第14話 善意の刷り込み
「フェルーナ、何をしているのか聞いても良いだろうか?」
「ええ、もちろんです、ラベルグ様」
石像がある部屋から出て来た私は、ラベルグ様の言葉にゆっくりと頷いた。
ルナーラ様は、既に王城に戻っている。王位を継ぐためにも、彼女には色々とやらなければならないことがあるそうだ。
そのため、石像に対する魔法は私がかけることになった。今はそれを終えた――というよりも、魔法をかけている最中だ。
「現在、私は石像の精神に魔法をかけています。具体的には、彼女達にある善意を引き出しているのです」
「善意を引き出す?」
「まあ、こちらに都合が良いように誘導しているということなのですが……彼女達には今、石像になった自分達が村の人達に運ばれている光景を反復してみせています」
「それは……」
「平民の優しさを刷り込んでいるのです。幸いにも同じような記憶を見せるだけで済むから、今回は部屋に魔法をかけています。開けないでくださいね」
今回は、とても珍しい状況だといえる。精神に干渉する魔法は、個々にかけるのが基本だ。記憶というものはそれぞれ違うものだからだ。
しかし今回の場合は、全員が同じような体験をしており、しかもそれが利用できた。魔法を範囲で絞ってかけることでなんとかなりそうなのだ。
「しかしながら、それで上手くいくものなのか?」
「ええ、理論上はそうですね。想像してみてください。これから彼女達は、自分達が助けられたという記憶を四六時中繰り返されるんですよ? そんなのをずっと見せられていたら、嫌でも自分を省みることになりますよ」
「……恐ろしい話だな。まあ、今回の場合は良い方に振ろうとしている訳ではあるが。いや善悪など個人の見解に過ぎないか」
「まあ、私としては更生させているというつもりでいます。その方が気楽ですからね」
どんな人の中にも、良い心があるなんてことは幻想だろうか。
少なくとも、私はそうは思っていない。こんな人達の中にも、何かしらの愛の類はあるだろうし。
そういった心を引き出していると、今は思っている。それは私が気楽になるための方便に過ぎない。だけど、あまり重たく考えない方が良いだろう。今は割り切るべき時なのだから。
「更生という名の通り、この人達に善意が一つもなければ成功はしません。それが怖い所ですね……」
「それは流石にないと思いたいものだな……少なくとも、俺は人の心の中にある良心というものを信じたい」
「ええ、そうですね」
ラベルグ様の言葉は、私が思っていた通りのものだった。
彼はきっと、人の良心を信じられる人だ。私はそんな彼のことを、好ましく思っている。
私の心は、そんなに清らかではない。最近は特にそう思う。とはいえ、それを深く考えるつもりはない。そんなことは、無駄なことだからだ。
◇◇◇
「申し訳ありませんでした! あなたには本当にひどいことをしてしまって……なんとお詫びしたらいいのやら」
「あ、いえ、大丈夫ですから、落ち着いてください……」
「謝罪のためにお金を支払うというのは、どうでしょうか? 賠償金というものがある訳ですから、間違っている訳ではありませんよね?」
「いえ、それは間違っていると思います。お金で全部解決できるというのは……」
「傲慢でしょうか……すみません、私、わからなくて……」
私の目の前で、一人の令嬢は嘆いていた。
目が覚めてから、彼女はずっとこんな感じだ。控室で私を詰めていた時とは、大違いである。
彼女の名前は、リネアラというらしい。パステルド伯爵家の長女であるそうだ。
私の魔法によって、彼女はずっと村の皆の善意を見せられていた。
石像となり動けない状態で、そういったものを見続けた結果、無事に自分を省みることになったらしい。
ただ、その反動は大きかったといえる。彼女は猛省しているのだ。私を詰めたことは、特に気にしているらしい。
「フェルーナ様、とお呼びすれば良いのでしょうか?」
