108話 本当に牧畜というのかの
光たちはウルゴス神の神像が置かれている広場を集合場所にした。なぜかそこかしこに金色のバトルスーツを着込む特撮ヒーローのフィギュアがあるなぁと思っていたら、茜ちゃんから、神像だと言われてびっくりした。教えてもらうまでは、大人気の特撮ヒーローだと思っていたのだ。
「え? これが神像なんですか? 特撮ヒーローではなく?」
思い切り正直に光は茜に聞いてしまった。だって、金ピカの装甲なのだ。バトルスーツと言ってよいだろう。過去に懐かしの特撮ヒーローとかをクローズアップしていた特番を見たことがあるが同じ感じにしか見えない。
宇宙警部ウルゴスと名乗って、蛍光灯を振り回していてもおかしくないメカニックなデザインの神像である。正直に言って有り難みゼロだ。
茜との間合いを詰めて尋ねる光に、あははと笑って、頬をポリポリと茜はかく。自分でもそう思うので無理はない。
「そうなんっすよ。人の想念から生まれし堕ちたる神にして、悪意の塊である大魔王……でしたっけ? そんな感じっす」
微妙に違う説明をする魔王茜。何やら出雲に思うところがある模様。不満がセリフに転換されていた。たぶんもう少し出雲様は可愛らしいあたしを呼んでくれても良いっすとか考えている様子。
「巫女になるのは抽選なのですよ」
「抽選?」
スエルタと手を繋いでてこてこと歩いている幼女ハクが神像の下を指差す。指差す先に釣られて、三人娘は視線を向けて、不思議そうに首をコテリと傾げた。
「巫女ですか?」
「あれがですの?」
「一日巫女?」
神像の下には巫女服を着た幼女が座っていた。肩にタスキをかけているが『一日巫女』と書かれている。なんだろうあれ?
光たちの疑問にスエルタが半眼で答えてくれた。
「あれは持ち回りで巫女をする係。幼女でなくても可。役目は朝昼夕方にウルゴス神へと祈りを捧げるだけ。報酬は供物」
「供物? あぁ、なるほど」
スエルタのざっくりしすぎた説明に戸惑うが、理解した。神像を前を通り過ぎる人の中で、恭しく、いや、ニコニコと笑顔でおにぎりを祭壇に置く人がいたのだ。
「ウルゴス様。今日も貴方様のお陰で安全に暮らしております。ありがとうございます。これは私たちの地区の今日のお供え物、梅のおにぎりと、クッキーです」
一日巫女はその言葉にコクリと頷くとちっこいおててを掲げて、えっへんと胸をそらして口を開く。
「ウルゴスマンのだいりのあたちがうけとりまちた。……あと、なにをいえばいいのかな? わすれちゃった」
でも、有り難い巫女のセリフは忘れちゃって涙目になっちゃう。
「あぁ、大丈夫だよ、気にしないで。おばあちゃんは何度も聞いているから飽きちゃったから大丈夫」
うるうると泣きそうになる幼女の頭を優しく撫でて、慰めるおばあちゃん。信心深さがわかるというものである。せめてセリフをオブラートに包んだらどうだろうか?
