第95話 おじさん、敵の情報が集まる
私が人気すぎる理由はいちごちゃんが教えてくれた。
簡単にまとめるとこういうことらしい。
「――つまり、高等部の先輩方がよく私について言及するから、ネットで表立った活動をしていなくても、多くの人に認知されていた、と」
「そういうこと。他にも梢千代市で起こった騒動の渦中にだいたいいるから、あー、裏掲示板で観察対象になってる」
「観察対象に」
ヲチスレの対象に選ばれたとは、嬉しいやら恥ずかしいやら。
「まあそういうのはどうでも良くてですね」
「どうでもいいの!?」
「私の知らない人が私の心に入り込む余地はないです」
「た、対応が急に大人ね。どうしたの?」
「中等部一年組の学力は大丈夫だと感じましたので、そろそろ越前後矢をどう倒すか議論した方がいいと思いまして。あとマジスタを相互フォローして欲しいです」
「ああ、うん。フォローする。そのためにアカウント設定を変えてくれる?」
「設定?」
今度はマジスタのアカウント設定を教えてくれた。
魔法少女専用に『支援者=観葉植物』というモードがあるらしく、言われたとおりに変更すると、十万フォロワーの表記が消え、名前の横に紫盾のマークが付いた。
盾は本人の証で、色は所属陣営によって変わるようだ。
「これで貴方をフォローしてくれた魔法少女だけが分かるわ。私の応援もよろしく」
「分かりました。ありがとうございます。それで――」
「まあまあ。焦らない。まずは現状確認からよ」
たしかにそうだ。
「何を確認するんですか?」
「夜見は魔法少女ランキングの順位、ちゃんと確認してる?」
「あ、いえ。全然」
「確認してみなさい。貴方だけ凄いことになってるから」
ダント氏と確認。
すると学力・魔法力がFのままにも関わらず、人気度がAを超えていた。
ランキング順位は圏外から143001位にランクアップだ。
「話題性だけでランキングに入るなんて夜見は流石ね」
「14万3000人も魔法少女がいる!?」
「いるわよ。「世界滅亡の危機」に瀕する可能性の数だけ魔法少女は存在するわ」
「どこに!?」
「現代社会の中よ。聖ソレイユ女学院への通学を選ばず、在野で活動する子の方が圧倒的に多いのよ。そっちの方が卒業までに稼げるからね」
「そ、そうなんですか」
私は呆気に取られた。
学校に通わない方が正規ルートだったとは。
ダント氏も縦に首を振る。
「そちらの道をオススメした方が良かったかも、と今の僕は思うモル」
「でも結果的に夜見は世界を救ったし、梢千代市内の異常が発覚したからいいのよ。で、越前後矢が所属する敵の全貌は――」
「ずいぶんと楽しそうやなあ」
ガラガラ、と教室のドアが開く音。
笑顔のおさげちゃんだ。完全に怒っている。
私は恐怖で青ざめた。
「うちが席を外してる間にイチャつくなんて手癖がよろしおすなあ」
「お、お帰りなさいおさげちゃん」
「ええんよ、夜見はんは優しいから、ええんや。――いちご」
「何?」
「争奪戦運営の中で誘拐の被害に会った人間、全員洗い出したで」
「奇遇ね。私も夜見に教えるところだったわ」
「ほな答え合わせしよか」
おさげちゃんは「自分のモノ」とでも言うように私の側に立った。
眉間をピクピクと動かし、いちごちゃんは笑う。
「あのねおさげ、今は真面目な話をしてるの。色ボケしてる場合じゃないわよ」
「うちはここが定位置なだけやけど?」
「いい度胸ね。その正妻ヅラは今日までよ」
「うちが正妻って認めてくれてるんやね」
「は? 認めてないけど? 今日はずいぶんと不機嫌ね」
「うちの先手奪う癖やめてくれたら機嫌も直るんやけどなあ」
「絶対に嫌。あんたの悔しがる顔が見れないから」
「ほなら喧嘩するしかないなあ」
カッと見開いた目でガンを飛ばし、火花を散らす二人。
私はあわあわとすることしか出来ない。
「どど、どうしましょう」
「いつものことモル」
「そうかも知れませんけどね? あの大事な話の途中ですから――」
「はいはい、夜見さんは離れて下さいまし」
どうにか対処しようと動くと、襟首を引っ張られる。
しかめっ面のサンデーちゃんだった。
彼女は二人にお叱りのゲンコツを浴びせ、自分の席で反省するよう指示した。
「「ミロ~!」」
「はいはい何ですか~?」
二人はミロちゃんに泣きつき、よしよしとなだめられる。
言葉では言えないが、ハムスター先輩の妹なんだな、と実感する一幕だ。
