アルテイル、遺跡を知る
校長との模擬戦から翌日。自宅から冒険者学校へと入った三人は学校内に存在する案内板に従い2階の講堂へと入った。先日は案内板を確認する事もなく校長との模擬戦から帰宅してしまった為、当日に確認という事になってしまった。
次からは案内板を見なくても大丈夫だなと思いながら講堂へ入ると、中には既に生徒が何人も存在していた。仲間とお喋りし楽しそうだった彼らが、アルテイル達が入ってきたのに気付き声を潜める。
一体なんだ、と思いつつアルテイルは迷いなく空いている講堂の一番端の席へと座った。彼に続きミカ、ノエルも横並びに座る。
その一挙手一投足を眺めていた周囲の生徒は、彼等の存在にヒソヒソと話をしながら視線を交わしていた。
「……一体何なんだ」
「貴方が貴族だからですよ、ハイデリフト卿」
「うげっ」
背筋の寒くなる呼称に何者かというより先に悲鳴が漏れる。声のした方を見ると、ノエルの隣にいつの間にか立っている少女が居る。アルテイルを見ていたその少女は、頭に二つの特徴的な器官を備えていた。
犬耳。獣人である。
小奇麗な装いをしているその少女は、アルテイルに一度頭を下げるとにっこりと可憐な笑顔を浮かべた。
「初めまして、ハイデリフト卿。私、ハイデリフト卿の案内役を仰せつかっております、シェスカ・ノンブランと申します。以後よろしくお願いいたします」
「あー、えーっと、アルテイル・ハイデリフトです。卿とか呼ぶのは止めて下さい、ノンブランさんの方が年上なので。こっちは家臣という事になっているミカ・フローリンとノエル・カスタルト」
「ミカです、よろしくね」
「ノエルです。よろしくお願いします」
アルテイルの言葉に続けてミカとノエルが挨拶をすると、シェスカは笑顔を浮かべたままアルテイルの言葉に頷いた。
「それではハイデリフトさん、と。私の事はシェスカで構いませんから」
「出来ればアルテイルでお願いします。ハイデリフトは最近ついたばかりの姓なので慣れません」
「あら、そうですか。それではアルテイルさんとお呼びさせていただきますわ」
鈴が鳴るような笑い声と共に名前で呼ぶ事を承諾してくれたシェスカの言葉にホッとする。出来れば冒険者学校ではそういった貴族だ何だという事は忘れたいのだ。
目指しているのは冒険者という自由業なのだから。
「それで、シェスカさん。案内役というのは?」
「えぇ、そうですね。学内の案内だったり講義に関する案内だったり、学校内での側付きとでも思って頂いて構いません。転校したてで不慣れなお三方をご案内するのが私の役職です」
「えっと、それって普通の生徒にもつくものなんでしょうか」
「つきませんわ。現状貴族の方もしくはそのご子息などで、我が校に在籍しているのはアルテイルさんのみですから」
「えっと、貴族かその子供のみに案内役がつくって事?」
横から口を挟んだミカの言葉にもシェスカは笑顔で頷き応える。
「そういう事です。王都の貴族家の方は大抵騎士学校の方へ行かれます。そこから軍や騎士団へ入団するのが通例となっているそうです。稀に冒険者学校へ入学する貴族家の方のために、この案内役という役割が出来たそうです」
「はぁ、それはまたなんで」
「さて、そこまでは。まぁある程度の予想は出来ますが」
例えば学校内で揉め事を起こす貴族を諌めたり、冒険者に夢見がちな貴族に冒険者というものを実践で教え込んだり等、この案内役というシステムはその貴族家のフォローをする為の役割を担っている。
傍から見ればそれは、冒険者学校からの貴族家への人身御供にも見える。
なんつー面倒なシステムがあるんだと頭を抱えたくなったアルテイルだが、こうして学校が用意している以上、それを断ったりすると自分ばかりではなくシェスカの為にならない事が容易に想像できる。
講師からの風当たりが強くなったりとか、場合によっては生徒からの風当たりも強くなったりしてしまう可能性もある。
今までの貴族家の者からすれば学校でも側付きが控えているという高待遇なのだろうが、アルテイルからしてみれば厄介な事この上無い。
今ですら二人も監視が居るのに、それがもう一人増えるとか勘弁して欲しいというのが本音だ。
「……そういう事でしたら。今後ともよろしくお願いいたします」
「はい、こちらこそ。よろしくお願いいたします、アルテイルさん」
そう言って花が綻ぶように笑顔を浮かべるシェスカに、アルテイルは黙って頷く事しか出来なかった。
―――――