「え? いや、別に呼び捨てで構いませんよ?」
「そんな恐れ多いことはできません」
「私は平民で、あなたは伯爵令嬢なのですから……」
「そうやって地位にかまけて高慢になっていたのが、全ての原因です」
リネアラ嬢の変化に、私の方が追いつけていなかった。
精神に干渉する魔法が、何故禁止されているのかよく理解できる。こんな風に人を変化させるのは、ひどく残酷なことであるように思えてしまう。
とはいえ、今回の場合は平たく言ってしまえば歪んだ性格が矯正された訳で、良いことと言えなくはないのかもしれない。いや、それは自分がしたことを好意的に捉えすぎか。
「村の皆さん、何か手伝えることはありませんか?」
「私達は、皆さんの優しさにお返しがしたいのです」
「あら、大丈夫ですか、お婆さん。手を貸しますよ?」
ちなみに、変わったのはリネアラ嬢だけではない。
石像になっていた魔法使い達は、皆人が変わっている。彼女達も、自分をしっかりと省みたようだ。
ここにいる魔法使い達は、全員が貴族である。貴族の一部が変わったということは、この国にとって大きな一歩にはなってくれるだろう。自浄作用が働いてくれるようになるかもしれない。
「フェルーナ様、肩をお揉みしましょうか?」
「いえ、結構です」
しかしながら、このリネアラ嬢をどうするべきだろうか。
それが今の私にとっては、目下の課題である。
◇◇◇
「物凄い変化だな……」
「ええ、私も正直驚いています」
石像になっていた令嬢達は、村の中を右往左往と動き回っている。
皆、村の人達のことを助けているのだ。私を平民だからと見下していた人達と同一人物とは思えない動きである。
「精神に干渉する魔法は、やはり危険ですね。自分でやったことですが、中々に恐ろしいです」
「……まあ、人格が書き換わったと言っても、良い方向に動いているのだから、そう気にすることもないだろう。はっきりと言って、この国の貴族は碌でもない者達ばかりだからな」
「なんだか実感がこもっていますね?」
「騎士として任務にあたっていると、色々と目にすることもある。俺個人の意見を言わせてもらえば、あなたは大勢の人を救っていると思う」
「それは……」
ラベルグ様は、苦い顔をしていた。
それは恐らく、貴族の身勝手によって失われた命を、彼が知っているからだろう。
そういった話は、聞いたことがない訳ではない。貴族は平民のことを簡単に弄ぶ。それはこの国に蔓延る悪しき風習だ。
「とはいえ、彼女達もまだまだこの国の一部に過ぎない。これで貴族そのものが覆るかは微妙な所だ。もちろん、大きな一歩ではあるが」
「それはそうですよね……その辺りについて、ルナーラ様はどう考えているのでしょうか?」
「今回のことでわかったとは思うだろうが、ルナーラ様は目的のためには手段を選ばない。いざとなったら、この国の貴族全員に今回のようなことを行うかもしれない」
「まあ、それが一番確実な方法ではありますよね……」
ルナーラ様は、魔法使いとして劣る。それは彼女の母親であるルナメリア様のお墨付きの事実だ。
だが、そんな彼女でも恐らくこの国くらいには一人で対抗できる。彼女が貴族全員の人格を書き換えることを考えているなら、誰にも止められないだろう。
そもそも、ルナーラ様がそういう行動を取るとなれば、少なくとも私とルナメリア様が協力する。それぞれ国一つを相手することができる魔法使いだ。
つまり無理やりという方法は、そう難しい方法ではないのである。むしろ、容易い方法といえるかもしれない。
「もちろん、この国にもまともな貴族はいる訳だからな……そういった者達やここにいる者達による自浄作用をルナーラ様も期待しているのかもしれない」
「それが上手くいくといいのですが……おや」
「戻って来たようだな」
そこで私は、村に向かってくる団体に気付いた。
それは私を恐れてここから逃げ出した残りの魔法使い達だ。どうやら行く先もなく、こちらに戻って来たらしい。




