なる存在は、まったく騙されなかった。
「かみさま、このおばけをたいじちて!」
御年5歳。おばけが嫌いな幼女、御国玉藻。金髪碧眼で、おさげで髪の毛を纏めている可愛らしい幼女は、大人たちが何も言わないので、涙を拭いて、フンスフンスと興奮気味にお願いを口にした。
あんなにピカピカして、綺麗な空気を纏っているおにんぎょーさんなのだ。きっとお願いごとを聞いてくれると信じて。大人たちは黒い魔力を感じているが、玉藻はそんなものはさっぱり見えなかった。純粋な心で、悪いおばけを倒してとお願いをした。
『良かろう。汝の願いは叶えられ、我はこの地に降臨する!』
厳かな口調で告げると、ウルゴスはその手に白い水晶を持ち、天に掲げるように翳す。
『神の威光』
水晶に力を込めると、眩いばかりの白光が辺りを照らす。神聖なる力が爆発し、その純白の粒子は辺りへと波紋のように広がっていく。
「ギャアーッ」
その純白の粒子は餓鬼にとっては猛毒であった。触れると同時に身体から煙を吹き出して、灰へと変わっていく。餓鬼を作り出していた魔力の渦は消えていき、黒い小さな水晶を後に残す。
「傷が……治った!」
逃げる際に怪我をした人間は、その粒子を浴びると同時に、擦り傷が治り、骨折で腫れていた肌の腫れが引いて元に戻っていく。
悪魔と人間。正反対の効果を発揮して、純白の粒子はショッピングモールを埋め尽くし、外へとその波紋は広がっていき、1キロ圏内を浄化するのであった。
「な、なんてこった……」
「神様なのか?」
「だが……」
人々は喜びを露わにするが、諸手をあげて喝采するというところまではいかなかった。なぜならば、未だにウルゴスは邪悪な雰囲気を醸し出しており、漆黒の禍々しい靄を纏っているからだ。
しかし餓鬼を滅ぼし、人々を癒やした今の力は清浄なる力を感じた。なので、どういうことかと、多くの人々は戸惑っていた。
その疑問をウルゴスは理解しており、ゆっくりと口を開く。
『我は人の善き心により神となり、悪なる心により大魔王となる。汝らの願いの行き先が、弱き我に力を与えて、人類の未来を決めるであろう』
その言葉を聞いて、人々は理解した。この機械仕掛けの神のようなモノ、悪魔にしか見えないモノは人類の心の天秤だと。恐らくは善き願いで、神に近づき、悪しき願いで大魔王へとその天秤は揺れるのだろうと。
『願いの成就には、未だ足らず。どうやら死すべきものがやってきたようだ』
その言葉が契機となったのか、ショッピングモールの天井が轟音が響くと崩壊する。人々は瓦礫が落ちてくるために、再び逃げる中で、なにかが降り立つ。その衝撃により、床は砕けて砂煙が舞い散る。
「ふざけやがってぇぇ! なにをしやがったぁ!」
砂煙の中から漆黒の肌を持つ巨漢。魔王ホウショクが怒気を纏って、現れると怒号を発する。その身体は溶けかけており、煙を吹いている。
祓い師を痛ぶりながら順々に殺していき、食べ尽くしてやると遊んでいたホウショクは、突如として発せられた神聖なる波紋を受けて、かなりのダメージを受けたのだ。無敵のはずの特殊合金製の身体は無残に溶けかけており、激痛が走っていた。
ここまでのダメージは餓鬼となってから初であり、混乱と戸惑い、そして恐怖がホウショクの心に巣食った。
その心を認めるわけにはいかぬと、すぐに発生源へと向かい、ホウショクは怒号を上げることで誤魔化していた、
『我はウルゴス。堕ちたる神にして大魔王なり』
「あんだ? なんだよ、そのかっこいい名乗りは……ふざけるなよ!」
2メートルにも満たない背丈のウルゴスを見て、苛立ちながらナイフのような爪を、魔力によって1メートルはある剣のような長さへとホウショクは変える。
「チュートリアルで強敵を倒して、レベルアップして、無双モードに突入! そのパターンかよ!」
宝石と黄金できらびやかで美しくも、人の欲望が顕在したような禍々しさを持つウルゴスに嫉妬を覚えて、地団駄を踏む。ホウショクの地団駄により、床はひび割れて、僅かにショッピングモールは揺れる。
『悪魔よ。汝をウルゴスの名において駆逐する』
「吾輩は魔王ホウショク! ここでお前を喰って大魔王となる!」
咆哮をあげると、ホウショクは身体の魔力を爆発させて、辺りへと撒き散らす。
『餓鬼地獄変化』
まずは自分の有利となる地形へと変更しようと企んだのだ。壁や床、天井がピンク色の蠢く肉界へと変化していく。自らの意志と同化したこの壁や床は口となり手となり、敵を倒す、
……はずであった。
魔力は霧散しウルゴスに吸収されると、すぐに元のコンクリートの壁へと戻ってしまった。
「はぁ? な、なんだ?」
そんな馬鹿なと、魔力の3割を消耗する必殺の魔法が消えて動揺するホウショク。
「エネルギー吸収型と呼んでくれ」
滑るようにウルゴスがホウショクの懐に飛び込んできて、小声でからかうように囁く。
「て、てめぇ、神なんかじゃ」
「先制の一撃だ」
慌てるホウショクの風船のように膨らんでいる腹へとウルゴスは全力のブローを食らわすのであった。




