第80話 おじさん、恋人が出来る
甘やかすと言っても、今はまだ、ベッドの上で抱きしめ合うだけ。
たまによしよしと頭を撫でて、おでこや首筋にキスをして、相手を焦れた顔を楽しむ。
「可愛いですね」
「やめて下さい、もう褒めないで、頭がおかしくなります」
「そういう割には、抜け出す気配がありませんね」
「理由なんて分かっているでしょうに……」
「言葉にしてくれないと分かりませんよ」
「……っ」
「ね。教えてください。どんな理由ですか?」
「そ、それは――うう」
ついに観念したのか、リズールさんは口に出した。
「あ、貴方のことが、好きだから、です」
「ふふっ、嬉しいです。私も大好きですよ」
「……ああ、私はもうダメです。この方の側から離れられない」
「そのためにやってますから」
「だからせめて、本来の私だけは、逃します」
「本来の私? うわっ」
突然、リズールさんの背中から光が放たれ、豪華な装丁本がにゅっと飛び出した。
それはふわふわと中に浮かぶと、周囲に砂塵を生み出し、次第に人の形を取る。
最終的に完成したのは、メイド服姿のリズールさんだった。
「ああ、新しい私、貴方に我が盟主を託します」
「かしこまりました、古い私。……はあ、エモーショナルエネルギーはこれだから恐ろしい。魔導書がゴーレム体のコアでなければ、ズブズブの共依存になっていたところです」
「わあ、リズールさんが二人に増えました」
「ええ、まあ。増える手段はいくらでもあります。元より人間ではありませんから。それより夜見ライナ様」
「は、はい」
「人になった私を口説き落とす手練手管、とてもお見事でした。主様ポイントを贈呈します」
「あ、どうもです」
金平糖ジュエルを貰う。嬉しい。嬉しいけど。
これからどんな顔でリズールさんと接すればいいんだ。
「それで、えっと――」
「詳しいことはそちらの、人になってしまった私こと妹の「アリス」にお聞き下さい。こちらの私は「リズール・アージェント」として、今までと変わりなく我が盟主に尽くします」
「あ、はい」
「私は退散するとします。何かご要望があれば、カフェ・グレープにお越し下さい。ああ、妹のアリスと末永く仲良くしてあげて下さいね」
「分かりました」
「では失礼します」
リズールさんは転移魔法を使ったのか、あっという間にこの場から消えた。
残された元リズールさんこと、妹のアリスさんは、私の耳元で囁いた。
「責任、取って下さいね?」
「もちろんです。恋人になりましょう」
「決断が早いのですね……」
脳がバグりそうだが、目の前の青髪の魔法少女ことアリスさんは、元リズールさんである。
同時に、妹としての役割を与えられて別存在となったのは間違いなく、なにより元社会人の魔法少女という部分が共感できる。
なにより好みのタイプなので、私は恋人になって責任を取ると決めた。
「ダントさん」
「何モル?」
「アリスちゃんの住民票の手配と、学校への入学許可を――」
「ああ、それは大丈夫モル。ゲンさんが数ヶ月前まで時間を遡ってやってくれているモル。あと三秒で帰ってくるモル」
「――ふう、ただいま戻りましたカメ~」
「わあ手早い」
近くの空間が歪んで、ゲンさんが出てきた。
私とアリスさんがいちゃついている間に事を終えてくれたようだ。
「えー、人の方のリズールさん。これからの君の名はアリス・アージェントだカメ。ヒーローネームは魔法少女フルールアイリス。覚えておいてほしいカメ」
「魔法少女フルールアイリス、ですか。かしこまりました」
「それと、最初から聖ソレイユに入学していたことにするのは厳しいとのことで、転校という形で許可を受けましたカメ。これ以上の譲歩は流石に無理だと、校長が言っておられたカメ」
「何から何まで。ありがとうございます、玄武亀のゲンさん」
「ああ、いえいえ! リズールさんの功績を考えれば、これくらいは当然の権利ですカメ。……よし、では、私はこれで。引き継ぎの聖獣を送りますので、あとはその子と仲良くしてやってくださいカメ」
「かしこまりました」
ゲンさんは部屋の窓から出て、海方面へと飛び去っていった。
何というか、上の方の会話だなぁ、という印象が強い。
「夜見さん、夜見さん」
「はい?」
「佐飛さんに連絡した方がいいモル。事情を話して、リ――アリスさんの居住地をここにしないと、面倒事が多すぎるモル」
「例えばどんな?」
「他の子に寝取られるモル」
「なんだろう、初めて他人が敵に見えてきました」
強い独占欲が出ていると自分でも分かる。
目の前の子を絶対に手放したくないと思ったのは初めてだ。
「困りました。アリスちゃんにも友達を作って欲しいのですが、私の本心が誰とも仲良くして欲しくないと叫んでいます」
「それが他人を愛するということモル」
「これが愛ですか」
愛を知らない化け物のような言葉を紡ぐ私。
「良くない傾向ですよね、これは」
「そもそもの話として、夜見さんは梢千代市に来るまでの環境が良くないモル。無償の愛を与えるだけで、愛を返して貰ったことがない。逆にリズールさんは義理堅いし、何よりご褒美をくれる人だから、夜見さんは自分と同じ魔法少女になったとたんに好意を隠せなくなって、あっという間に依存してしまったんだモル」
「つまり私は依存系ヤンデレ……」
「ちょろイン属性も隠し持っているモル」
「あの、夜見ライナ様」
「なんですか?」
私に抱きしめられたまま溶け切っている彼女は、一言だけ呟いた。
「どうか私を貴方専属のメイドとして雇って下さい……一生お仕えします……」
「スゥ――……フゥ――……」
「夜見ライナ様……?」
「アリスちゃんは天才ですね。佐飛さんの元に向かいましょう」
「きゃあっ」
私は彼女をお姫様だっこしたまま、佐飛さんの元に向かう。
事情を説明すると、佐飛さんもまさかと驚いたようだったが、もともと、私専属のメイドさんを探していたらしい。アリスちゃんを喜んで採用してくれた。




