第10話 恐怖を覚えて
「な、何をやっているんですか! 早くその女を拘束しなさい!」
「し、しかし、このようなことができる魔法使いに対抗することなんて……」」
「馬鹿なことを言わないでください。それ程の数がいるというのに……」
ニルーア様の言葉に、私を詰めた令嬢の片割れを含む魔法使い達は沈黙していた。
曲がりなりにも王城で働ける程の力量はあるため、彼女達は理解しているのだろう。私に敵うはずはないと。
ただ、そういったことに関しては素人であるニルーア様からしてみれば、数の優位を覆せるとは思えないのかもしれない。いや単に、彼女が強がっているだけだろうか。
「あなた達の仕事は、その女を従えることです。その仕事が果たせないというなら、あなた達なんてクビです。役立たずはこの国に必要ないということを、よく覚えておきなさい!」
「ク、クビだなんて……」
ニルーア様の言葉を受けて、令嬢はこちらを向いた。
彼女の目には、涙が浮かんでいる。私と戦いたくはないが、王女に逆らうこともできない。そんな板挟みの状況に、かなり精神が追い詰められているのだろう。
流石に少々、可哀想かもしれない。ここは手早く石化させて、楽にさせてあげた方が良いだろうか。
「いやっ……」
そう思って私が手の平を向けると、令嬢は後退った。
彼女の後ろにいる魔法使い達もそうだ。完全に戦意を喪失している。
それならこのまま、引き下がってもらいたい所だ。いくら私でも、この人数は流石に疲れる。引いてくれるなら、その方が絶対に良い。
「私と戦うというなら、覚悟してください。先程までは多少手加減していましたが、本気でいきますよ?」
「ほ、本気……」
「王女様に逆らっている訳ですからね。こっちは失うものなんて何もないということを、ご理解ください」
「……ひっ!」
私の言葉に、令嬢は尻餅をついた。
それから彼女は、素早く立ち上がり、ふらふらとしながらもその身を翻した。そのまま、私から離れるように駆けていく。
その逃走を皮切りに、他の魔法使い達も後退し始めた。彼女達も、まちまちと身を翻している。この場から逃げ出そうとしているようだ。
「なっ! 逃げるなんて許しませんよ! 戻って来なさい! さもないと……!」
「む、無理です!」
「あんなのに勝てる訳ありません!」
ニルーア様がいくら止めても、魔法使い達の足は止まらなかった。
この辺境の村から、どこに逃げ出そうとしているのかはわからない。ただ彼女達は、これ以上私と対峙していたくはなかったようである。
「こ、こんなことが……」
魔法使い達がいなくなったことによって、ニルーア様の味方はほとんどいなくなっていた。
後は、付き人や御者くらいだろうか。その人達が力づくで私を連れて行ける訳もないし、もう打つ手などはないだろう。
それなら、帰ってもらいたいものである。これ以上無駄な時間を過ごさせないで欲しい。
「ニルーア様、そろそろ諦めてください。私は、あなたが何もしなければ何かをするつもりはありません。ただこの村で、人並みの生活を続けられればそれで良いのです」
「この化け物が……あなたなんかに、人並みがありますか!」
ニルーア様は、私に対してまたも罵倒の言葉を口にしていた。
本当に、威勢だけは良い人だ。そういった点に関しては、ほんの少しだけ感心する。まだ心が折れていないのは、大したものだ。
そんな彼女は、そこでその視線を泳がせた。そして彼女の視線は、一点に止まる。それは、私から少しずれた位置だ。
「そういえば、あなたは……」
「む……」
彼女が視線を向けたのは、ラベルグ様だった。
彼の顔を見て、王女様は笑っている。それは明らかに、何か悪事を思いついた顔だ。
「あなたは騎士団の一員でしたね。それも、ドルメア公爵家の隠し子の……」
「公爵家?」
「隠し子って……」
ニルーア様は、ラベルグ様の身分を口にした。
その事実に、村の皆が少し騒ぎ始めた。ラベルグ様の事情は、隠していたことだからだ。
それはニルーア様にとっても、予想外だったのだろう。彼女は目を丸めていた。ただ、すぐに笑みを作った。相も変わらず、下卑た笑みだ。
