第93話 おじさん、友達が少ないと言われる
中等部職員室で二ヶ月分の給与明細を貰った。
所得税や保険料などが引かれて、一ヶ月につきだいたい50万弱。
そこに謎の救世手当や新敵性生命体発見報告など、光の国ソレイユと日本政府からの補助金がついて5億円ということらしい。
「いきなりお金持ちになっちゃいました」
「梢千代市にすんでるんだからその程度は序の口ですよ」
「すごい」
語彙力が消失してしまう私。
教頭先生は年末調整用の書類にサインを求めたので、記入。
前職の収入をふと思い出したが、夜見治としての自分は死んだので忘れた。
「――はい、預かりました。ああ、税金のことは考えなくていいからね」
「そうなんですか?」
「うん。あと先生ね、君を見ていて分かったことがあるんだ」
「はい」
「おそらく君は意図的にリミッターをかけて動いているよね」
「!?」
かなり面を食らった。
先生の言った通りだったからだ。
「分かった理由は二つあります。ひとつは君のカリスマ性。校長代理を止めたり、会話の流れを自在に変えられる発言力があるのに、やりたがらない。もうひとつは君の優しすぎる心。相手との仲を意識しすぎてるのか、潤滑油のような役割で我慢しちゃってる。その優しさはみんなの救いになるけど、君の救いにはなりませんよ」
「そ、そうですけど」
「言われてみればそうモル」
ハッとするダント氏と、戸惑う私。
教頭先生は優しい笑顔を浮かべた。
「何か悩みでもあるのかな? 先生に相談してみなさい」
「その――」
緊張で固唾をのむ。
顔が赤くなっていくのが分かる。
それでも言うべきだと思ったので、言った。
「一人が寂しくて」
「寂しい?」
「全力を出したいんですけど、もし友達に怖がられて、距離を置かれたらと思うと怖くて。でも本当は、いっぱい活躍したい思いもあって、複雑で」
「あらまあ思春期だったんだね」
「お恥ずかしながら……」
「いえ、かなり良い傾向ですよ。君は立派なレディになれます」
どういたしまして、と言ってはにかむ。
微笑んだ先生はこう続けた。
「だったら、もっと友達を増やさないとね」
「友達?」
「聖ソレイユ女学院には様々な生徒がいます。君の優しさに憧れる子もいれば、君の苛烈さに夢を見る子も。だからもっと友達を増やしなさい。考え方が増えて、恐怖心が薄れるから」
「あの、そのことなんですけど」
「なんでしょうか?」
「私、学校で女好きっていう噂が流れてて。だから、同級生の子に話しかけても恥ずかしがって逃げちゃうんです。ぜんぜん仲良くなれない」
「なるほど……じゃあ、マジスタとか動画配信サイトを通して、学校のみんなと交流してみたらどうかな?」
「マジスタや動画配信で」
「うん。SNSじゃないと本音を出せない子が多いから」
「ええと――」
私は戸惑ってダント氏を見る。
彼は一言。
「始めるべきモル」
「そうなんですか?」
「ファンが供給不足で苦しんでいるモルから」
「わあ、ファンサービスをしてませんでしたね。そういえば」
魔法少女にはアイドルの側面もあるモル、という彼の発言を思い出す。
友達作りも大事だけど、私を応援してくれるファンにも目を向けなければ。
私は決意した。今はファンのために生きる。
「先生、私やってみます」
「うん。頑張ってね。もしインターネットの良くない側面が君を襲ってきても、聖ソレイユ女学院が君を全力で守るからね」
「はい!」
「良いお返事です。先生はいつでも学校にいるから、何でも相談しにきて下さい」
ありがとうございました、と言って職員室を出た。
時刻は午後五時半。晩秋が近いからか外は薄暗い。雨は雪に変わっていた。
正門に向かう道中でダント氏が口を開く。
「夜見さん、ふと気になったことがあるモル」
「なんですか?」
「夜見さんの思う最高の魔法少女ってどんな感じモル?」
「言われてみれば、ぼんやりとしか語ってませんでしたね」
少し冷えるなと思ったので、ダント氏が寒がらないうちに抱えた。
「実は魔法少女に助けられた記憶があるんです」
「いつのことモル?」
「幼少期です。コーヒーブレイクを入手した時、少しだけ思い出しました」
「どんな魔法少女だったか分かるモル?」
「私と同じピンク髪の魔法少女でした。たしか十三歳くらいの子で。名前は分かりません。でも――――彼女の言葉は覚えています」
「なんて言われたモル?」
「貴方が生きていて良かった、私は正義を続けられる、と」
「むむむ、聞いたことがある気がするモル」
「……あ、正門が見えてきましたね」
正面校舎前までたどり着く。
私は、正門の向こうでずっと待ってくれていた佐飛さんに頭を下げた。
黒いコウモリ傘を差す彼も軽く礼をする。
「だからですかね。私が魔法少女に憧れていたのは。きっと、彼女の姿を無意識に追っていたんでしょうね」
「むむ、夜見さんにも深き過去ありモルね……むむむ」
「誰の言葉か分かりました?」
「……だめモル。思い出せないモル。それより寒いから家に帰って温まりたいモル」
「ですね。凍えちゃいます」
背後には歴史資料館こと正面校舎があるが、今夜は寒く、天候が悪い。
調べ物は後日に回し、とりあえず帰宅するべきだとして、佐飛さんと白リムジンに乗り込み、自宅に帰った。




