第75話 おじさん、イベント報酬を貰う
これからライブリさんと同居するという情報で、あまりにもパニックになったのか、私はしどろもどろになってしまう。
「ええ、ええと、い、いっ、いい一緒に住むって、つつつまり同居するってことですすすうっ、か!?」
「そうだが?」
「わわわわ私と一緒に住むんですか!?」
「そうだが? ……なぜ同じ事を二回も?」
「夜見さんの情報処理能力がパンクしたからモル!」
「そんなに驚くことなのか?」
『はぁー……』
そこでアナウンサーの方から呆れるようなため息が漏れる。
『――……はい、情報を訂正します。今現在、ライトブリンガーを名乗る女性がバトルデコイ・ナイトを名乗りましたが、正確には彼を召喚する権利が与えられただけですので、先程の同居宣言は事実ではありません。イベントスタッフの方々は速やかに撤収作業に入って下さい』
「何!? そうなのか!?」
「そうなんですか!?」
「「「はい撤収――――!」」」
「うおお!? お前らいきなり何を――――」
猛ダッシュで走り込んできた高身長の美女軍団が、ライトブリンガーを抱えてフィールドの外へと逃げていった。あとからやって来た作業服姿の男性陣が、ロボの格納・床の清掃作業に入る。そこには匠の技が見えた。
「――さん! 夜見さん!」
「夜見お姉さま!」
「ハッ」
それからあれよあれよと追い出され、気がつけばフィールドの外。
待機スペースの椅子でりんごジュースの入ったペットボトルを片手に座っていた。
パッケージには「ミーミルの天然水」と書かれていて、なんとなく懐かしさを感じる。
「私は何をしていたんでしょうか?」
「やっと正気に戻ったモル。良かったモル」
「これをお食べ下さいお姉さま」
「ああ、どうも。――あむっ」
ヒトミちゃんにうぐいす餅を食べさせてもらう。美味しかった。
「それで私は何を?」
「気にしなくていいモル。忘れるモル。それより報酬を受け取りに行こうモル」
「あ、はい。……あ、そうだ。ヒトミちゃん、身体の方は?」
「大丈夫です。ヒーリング湿布を貼って貰いました」
長袖ジャージの内側を見せてくれたので見ると、か細い腕や脚、肩など、主要な場所にびっしりと白い湿布が張られていた。
あ、私も貼らなくては、と全身を再確認すると、すでに湿布まみれだった。
「わあ、ダントさんのおかげですか?」
「僕だけじゃ手が足りなくて困ってたモルけど、さっき現れたリズールさんが手伝ってくれたモル」
「そうなんですか。リズールさんは?」
「今は演習場の外で待っているモル」
「どうしてですか?」
「焼肉に誘いたい人を五人までに絞って欲しい、と言っていたモル」
「?」
やはり理由がよく分からない。
どうして一緒に決めてくれないんだろう。
「ねえねえ、プリティコスモスっ!」
「はい? ……わあ」
後ろを向くと、今回のゲームで一緒だった赤チームの子、総勢十六名が立っていた。みんな初々しくて可愛い。
それに、体操服姿の彼女たちから、距離が縮まった実感のような何かを感じる。
「私たちもエモーショナル茶道部に入っていい!?」
「いいですよ。部員募集中ですから」
「やったー!」
みんなぴょんぴょんと飛び跳ねて大喜びする。
あれだけの激戦――を繰り広げたのは私たちだけか。
何にせよ、若さにかまけず、足腰を大事にして欲しいと思うばかりだ。
「じゃあ、また! 部室で会おうね!」
「分かりまし――え、もう帰るんですか?」
「うん。だって、四日後は中間テストだもん。勉強しなきゃ」
「「――!?」」
「じゃあね!」
その一言で衝撃を受け、絶句する私とダントさん。
彼女たちは、私が譲ったパンフレットで入部申請を出したあと、演習場から退出していった。
「ヤバいです、中間テストがあるって忘れてました」
「僕も争奪戦のことで頭が一杯になってたモル。最速攻略法を考えてる場合じゃなかったモル」
「あの……お姉さまたち、すみません」
そこでヒトミちゃんが手を上げた。
なんでも、彼女も勉強がしたいらしく、早く報酬を受け取りたいようだ。
慌てて購買エリアの景品受け取り所に向かい、生徒手帳を見せたあと、それぞれ別で受け取った。
