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ある日の晩、夢の中で、私は自分が日本の高校生、山岸橙子だったことを思い出した。一番最後の記憶は乙女ゲーム『額の傷痕』をエンディングまで走り切ったこと。そのあと何があったのかはなぜか思い出せなかった。
そして目を覚ませば、共同部屋のベッドの上にいた。
「そっか……。私、今、お手伝いさんやってるんだ……」
私の今の名前はステラ・ハインツ、10歳。ハインツ男爵家の一人娘。つまり下級貴族の娘。けれど私の今の実家のハインツ男爵家は貧乏な家柄な上、後継者がいないことによる断絶の可能性が大きく上がった。そのため私自身の結婚持参金集めも兼ねて、今は他の貴族の家にお手伝いさんとして出稼ぎに出ている。仕送りは欠かさず実家に送ってる。偉い!私!
とりあえず自分がどうやら異世界転生したことは確かなので、今後はこの世界で頑張って生きていこうと思いました、マル!
「とりあえずもっかい寝て明日の仕事がんばろ!」
私はもう一回寝た。おやすみ!
*****
「……」
よし、落ち着こう。私は今どこで働いてるのか思い出そう。
ここは王都にあるリッシュデーン公爵家のおウチ。公爵家だから、つまり偉い人のおウチ。偉い人ってことは男爵家とか平民とかじゃもう頭が上がらないほどの、というか頭を上げちゃいけないほどの立派なおウチなんだ。ということは、一介のお手伝いさんがこのおウチの家族をバカにするなんてあり得ないんだけど……。
今目の前に、公爵家の末っ子、エレナ様がお手伝いさんに水をかけられてずぶ濡れです。
「ダメじゃないですか、エレナ様。お顔を洗う際に盆をひっくり返しちゃ」
このお手伝いさん、リルアさんは確か平民だったはずなんだけどなあ。
記憶をひっくり返してみると、昔からこの家では、エレナ様が末っ子ということもあって家族からあまり期待されていなかったことを思い出した。それを知ってるお手伝いさんのほとんどがエレナ様をいじめている。
いやいやいや、公爵家のご令嬢だよ?どんなに逆立ちしたって格下のままになるほど偉い人だよ?いくら期待されてないからっていじめちゃダメでしょ。
そう思った時にふと、自分の名前、そしていじめられてる女の子の名前を思い出した。
ステラ・ハインツ。
エレナ・リッシュデーン。
あれ?この2人って乙女ゲームの『額の傷痕』の登場人物じゃなかったっけ?というかエレナって主人公じゃなかったっけ。
…………。
「私、『額の傷痕』の世界に転生してるぅ!?!?!?」
突然の叫び声に、エレナもお手伝いさんたちもビクッとなって私の方に振り返る。
「い、一体何事!?」
「ごめんなさい!寝ぼけてました!」
慌てて言い訳を捏造した。危ない危ない。一度この世界のことを思い出さないと。
エレナ・リッシュデーン。リッシュデーン公爵家の末っ子令嬢。乙女ゲーム『額の傷痕』のメインヒロイン。15歳になるとユーグワース学園に入学し、そこから物語が始まる。乙女ゲームだからもちろん王子様とかナイトとか学校の先生とかを攻略してお付き合いするのが目的。いや、学校の先生はあかんでしょ。
ステラ・ハインツ。ハインツ男爵家の一人娘。乙女ゲーム『額の傷痕』の登場人物。エレナの2歳年下で、エレナがユーグワース学園に入学するのにあわせて、専属のお手伝いさんとしてエレナについて行って身の回りの世話をする。2歳年下だから物語の中ではマスコット扱いだったはず。私、マスコットになっちゃったんだ。
思い出す過程でタイトルの意味も思い出した。確かエレナはお手伝いさんのイジメの影響で額に大怪我を負い、傷痕が残ってしまったはず。それ以来、家族からは余計疎まれて、自信をなくして、塞ぎ込むようになったんじゃないかな?そして傷痕を隠すために無理やり前髪を伸ばすようになったんじゃないかな?
ふとエレナを見るとゲームと違ってまだ傷痕は入っておらず、前髪も無理に伸ばしてないので、可愛らしい顔がそこにあった。この顔に傷が入っちゃうのかぁ……。
ステラはステラでもしいじめを止められたらって後悔してたような……。
イジメ、ダメ、ゼッタイ!
というわけで主犯格のリルアに声をかけた。
「お嬢様も公爵家のご令嬢です。これ以上お嬢様を傷つけるのはよろしくありません。問題になりますよ」
よし!言った!言ってやった!
私、イジメを止めようとする偉い子!
エレナは目を見開いて私の顔を見る。
ほら!エレナ!私のこと褒めてくれてもいいのよ?
もっともお手伝いさんたちからは白い目で見れるようになったけど……。うわぁ、怖いなぁ、こっち見ないでよ……。
まぁ、まだ続くかもしれないけど、これを続けていけばチリツモでそのうちいじめが止まるかもしれないし、頑張ろう!
そして。
私が次のイジメの標的になった。
なんでよ!イジメ怖い!




