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限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第四部 フロイライン・ダブルクロス編『C〜Bランク帯・C-D部隊駐屯地』 第一章

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第84話 おじさん、社会人になって最強になる

「じゃあ帰りますね――」

「お待ち下さい」


 コフィンから出るようとすると、リズールさんが押し止める。


「夜見ライナ様」

「は、はい」

「先にお聞きしますが、秘密結社についてどう思われていますか?」

「ええと」


 少しだけ思考を整理した。

 秘密結社とは、世界の裏で人知れず行動し、慈善活動を行う団体だ。

 ダント氏は悪だと言っていたが、それは間違いである。


「慈善活動団体ですよね」

「軍事力を持っていたとしても?」

「力なき正義は無力ですよね。身にしみる思いです」

「――貴方のような人材が欲しかった。魔法少女を引退したあとは我々と共に行動しませんか? 好待遇で迎え入れます」


 リズールさんがコフィンの中にずいっと乗り込んでくる。

 圧が強い。あと顔がいい。


「ダントさんどうしますか? というか引退ってあるんですか?」

「高等部卒業と共に引退するのが基本モル。だから僕は夜見さんを選んだモル」

「とは?」

「ようやく僕の野望を話す時が来たモルね」


 改まった彼は、私の膝上で腕を組んだ。


「僕は社会人が魔法少女になってもいい世界を、夜見さんと一緒に作りたいモル」

「でも具体的な方法は存在しないと」

「そうモル。プレゼン力には自信があるモルけど、新人だからあまり重宝されない立場。肝心の発言力とコネクションが薄いモル」

「でしたら、お互いに利があると思いますよ。モルモットの聖獣ダントさん」

「分かってるモル。でも僕は夜見さんに任せたい。必ず正しい選択をしてくれるから。さあどうするモル? 僕は君の選択を尊重するモル」


 ダント氏は私に熱い視線を向けた。

 はは、と乾いた笑いを漏らす私。

 困ったな。これから攻略だと思っていたのに、すでに終わっていたようだ。


「あらかじめ聞きます。魔法少女との掛け持ちは――」

「夜見さんと結んだ契約は副業ありきモルよ」

「あ、そうだった」


 言われてみればそうだ。

 魔法少女を辞めなければ就業規則には違反しないのか。

 それじゃあ――


「リズールさん」

「なんでしょうか」

「社会人魔法少女事業の設立、お願いしてもいいですか?」

「お任せあれ。一週間で立ち上げます」

「ダントさん、手を」

「分かったモル」


 私はリズールさんやダント氏と手を合わせ、引退後の道も決めた。


「社会人になったあとも魔法少女を続けてくれるんだモルね」

「考え方が逆ですね」

「どういう意味モル?」

「社会人になった魔法少女を呼び戻すために事業を起こすんですよ」

「なるほどモル!」


 この世には魔法少女だった人や、選ばれなかった大勢の原石が存在する。

 事業を設立することでみんなの救いになればいいと思ったのだ。


「では、そろそろ」

「ああお待ち下さい。契約書へのサインをお願いします」

「コフィンの中でですか!?」

「いえ近くのテーブルで」

「あ、分かりました」


 コフィンから出ると、そこはバーの一角。

 とても身なりのいい人たちが席に座っていた。

 私に興味があるのか、ちらちらと様子を伺ってくる。


「ではこちらにサインを」

「はい」


 リズールさんが取り出した契約書に不備がないか確認し、ダント氏と共にサインする。

 年収一億、有給制度有り。完全週休二日制。

 特に嬉しいのは終身雇用を約束してくれる部分だ。


「――契約完了です。我々と共に世界平和を目指しましょう」

「よろしくお願いします」

「お願いするモル」


 私はブラックマンデーに所属することが決まった。

 将来が安泰になったからか、漠然(ばくぜん)とした不安が消える。

 エモ力も急激に増幅したため、ダント氏は驚いた。


「……エモ力がいきなり百倍になったモル。エモ値542000って何モル?」

「それが一人前として認められた社会人パワーです」

「やっぱり上層部の判断は間違いだったモル」


 私は社会人であることがエモ力の根源なんだな、と改めて実感した。

 話を盗み聞きしたらしい、身なりの良い人物たちもざわつき、私の元に来る。


「こ、こんばんは魔法少女プリティコスモスさん。夜分遅くに失礼します」

「こんばんはです。どうされました?」

「私共はこういう者でございます」


 差し出された名刺には「シャインジュエル争奪戦運営・総務部」の記載。

 私に話しかけている三十代ほどの成人男性は「越前後矢(ごや)」という名前らしい。


「争奪戦運営委員の方でしたか」

「ええ、はい。いろいろご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ありません」

「もう気にしてませんよ」

「そういう訳には。お詫びとしてこちらを」


 彼に渡されたのは小切手の束。


「え?」

「好きな金額を書いて、好きなだけご利用下さい」

「え、あっ、はい」

「それとォ!」


 目の前の運営委員たちが、ダン、ドン、と音を立てながらひざまずいたかと思うと、私の足元で土下座した。


「無理やり自宅を追い出して! 本当にすいませんでした!」

「ええ、え!?」

「僕たちが全ての元凶なんですゥうう!」

「スポンサーになるのでどうか許してくださいィ!」

「ええええ!?」


 いきなりのカミングアウトに戸惑うしかない。

 彼らはそれぞれの言い分を叫ぶ。


「出来心だったんですぅ! 初代魔法少女と同じ色の魂を持つ男性を見つけたと! 知り合いが言うから!」

「どうせ嘘だろうけど試しに魔法少女に変身させてみようぜと思って! そこの聖獣を捕獲して脅して! 貴方の元に向かわせて! 身体を魂に合わせて作り変えたら!」

「本当に生まれ代わりだったんですゥ! すいませんでしたァ!」


 困惑した私は、ダント氏を見る。

 彼は深くうなずいた。


「事実モル。その越前後矢(ごや)という人、僕の上司だった人モル。とんでもない人格破綻者モル」

「どっ、どどどどういうことなんですか!?」

「私も隠していたことがあります」

「リズールさんもですか!?」


 彼女は私と運営委員たちの間に入ると指を鳴らす。

 物陰から数名の軍服ワンピースを来た女性が出現し、彼らを取り囲んだ。


「ど、どういうおつもりで? 暴力反対でーす」

「ちょうど五十年前ですか。まだアマチュアだったあなた達には随分とお世話になりました。印象操作により社会進出を止められ、毎日「ネタとして面白いから」と暴力団や海外マフィアをけしかけられ、抗争する日々。あなた達のせいで毎年100兆円規模の機会損失を受けていた頃が懐かしく感じます。どこかの国家予算並ですよ」

「ああ、なんだ。そのことかあ」


 リズールさんの声音には明らかに怒りが滲んているが、運営委員の越前はだるそうに鼻で笑った。


「だからなんなんですかぁ? 光の国ソレイユや魔法少女は見逃してくれたじゃないですか! だから俺たちは無罪! 残念でしたね!」

「……あのですね。例え光の国ソレイユや、魔法少女様が貴方の悪行を許したとしても、我々が許したわけではないのですよ。言葉は通じますか?」

「チッ。うっざ、聞こえとるわクソが! 人が下手に出ればつけ上がりやがってよォ! 黒子共ォ! であえであえ! 証拠隠滅の時間だァ――ッ!」


 越前が叫ぶと同時に、バーの出入り口が爆発。

 コンクリの破片や砂埃、月光と共に、警棒やハンドガンなどで武装した黒子集団がドッとなだれ込み、運営委員の彼らを助け出したかと思うと、私たちを逆包囲する。

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