第76話 おじさん、高級焼肉を食べる
夜の梢千代市内はとても静かだ。
なんで静かなんでしょうね、と口に出したところ、おさげちゃんが「みんな行きつけのお店で争奪戦を見てるからやで」と教えてくれる。
「現地で見る人って少ないんですか?」
「生観戦はな、中等部一年生みんながイベントに慣れて、エモ力が1000以上になる三学期から始まるんや。それまではテレビ観戦するんがマナーなんよ」
「なるほど。あ、エモ力は3000で実戦級なんでしたっけ」
「そうよ。最低でも1000はないと、ボンノーンを倒せないから」
「何が基準なんですか?」
「エモーショナルタッチで出せる必殺技の威力」
「ああ、なるほど」
つまり、ボンノーンの最大体力は1000ということだ。
私はその五倍もの威力の必殺技を出せるらしい。
「まあ、そういうのは置いといて、本題。ねえ夜見」
「はい?」
「フロイライン・ダブルクロス、さっさと終わらせたくない?」
いちごちゃんがニヤリと笑みを浮かべる。
私はダント氏と顔を見合わせた。
「ダントさんどう思いますか?」
「もちろん、さっさとクリアした方がいいモル」
「そうなんですか?」
「今の夜見さんは、全力を出せない今の環境がリミッターになってて、エモ力が一定値から上がりづらくなっているモル。そのリミッターを外すためにも、強い成功体験と達成感を得て欲しいモル」
「……自覚してませんでした」
私は少しだけ驚いた。
「夜見はんはそういうとこ鈍感やねん。もっとわがままでええんよ?」
「――(ワンテンポ置いてから無言で頷くいちご)」
「なあいちご、今、うちのこと考えへんかった?」
「いや何も言ってないでしょ!? 被害妄想!」
「はいはい、話の腰を折らないで欲しいんですの」
二人の口を塞ぎ、サンデーちゃんは言う。
「ともかく、今の貴方に必要なのは愛と平和と自由ですわ」
「大事にしたいですよね」
「したい、じゃなくて手にするんですのっ」
「ええと」
と言われても、愛もあるし、平和だし、自由に過ごせていると思う。
何が足りないのかよく分からなかった。
「具体的に言ってくれると助かります」
「簡単な話よ。さっさと卒業しちゃいましょう! みんなでこの学校を!」
「え、いや、ええええっ!?」
「あの、もう少しだけ詳しく言ったほうがいいと、ミロは思います」
「分かりづらかった? じゃあ詳しい話ね」
そう言ったいちごちゃんはマジタブを見せてくれる。
表示されているのは魔法少女ランキングだ。
「どういう、関係が?」
「ランキングの上位千人以内――優等生になると、課外活動権が与えられるのは知ってるわよね?」
「は、はい」
「それと一緒に渡されるのが、一般的な高等教育を修了した証。卒業証書なの」
「ど、どういう!?」
「別に聖ソレイユ女学院を卒業する訳やないよ。証書があれば、中等部の学力テストが免除されるだけや」
「なるほど?」
「上位百名――特待生になれば、大学教育を終えた証書も貰えますのよ」
「それは高等部のテストが免除される、と」
魔法少女ランキング上位にはそういう特典があるのか。
「つまり話をまとめると、みんなで協力して魔法少女ランキングを攻略しよう、という話ですか。そのためにダブルクロスを最速で終わらせる、と」
「そういうこと。私たちの話に乗る?」
「ええと――」
ダント氏を見た。
「判断は任せるモル」
「分かりました。乗ります。課外活動権は欲しいですし」
「よっし!」
「夜見はんも悪い子になってきたなぁ」
「違いますー、元気よく羽ばたける場所に行きたいだけですよー、私は」
「――皆さま、歓談中のところ失礼します。今宵のお店に到着しました」
「「「!」」」
そうこう言い合っている内に、今日のお店「和牛炭火焼肉・高杉屋」に到着する。
黒い漆喰塗りの外観の店は、店内の壁や家具も黒で統一されていて、高級感。
他にも、肉を網で焼く音と、焼肉の芳しき香り。
「たくさん運動したあとにこれは、効きますね」
「分かるわ夜見。肉の亡者になりそう」
「失礼します、店員様。予約していたリズール・アージェントです」
『ご予約のリズール様ですね。お待ちしておりました。お席はこちらになります』
お座敷に座った頃には、私たちは焼肉を食べることしか考えられなくなっていた。
リズールさんが予約したのは、通常の黒毛和牛A5ランク熟成肉に付け加えて、シャトーブリアンなどの高級ステーキ肉も食べられる最上級プランらしく、注文タブレットを見た私たちは目を輝かせる。ライブリさんが口を開いた。
「リズールさん! この肉いくらでも食っていいのか!?」
「ええ。何でもご自由にご注文下さい」
「はは、やったぜ! じゃあ適当に――」
「お待ちなさい! まずは素早く焼ける薄切りタン塩から注文するべきですの! 次はドリンク! 適当に注文するのはそのあとですわ!」
「っ、そうか! 分かった! タン塩十人前だな!」
「あと白米! 白米もお忘れになってはいけませんわよ!」
『お待たせしました~』
三つある七輪に炭火が焚べられたあと、予約限定の特上霜降りカルビ盛り合わせ六人前、追加のタン塩十人前が届き、みんなこぞって焼き始めた。
私はタン塩を弱火で炙りつつ、久々にゆっくりとした時間を過ごす。
「やっぱりみんなと焼肉するのは楽しいですね」
「僕も緊張が解けて気が抜けたし、お腹が空いて溶けそうモル……」
「あともうちょっとの辛抱ですよ――ほら、出来ました」
「わあ美味しそうモル」
割り箸を丁寧に割り、白い取皿に載せられたタン塩にレモンをかけて、下からすくい取って口に放り込む。一噛み、二噛み。
舌で感じる肉の甘みと、質のよい脂の旨味。ほどよい塩気。鼻を抜ける香ばしい肉の香りとレモンの爽やかさに、ほう、と安堵のため息が漏れた。
「……優勝しました」
「僕も食べたいモルー」
「ふふ、どうぞ」
ダント氏と分け合いながら、焼肉パーティーを楽しむ。
ドリンクはコーラで。焼けた肉はお店の自家製ダレに浸し、白米と一緒に食べる。
上品に塩だけで食べるのは、少しお腹が膨れてからだ。




