第87話 おじさん、帰宅する
「それでどうして部室に?」
「家出したからに決まってるじゃない」
「えええ!? 本気なんですか!?」
「そうよ。だって夜見が可愛そうだもん」
中等部一年組のみんなは本気で家出をしたらしく、しばらく家に戻るつもりがないようだ。みんなでそこに住むつもりらしい。
「夜見も来ない?」
「ええと」
私としては嬉しいけど、遙華ちゃんを寂しくさせるわけにはいかない。
「家に義妹の遙華ちゃんが居るので、住むのはちょっと」
「家族にも優しいのね。分かった。通い妻になっていいわよ」
「言い方」
いちごちゃんの言葉で中等部一年組は顔を赤らめる。
本人が一番恥ずかしかったようで、耳まで真っ赤だ。
やれやれ。なんてエッチな女の子たちだろうか。
おかげで空気が和らいだ。
「じゃあ夜見、また明日ね」
「部室の場所はエモ茶道部のホームページから確認してなー」
「はい。頑張りましょうねー」
学校に向かうみんなを見送った。
リズールさんは部下に指示を出し、彼女たちの護衛に向かわせる。
そこで限界がきたのか、また膝をついた。
「うう……」
「リズールさん!」
「問題ありません、呪いに対抗するため、エモーショナルエネルギーが過剰反応しているだけです」
「それってもしかして」
「ええ、シミュレーションでお見せした通りのことが起きます」
これから私は、夢の中でアスモデウスを口説き落とさなければならないようだ。
緊張で固唾をのむと、リズールさんは自分と私の額に指を当てた。
「ですので、私と夜見ライナ様の記憶を曖昧にします。よろしいですね」
「わ、ええ!? どうして!?」
「確実に成功させるためです。前提知識を深層心理にインプットしつつも、表層意識だけは初見で挑むのが一番ですから」
「なるほど! いつでもどうぞです!」
「聖獣ダント様。私たちをよろしくお願いします」
「わ、分かったモル!」
「では行きます、一時忘却の法」
「あう……」
ぽわん、と思考がぼんやりして、先程まで何をしていたか分からなくなる。
リズールさんも不思議そうに首を傾げていた。
記憶がおぼろげな私たちは、ダント氏を見た。
「ここで何してましたっけ?」
「ええと、家に帰る途中モル。早く帰ろうモル」
「分かりました」
迎えの車を呼んで自宅へ帰る。
家では佐飛さんが出迎えてくれた。
彼はダント氏の話を聞き、私たちを自室へと送り届けてくれる。
自室には私専用のお風呂場があるのだ。運動終わりで疲れた身体を癒やした。
パジャマに着替えたあと、リズールさんのことを伝えに行くと、
「あ、佐飛さん。リズールさんのことなんですが」
「この佐飛が責任を持って願叶様にご説明いたします。ライナ様はお休み下さい」
「ありがとうございます」
そう言ってくれたので、任せた。
具合が悪そうなリズールさんと共にベッドに入り、就寝する。
――次は夢の中だ。
登校前に起きたばかりの遙華ちゃんがやって来て、私の隣に佇むリズールさんを指さした。
「らいなおねーちゃん。そのひと、こわいひと?」
「ええと、良くも悪くも中立の人ですね――
という風に、記憶のない私は夢の中でも同じことをする。
既視感のある会話を終え、リズールさんが人になり、魔法少女になり、色々あって、アスモデウスとの会話を終えて、次に目が覚めたとき。
「……思い出しました」
「おはようございます夜見ライナ様。上手くいきましたね」
「ベッドの中に居るのは変わらないんですね」
「今は恒温動物ですので寒さが苦手です」
「むにゃ……ごしゅじんしゃま……」
私は、人になったリズールさんとアリスちゃんを侍らせたまま、昨日の記憶を取り戻す。アリスちゃんの認識は怖いけど可愛い、と言った感じ。
「アリスちゃんの聖獣さんは」
「ソレイユから派遣されてくるまで待機モル」
「ゲンさんなんですかね?」
「おそらくそうモル。強力なコネクション持ち聖獣が増えるモルから、リズールさんとの新規事業立ち上げも上手くいきそうモル」
「良かったです。それと、リズールさん」
「はい? きゃっ」
私は彼女の胸に手を当てて、怪我がないか確かめつつ、昨日のことを尋ねた。
彼女曰く「我が盟主には「銀雪の亡霊」と呼ばれる邪悪な精霊にかけられた死の呪いの残滓が、体内に残っている」とのこと。
「それが貫通した理由ですか?」
「はい。同じ死の呪いをかけられると、「自身と親愛を結んだもの」に限り、加護を貫通してしまうのです」
「呪いって恐ろしいですね」
「私はその残滓を取り除くべく、魔導を背負う者を探し、力を合わせて「銀雪の亡霊」を討伐しようとしています」
「そうだったんですか」
まるで物語の主人公たちのようだ。
リズールさんたちのために頑張る理由が出来た。
「……やっぱり、アリスちゃんは死ぬんですかね」
「はい。私にかけられた死の宣告は、アスモデウスが報酬として受け入れました。その代償としてアリスとなり、貴方の側に引っ付いています」
「そこがよく分かりません。なんで報酬になるんですか?」
「悪魔は定命であることに憧れているのです」
「不思議だなあ」
私たち人間とあまりにも感性が違いすぎる。
「これからどうしますか?」
「私はアリスと共に帰還します。次に会うのはアリスが転校してからでしょう」
「了解です。私は学校に行きますね。エモ茶道部のみんなに会いたい」
「では、私は夜見ライナ様の温もりを感じています」
それって二度寝するってことでは、と思う。
「行ってきます」
「ああお待ちを、夜見ライナ様」
「なんですか?」
「しばらく会えませんので、越前たちを攻略するためのヒントを差し上げます」
「ヒント?」
「実は、あの場面で越前たちは倒せました。しかし倒してはいけない理由がありました。ここでヒントです。修理工場に住む壊れたロボットたちは、天から舞い降りる手を神として崇めています。勧善懲悪を忘れ、魔導に従いなさい」
「わ、分かりました。魔導に従います」
リズールさんは第三の道を指し示してくれた。
修理工場のロボットは、天から舞い降りる手を神として崇めている。
一体どういう意味なのだろう。
「ダントさん分かりますか?」
「情報を集めてみないことには分からないモル」
「ですよね」
ともかく、と私は朝の支度を終える。
時間が余ったので遙華ちゃんに会いに行った。
「おはようございます」
「ライナおねーちゃんおはよう。どうしたの?」
「いえ、顔を見に来たんです。元気そうで良かった」
「げんきだよ! あのね! きょうはあさのテレビみれるひだよ!」
「ホントですね。一緒に見ましょうか」
「うん!」
リビングのソファーで、私の膝に乗った遙華ちゃんとテレビを見る。
映ったのは、海外の事件を知らせるニュース。
ピラミッドの色が元に戻りました、という言葉で、世界に平和が戻ったんだな、と安心した。




