表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
限界社畜おじさんは魔法少女を始めたようです  作者: 蒼魚二三
第四部 フロイライン・ダブルクロス編『C〜Bランク帯・C-D部隊駐屯地』 第一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

85/276

第83話 おじさん、新しい力を手に入れる

「ライナおねーちゃんいってらっしゃーい!」

「行ってきまーす」


 いつものように玄関を出た。一歩、二歩ほど踏み出し、前を向く。

 待っていたのは、私の自室とリズールさんの姿だった。


「おかえりなさいませ、夜見ライナ様」

「え、え?」


 振り向いたら自室のドア。玄関ではなかった。

 寝ぼけていたのかも、と部屋の外に出る。

 自室に戻っている場合じゃないのに。


「ライナおねーちゃんいってらっしゃーい!」

「い、行ってきまーす?」


 私はまた遙華ちゃんに見送られながら学校に向かう。

 玄関を開けた先で待っていたのは、私の自室とリズールさんだった。


「おかえりなさいませ、夜見ライナ様」

「え!?」


 慌てて振り向く。自室のドア。急いで部屋の外に出る。

 今度はルートを変え、中庭に飛び出した。

 しかし、地面に落ちたかと思えば自室で、目の前にはリズールさんが立っていた。


「おかえりなさいませ、夜見ライナ様」

「ループしてる!?」

「夜見ライナ様」

「はい!?」

「これから起こる出来事の未来視、たっぷり楽しみましたか? そろそろ勉強のお時間です」

「いやもっとくわしく説明して下さい! ダントさんは!?」

「んん、夜見さん呼んだモル……?」

「ダントさん!」


 彼はベッドの中に潜り込んでいた。

 回収して経緯を説明するも、彼は眠そうに首を傾げる。

 リズールさんが代わりに答えてくれた。


「簡単に言いますと、ここは私の未来視を再現した仮想世界です。ここで見聞きした、七割のことが現実でも起きます」

「ど、どういう――」

「あ。分かったモル。夜見さん、僕たちシュミレーションコフィンの中にぶち込まれたんだモルよ」

「……ああ! あれに!」


 私もようやく状況を理解した。

 またゲームの中らしい。


「つまりログアウトすればいいんですよね?」

「はい。ですが一つだけ条件があります」

「条件?」

「試しに言ってみて下さい」

「分かりました」


 ログアウト、と言う。

 するとシステムメッセージが表示された。


――――――――――――――――――――


 条件未達成のため、ログアウト出来ません。

 リズール・アージェントの勉強プログラム

 「Lesson10」まで攻略を進めて下さい。


 進捗度

 0/10


――――――――――――――――――――


「……本当にシュミレーション中なんだ」

「ご理解なされましたか?」


 リズールさんが優しい笑みを浮かべた。

 私は眠そうなダント氏をベッドに戻し、少しだけ不機嫌になる。


「私は別に構わないんですが、どうしてこう、ダントさんまで無理やりシュミレーションコフィンに入れるんですか?」

「ひとえに言えば、夜見ライナ様のエモーショナルセンスを育てるためです」

「私のエモーショナルセンスを」

「貴方が進む道は、最初から情報が出揃っている道ではありません。現実との差異を見つけ出し、考察し、推理する力を鍛えなければ、貴方は永遠に騙されつづけます」

「なるほど」


 リズールさんの言葉は正しい。

 普通の人生を歩む道はあった、でもそれを否定して、魔法少女を選んだのは、他ならぬ私自身だからだ。


「でもスパルタすぎませんか? まだ中等部一年の新人コンビですよ、私たち」

「最高の魔法少女に至る道のりとは、そういう修羅の道でもあります。貴方たちは期待されているのですよ。さ、椅子にお座り下さい」

「はーい」


 勉強机の前に座ると、リズールさんは頭を撫でてくれた。


「Lesson1、机の前に座る。達成です。流石ですね」

「めちゃくちゃ甘い」

「次は鉛筆かシャープペンシルを持ちましょうか」

「は、はい」


 使い慣れたシャープペンシルを持つ。

 リズールさんは頭を撫でてくれた。いちごキャンディもくれる。


「Lesson2、筆記具を持つ。達成です。偉いです」

「凄い甘やかしてくれる」

「当然です。当たり前のことを当たり前に出来るだけで偉いのですよ」

「おおー」


 なんだか分からないが、とても頑張れる気がした。


「最初の課題は数学です。脳のウォーミングアップとして、小学生向けの算数ドリルからやっていきましょうか」

「が、頑張ります」


 リズールさんのマンツーマン指導が始まった。



「――Lesson108、高等部学問の理解、達成です。貴方は天才ですね。よしよし」

「んふふ、えへへ」


