109話 新年会だの
年が明けた。除夜の鐘は聞こえなかったが、出雲は特に気にしなかった。自分の最近の年末はだいたい深夜になったら寝て、昼になったら起きていたので。
「あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうなのじゃ」
「あけましておやすみなさい」
俺が挨拶をして返ってきたのは二人だけ。一人はパートナーにして、悪魔ではなくて、ただの愉快犯だと最近は考えている褐色エロティック美少女のリム。角とコウモリの羽に悪魔の尻尾が天使らしくて、とっても可愛らしい。さり気なく尻尾を触ってみたい今日この頃です。
もう一人はダブっとした服を着ている人形遣いの悪魔、人方茜。ブカブカ裾からちょこんと覗く指先に、うししと笑う悪戯そうな笑みが可愛らしい美少女だ。
以上、俺の眷属の天使二人と自宅マンションにて新年会をしています。
3人だけの甘い新年会だ。いちゃいちゃな新年会だ。
そう思いたいおっさんだが、本当は知っていた。
「ねぇ、他の皆はどこなの? なんで3人だけの新年会なわけ?」
3人だけのリビングルーム。テーブルには豪華なおせちが重箱の中に入っている。しかも何段もあるので食べ切れなさそうである。明らかに大勢のための用意だ。
所謂、大勢が来るぞと張り切って作った料理が誰も来なかったために、虚しく一人でモソモソと食べるパターンだ。おっさんがモソモソと食べる姿は極めて寂しい光景だろう。メンタルが弱かったら泣いちゃうレベルである。
「トニーは天華と初詣イベントをこなしておる。お願いは好感度を上げることにするらしいのじゃ」
「懐かしのギャルゲーイベントかよ。全年齢対応にしてやるぜ」
うひゃひゃと気持ち悪い笑顔で、初詣デートに向かうトニーが簡単に想像できるよ。でも、祈るならウルゴス神にしてくれよとため息を俺は吐いてしまう。
「ハクはスエルタたちと一緒に新年会に行ったっすよ。翔は分裂して、幼女天使たちと一緒に街を散歩してお年玉をもらってるっす」
「ウルゴス神の前で踊りを踊ると言ってたぞ。幼女天使たちと小さなマスコットドールの踊りはウケるじゃろうの」
意外とセコい魔王だなと、俺は翔の行動を聞いて呆れてしまう。あいつの能力は強欲じゃなくて嫉妬だったよね? でも、俺はなーんにも聞いていないんだけど。とっても寂しいんだけど?
「俺はこの世界の神様じゃなかったっけ?」
哀しくなりながら、日本酒の入った瓶を取り出すと、ガラス製のお猪口に入れる。
トトトと透明な液体がお猪口に注がれて、ぷーんとフルーツのようなアルコールの良い匂いが部屋に漂う。
「そんなに寂しいなら、謁見の間でやれば良かったではないか。っと、妾にも一杯」
リムがお猪口を差し出すので、注いであげながら謁見の間で新年会をすることをシミュレーションし、顔を嫌そうに変えてしまう。
「やだよ。どう考えても疲れるだけだろ。俺は出された料理も食べないで、酒と挨拶、おべっかの混ざる会話だけの集まりは嫌なんだ」
おっさんは新年会とか会社の宴会は大嫌いなのだ。だって、ほとんどの人は出された料理に手もつけないしね。以前に松茸尽くしの豪華な宴会に参加した時に、誰も松茸ご飯も土瓶蒸しも松茸の炭火焼きにも手を付けない時には腹が減ったものだ。いや、腹がたったものだ。
さり気なく他の人の松茸ご飯なども食い荒らしたのだが、それでも四人前ぐらい。デザートのメロンも2人前食べたけど、圧倒的に箸も付けられていない放置された料理の方が多かった。
俺は出された物は全部食べる。北京ダックなら、一人前ずつと分けられていても、さり気なく場所を移動しつつ、初めて食べますといった感じで食べまくるし、ビュッフェスタイルなら全種類制覇を目論むのだ。セコいおっさんである。でも、誰も手を付けていないから仕方ないのだ。