当人は何事もなかったかのようにこちらを向いた。
「では、ここからはわたくしが話を引き継ぎますわ」
「あ、はい」
「越前後矢の過去については省きますわ。分かりやすく言えば迷惑系配信者だったみたいでして、語る価値があまり」
「なるほど?」
「ともかく重要なことを。非公式ですけれど、十年前の時点で彼は死んでいますの」
「死人なんですか?」
「死人ですの。ですけど五年前、突如として梢千代市に住民登録され、争奪戦運営を担うNPO法人のひとつ『魔法少女支援者組合』の特別推薦枠で総務部に入り込んだ、という情報をセバスが掴んで下さいましたわ」
「セバス」
おそらく彼女の家の執事さんのことだろう。
セバスさんも忍者なのか少し気になったが、それはそれだ。
「その、非公式では死んだことになっている、というのがよく分かりません」
「怪人化したため魔法少女が退治した、という口頭のみの事後報告のことですの。公式――世間一般では行方不明扱いですわ」
「怪人……とはボンノーンのことですか?」
「ええ。つい十年前までボンノーンになった人間は元に戻せなかったんですの」
「な、なるほど」
今日は驚くことばかりだ。
「ともかく、越前は特別推薦――いわゆる縁故採用枠で争奪戦運営に入り込んだようですの。ですが本人は十年前に死亡。どういう意味か分かるかしら?」
「……何者かが行方不明者扱いである越前の容姿を使って潜り込んだ」
「そういうことでしてよ。で、その縁故採用を決めた人間が、梢千代の元市議会長、越前洞爺。彼の祖父ですわ」
「うわあ」
とんでもない厄ネタだ。
「先に聞きます。その方は十年前の死の真相を知っておられますか?」
「答えはイエスですの」
「なるほどなあ」
リズールさんが越前を倒してはならない、と言っていた理由が分かった。
同時に、魔法少女が争奪戦運営に恨まれている理由も。
「ダントさん」
「勧善懲悪の先に理想郷はないという言葉は真実だったモルね」
「ね。騒動解決の鍵がフロイライン・ダブルクロスにあるとも、リズールさんは言っていました」
「何の話ですの?」
「リズールさんが教えてくれた越前攻略のためのヒントです。修理工場に住む壊れたロボットたちは、天から舞い降りる手を神として崇めている、とのことで」
「よく分かりませんけれど、フロイライン・ダブルクロスの原作を知る必要があるのかしら?」
「げ、原作?」
「知らないんですの? ダブルクロスのフィールドは「アームズウォー・スカーフェイス」というFPSゲームのマップを忠実に再現しているんですのよ」
「はあ」
娯楽とは十数年ほど縁が無かったのでまったく知らない。
そんなゲームが流行っていたのか。
「その顔、知りませんわね?」
「ううごめんなさい……」
「ちょっと。謝らないで下さいまし。わたくしはなにも責めてませんわ」
「話題の切り出し方が、人に怒られる時に似てて」
「それは、まあ、ごめんなさいですの」
キーンコーン――
お互いにシュンとしたところで予鈴が鳴る。
そろそろ学業の時間らしい。
「でもいい機会ですわね。夜見さん」
「はい」
「原作を調べてみなさい。名作FPSでしてよ」
「ええと、時間がある時に」
「ならバトルデコイ使用時にランダムで出てくるロボットチームの中から、スカーフェイス部隊を引き当てなさい。それが原作主人公の所属するチーム名でしてよ」
「スカーフェイス部隊」
聞いたことのある名前だ。
私はダント氏と顔を見合わせて、あの時の彼らだと確信した。
原作知識を手に入れろというサンデーちゃんなりの指示だろう。
キーンコーン――
「よーし席につけ。朝礼始めるぞー」
「「!」」
本鈴が鳴る。教壇に上がってきたのは担任の先生だ。
サンデーちゃんが私の肩を持つ。
「夜見さん。お分かりね?」
「スカーフェイス部隊さんとお話してみます」
「よろしい。わたくしたちはロボット修理工場について調べてみますわ」
「お願いします」
「ああ、あと」
「はい?」
「貴方に挑戦状を送りつけてきた「無冠の剣聖」とやらが何者か掴めませんでしたの。罠かもしれませんから気をつけなさい」
「了解です」
役割分担も出来た。
席に戻り、朝礼のあと、一限目の授業が始まる。
私は学業と平行してテスト勉強をしつつ、騒動の幕引きに向けた作戦会議を、放課後になるまでダント氏と行った。