「あなたはこちら側ではありませんか。騎士団はお兄様がトップに立っています。それに曲りなりにもいとこでしょう? あなたには、私に協力する義務がある」
「……」
「見た所、その女と親しくしているようではありませんか。あなたなら連れて行くこともできるでしょう。さあ、早くその女を従えなさい。この私に頭を下げさせるのです!」
ニルーア様は、ラベルグ様の立場を盾に命令を下そうとしていた。
考えてみれば、彼は難しい立場である。騎士団としても、ドルメア公爵家の隠し子としても、王女には逆らい辛い立場だ。
そんな彼が、私に襲い掛かってきたらどうしようか。私は少し焦っていた。ラベルグ様と一戦交えるなんて御免だ。できればそのようなことにはなって欲しくない。
そう思って、私は隣に立つラベルグ様の顔を見た。
彼は鋭い視線をニルーア様に向けている。その目には、迷いや憂いはない。どうやら彼の中では、既にどうするかは決まっているようだ。
「ニルーア殿下、私はあなたに従うつもりはありません」
「な、なんですって?」
ラベルグ様は、端的に言葉を発した。その明確な拒絶に、ニルーア様は驚いている。
私の方は、安心していた。ラベルグ様と敵対するのは、心情的に厳しいものだ。それが避けられたのは、幸いなことである。
「あなた、わかっているのですか? この私に逆らうということは、騎士団の一員でいられなくなるということです! それにあなたはドルメア公爵家の一員――身内と敵対するというなら、あなたは貴族でいられなくなります」
「元より、貴族の地位などというものに価値は感じておりません。騎士団から除名されることは残念ではありますが、だからといって私は誇りを失いたくはありません。あなたに従うことは騎士の道に反しています」
「騎士の道? そんな下らないもののために、今の地位を捨てるというのですか!」
ニルーア様は、ラベルグ様に対して激昂していた。
こんな人のせいでラベルグ様が騎士でなくなるというのは、残念なことだ。心が痛くなってくる。
ただそれでも、彼は騎士としての誇りを忘れはしないだろう。例え肩書きがなかったとしても、彼は騎士であり続けるはずだ。
「あなたにはわからないことでしょう。しかし主君の間違いを正すのも、騎士の役目の一つだと心得ています。故に敢えて言わせていただきますが、もっと自分を省みた方が良い」
「こ、この私に説教しようというのですか? 薄汚い妾の子の分際で、一族の一員ぶらないでください!」
ニルーア様は、滅茶苦茶なことを言っていた。
ラベルグ様は、別に一族の一員として言葉を発した訳ではない。ただ騎士として、進言しただけである。
それなのに彼のことを侮辱するニルーア様に、私は憤りを感じていた。しかしそれは、私だけではなかったようだ。
「さっきから聞いてりゃあ、なんだその言い分は」
「……え?」
「王女様だからって、そんなに言うなんてひどい話じゃないか」
「そうだ、そうだ。ひどいものじゃないか」
「フェルーナにも、ラベルグにも、あなたは身勝手なことを言って!」
村の皆は、ニルーア様を口々に非難し始めていた。
私やラベルグ様と親しい関係があった皆にとって、ニルーア様の言い分は不快なものだったのだろう。それが一気に爆発しているようだ。
相手が王女であろうと、最早それは関係がない。皆、我慢の限界だったのだろう。その言葉に、ニルーア様は表情を歪めている。
「……こ、こんな村、滅ぼしてやります! フェルーナ、あなたのことも許しません。追い詰めて追い詰めて、私に逆らったことを後悔させてあげます!」
ニルーア様は、最後にそれだけ言って後退していった。
それはなんというか、敗走という他ないような気がする。その捨て台詞まで、なんとも不愉快なものだ。
とはいえ、これからのことは考えておかなければならない。ニルーア様は本気だろう。それこそ騎士団などをけしかけてくるかもしれない。手を打っておかなければならないだろう。