「それじゃおにぎりたべていい?」
「えぇ。おばあちゃん、水筒にお味噌汁も入れてきたよ。寒かったでしょう? 頑張ったねぇ、ののちゃんや」
水筒からお味噌汁、もう一つの水筒からジュースと万全の準備だ。
「ありがとう、おばあちゃん!」
「良いのよ。今日は帰ったらお母さんにハンバーグを作ってもらおうね」
「はんばーぐ! やったぁ、だいしゅき!」
どうやら家族だった模様。とはいえ、他の人たちも祭壇にミカンやら餅を置いていく。どうやら家族でなくても供物はある模様。
エヘヘと幼女が微笑んで、梅おにぎりを口にして、酸っぱくて美味しいと花咲くような笑顔になり、おばあちゃんは慈しみの表情でご飯を食べさせていた。食べ終わったらデザートはミカンだろうか。
ほのぼのとした光景がそこにはあった。
「あの……これ、なんですか?」
まったく有り難みゼロの光景に顔を引きつらせる光たち。ちょっと罰当たりではなかろうか。
「庶民的なウルゴス様は地区ごとに一日巫女を選出するっす。持ち回りはだいたい2ヶ月に一回っすかね? 供物は自由にして良いし、簡単な願いなら叶えてくれるっすよ」
興味があったので祭壇に近づくと、おばあちゃんの腰が良くなりますようにと、可愛らしい文字の御札が置いてあった。良い子である。
「この場合、後でリムが回復の符を持ってくるっすね」
「神様が願いを叶えてくれるんじゃないの!」
「面倒くさい願いは神様に任せるっす」
驚く光に茜はやれやれとアメリカンに肩をすくめて見せるので、多少イラッとしちゃう。本当にここにいるのは神様なのだろうか?
「皆はウルゴス神を本当に信仰しているのでしょうか………」
「ちなみに金持ちになりたいと言う願いの時はチンチロリンの場を開催するっすよ」
「怪しい大会だっ! なんだか借金塗れになりそうな予感がしちゃうよっ!」
吠えるようにツッコミを入れる光に、漫才師としてはなかなか素質があるねと、上から目線で評価する茜。なぜか上から目線である。彼女は漫才師にジョブチェンジしたのだろうか。
「どうやら神聖力が籠められたマナをウルゴス神は集めている。なので、支配とかは気にしていないみたい」
「まぁ、あれを見ればねぇ……」
おにぎりを食べ終わった一日巫女の幼女はよじよじと神像に登り、木登りもできるんだよと肩に乗るとブイサインをちっこいおててで魅せちゃう。
もちろん、幼女一人では大きな神像に登るなんて無理である。なので、こっそりと供物のクッキーを食べに来た幼女天使がパタパタとちっこい玩具のような羽根を羽ばたかせて、落ちないようにお手伝いしていた。
「てんしさまありあと〜」
幼女がニッコリと微笑み、幼女天使のさんちゃんはクッキーを頬張ってハムスターのように頬を膨らませちゃう。
「クッキー美味しいでしゅ」
可愛らしいコラボレーションが行われて、おばあちゃんはあらあらと微笑ましそうに眺めて、周りの人々は幼女天使だと、お菓子を持って集まってきた。ますますほのぼのとした光景となったウルゴス神像である。
もはや神々しさなどゼロである。遊園地のマスコットと遊ぶ幼女たちにしか見えなかった。
「これだけ庶民的なら、皆はウルゴス神を信仰するのです。あたちのナイスアイデアで、1日神官は設置しないで、巫女だけにしたのですよ。ちなみに全年齢で巫女にはなれるのです」
えっへんと平坦なるお胸をそらして、自慢げな幼女ハク。全年齢かぁと、意外な返答に驚きつつも茜に光は本当なのかなと問いかける視線を向ける。
「巫女が全年齢なのは誰も知らないから、年齢は10代限定っすね」
「それに加えて、純真であればあるほど良い願いを叶えてくれるとの噂話もある」
「だよね………」
まぁ、私が信者になるわけではないからいっかと、ほのぼのとした光景に肩透かしを覚える光であった。
「もっとこう………白い貫頭服を皆は着ていて、無駄なお喋りをしないで暮らしていると思ったよ」
「そうてすよね。私もそう考えました。静寂の中、死の世界のような聖者ばかりが、ニコニコと人の良さそうな笑顔を常にしながら暮らす世界」
