23話 調子に乗るのは魔王の特権じゃな
祓い師や自衛隊員たちは疲れ切って、作戦室に座っていた。先週までは余裕が多少なりともあった空気が流れていたが、今は戦場に向かいもしないのに、偉そうな顔で怒号を放つ男たちがうるさく、ピリピリとした空気を醸し出している。
壇上にはこの拠点の祓い師のリーダーである神道の名門であるシュウが神勢衣を着て、苦渋の表情で立っている。
「話が違うではないか! なぜ首都を奪還できない! いや、それどころか、他の拠点も悪魔たちに奪われている始末! ここの拠点に多くの避難民が流れ込んでおる。このままでは食糧も限界になるぞ!」
ブチ切れている高官。先週までの余裕など欠片もなく、机を荒々しく叩き、怒りと焦りで顔を醜く歪めている。一昨日、空母からの連絡が入り、ようやく総理がこちらに来るのかと思っていたら、セイレーンの群れに遭遇し空母の浮力を消されているので、避難するとの連絡であった。その後は音信不通であり、どうなったかは簡単にその末路を予想できた。
怒鳴るしか知らない高官だが、その言葉にシュウは反論できなかった。たしかにそのとおりなのだ。当初はゾンビなど相手にはならないと考えていた。事実、かなりの耐久力を持っていたが、相手ではなかった。娘の手に入れた神楽鈴は強力であったし、小走りゾンビは神聖力に対して脆弱であったからだ。
シュウたちは最強と呼ばれる祓い師であるし、この拠点にいる者たちも中級以上の祓い師たちだ。拠点としてはこの地は東京を解放するのに、絶好の立地であり、上野にある祓い師の本部ビルとシェルターを奪還すれば、自分たちが主導で行動できると考えていた。
祓い師の立場はこの厄災で確固たるものとなり、昔の栄華を取り戻すはずであった。被害も日本は霊的結界を張っている地域が多いため、それほど出ないと考えていた。
核ミサイルを使用しての魔力爆発。正直言って眉唾ものであると考えていたのだ。3割程の人類は滅びるだろうと科学者は計算していたが、自分で言うのもなんだが、魔法も法力もそんな力はない。大規模でもせいぜい小さな村を消す程度。この厄災は失敗すると考えていた。そして、この厄災が本当に発動したところで、3割も死ぬまいと、1%も死ぬまいと予想していた。
実際に厄災が世界を覆っても、祓い師ならばすぐに片付けられると考えていた。自分たちはゾンビなどは相手にしないし、悪魔すらも倒してきた経験と実績があるからだ。
だが甘かった。
細目を僅かに開き、額からは冷や汗が流れる。考えが甘かった。
世界を魔力が覆うという意味を本当に理解はしていなかった。いや、この魔法の儀式を発動させた人間も本当に理解はしていなかった。魔法使いの力を試せると考えていたり、金になるとも、人口を減らしたいと考える集団も、あらゆる集団が予想だにしていなかった。
魔力渦巻く魔界へと世界が変わるという意味を。
恐らくは悪魔王だけが、その影響を正しく理解していたのだろう。
本当に悪魔王の書は消えたのかと、フト疑問に思うが、それは周りの怒号と不安に気を取られて消えてなくなる。
ゾンビたちを倒しても悪魔が問題となっているのだ。しかも厄災前では最強最悪と言われていた悪魔。数十年に一度現れれば、大事件として祓い師の歴史に刻まれるレベルの悪魔たち。それらが普通に現れる。しかも銃の危険も考えて、頭の良い立ち回りをしてくる。
戦車の砲弾にサラマンダーを仕掛けて爆発させ、装甲車を怪力で振り回し盾として扱い、兵士たちにはゾンビたちを仕向けて、祓い師には下位悪魔たちで対抗する。または数で対抗してこちらのマナ切れを狙ってくる。