なので、楽しめなさそうな新年会はノーサンキューである。信仰してますといった顔で謁見の間にぞろりと並ぶ魔王たちと新年会? きっと料理を食べられないし、会話だけで疲れるだろうからパスてす。
三が日はお休みするのだ。いつもお休みしているようなおっさんは、心に誓いだらけることにする。ろくでもないことだけは強く誓うおっさんは3人だけかぁとため息をつきつつ伊達巻を口に入れる。甘くて美味い。
実に語彙の少ないおっさんは、もぐもぐと食べ終える。少ししょっぱいのは涙の味だろうか。おっさんの涙入りだと食中毒になるかもしれない。
そんな出雲のしょぼくれた様子を見て、リムたちは仕方ないのぅと、肩をすくめると、体を寄せてきた。
「妾たちだけでは不満かの?」
「そうっすよ。ほらほら、茜ちゃんですよ〜、柔らかいっすよ〜」
魔王に慰められる神様である。
「エロよりも大勢でワイワイと新年会をやりたかったんだ」
そして空気を読まないおっさんでもあった。
「たしかにこういう宴会はあまりないからの。仕方のない契約者殿じゃ」
「頬ずりするっすよ。身体全体を使って」
まだへこんでいるおっさんに、美少女たちはすりすりと身体を押し付けてくる。美少女の甘い匂いと柔らかさ、温かい体温にデヘヘと鼻の下を伸ばしてようやく機嫌を直す出雲。あっさりと気を取り直すと真面目な顔で問いかける。その姿はお菓子をもらって笑顔になる泣いていた子供の如し。実に調子の良いおっさんだ。
「で、光たちはあの牧場も見てどう思ったって?」
気になっていたことを聞くことにする。
「普通でしたよ? へー、って感じでした」
「うそつけ! 俺は最初あれを作った時に、一週間は悪夢を見たんだからね?」
神の庭に光たちをわざわざ招き入れた理由。それは牧畜地区の感想を聞きたかったからである。牧畜地区。穏やかに家畜が過ごせるミラクル牧場である。
何しろ餌は必要ないし、世話をすることもない。なんと素晴らしい牧畜地区だろうか。ゲームのように簡単な地区だ。
と、最初は思っていました。
「現実で牧場の物語をやると怖いってわかったよ。昨日卵だったのに、今日はひよこ、明日は鶏になっているんだよ? 間隔は長いけど豚も牛も同じように、どんどん増えていくし」
最初はよくわからなかった。鶏とかを牧畜地区に入れておけば餌を用意しなくても育つんだろうなと思っていた。これからは食肉は貴重になるなぁと俺が食べることができれば良いやと思っていました。
餓死しないことを確認して、10日程放置していたら、鶏がやけに増えていた。100羽ほどしかいなかったはずの鶏たち。それが300羽くらいに。そしてひよこがそこらを走り回っていた。
んん? と首を傾げて不思議に思っていたら、子豚とかもブーブー歩いていたのだ。あれぇ? と思って一ヶ月後、牧畜地区にビッシリと埋め尽くすように鶏がいて、その中で豚や牛の鳴き声が聞こえるというホラー展開になっていたのだった。鼠算式に増える恐怖の鶏たちであった。
ちなみに牧畜地区から卵を持ち出すと無精卵になったので、増えるのは神の奇跡の力なのだろう。奇跡さん、やりすぎです。
悲鳴を上げて、牧畜地区を増やして、肉を外に流し始めたのが今回の顛末である。おっさんはクローン工場みたいな牧場だと悪夢に襲われました。
「うむ………数日で増えるゲーム感覚の牧場は、流石に妾もドン引きじゃ。あれって、人間には適用されないのが救いかの」
「牧場で働く人募集。一日100万円。裏バイトで募集しても良いホラーな牧場だよね、あれ?」
冗談混じりに言いながらも怖いよと、おっさんは体を震わせて、茜にすがりつく。産めよ増やせよって、やりすぎだろ。