「――以上が今回の報酬になります。ご確認下さい」
イベントスタッフさんから渡された報酬は計五点。
まずは参加賞のシャインジュエル。C等級が五個パック。
同じく参加賞で試供品の、「エモスカウター」なるモノクル。
相手のエモ力を測定するエモーショナルな機械、とのこと。
次はランキング一位特典のシャインジュエルCが五個と、討伐ポイントが自動記録されるエダマポイントカード。
ポイントカードはフィールドの入場券にもなるようだ。
最後が――
「これがバトルデコイ・ナイト、ですか」
「初回限定の特別仕様となっております」
若干リアルロボット寄りなパワードスーツを着た正義のヒーロー、ライトブリンガーのプラモデルキットだった。呼び出すには自作しなければならないらしい。
「チェスの駒じゃないんですね」
「汎用機型は次回以降の配布となります。何度でも当演習場をご利用下さい。それともし良ければ、制作過程を動画撮影して、動画配信サイトにアップしていただけると助かります」
「販促もしっかりしてるモル」
企業がイベントを開催する理由在りきだと知った一夜だった。
報酬で貰ったバトルデコイ・ナイトだが、ヒトミちゃんが私のキットにも目を輝かせていたので、その場で譲ろうとする。
しかしスタッフさんから「自作して下さい。貴方の動画供給からしか得られない栄養素があるんです」と念を押されたので、ダント氏に預けた。
時間が出来たら作ってみよう。
「あ、ヒトミちゃん」
「はい!?」
「よければこれから、一緒に焼肉を食べに行きませんか?」
「ヒトミはっ、あの、勉強があるのでええ~~~~っ!」
「あ、行っちゃった」
ヒトミちゃんも勉学が忙しいようだ。
プラモデルキットを大事そうに抱えて、演習場を飛び出していった。
「ふられちゃったモルね」
「中間テストも近いですから、しょうがないですよね」
「本当にそうだと思ってるモル?」
「あはは、分かってますよ流石に。ヒトミちゃん、プラモデルを作りたそうな顔してましたから」
「判断力が戻って良かったモル。最近の夜見さんは冷静じゃないから困ってたモル」
「はーい。ご迷惑をおかけしました、と」
私たちも演習場の外に向かう。
するとどこかに隠れていたのか、中等部一年組が背後から出迎えてくれた。
「夜見お疲れさまー」
「うわぁ!?」
「お疲れさん。えらい気張ってたやんダブルクロス」
「――ええ、まあ。いいストレス発散になりました」
「ほならええけど。前も言ったけど我慢はあかんで?」
「はい、気をつけます。ああ、そうだ――」
そこでせっかくだからと、中等部一年組を焼肉に誘う。
みんなは部室で餃子パーティーを開こうとしていたようだが、「でも部員が増える明日の方がいいですわよね」「今は焼肉が何よりも優先されますの」というサンデーちゃんの一言で「たしかに」と議論が終わり、全員が焼肉に釣られた。
「リズールさん! お待たせしました!」
「お疲れ様です夜見ライナ様」
演習場を出て、待っていたリズールさんに駆け寄る。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「お誘いになられるのは……やはり、そちらの四名様なのですね」
「はい! 大切な友達ですから!」
「ふふ、そうですか。まだ一名分の空席がありますが、どうされますか?」
「うーん……お任せで!」
「かしこまりました。こちらでご用意しましょう」
リズールさんは携帯電話で誰かを呼び出していた。
それはまさかの――
「また会ったなプリティコスモス! イエーイ!」
「あ、ライブリさん。い、イエーイ」
銀髪美女ことライトブリンガーだった。
ライブリは中等部組ともすでに面識があるし、人選もちょうどいい。
「では、そろそろ。今宵のお店『和牛炭火焼肉・高杉屋』にご案内します。お話はそちらでしましょう」
「しゃあッ」
「やばい今日大大吉や」
本気のガッツポーズをする中等部一年組&ライブリさんを横目に、私たちは焼肉店「高杉屋」へと向かうべく、夜の梢千代市を散策する。