まるで人間のような戦闘を仕掛けてくる。過去の悪魔たちは高慢で堂々と正攻法で戦いを挑んできた。取り憑いて、密かに暗躍する者もいたが、その正体を看破されれば、悪魔の誇りがあるのか、正々堂々と正面から戦闘を挑んできたのに、今回は違う。明らかに戦術を考えて戦略を練って、戦争を仕掛けてきていた。
そのため、各地の霊的拠点は苦戦を強いられて陥落をしている。一級の神具による結界を張っている拠点は保っているが、3級の神具で結界を張っている拠点は陥落している。
シュウたちも進軍できない。上野までも進めない。それどころか、今日は驚くことに2級の神具にて結界を張っていた拠点が陥落したと、他の拠点の敗残兵と避難民がやって来て、悪魔たちに敗北して合流してきたのだ。なので進軍を取りやめて、やむなく拠点まで撤退してきたのである。
合流してきた自衛隊員や、祓い師などが増えたことにより、戦力は増えているが、この事態を打開できる術は思いつかない。あれほどあった各地の拠点からの通信は日に日に減っていっている。外国はどうしているのだろうか? 霊的結界を張っていた日本がこうならば、他国はと考えて、まずは自国だと気を取り直す。
このままでは人類は3割減るどころではない。悪魔たちに押し負けて滅びるかもしれない。自衛隊の高官たちも難しそうな顔をしていて、焦燥が手に取るようにわかる。
物理的な攻撃が効いても、魔法を駆使する未知の敵に対応ができないのだ。しかも弾薬はどんどん消費されている。このままでは一ヶ月ももつまい。補給が必要だが、自衛隊の駐屯地はどこも音信不通だ。
追い込まれていると、焦る中で空気が変わったことを感じ取った。神聖な空気が消え去り、魔力の籠もった空気へと瞬時に変わった。
「な、なんだ?」
一般人である高官たちもその空気の変化はわかったようで、立ち上がり周りを見渡す。例えれば、空気の良い森林の匂いから、ヘドロの広がる汚臭へと変わったような感じだった。
「こりゃ、やばいですよ!」
紫煙たちも立ち上がり、なにが起こったのかを理解している。シュウもなにが起こったのか理解していた。
「まさか神具が破壊されたのですか!」
地脈に設置してある神具の勾玉は超一級品だ。レプリカであるが、強力でここら一帯を霊的に防御している要であり、破られることもない無敵の結界であるはずだった。
しかし、神聖なる空気は消え去り、澱んだ空気となったことで、否が応でも理解できる。信じられないことだが、神具が破壊されたのだ。
「あなた! あそこに!」
妻である音羽が指差す先、部屋の隅には黒き渦巻く穴が現れていた。穢れし力を感じる。この世にあってはいけないものだ。
「なんだが嫌な空気だよパパ!」
「死者の臭い。これはまずい!」
神楽鈴を素早く音恩が手に持ち、シャランと鳴らす。神聖なる鈴の音は、その力を発揮するが渦は僅かに揺らぐだけであった。
渦巻く穴から鉤爪が抜け出てくる。すぐに身体も抜け出してきて、何者なのかわかった。赤色の肌に額に生える角、風船のように膨らんだ腹にやせ細った手足。口からは牙を剥き出しに、よだれをたらし、洞穴のような眼球のない靄のみの瞳。餓鬼だ。有名すぎる地獄の鬼である。
「祝詞により去れ悪鬼よ!」
『気弾』
すぐに印を組み、シュウは法力を使う。青白い神聖なる法力の弾丸は狙い違わず鬼の額に命中して、仰け反り転がす。
「なに!」
だが、シュウはその結果に驚き、目を見開く。今の一撃は餓鬼を倒すのに充分な力を持っていたはずなのに、転がすだけに終わったからである。