自分よりも遥かに若そうな見かけの少女にすがりつくおっさん。慰めるっすよと、柔らかく豊満な胸を押し付けてくれて、頭を優しく撫でてくる茜に、作ってよかった魔王さんと、鼻の下を伸ばすおっさんである。本当に怖がっているのか、その様子からはさっぱりわからない。
その光景にムッと頬を膨らませて、不満そうに褐色小悪魔は出雲の頭をペチンと叩く。一応嫉妬するふりをしてくれる模様。
「なんで妾にしがみつかないのじゃ」
「茜とスキンシップがあまりないと思って」
「セクハラと言われるぞ」
「お互いが同意の上なら問題ないね。茜、同意しているよね?」
念の為に眷属に尋ねる神様。だが、上司からの問いには圧力があるので、部下は嫌々同意しましたと後から証言しても認められる可能性は大だ。おっさんは堕ちたるセクハラ神と名乗らなくてはいけなくなるかもしれない。
「婚約指輪を今度買いに行くっす」
現実はもっと酷かった。にこやかなスマイルの茜に本気度を感じて、新人類に目覚めたかもしれないおっさんは中途半端な半笑いにて答える。
「少しよろけちゃったかな。支えてくれてありがとう茜」
すっと離れてアハハと笑う保身に走るおっさん出雲。茜の目には愛情ではなく、悪戯そうな光が宿っているように見えるが、神様は用心深いのである。なので、おっとっとと酒に酔ったのでと、セクハラ上司の常套手段を使って離れておく。
はぁ、とリムが呆れた顔になるが酒に弱いんだよと、ぐいっと日本酒を飲む。
「まぁ、冗談はこれくらいにして、食肉工場よりも酷い牧場と、無限に増えるハクの田畑を見て、光たちはドン引きしてただろ?」
「人方Bを見てもあんまり驚かなかったっすね。たしかにドン引きでした。ぼんやりと過ごす動物に違和感を覚えたみたいっすよ。しかも増え方も異常と聞いているっすからね」
コロンと寝っ転がり、俺の膝上に頭を乗せてくる怠惰の魔王茜。そのふんわりとした髪の感触に神様になって良かったと内心で喜びながら、今回のことがどう繋がるのかを考えて、フフフとほくそ笑む。
「なら、かなり怪しい神様だと理解したよね? この噂が広がれば、どことなく怪しいウルゴス神を狂信的に崇める人もいないだろうね」
「あぁ、だから見させたのか。お主は聖人たちの天国は嫌いなんじゃな」
「つまらない未来しかないからなぁ。食肉の話はインパクトあるでしょ」
なるほどの、とリムが数の子をプチプチと食べつつ頷く。茜は俺の膝を手でサワサワと触ってきており、こそばゆい。
そして食肉の増え方は噂話として、さり気なく翔に広めるようにも伝えてある。危険なる大魔王ウルゴスだと皆は思うだろう。ふふふふ。
庶民的で怪しい土着の神様ウルゴス。立ち位置はその程度で良いと思うんだよね。盲目的な信仰の未来はつまらない未来にしかなりそうにない。
「今孔明と呼んでくれ。この作戦は上手くいったでしょう」
知力100のおっさんは羽扇の代わりに、蒲鉾で自分を扇いで得意げに口元を歪める。現代の智者がここにいた。
だが、茜が気まずそうに口を挟んできた。
「あ〜……。それがっすねえ……その後で街に戻ったんすけど……普通に店に入ったら三人娘はステーキやハンバーグステーキ食べていたっすよ」
「はぁ? なんで? 気持ち悪いじゃん。俺は3日は肉が食べれなかったよ?」
その答えに驚いてしまう。すぐに肉を食べた? おかしくない?
「最近の女子高生は切り替え早いっすね。牧場だからそんなものかなと思い直して、肉が増えることに忌避感を持たなかったっす。やはり加工されたパックしか知らない世代っすからね」
街の人も大体はそんな感じで気にしていないっすと茜は答える。肉屋に並んでいる肉がどう増えているかなんて気にしない模様。
「マジか……。現代人こえーっ!」
こりゃ、神様もこの世界を見捨てるよねと落胆しつつ、新年会を三人だけで続けるのであった。