こうして講義が始まってみると、内容的には去年まで学習していた講義内容の延長線上にあるものばかりであった。
魔獣の生態、魔獣と魔物の違いなど、未だ解明されていない事の多い分野が広がってはいるが、今少しでも分かっている情報を提供してくれるこの冒険者学校の講義は冒険者にとって少なくとも知っておいて損はないものだった。
そして二年目という事もあって、冒険者学校ではこのオーリストア王国の他に、いくつかの国や集落の事も紹介している。
オーリストア王国の南に位置する、森の民の聖地。東に向かえばテイマイン皇国があり、その奥に空白地帯があり、空白地帯の北には魔王都ジェザウラがある。
テイマイン皇国の南には以前エリオットとの話にあった聖王国ダンビルがある。いつかアルテイルが行きたいと思っている場所だ。
講義の話題はいつしかテイマイン皇国の東にある空白地帯の話題となり、講師は生徒達に言い聞かせるように、オドロオドロしい声で告げる。
「――空白地帯は、草木も生えぬ砂漠地帯だが、そこは同時に魔獣と魔物が闊歩する危険地帯だ。何故そうなったのかは未だ解明されていないが、一説によると古代魔導文明での大事故により、このように変わり果てたと言われている」
「古代、魔導文明、か。実際にあったのかねぇ」
「あったとは言われてるよ、遺跡も見つかってるらしいし。それにほら、シュタイマーや王都を囲っている結界あるでしょ。あれって古代魔導文明の結界技術を利用したものなんだって」
「へぇ、ただの結界じゃなかったのか」
したり顔で言うミカの言葉になるほど、と頷いてから考える。
遺跡発掘、これは至極ロマンのある事じゃないか。そして古代魔導文明の結界技術が今に伝わっているのであれば、それ以外にも、生活向上に役立つ何らかのアイテムが存在するかもしれない。
例えばそう、ゴブリン村で見たようなボイラーのような。
とそこまで考えてはた、とアルテイルは気付いてしまった。森の民、エルフの聖地が古代魔導文明の遺跡である可能性を。
そう考えるとしっくり来る気がした。古代魔導文明の技術が現代よりも高いという前提だが、ボイラーという既に現代からすればオーバーテクノロジーの産物がエルフの聖地には存在している。
そのエルフの聖地がそのまま古代魔導文明の技術を伝える遺跡であるのであれば、ボイラーなんてものが現代に存在している理由としては十分に思える。
前々から薄々そうなんじゃないかと思っていたが、生活向上への一番の近道はエルフの聖地へ行く事ではないのか。
やはり最優先に行く国を聖王国ダンビルからエルフの聖地へ変更しよう。こうして簡単にアルテイルの中で最優先事項が入れ替わった。
「――して、このような古代魔導文明の遺産には、必ず魔導技師パラケルススの技術が流用されており」
「魔導技師、パラケルスス、っと。これって何か分かるものとかその遺産に刻まれていたりするの?」
「パラケルススのものには、必ず名前が刻まれているとか。王都の近くにございます遺跡にも、パラケルススの名が刻まれておりますわ」
「王都の近くにあんの遺跡っ!?」
シェスカの言葉に思わずガタリと椅子から立ち上がり叫んでしまう。周辺の生徒も講師も、皆が皆シーンとアルテイルへと冷たい視線を向ける。
「あ、はは……。も、申し訳ありません。講義を続けて下さい」
ガタリと椅子に座り直したアルテイルの言葉に、ため息を一つ吐いてから講師は講義を続ける。
その横でアルテイルは、小声でシェスカに問いかけた。
「で、あるの? 王都の近くに」
「え、えぇ。近くと言っても馬車で2日程の場所ですが、近くに村もありますし、最下層の扉以外は粗方掘り尽くされた後ですよ」
「最下層の扉以外? そこには何があるの?」
「さぁ、未だ誰も開けたことのない扉だそうですから。何でも謎かけがあるそうで、恐らくそれに答えられなければ開かないのではと、王宮でも研究されているとか」
謎かけのある扉がある遺跡。何だかそこに冒険者ロマンを感じずには居られなかった。
「僕らはそこに入れる?」
「えっと、そうですね。冒険者学校の三年になりますと野外実習で行くことになっています。魔力溜まりのある場所なので適度に魔物も出現するし、駈け出し冒険者には都合の良い場所だとか」
「三年、あと一年か……」
思いがけず近場に存在した古代の遺跡に、早くその場へ辿り着きたいと気が急いてしまうアルテイルなのだった。
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