シュウの動揺を他所に、渦巻く穴からは次々と餓鬼が現れる。
「ちいっ! 封ぜよ!」
『金剛鎖』
紫煙が符を5枚手に挟み、マナを籠めて投擲する。符は穴の周りに飛んでいくと、光る鎖となって現れた餓鬼ごと封じようとする。
雷光の如き光が辺りを照らし、餓鬼たちを封印したかのように見えた。だが、穴から新たなる腕が現れると一振りして、鎖をあっさりと砕く。
それは漆黒の腕であった。他の餓鬼とは違う太さと大きさを見せていた。
鉤爪を床に突き立てるとのっそりと現れる。
「ガハハハ。吾輩参上」
漆黒の身体を持つ背丈が3メートルはある餓鬼であり、その黒水晶のような瞳がシュウたちを見て哄笑する。それだけで祓い師以外の面々は顔を青褪めさせて、苦しそうな顔で膝をつく。
「吾輩、ここの地より挙兵せし魔王『ホウショク』なり。勇ゲフン、祓い師と自衛隊員は皆殺し。他は家畜として飼う。お前ら、皆殺し!」
ビリビリとその禍々しい叫びに、シュウも気分が悪くなる。見たこともない強力な魔力を持つ悪魔だ。魔王と名乗るのに相応しい力を持っている。
「馬鹿なことを!」
なんとか立ち上がった自衛隊の一人が短銃を腰のホルスターから引き抜いて、引き金を引く。3発の銃弾が発射されて、ホウショクの眉間に正確に命中した。悪魔は銃弾で倒せると知っている自衛隊員は躊躇いをみせずに攻撃したのだ。
「なにっ!」
だが、想定外の結果となった。ホウショクの眉間に命中した銃弾は金属の塊に命中したかのように甲高い音を立てて、あっさりと弾かれると、床へと穴を空けるに終わったのである。
「ふふん。このホウショク様の能力。あらゆる物を食べてその力を自分の物へと変えることができる『物質同化』はどうだ? この身体は神具を守っていた金属の扉と同じ硬度よ!」
グハハと高笑いをして、ホウショクは鉤爪を軽く振り上げる。振るわれた軌道から漆黒の刃が生み出されて、銃を撃った自衛隊員をあっさりと分断させ、後ろにいた者も巻き込み切り刻む。血臭が辺りに漂い、鮮血が舞い散る。
「おっと、吾輩なんかやっちゃいましたか? ぶはは、どうだ厚さ3メートルの合金を撃ち抜ける銃はあるか? 良いぞ、対戦車ライフルでもなんでももってこい!」
ホクショクは調子に乗り、高笑いをして、おどけるように肩を竦める。ふざけた態度だが、その力は圧倒的であった。
そんな金属の塊を打ち破ることができるとしたら、戦艦の砲弾か、ミサイルでもないと不可能だ。対戦車ライフルは鉄板を貫くが、その厚さは数センチ。1メートルだって貫くことはできない。
戦車よりも質が悪い敵だと、自衛隊員は恐怖で顔を青褪めさせて、祓い師たちもその強力な能力に慄然とした。
「グハハ。吾輩無敵。やべー。餓鬼ってサイコー! おっと、油断はせずに戦闘員たちは皆殺しだ! やれ、お前ら!」
ホウショクは調子に乗って高笑いをするが、すぐに、気を取り直し、眷属に攻撃を指示する。
『眷属強化』
油断はせずに眷属強化を使用して、周囲の餓鬼たちを強化もする。黒き波動がホウショクから放たれて、餓鬼を強化し、人間たちをその禍々しい魔力により弱体化させてしまう。
「迎撃するのです!」
「叩き切る!」
「倒しちゃうんだから!」
「こいつはヤバそうだ!」
天華を始めとして、音恩や紫煙が身構えて、音羽が補助法力を使う準備を始める。
シュウは手首に嵌めている鏡のように周りを反射する神具、『神鏡の腕輪』に指を添えて、神聖力を練る。高官は気絶していたが、他は銃を手に持ち、祓い師たちも各々神具を手に持ち、戦闘を開始するのであった。




