第77話 おじさん、専属家庭教師がつく
焼肉を食べ始めてそれなりに時間が過ぎ、食事よりも雑談がメインになってきた頃に、ふと気になったことを質問した。
「――あ。いちごちゃん」
「どうしたの?」
「みんなで優等生になる、そのためにダブルクロスを最速で終わらせる、と言っていましたけど、具体的なプランはあるんですか?」
「無いわね。開幕速攻以外はプラン無し」
「そうなりますよね」
「でしょ? 二学期から参加してくる中等部の上級生とか、高等部の先輩に正攻法で勝てる方法、思いつく?」
「あー……」
ダント氏を見る。
ホルモンを育てていた彼は、一言だけ呟いた。
「夜見さんを酷使する以外にないモル」
「やっぱり私――」
「でもそれは僕が許さないから択に入れないモル」
「あ、ないものはないみたいです」
「やっぱそう言うでしょー? だから代替案。とりあえず部員集め。仲間増やして、協力プレイで討伐ポイント稼ぎまくるしかない。エモ茶道部の部長こと、いちごからの指令はただそれだけよ」
「部員集めですか……」
とりあえずウーロン茶を飲む。
一年生だけの陣営を作ればいいのか、など考えてみたが、流石に時間がない。
もう少しだけくわしく聞いてみることにした。
「ちなみに四日後は中間テストですが、それまでに間に合いそうですか?」
「「「――――!?」」」
空気が凍りつく。
全員が青ざめ、サンデーちゃんはトングで掴んだ肉を取りこぼした。
……あれ? ライブリさんも?
「もしかしてみんな忘れて――」
「「「争奪戦やってる場合じゃない!!」」」
一致団結した中等部一年組は、迎えの車を呼ぶと、慌てて帰宅の準備を始めた。
私は邪魔にならないよう、リズールさんの近くに寄る。
「ごめん夜見! 争奪戦攻略はまた今度ね!」
「焼肉美味しかったで! 今度はうちらが奢るし、覚悟しいや!」
「はーい。楽しみにしてますねー」
「すまないプリティコスモス! 俺も帰る! 赤点を取るわけにはいかないんだ!」
「ライブリさんもお疲れ様です」
「ああ! テストを終えたらまた会おう!」
彼女たちの迎えは早く、数分も経たない内に高級車の列が現れ、それぞれの帰路についた。退店した私とリズールさんは顔を見合わせる。
「夜見ライナ様。家庭教師は必要ですか?」
「用意していただけるんですか?」
「はい。私が直接赴くことも、他に優秀な者を手配することも出来ます」
「んー、ダントさん?」
「夜見さんはもう大学卒業レベルの学力があるモルから、授業範囲の復習をすれば大丈夫モル」
「おや。意外と賢い方の人間だったのですね。失礼しました」
「あははは……」
ナチュラルに上位存在アピールをされた気がするが、不機嫌なのだろうか。
「あの、もしかして怒ってますか?」
「表面に出したくはありませんが、生憎と。私から授けられる知恵がないのは、少しだけ、存在意義に関わりますので」
「あ。なら家庭教師をお願いしてもよろしいでしょうか? 本格的に勉強をしたのは二ヶ月前が最後なので。出来ればテストで満点を取りたいです」
「……ふふ、私の扱いがお上手ですね。主様ポイントを贈呈です」
金平糖シャインジュエルを貰った。嬉しい。
リズールさんは少しだけ気分が晴れたのか、後ろ髪を払ってドヤ顔を決める。
「分かりました。このリズールを家庭教師に選んだこと、後悔させません。世界最高峰の天才にして差し上げます」
「わあ……」
思わず、この人もこんな顔するんだ、と驚いた瞬間だった。
キキッ――、パタッ。
『――ライナ様、お迎えに上がりました』
「あ、はい! ありがとうございます!」
同時に、私にも迎えの車が来る。
リズールさんと共に乗り込み、自宅へ帰った。
佐飛さんがまた腰を抜かさないよう、事前連絡は入れておいたので、大事にはならなかった。
◇
それから翌日のこと。
登校前に起きたばかりの遙華ちゃんがやって来て、私の隣に佇むリズールさんを指さした。
「らいなおねーちゃん。そのひと、こわいひと?」
「ええと、良くも悪くも中立の人ですね」
「でもね? まほうしょうじょがね? こわいひととなかよくしちゃ、めっ、だよ?」
「そうですね、たしかにそうです。よしよし」
怖がる遙華ちゃんを抱き上げると、朝食を共にした義父の願叶さんが現れる。佐飛さんも一緒だ。
「おお、佐飛さん。この人がライナちゃんの新しい家庭教師なのかい?」
「左様でございます」
「ごきげんよう、遠井上願叶様。欧州出身のアリスと申します」
「アリスさんか。うちの子をよろしく頼むよ」
「ええ、お任せあれ」
いきなり偽名を使用したリズールさんにも驚いたが、握手をして、淡々と出勤していく願叶さんの胆力にも驚く。やはり華族の人なのだろう。振る舞いが高貴だ。
「執事長様。よければ、お母様方とも挨拶がしたいですね」
「失礼ながら家庭教師のアリス様。凪沙様は現在、北海道の大学で臨時講義を行っておられますゆえ、数日ほどお待ち下され」
「かしこまりました。夜見ライナ様、学校に行きましょうか」
「あ、はい。遙華ちゃん」
「なあに?」
でも、幼い遙華ちゃんにはまだ難しい振る舞いだ。
私は家庭教師のアリスことリズールさんについて、彼女にしっかりと説明することにした。
「リズ――ええと、アリスさんは怖いけど、私の家庭教師さんになってくれた人なんだ。悪い人じゃないよ」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ。悪いことなど――」
「でも怖い人なのは本当だから、あまり近寄らないでね」
「!?」
「うん! わかった!」
納得してくれたようで良かった。
そろそろお着替えの時間なので、遙華ちゃんを地面に下ろす。
「おべんきょうがんばってねー!」
「はーい! ……ふう。遙華ちゃんの怯えが取れて良かったです」
「失礼、ライナ様」
「はい。なんですか佐飛さん?」
「家庭教師のアリス様が、その、ショックを受けておられるようですので、メンタルケアをお願いしますぞ」
「え。あ、え!?」
後ろを振り向くと、リズールさんが無言でぷるぷると震えていた。
彼女は私の顔を見るなり絶望する。
「わ、私は、私はそんなに怖いのですか?」
「そんなことは――――……ナイトオモイマス」
「……ッ!?」
否定出来なくて言葉尻を濁すと、一瞬の内に彼女の身体がひび割れ、砂になって地面に積もる。その中からもぞりと出てきたのは、一冊の古びたゴシック製本だった。