「わたくしもそう思いましたわ。天国は酷く退屈。色々な小説などで、そのような描写がありましたし」
ちらりと周りを見ると、神像の設置されている広間の周りには屋台が作られている。焼き鳥屋やたこ焼き屋、クレープ屋に、餅や門松、熊手も売っており、年末から年始にかけて稼ごうと商魂たくましい人の姿があった。妥協しても天国には見えない。その方が良かったので、内心はホッとした光たちであったけど。
なので油断した。ウルゴス神は庶民的すぎて、脅威には思えない。あまり力はないんだろうなぁと。
なので、さらにたこ焼きを買い込んで、和気あいあいと茜たちと共に神の庭に観光案内された三人娘だったが、なぜか記憶に残らない道を歩き、知らない間に霧の壁を通り抜けてから、驚愕した。目の前に広がる光景に。
「な、なんですかこれ?」
そこは積雪残る街並みではなかった。春のような麗らかな暖かさの中、青々とした草が生える広々とした平原であった。川底まで見える綺麗な水が流れる可愛らしい、なだらかな丘の麓には泉があり、牛や豚、羊にヤギ、鶏とめいめいがのんびりと寛いていた。とっても牧歌的な光景であった。
そこに機械が歩いていなければ。丸柱を組み合わせて作り上げた人型の機械だ。ガシャンガシャンと歩く機械は5メートルはある背丈の機械だ。ロボットと言うやつだろう。
鶏の巣に手を伸ばして丁寧な優しい動きで鶏を退かすと、卵を回収していく。豚も逃げることなくあっさりと掴まえられて、運ばれていく。多くのロボットが無数の豚などや、鶏を運んでいった。
どこに連れていくのだろうと光は一瞬考えたが、その答えは先程見た街並みにあると気づく。
「これは? まさか牧場ですかっ?」
「ふふん。そうっすよ。あの作業用ロボットの名前は人方B。変形してトラックにもなるんすよ」
人方B。作業用ロボットとして茜が作ったロボットだ。簡単な換装で人方Cと呼ばれる機動兵器にも変えることができる。茜の自慢の作業用機体である。
エヘヘと褒めて褒めてと身体をくねらせる茜。顔を赤らめてそわそわするが、機動兵器が気になるわけではない。いや、気になることは気になるが、もっと気になることがある。
「あぁ、いえ、光はそういうことを聞いているわけではなく、ここは牧場なのでしょうかと聞きたいのでしょう」
「月の言うとおりですわ。なぜ逃げないんですの? この動物たちはなぜおとなしく暮らしていますの?」
月とルナが平穏な穏やかなる平原を、いや、牧場に怖気を覚えて尋ねると、自分の機体に驚いてくれなかった三人娘に茜は不満そうに口を尖らす。せっかく案内して、驚いてくれると思ったのに、牧場の方に目を向けるとは思わなかった。
だが問われれば答えるのが、応えてあげるのが魔王の魔王たる所以だ。
「ここは穏やかなる楽園っす。動物たちは飢えを知らず、水を飲み草を食べて産めよ増やせよと暮らすのみっす」
ニコリと微笑む茜は全く以て不思議には思っていない顔であった。
「たしかに不気味っすけどね。でもまぁ、ブロイラーの鶏とかよりは全然良い暮らしっすよ? 光は鶏工場見たことあるっすか? ここは楽園だと言い切れるっすよ」
「そ、そうかな? え? でも……不気味だと思わない?」
意志のない動物たち。それは不幸ではないのだろうかと自問する光たちであるが、でも食肉用なんだよねと、答えに迷ってしまう。
これが業というものなのだろうかと、ハクちゃんたちを見るが、気にする様子は見せていない。慣れてしまったのだろう。
「ね? 結局のところ、人間は生命が食肉に変わるところを見たくないだけなんすよ。加工された食肉、パックに入れられた牛乳やセールで格安で売られている卵。そんな部分だけを見たいだけなんっすよね?」
茜の目の中の暗い輝きに、光たちは何も答えられなかった。
この光景は今のイーストワンの人々にも当て嵌まるのではなかろうかと、なんとなく背筋がゾクリとする三人娘たちであった。
ちなみにおっさんは、この牧場を見て、数日間悪夢に襲われていたと残しておこう。