 家庭教師のリズールさんは飴とムチの使い方がとても上手く、気がついた頃には、高等部三年で習う授業範囲の再予習まで終わった。


「リズールさん、どうしてそんなに優しいんです?」

「逆ですね。優しい教育が普通なのです。厳しい教育で天才は作れません」

「そうなんですか」


 勉強が楽しいからいいや、と難しく考えるのをやめる。


「続いては大学の入試問題ですね。やってみませんか?」

「褒めてもらえるなら」

「Lesson109、入試に挑む心構え。達成です。素晴らしい行動力です。偉いです」

「何しても褒めてもらえる。えへへ」

「毎日当たり前のことを出来るだけでも偉いです。頑張っていますね」


 我ながらすごい勢いで学び直しているのが分かる。

 ただの勉強シュミレーションなのにこんなに幸せに包まれていいのか。


「なんだか幸せすぎて逆に不安になります」

「おや。エモーショナルセンスも育ちきったようですね」

「そうなんですか?」

「ええ。幸福と安寧に身を委ねた末に、初めて見える物があります。それが魔導です。魔の導きと書いて、魔導」

「魔導?」

「仲間と共に未来へ進む王道でもなく、孤高の玉座を目指して突き進む覇道でもなく、平凡な日常の中に潜むちょっとした不思議に気づき、好奇心のままに巡りゆく道。その道案内を行う大いなる意思のことを、魔導と呼びます」

「第三の道ってやつですか?」

「ええ。魔法少女とは愛と平和を掲げる者。ゆえに、勧善懲悪の先に理想郷はありません。自らと、親愛なる友の幸福を願って歩める者だけが、理想郷にたどり着けるのです。Lesson-EXTRA、魔導を知る。達成です。お疲れ様でした」


 私の自室が消え、ただ真っ白なだけの空間になる。

 リズールさんは硬い身体で私を抱きしめたあと、優しい声で呟いた。


「ああ、ようやく一つ目の希望が生まれました。我が盟主(マイロード)だけが背負うには、少し重すぎましたから」

「魔導をですか?」

「はい。私たちの未来を作るのに必要な「魔導を背負う者」は、合計で五人。夜見ライナ様が一人目でございます。半世紀かけてようやく見つけました。このリズール、感極まっております」

「わあ……」


 なんだかとても苦労されているんだと知った。

 ともかく、これでシュミレーションは終わりらしい。

 ログアウトと叫ぶと、意識がブラックアウトした。



 バシュゥゥ、と音を立てながらコフィンが開く。

 身体が熱くなり、白い光が差し込んだ。


「おはようございます、夜見ライナ様。貴方を主と認めたのは正解でした」


 目の前に立っていたのは、当然ながらリズールさんだ。

 私は思ったことを呟いた。


「ここは現実ですか?」

「確かめる方法はシュミレーションの中で示し、言葉で教えたはずです。何か思いつきませんか?」

「――」


 私は聖ソレイユ女学院の制服を着ていることを確認、胸ポケットの青い勾玉お守りを取り出し、ギュッと握る。燃えるように熱い。

 その熱さだけは真実だと教えてくれるが――


「まだ現実かどうか分かりませんね?」

「はい」

「それが正しい判断です。この世界に魔法がある以上、自らの正気も魔法で生み出すほかありません」

「……方法を教えてください」

「魔の法則を利用した条件付けをすればいいのです。特に言霊――詠唱魔法がもっとも(あつか)いやすい。記憶を引き出し、言葉に紐づけ、勾玉を握りながら(うた)いなさい。貴方はどんな時に冷静になれますか?」

「美味しいコーヒーを飲む時間が、一番冷静になれます」

「英語で言うと?」

「コーヒーブレイク」


 手の中の勾玉が消滅したかと思うと、今度は膨らみ、熱々の缶コーヒーが召喚された。

 ノーブランド商品らしく、「コーヒー」以外の文字は何も書かれていない。


「これは」

「第二の固有魔法、コーヒーブレイクです。効果は「摂氏55℃以上の物質」を体力・精神異常全回復の効果を持つ缶コーヒーに変換する。アダーストーン・アダマンタイトを代償に捧げたことで手に入れました」

「これが私の新しい力……」


 試しに一口だけ飲んだら、甘くとろけるような味わい。

 心が落ち着き、焦燥感が消えた。

 認識阻害も解除されたようで、私の側に寄り添うダント氏が見えるようになる。

 ダント氏を優しく抱きしめると、彼は笑顔を浮かべた。


「やっと認識阻害が解けたモルね! 良かったモル!」

「はい。ご迷惑をおかけしました」

「しかも新しい固有魔法を手に入れるなんて凄いモル~!」

「うわあ、あはは」


 ダント氏が頭をぐりぐりと押し付ける感触を楽しみながら、残りのコーヒーを飲み、ここが現実なのだと理解して、安堵のため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あとがーきいもー がきいもー 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